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第3話「男と女、密室、サキュバス。何も起きないはずがなく……」③

「よ……夜陰さん?」



 艶やかな綺麗な黒髪が、さらさらと俺の顔を覆う。俺の視線の上で頬を上気させた夜陰は、荒い息遣いで、ねっとりと、俺に話しかけて来た。



「ご、ごめんね、クロくん。なんだか、私――私、」



 途端。夜陰は勢いよく頭を下げ、そのまま強引に俺の唇を奪ってきた。


 口を塞がれ、俺は「ンンッ!?」と目を丸くする。「ぷはっ!」と夜陰が唇を離すと同時、俺は顔を赤くして、「よ、夜陰さん!?」と声をあげた。



「な、な、なにするんだ突然! こういうのはダメだって、前言っただろ!」


「ごめんね、ごめんねクロくん。でも、なんだか私、すご~く、ぽわぽわして……」



 夜陰はそう言うと、また俺に向けてキスをした。口を塞がれた俺は、「よ、夜陰!」と声を荒げながら、彼女の肩を掴んで無理強引に押し返す。



「ど、どうしたんだ突然! お前なんか変だぞ――」



 俺がぐっ、と力を込めると、その瞬間、夜陰がにゅるりと尻尾を伸ばし、そのまま俺の右腕を巻き取り、勢いよく床へと押し付ける。


 夜陰は次いで、片方の手で俺の左腕を取ると、そのままとんでもない力で床へと押さえつけた。



「いっ――エェ!?」


「ふふ……異世界人はね、女の子でも、男の人と同じくらい力が出せるの。魔法があるから、ね」



 夜陰はのぼせあがった表情で、くすくすと俺の目を見つめて笑った。



「クロくん……クロくん、すっっごいかわいいよ……女の子に力で屈服させられて、何も出来なくていいようにされるなんて……本当、かわいくてかわいくて、私、我慢できない……」



 夜陰はそう言うと、更に俺にキスをしてくる。俺は口を塞がれた気恥ずかしさと、鼻から息を吸うことで入り込んでくる夜陰の匂いとで、徐々に頭がくらくらとしていく。



「よ、夜陰……だめ、だってぇ……」


「ダメじゃないよ……だってぇ、キスはえっちじゃないもん……子供向けの少女漫画とかでも、普通にするもん……だから、ね?」



 夜陰はそう言ってさらに唇を塞ぐ。口の中に舌を入れて、俺の中をくちゅくちゅとかき回してくる。


 ただの人の舌だと言うのに、砂糖のような味がした。膨れ上がっていく欲望と、高まっていく熱とで、俺の理性はとろとろとアイスのように溶けだしていく。



「よ、よかげぇ……だめ、だってぇ……俺たち、まだ、付き合って――」


「じゃあ、ねぇ――付き合っちゃおうよ。そしたら、こういうことも……もっと、すごいことも、たくさん、たぁくさん、してもいいんだよね……?」



 夜陰は目の奥にハートを浮かび上がらせ、熱のある視線で俺を誘惑してくる。


 ドクンと俺の中の欲望が膨れ上がり、心臓が鼓動を増していく。絶え間なく胸の内側を打ち鳴らす情動に耐え、俺は「だめ、だって……それは、まだ、」となお抗う。


 だけど、その瞬間、夜陰は更に俺の口を塞いできた。もぐもぐと俺の舌を食べ、それはまるで、『イエス』以外の答えを許さないと言っているようだった。



「ねぇ、クロくん……クロくぅん……。クロくんも、本当は我慢、したくないんでしょ? それなら、もう、我慢しなくていいよ。私、クロくんになら、なにされてもいいよ。たくさん、たっっくさん吸ってあげるから。だから、ね?」



 夜陰はそう言いながら、俺の太腿の横を尻尾で撫でて来る。ぞわぞわと神経を刺激が駆けのぼって、俺の理性が、それに搾り出されていく。



「よ、よかげ……」


「クロくん。好き、大好き。私、もう、我慢できない。ねえ、お願い。付き合おう。付き合って。そしたら私、我慢しなくて済むから……ずっと、ずっと、この日を夢見て来たの……だから、クロくん、ね?」



 熱さで喉が渇く。夜陰ののぼせあがった視線は、俺の弱弱しい理性を溶かしきるには、十分であり。



「よ、かげ――俺、は、お前を――」



 このまま、彼女に身を委ねてしまおう――俺の心が、ころんとそこに落ちた、その瞬間だった。



「ヨッシャア夜陰!!!!!! そのまま勢いで、だいしゅきホールドをキメちゃいなさぁい!!!!!!」



 突然隣で、プロレスの野次のような掛け声が飛んできた。


 驚き隣を見ると、夜陰のお母さんが、コンパクトなビデオカメラを持って、俺たちの状況を撮影していた。



「キャアー! やった、やったわ!!!!! 夜陰がついに、サキュバスとしての一歩を踏み出したぁ!!!!! 苦節5年、この日をどれだけ待ちわびたか――! さぁ夜陰、そのままだいしゅきしゅきしゅきの彼ピッピくんから、欲を、精を、枯れるまで吸い取りなさい!!!!」



 夜陰のお母さんは、それはもうどえらい程に興奮していた。俺たちの興奮とはまた違うベクトルで。


 よくよく見ると、彼女からもにゅるりと尻尾が生えていた。どうやら、いや、まあ、予想はしていたけど、夜陰のお母さんはサキュバスらしい。



「……なにしてるんすか、夜陰のお母さん……」


「え? なにって、あなたたちが大人の階段を登る貴重な瞬間をカメラに収めようとしているのよ。ウフフ、チョコに私特性の媚薬を仕込んでおいてよかったわ。なんてったって私はクイーン・サキュバス! サキュバスの体液は特上の媚薬だけど、その中でも更に逸品の極上モノよ! ふっふっふ、流石私。サキュバスでさえも発情させちゃうなんて、異世界風俗店のナンバーワン嬢なだけあるわね!」



 夜陰のお母さんは、そう言いながらゆんっと胸を張った。それと同時に常にゆらゆらと揺れているたわわな胸が、ゆんっと上下に大きく揺れる。


 と、途端。「ただいまぁ」と、中年程度の男の声が聞こえた。その瞬間に夜陰のお母さんは『ビュンっ!』と風の音を立て、その場から消え去った。



「あなたぁ~~~~~!!!!! 夜陰が遂にやったわよぉ~~~!!!!!」



 そしておそらく玄関の辺りから、ドンガラガッシャンという何かを押し倒すような音が聞こえて来た。おそらく、俺がこの家に入って来た瞬間と同じことが起きているのだろう。


 俺は自分の中の熱が一気に萎んでいくのを感じた。なんと言うか、あまりに突然の事態で何もかもが理解できない。



「クロくぅん……クロくぅん……早く言ってよぉ……。ダメだよぉ、私以外を見ちゃ……」


「おい、待て夜陰。これは罠だ。お前の母ちゃんの陰謀だ!」


「罠でもいい……罠でもいいからぁ……」


「ダメに決まってんだろ! こんなの健全な付き合い方じゃねぇ! と、とにかく、早くどいてくれ! 誰か、助けてくれぇ!」



 俺はジタバタと跳ねまわりながら大声で叫んだ。


 しばらくして、夜陰のお父さんが現れ、俺は彼に助けられることでようやく夜陰から解放された。

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