第1話「転校してきたサキュバスにけつなあなを狙われている件」①
公式略称は「サキュ穴」です。
人生とは、何が起きるかわからない物だ。陳腐な表現だが、これは間違いなく正しい。
この日。高校生活が始まってそろそろと言う頃合。俺こと火神谷黒の人生も、大きく、大きく変わってしまった。
「はじめまして、皆さん! 私は、朝日奈夜陰です!」
ざわざわと騒がしい教室内。壇上に立つ1人の転校生に、生徒たちの目が釘付けになる。
それもそのはずだ。腰の辺りまでサラサラと流れる黒髪に、あまりに滑らかな肌。地味な銀縁眼鏡の貧乳娘であるのにも関わらず、あらゆる男子を虜にしてしまいそうな、朗らかで明るい笑み。
その少女は、あまりにもかわいすぎた。立っているだけで愛らしいフェロモンをばらまいているかのような美しさに、教室中の全男子が興奮してしまっていたのだ。
美少女が突然学校に転校してくる。それだけでもかなりのイベントだが――彼女が次に発した言葉が、俺の人生を大きく変えてしまった。
「将来の夢は――この教室にいる、火神谷黒くんのお嫁さんです!」
俺は彼女の言葉を聞き、「は?」と声を漏らす。途端に教室中の視線が俺へと向き、俺は気まずさに亀のように首をすぼめる。
と、途端に美少女は、「あ! クロく〜ん! 久しぶり〜!」とこちらへ手を振って来た。俺は訳がわからず、ただギョッとすることしか出来ず。
「早速だけど、クロくん! 大、大、大好きです! 私と、結婚して!」
美少女が頭を下げる。俺は男子たちからの嫉妬の視線を浴びながら、「はああぁぁぁ!?!?!?」と絶叫した。
◇ ◇ ◇ ◇
1時限目の授業が終わり、学校中にチャイムが鳴り響く。俺は教室の隅の席で、グラウンド側の景色へ視線を逸らしながら、隣から話しかけてくる声に辟易としていた。
「ねぇ、クロくん。ねぇねぇクロくん。久しぶりに会えたね。さっきの返事はどうかな?」
頭からぴょこりと生えているハート型のアホ毛を揺らし、夜陰は机をこちらの席にくっ付けてくる。俺はよくわからない汗を流しながら、幅寄せしてくる彼女から体を遠ざけ受け答える。
「……いや……いきなり付き合えって言われても……。大体、俺、お前が誰か知らねぇし……」
「え〜! ひどい! ……って、仕方ないか。あの時はお互い4歳か5歳だったから、忘れちゃってもおかしくないもんね」
夜陰はそう言いつつ首を傾げ、「う〜ん」と唸り声をあげていた。
「ほら、覚えてない? 昔さぁ、クロくん、小さい黒髪の女の子とよく遊んでたじゃん。結婚の約束もしてたでしょ?」
夜陰は笑いながら説明を続ける。俺は更に首を回して強固にグラウンド側へと意識を向けた。
……正直、覚えている。薄ぼんやりとだが、確かにそんなことがあった記憶がある。
なんか、男の子からいじめられていて、それでその子を守るために、一緒になって遊んでいた記憶が。俺は夜陰があの時の女の子であることを理解すると、殊更に恥ずかしくなってため息を吐いた。
と、夜陰がニマニマと笑って、「覚えてるんだね!」と朗らかに言った。俺は俺の心情を読み当てた彼女にギョッとして、思わず夜陰の方を向いてしまう。
「なんで、って顔してるね! それはねぇ、私が君のことをよ〜く見ているからだよ! えへへ、大好きな人の事は何でも知りたくなっちゃう!」
「お……お前、その、なんだ。は、恥ずかしくないのか? そういうこと言って」
「恥ずかしくなんかないよ! だって、本当のことだもん!」
俺は耳まで赤くなりながら顔を覆う。夜陰は「まんざらでもなさそうだね!」と更に俺の心理を言い当てた。
いや。そりゃあ、一介の健全な高校生男子としては、こんなにもかわいい女の子に「好きだ!」と言ってもらえるのは、凄く嬉しい訳で。並大抵の男子なら、「はい、結婚します!」と即答するはずで。
でも、だからって、お互いよくわからないのに「かわいいから」ってだけで返事をするのはどうかと思う。俺はとりあえず、「その、あまりグイグイ来ないでくれ。恥ずいから」と答えると、「ヤダ! 恋は攻めっ気、先制攻撃ってお母さんも言ってたもん!」と、夜陰はまた朗らかに笑った。
と、
「おい黒! お前、ふざけんな!」
面倒臭い声がして、俺は肩を落とした。
「大輝……」
俺が声の主へと目を移すと、そこには長身で筋肉質な体つきをした男子がいた。
髪は若干茶色いが、どちらかと言えば黒色をしている。男らしい顔つきをしており、表情から知性の低さが伺える。大輝は俺に近寄ると、泣きそうな顔で猛抗議を始めた。
「なんだよお前、ずるいぞ! そんなかわいい子と知り合いだったなんて! クソ、これは健全な高校生活への冒涜だ! 俺は断固として、不純異性交遊なんて認めないからな!」
「お前が認めるか認めないかなんて関係ないだろ……」
俺は大輝の言葉に肩を落とすと、大輝は俺の隣に並び、俺の頭をポンポンとしながら夜陰に話しかける。
「俺は不死川大輝! 身長182センチ体重68キロ! 夜陰ちゃん、悪いことは言わねぇからコイツはやめとけ! 見ろ、チビだし、何より顔が女みたいだ! やっぱ付き合うなら男らしい男の方がいいよな!」
「お前、後でぶっ殺してやる」
「ちなみにちんぽの長さは18センチ! これが俺が漢であることの証明よ!」
「やっぱお前死んだ方がいいわ」
大輝が自分を指さしドヤ顔で吠える。と、いきなりちんぽと言われた夜陰は、しかし特別動揺することもなく、視線を斜め上へと動かした後、朗らかに笑いながら言った。
「大きければ良いって思っている辺り、すごく童貞臭いね!」
夜陰の一言は大輝に致命的なダメージを与えた。大輝は滝のように涙を流しながら、「うう、所詮俺は童貞だよ……」とその場を後にした。
「……お前、アレは言い過ぎ。思春期の男には一番効く言葉だよ」
「あの人、顔は悪くないけどモテないタイプだね!」
「死体蹴りすんな。やめろ、なんか聞いてる俺まで辛くなる」
俺は頭を抱えため息を吐く。と、夜陰は突然ハッと顔を赤くして、慌てて俺に補足をする。
「言っておくけど、私処女だからね! 大きければどうこうはお母さんから聞いたことだから!」
「いや知らねぇよ! そう言うの学校で言うんじゃねぇ!」
「もちろん、君のために取って置いたんだよ! 初めては好きな人とって決めてるからね!」
「や……やめろォ! だからそう言うの学校で言うなって言ってんだろォ!」
俺が真っ赤になって吠えると、周りからくすくすと笑い声が聞こえてきた。俺は頭を抱えて机に突っ伏し、人生で吐いたことが無いくらいの大きいため息を吐く。
この数分間だけでめちゃくちゃ疲れた。なんでこんな目にあわなきゃならないんだ。
俺が肩を落とすと、夜陰は「クロくん、ねぇねぇクロくん」と尚話しかけてくる。俺は色々とキャパオーバーしてしまい、とりあえず彼女の事は無視することにした。
と、
「ハイハイ、弓子先生が来ましたよぉ〜」
気の抜けた声と共に、教室のドアが開き、きのこみたいな髪型をした眼鏡の女性の先生が現れた。
柊弓子先生。社会科の授業を担当している、この学園随一の変態教師だ。
「ん? あれ、新しい子がいますね。転入生ですか?」
「ハイ! 朝日奈夜陰です! 将来の夢はクロくんのお嫁さんです!」
「お嫁さんかぁ。いいなぁ、青春だなぁ。私が学生の頃なんて、そう言う甘酸っぱいの何も無かったなぁ。そう考えると、私……なんだか……うへ、うへへ……ムラムラしてきましたよォ……」
弓子先生はげへげへと笑いながらヨダレを垂らす。相変わらずの反応に、俺を含めた教室内の生徒たちが一気に騒然とする。
「じゃあ、今日は本来の授業かっ飛ばして、歴史的なえちえち少女たちを紹介していきますね。ちなみに受験には出ません」
「先生、勝手にカリキュラムを変えるのは良くないと思います」
「え〜、でもえっちな女の子は重要文化財ですよ? 歴史の研鑽を深めるのは良いことです。えっちな歴女たちを必修科目にしないなんて、教育委員会がとち狂っているとしか思えません。だから私が正しいんです」
「受験に出ないのならやる価値ありません」
「え〜! 良くないですねぇ、そう言うの! 歴史って本来自分で調べて考える物なんですよぉ! 学歴社会が生み出した歪んだ価値観です、訂正する為にも早急にえっちな女の子の紹介に移ります! 具体的にはこの前お店で指名したえりちゃんとか……」
と、キンコンカンコンとチャイムが鳴り響き、2限目の授業の開始を告げる。と、弓子先生はパンと手を叩き、「まあ、冗談はこれくらいにしましょう。本当にカリキュラム変えると、クビになってお賃金が無くなっちゃいますので」と笑った。
「それじゃあ、とりあえず地理の授業やりましょう。この流れでなんで歴史じゃないんだって? だってそう言う予定なんだから仕方ないじゃないですか」
弓子先生は言いながら教科書を開き、授業を始めた。
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