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第1話「転校してきたサキュバスにけつなあなを狙われている件」②

 放課後になり、俺は自宅までの帰路である住宅街を歩いていた。


 夕方と言えども、5月の晴れの日だからか、まだそれほど暗くはない。それなりに過ごしやすい温度感の中、しかし俺は、不愉快な表情で歩みを進める。


 と言うのも、だ。



「クロくん、待ってよ〜!」



 後ろから、とてとてと夜陰が着いてくる。俺はそのかわいらしい声にため息を吐いた。



「朝日奈。なんでこっちに来てんの?」


「あ! ダメだよ、クロくん! 私のことは、ちゃんと夜陰って呼んでくれないと!」


「いやお前、出会って1日目で下の名前呼びは……」


「呼んでくれなきゃ答えてあげないからね!」



 夜陰は頬をふくらませて、ぷいっとそっぽを向いた。俺は頭を掻きむしり、顔を熱くさせながら呟く。



「……よ、夜陰……」


「ん! なーにー?」



 夜陰は嬉しそうにぺかっと笑う。俺は歯を食いしばりながら、ぷるぷると震えて夜陰に再度質問する。



「その、なんでお前、付いて来てんの? もしかして、俺がこっちだから?」


「いや。私もこっちだから! あれ〜、もしかして、君目当てってだけで付いてきていると思った? 別方向なら、普通にそっちへ行くよ」



 夜陰はニヤニヤと笑いながら、わざとらしく俺に近付いてくる。俺は顔を赤くさせながら一歩離れて、「ち、違う! なんか、なんとなくそう思っただけだ!」と反論する。



「あ〜、照れてる〜! かわいい〜♡ でも、君が好きだからって言うのもあるよ。間違ってはいないから安心して!」



 夜陰は楽しそうに笑う。俺は彼女の言葉を受けて、殊更顔を赤くして、「なら、からかうようなこと言うな」とまた小さく震えた。


 と、そうして歩いていると、自宅の前にたどり着いた。俺は自分の家に気が付くと、「それじゃ、俺はこっちだから」と言って夜陰に手を振った。



「うん! それじゃあ、私はこっちだから!」



 と、夜陰は俺に手を振りながら、楽しそうに隣の家の玄関に立ち、そして俺の方を見つめて笑う。


 は? 俺は夜陰の様子に目を丸くした。



「ちょ、ちょっと待て。お前、え?」


「うん! お隣さんだよ! こっちに引っ越して来たんだ!」


「……は?」


「ちなみに、部屋はクロくんと向かい合わせです! これでいつでも会えるね、クロくん♡」



 夜陰はそう言って手をひらひらとさせると、「それじゃ!」と言って家の中へと入って行った。


 俺は呆然と立ち尽くして、「マジか……」と呟くことしか出来なかった。



◇ ◇ ◇ ◇



 ……気疲れが激しい。俺は自分の部屋のベッドで横になりため息を吐いた。


 正直、悪い気はしない。悪い気はしないんだ。だけど、いきなり知らない女の子にぐいぐい来られたら、俺だって困惑する。


 何より、夜陰からは何か、とてつもなく情動をそそられる何かがある。とてつもなくいい匂いがするし、近くにいるだけでめちゃくちゃに心臓がドキドキとする。


 少しでも油断すると、そのまま気持ちを引っ張られてしまいそうだ。その感情に抗うだけで、相当な精神エネルギーを浪費してしまう。



「だ、大丈夫だ、落ち着け。今日はもう会うことはない。ちゃんと休めば間違えることは無い」


「間違えるって、なんのこと?」



 俺は聞こえてきた声にビクリと起き上がり、その方向へと目をやる。


 そこにいたのは、言うまでもなく夜陰だった。夜陰が何故か締め切ったはずの窓の鍵を開けて、ニコニコと俺の部屋へと入って来ている。



「ど、どどどういうことだよ!? 俺、鍵閉めただろ!?」


「えへへ〜、鍵開けの術!」


「意味わかんねぇ!」


「愛に不可能は無いんだよ♡」



 夜陰は言いながら、ゆっくりと体を揺らし近寄って来る。俺は「や、やめろ、やめろぉ……」と怖くなって、ベッドの上を後ずさる。


 と。夜陰はピョンと飛ぶと、俺の目の前にボスンと座り、そしてじっと俺の目を見つめて来た。



「また会ったね、クロくん! 寂しかったよ!」


「つい数分前のことじゃねぇか!」


「だって、私クロくんのこと大好きなんだもん!」



 夜陰は言いながら、ゆっくり、ゆっくりと俺に這いずり寄って来る。俺は逃げ場がなく、そのまま夜陰が重なってくるのを甘んじて受ける他なく。



「つーかまえた〜♪ えへへ、これでもう、逃げられないね♡」



 夜陰はそう言って俺を押し倒し、俺の手を握って笑う。俺はさらさらと重力で流れる髪に顔を覆われ、真っ赤になってモゾモゾと悶える。



「よ、夜陰! ダメだ! 俺たち、会ったばかりだろ!」


「ダメって、なにが〜? クロくんは変なことを言うね〜」



 夜陰はそう言うと、そのまま目をトロンとさせて、微笑みながらゆっくりと顔を近付けて来た。



「イイよ、別に。私はクロくんのこと、大好きだから。だからクロくんも、ダメになっちゃえ♡」



 夜陰はそう言うと、そのまま俺に唇を重ねてきた。



「〜〜〜!?!?!?」



 あまりに突然のことで頭がぼうっとする。全身の血液が上ってきたかのように顔が熱くなり、ビクビクと足が痙攣する。


 呼吸が苦しくなったその刹那、夜陰は「ぷはっ!」と俺から唇を離し、トロンとした笑みで俺を見下して来た。



「えへへ……催淫完了♪ これでクロくんは、もう私に逆らえない……♡」



 は……? さ、催淫? なんだ、何を言ってるんだ、コイツは?



「じゃあ、クロくん。さっそくだけど、」



 途端、夜陰の腰の下辺りから、突然にゅるりと何かが生えてきた。


 これは……尻尾!? 悪魔の尻尾だ! 先端がハートマークになっている、黒くてうねうねとした、やけに艶やかな尻尾!



「えへへ。クロくんは、お嫁さんスイッチって、知ってる?」



 な、なんだそれは。俺は惚けた顔のまま、夜陰の言葉に疑問符を浮かべる。



「お嫁さんスイッチはね。お尻の奥にあって、ポチポチってすると、どんな男の子でも女の子みたいになっちゃう、素敵なスイッチなんだ♡」



 しゅるりと、俺の腿を、夜陰の尻尾が撫でた。俺は嫌な予感を感じてギョッと表情を驚かせる。



「押すとすご〜くかわいくなって、幸せになるの。今から、クロくんのお嫁さんスイッチ、ポチポチって、してあげるね……♡」



 や、ヤバい。このままだと、俺は何かを失う。


 俺は身動きを取ろうとする。だけど体はまったく動かなくて、俺はそれに焦りを覚える。


 待て。待て。ヤバいヤバいヤバい。動け、動け、動け!


 精神が追い詰められる。息が荒くなる。だけど、なぜか、どういうわけか。


 夜陰を見ていると――このまま、されるがままでいたいという、そんな欲求も湧き上がって来て。



「クロくん、愛してる♡」



 ああ、もう、ダメだ。顔をトロンとさせた、その瞬間だった。



「邪気ハッケェェェン!!!!!」



 突然大声と共に、体の小さな女性がドアを蹴破り部屋へと転がり込んで来た。


 夜陰が「な、なに!?」と驚く。と、女性は長い金髪を揺らしながら、目を怒らせ、夜陰の方を見ると、



「よくもウチの息子を襲ったな!  君みたいな悪いサキュバスにはおしおきだよ! くらえ! 格ゲーで覚えた必殺技! バー○ナッコォッ!」



 拳に炎を灯らせ、ロケットのような勢いで夜陰に殴り掛かった。は?


 夜陰は「うわ!」と言ってベッドから飛び降りる。女性は倒れる俺の前に立ち、夜陰をキツく睨みつけた。



「大丈夫、クロ!?」


「か……母ちゃん!? え、なに今の!?」


「正体がバレちゃったけど仕方ない! このクソアマ! 一体誰の息子から搾り取ろうとしたか、思い知らせて……」



 母ちゃんは威勢よく叫んだ後、しばらく夜陰の姿を見て、やがてキョトンと、嘘のように臨戦態勢を消し、



「よ、夜陰ちゃん!?!?!?」



 驚きながら、ベッドの上で一歩後ろに下がった。


 と、母ちゃんが俺の腹を踏みつける。俺が「ぐええっ!」と叫びをあげると、母ちゃんは「うわっ、ごめんクロ!」と咄嗟にベッドから飛び降りた。



「えっ、き、君だったのかぁ。私はてっきり、変なサキュバスが息子を襲いに来たのかと……」



 母ちゃんが驚嘆に口を覆う。俺はゆっくりと上体を起こして、「さ、サキュバス?」と夜陰を見る。


 夜陰は変わらずニコニコとしながら、悪魔のような尻尾をうねうねとさせた。俺はその異様な姿に、「えっ、なに、それ……?」と首を傾げる。



「あれ、言ってなかったっけ? 私、サキュバスなんだよ、クロくん!」



 俺は突然のカミングアウトにぽかんとする。やがて現実を理解すると、ぐるぐると目を回してから、「えええええええ!?!?!?」と叫んだ。

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