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A Thorny Path  作者: 祇光瞭咲
第7章 君に捧ぐ哀歌
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7-2 来襲

 彼らが訪ねてきたのは次の日の午後だった。

 門の上から覗き込んだグウィードは、驚いて声を上げた。そこには予期していた黒髪の男の他にもう一人、珍しい藍色の髪の男が同行していたのだ。


「よう、ワン公。さっさと門開けろや」


 アラストルが煙草の煙を吐き出しながら言う。グウィードは慌てて階段を駆け下り、二人を招き入れた。


「アラストル、それに船長も! 船長も一緒だなんて知らされてなかったぞ。体調はもういいのか?」


 グウィードが二人に話し掛ける。その声は妙に上ずって声量も大きかったが、客人たちが気に留めた様子はなかった。


「ああ。その節は迷惑を掛けてすまなかった」

「あんたが元気になったんならそれでいい。船には戻らなかったのか? あー、病院から直接こっちに?」

「うるせぇな。んなことはいいから小僧に会わせろ。てめぇはいつまで客人を表に立たせとくつもりだ、あ?」


 アラストルがグウィードの尻を蹴る。グウィードは慌てて謝罪した。


「あっ、悪い。ここまで疲れたよな。えっと、飲み物は何がいい? 俺が淹れてくるから――」



***


 必死に引き留めるグウィードの無様な声を聞きながら、エアロンはアンに囁いた。


「ちぇっ、僕に用だって? 悪い予感しかしないよ。アン、やっぱり君は会わない方がいい。何かあったら僕が頼んでおいたように――いいね?」

「わかったわ」


 アンはそう言って窓から外に出て行った。

 エアロンは談話室から出、廊下で押し問答を繰り広げている男たちへ歩み寄った。


「来たか、小僧。待たせんじゃねぇよ」

「悪かったね。僕がこのところ機嫌悪いんで、グウィードは気を遣ったつもりなのさ。グウィード、ありがとう。お茶淹れてきて」


 グウィードがそそくさと調理室へ逃げ込む。アラストルはふんと鼻を鳴らした。


「ご機嫌斜めだぁ? 人がわざわざ訪ねてきてやったのに、失礼な野郎だな――……」

「もちろん、あんたたちが来るから機嫌が悪かったんだよ。来て」


 エアロンは「もちろん」を強調して答えると、二人を談話室へ案内した。

 その短い道中でも、客人二人は素早く視線を走らせて周囲を窺っている。これはやはり何かあるな、とエアロンは身を硬くした。

 長身の男二人が収まると、談話室は途端にいつもより狭く感じた。ソファに向かい合う男たちの威圧感が凄まじい。エアロンは予備の丸椅子を引き寄せ、なるべく扉に近い位置に陣取った。


「まーた変なとこに住み着いたじゃねぇか」


 煙草を燻らせアラストルが言う。その目は壁に掛けられた十字架に向けられている。


「この間助けた神官にもらったんだ。元は孤児院で、その前は修道院だよ」

「牢屋みてぇな造りだな」


 エアロンは船長が脇に立て掛けた長剣に目を留めた。


「うわ。あんた、こんなド田舎でもそういうの持ち歩いてるの? 物騒すぎでしょ」

「先日ローマを発ってからそのままなのだ。仕方がないだろう」


〈アヒブドゥニア〉号の船長は澄ました様子で答えた。

 そこへグウィードが酒瓶と紅茶を持って入ってくる。酒をアラストルに、紅茶を船長に配った。


「今日はアンはいないのか?」


 船長が不味い紅茶を見下ろしながら言う。


「うん。セメイルを迎えに行ってるよ。今は野郎二人でお留守番」

「華がねぇな……」


 アラストルが呟く。エアロンはムッとして返した。


「本当にね。あんたたちが来たせいで、もっとむさ苦しくなったよ」

「そうカリカリすんじゃねぇよ。用が済んだらさっさと引き上げるからよ――……」


 アラストルの濁った目がエアロンに向けられる。エアロンはぞくりと背筋が震えるのを感じ面に出ないよう笑顔を取り繕った。


「なんだ、遊びに来たんじゃないんだ? なに、用って?」


 アラストルの目配せを受けて船長が口を開く。彼は紅茶を殆ど残していた。


「エアロン、先日の好好の資料はまだ持っているな? それを預かりたい」


 予想外の要求にエアロンはぽかんとした。


「え? あれ? なんで?」

「調べたい。記憶にあったいくつかの記事について話したところ、タチアナがそれに心当たりがあると言っていた。持って行って彼女に見せる」

「そうなんだ。それなら僕が行くよ。あれは僕に宛てられたものだし、僕だって何なのか気になるもの」

「その必要はない。情報があれば私からお前に伝えよう」


 エアロンは疑うように目を細めた。


「どうして? 僕が直接行ったら困るの?」


 青い瞳が迎え撃つ。


「お前たちはヴァチカンの騒動で目立ちすぎた。下手にお前たちと繋がりがあることが知れて、彼女の身が脅かされる事態は避けたい」

「は? なにそれ。サイモンの姉である時点で、今更って感じでしょ」

「それとこれとは話が別だ。今のところ、国際協同科学技術研究所が彼女に目を付けた形跡はない。現状を維持し、これ以上の可能性は作りたくないのだ」


 エアロンは無言で船長を睨んだ。グウィードも緊張した面持ちで彼を見詰めている。アラストルだけがその緊迫した空気から外れ、天井を向いて煙草を吹かしていた。

 船長が身を屈める。膝に両肘をつき、組んだ手の上から探るようにエアロンを見た。


「……何を疑っている?」


 答えない二人を見て、船長は続けた。


「先程のグウィードの様子も変だった。何か隠しているのか。それとも別の考えがあるのか」

「何の話? あんたたちが二人してこんな所まで来るのが不自然だから、気にしてるだけだよ」


 エアロンが白を切る。藍の男は彼を見据えたまま動かなかった。


「……私を信用していないのか?」


 息の詰まるような一瞬。

 エアロンは暫く船長を睨み返した後、脱力して肩を落とした。深々と溜息を吐く。


「なーんでそうなるのさ。そんなこと僕は言ってないだろ。そういう言い方は卑怯だよ」

「それなら素直に渡してくれてもいいだろう」

「あんたねぇ、あんたのその威圧的な態度がどれだけ誤解を招いているのか、自覚した方がいいよ?」


 エアロンはそう言って立ち上がると、壁に備え付けられた棚へ向かった。ビスケットの缶を開けて一枚口に放り込む。


「凄い剣幕だから言い出しづらかったんだけど、実は今、僕は持っていないんだ。アンに預けちゃったんだよ」

「アンが持っている?」


 船長の眉がピクリと動く。エアロンはビスケットをバリバリ咀嚼しながら頷いた。


「セメイルの所に行くついでに、気になる記事についてどっかの図書館で調べてきてもらおうと思って。あんたの言う通り、僕やグウィードは暫く出歩きたくないからさ――あ、船長もビスケット食べる? 口の中パッサパサになるけど」

「まどろっこしい――……」


 突然、それまで無意味な音声を垂れ流すだけだったアラストルが体を起こした。酒を飲み干して部屋を出て行く。エアロンが驚いて後を追った。


「ちょ、ちょっと、アラストル? どこ行くのさ!」


 アラストルは手近の部屋を蹴破りながら答えた。


「決まってんだろ……てめぇが出さねぇから自分で探すんだよ」

「はあっ? 非常識にも程がある! 船長、あの人どうにかして! グウィード!」


 船長とグウィードも廊下へ出る。

 中庭を囲む回廊にはいくつも扉が並んでいるが、現在使用しているのはその一部だ。手当たり次第に扉を開けるアラストル。エアロンの部屋に辿り着くのは時間の問題だ。

 グウィードがアラストルに掴み掛るが、遠慮気味だったためか易々と振り払われてしまった。暴かれた部屋をエアロンが確認して回り、荒らされた跡を直しながら追う。

 船長もグウィードに加勢してくれるかと思いきや、くるりと踵を返すなり、アラストルとは反対周りに部屋を漁り始めた。


「ちょっと、船長まで!」

「すまない。事が事らしいので許せ」

「許すわけないだろ! 女性の部屋もあるんだぞ! あ、そこはグウィードの部屋だからいいけど」

「よくねぇよ!」

「あ? なんだこの殺風景な部屋は……下着の趣味が悪い。色気ってもんを知らねぇのか」

「あー、あー! ダメだって! シスターの部屋だけはマズい!」


 とうとうエアロンの部屋が開け放たれる。

 先程まで彼が過ごしていたであろう私室は、乱れたシーツがそのままで、窓からそよぐ湖畔の風がカーテンを揺らしていた。卓上にはインク瓶と吸い取り紙が放置されているが、直近で使った形跡は見られない。

 アラストルは容赦なく部屋に踏み入り、片っ端から物という物をひっくり返した。エアロンが過剰なストレスのために髪を掻き毟っている。硝子を引っ掻いたような鳴き声を漏らしていた。

 目当ての品がこの部屋にはないことがわかると、強襲者二人は再度手分けしてすべての部屋を回り、今度は丹念に漁り始めた。


「おい、エアロン……どうするよこれ……」


 グウィードが呆然と立ち尽くす。エアロンは苛々と親指を噛んだ。


「強盗だ。強盗が入ったことにしよう。できるだけ復元して――だめだ、どうしたってエウラリアに怒られる未来しか見えない。水場掃除は嫌だ……」


 ほぼ同時に最後の部屋の物色を終え、アラストルと船長が廊下に出てきた。無言のうちに目配せを交わし、船長がこちらへ歩いてくる。いつの間にかその手に長剣が握られていることを、エアロンもグウィードも見逃しはしなかった。


「グウィード」

「おう」


 エアロンも船長に向かって歩み寄った。

 藍色の長身越しに、空き部屋の一つに入っていくアラストルの姿を見た。あの男は何をするつもりだろう。彼がちらりとそちらに目をやったことに、船長も気付いたようだった。


「本当にここにはないようだな」

「だからないって言ってるじゃん。なんで疑うの?」

「どこに隠した?」

「僕のこと信じてないわけ? アンが持ってる。僕はあんたと違って嘘吐かないからね」

「リヴ!」


 アラストルの怒声が響く。

 次の瞬間、身を翻した船長の服をエアロンが掴んで引き倒した。剣士は動じることなく受け身を取り、すかさず長剣の鞘でもって青年を打ち据える。それを両腕で受け止め、エアロンは上着の内に隠し持った銃を抜いた。


「ふざけんな!」


 弾丸が男の耳元を掠める。船長は抜刀した。


「悪く思うな」


 剣士が地面を蹴った。

 あ、これは無理だな、と。エアロンは潔く銃を捨てた。



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