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第3話「男と女、密室、サキュバス。何も起きないはずがなく……」②

「お、おぉ……」



 夜陰の部屋に入った俺は、初めての女の子の部屋と言う物に感嘆の声をあげた。


 白い壁紙に、栗色のカーペットの敷かれた床。その上にはピンク色のベッドや白を基調にした水色の勉強机が置かれ、壁際には2つ、3つ程の回転式本棚がある。


 なんと言うか、女の子の部屋を絵に描いたような様相だ。パステルカラーを基調として、ポップでかわいらしい世界観が展開されている。

 しかし、そんなピンクでゆる甘な雰囲気の中に、これでもかと言うほど不釣り合いな存在がひしめき合っていた。


 ベッドの枕元や、棚や勉強机の上等。所狭しと並べられているのは、明らかに誰かをかたどった、手作りのぬいぐるみ達。



「……夜陰。一応聞きたいんだけど、このぬいぐるみ、何?」


「ああ、それ? クロくんだよ! ずっとずっと会えなくて寂しかったから、こうやってぎゅ〜ってして、寂しさを紛らわせてたんだぁ!」



 夜陰は言いながら、ベッドの上のぬいぐるみを取りギュッと抱き締める。俺はどうやら気が狂っているらしい夜陰の言動にゾッとしてしまい、キュッとケツの穴を引き締めた。



「あ、そうだった! クロくんはゲームがしたくて来たんだよね!」



 夜陰は俺のぬいぐるみの尻の辺りを指でぐりぐりとしながら笑う。俺は1歩退きながら、「わ、悪いな。できればでいいから、頼む」と夜陰に答えた。



「ん! いいよぉ、私もクロくんと一緒にゲームしたかったし!」



 夜陰は朗らかに笑うと、「待っててね!」と、ベッドの横に置かれたモニターの所で準備を始めた。


 俺は夜陰が準備をしている間に、何となく部屋を見渡す。女の子の部屋と言うのが、思春期の男子には珍しかったのだ。


 以前女友達に女子部屋と言うのを見せてもらったことがあるが、まあ、一言で言えば凄惨だった。学校でもらったプリント類が机の上に投げやりに置かれていて、畳まれた着替えが雑に床に置きっぱなしだった。


 まあ、女の子と言えども、面倒臭い物は面倒臭いので、そんな出で立ちになるのもおかしくはない。しかし夜陰の部屋は、そんなリアルな女子部屋とは掛け離れた、ものすごくきっちりと片付けられた部屋だった。


 部屋を見れば人間性がわかると言うが、夜陰はかなりきっちりとした性格らしい。俺は少しばかり散らかっている自分の部屋を思い出し、妙に恥ずかしくなった。


 と。ふと本棚に目を移すと、俺はその中に、見覚えのある作品を見つけた。



「あっ、これ『あにまい』じゃん。へぇ、漫画が原作だったんだ」



 俺は本棚の前で身を屈める。と、その瞬間、夜陰が突然シュババッと俺の横に来て、ものすごい圧で話しかけて来た。



「クロくん、『あにまい』わかるの?」


「え? ああ、俺、妹がオタクでよ。だからアイツに付き合って、結構アニメとか見るんだよ。意外とオタ向けのアニメって、エロかったりグロかったりするだけで、普通に面白いんだよな」



 俺は笑いながら、本棚の漫画を手に取る。パラパラと中身を見て、「へぇ、漫画だと全然雰囲気違うんだな」と呟く。その途端、夜陰が弾かれたように「そうなんだよね!」とまくし立てた。



「この漫画、アニメだとあんな感じで、かわいいって言うか、ちょっとえっちな感じになっているんだけど、原作の方はもっとこう、ほのぼのっとした感じで、えっちなネタはあるけど、そんなにえっちな雰囲気じゃないって感じだったんだよね!」


「おう? まあ、確かに、アニメは結構そう言う感じ……」


「でね、この漫画、元々は同人誌でね。あ、同人誌って言うのは、色々な人が個人的に作っている漫画とかのことなんだけど。私、その頃からこの作品追っててね! 漫画アプリの方でも投稿されてるんだけど、いつも更新が楽しみでワクワクしてるの! でもアニメ化の告知が来た時、絵柄があまりに違い過ぎて正直ちょっと不安だったんだよね。この作品はこんなんじゃない! って思っていたのだけど、いざアニメ化されてみたらもうビックリする位面白くて! 作品愛にも溢れてたし、何よりえっちな色が濃くなったからこその魅力が出たって言うか、それが原作とは違う独特の良さを引き出しているって言うか! 最後まで終わっちゃった時は、もう、なんというか、すごく寂しい気持ちになって……」


「よ、夜陰。待った、ちょっとストップ!」



 俺はマシンガンのようになってしまった夜陰を大声で制した。夜陰はハッと自分の言動を自覚したようで、おずおずと首をすぼめて、顔を真っ赤にさせて呟き出す。



「あ、アハハ……ごめんねクロくん。わ、私、実は、結構オタクだからさ。は、話し出すと止まらないって言うか……良くないってわかっているんだけど、どうしても、その……」



 いつもの積極的過ぎる態度はどこへ行ったのやら、夜陰は非常に恥ずかしそうに、申し訳なさそうな表情で、長く伸びた髪の毛をいじいじとしていた。俺はいつもと違うしおらしい夜陰に、思わず『かわいいかよ、こいつ』とドキリとしてしまった。



「まあ、悪かないと思うぜ? 俺だって、好きな物の話は好きだし、誰だってそうだろ。それに、妹もよくそんな感じになるから、俺は慣れてるんだよ、こういうの」


「そ、そう? それならよかった……。……そう言えば、妹さんもこのアニメ見てたの? よかったら紹介してよ」


「お、おう。て言うか、アイツいつでも家にいるから、来れば間違いなく会えるぞ」


「や、ヤッタ! 初めてのリアルオタ友! 今まではネットの知り合いと話すくらいしか出来なかったから、すごく嬉しい!」



 夜陰は子供のようにバンザイをする。俺はその愛らしい仕草にまたしても『かわいいかよ、コイツ』と胸が高鳴ってしまった。


 と、途端。トントンと、突然部屋の扉がノックされ、「夜陰、入るわよ〜」と、夜陰のお母さんが現れた。



「はい、2人とも。お菓子とジュース持って来たから、よかったら食べてね」


「わあ、お母さん、ありがとう!」



 夜陰のお母さんはそう言うと、持ってきたお盆をカーペットの上に置いた。


 お盆の上には、包装紙に包まれた小さいチョコレートや、ポテトチップス、オレンジジュースが置いてあった。遊びながらつまむには最適なラインナップだ。



「ふふ、できる女は気が利くのよ。クロくん、このチョコレートとか、美味しいから是非食べてね。それと、娘のこと、よろしくね」


「ああ、ハイ。ありがとうございます」



 艶やかに笑う夜陰のお母さんに、俺はぺこりと頭を下げる。夜陰のお母さんはひらひらと手を振ると、そのまま部屋を出て、ガチャリと扉を閉めた。



「わぁ、チョコレート! 私、甘いもの大好きなの!」


「かわいいかよ。俺もチョコは好きだな。まあでも、ミルクよりビターの方が好きかな? ちょっと苦い感じがクセになるって言うかさ」


「わかる! ちょっと苦味があってもいいよね! でも私、前にカカオ100%のチョコ食べたけど、アレは苦すぎてダメだったなぁ」



 夜陰は言いながら、チョコの包装紙を取り、口へと入れる。頬張って嬉しそうに震える姿は、やはりとてもとてもかわいらしく、俺はまた『かわいいかよ、コイツ』と思ってしまった。



「でも、あのアニメ、面白かったよな。なんて言うか、ほのぼのしてて、ぼーっと見ているだけで良いって言うか。あと主人公にすっげー共感できるって言うか……」



 俺がつらつらと語ると、その、直後だった。


 まったく、何の脈絡もなく。突然夜陰が、俺を床に押し倒して来た。

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