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イェーレの旅  作者: いちかわ あおん
1/1

チボース村の小人たち

 ある日、イェーレの暮らす寄宿学校に一通の便りがありました。マクリーン先生がそれを早足で持ってきたとき、イェーレは廊下の掲示板の前で友達とあれやこれやと話していたところでした。

「なんです?」一枚の紙きれを受け取りながら尋ねました。

「とにかく自分でお読みなさい。それから教員室に来ること。手紙と一緒に荷物も届いています」

 その荷物とは、一見すると茶色いかたまりのようでした。これまでどれだけの日光やら泥水やら潮風やらにさらされたわからないほどぼろぼろのタペストリーでした。

 しかし、このことがあってから13日後にイェーレは長い旅に出ることになりました。そうするほかになかったのです。

 その旅は12年たった今でも決して忘れることのできないほど恐ろしく、寂しく、ぞっとするような旅でした。けれども一方では気持ちがよく、豪快で、今でも思い出すたびに心躍る、とほうもない冒険でした。

 そんな旅も、始まりはごく普通の、穏やかな秋晴れの朝でした。

 イェーレは寄宿舎の先生やほかの大勢の学生たちに見送られて汽車に乗りました。ある小さな駅でたくさんの人が汽車に乗り込んでゆくなか、イェーレはひとり汽車を降りました。それからひたすら歩き続けました。ところどころに人の頭ほどの石がある土の道、足元にシダがゆれる白樺の森、足を滑らせれば真っ逆さまに谷底に落ちてしまうような山道など、今まで見たことのない風景ばかりでした。

 夜は小さな農家の家に泊めてもらうこともありましたが、ほとんどが野宿でした。

 ある時は船で湖の向こう側へ渡してもらい、またある時はある王国の探検隊に加わって一緒に山を越えました。

 そうして西に進むうち、イェーレが通り過ぎる村の人たちの言葉はなまりがひどくなり、やがて全然知らない言葉を話す村が多くなりました。

 ある日、245丘目の丘を登り始めました。

 やっとのことで小高い緑の丘を越えると、小さな平原にてんてんと家のたつ、のどかな村が見えました。

 イェーレの荷物は、大酒飲みの腹のようにふくれたサックと、丸めたタペストリーだけです。けれども、二つをたし合わせると、自分と同じくらいの重さになります。

「ほう! なんて穏やかな場所だろう。この新鮮な空気! きっとあの林のおかげだろう。それにあの池にはきっとカモやなんかがいるぞ。やれ、あの声はシジュウカラかな」

 ほう、ほう、とごきげんに丘を下っていると、草間のぬかるみにみごとに足を滑らせました。丸太に腰かけていた羊飼いが、丘を転がり落ちるイェーレを見つけました。

すると、転んだ拍子に口が開いたのか、満腹のリュックからイェーレの服や、ランプや、前の村人にもらったお土産、そのほかのガラクタが、つぎつぎにこぼれ出ました。

 あの羊飼いや、丘の中腹に住む人や、外で洗濯をしていたご婦人は、イェーレが去ったあと、それらをひとつずつつまみあげてこすり合わせてみたり、においをかいでみたりして、西の古い言葉でこれはなんだ、それはなんだ、と口々に話し合ったあと、みんなしていっしょに丘を下っていきました。

 いっぽうのイェーレはというと、牧場の柵をつきやぶってもまだ勢いは収まらず、牛舎のかべを突き破るころには、頭がくらくら、目がぐるぐるまわっていました。

 すると、目の前にいた子牛がお母さんのおなかの下から出てくると、イェーレの顔についた草やわらをきれいになめてくれました。

「やあ……どうも」それから振り返ってびっくりぎょうてん。

「やっちゃったな! 壁に大穴を開けたぞ。僕のリュックにも穴が! あっちゃあ!」

 イェーレが立ち上がった時、とつぜんだれかの怒鳴り声が聞こえました。見ると、スカートにエプロンをまいたおばあさんが、ランネグ語で何やらわめいています。

「もしや、この家の人? すみません。家を壊すつもりはなかったんです、ちゃんとなおしますから、どうか……」

 おばあさんは一旦牛舎の外に出ていったかと思うと、すぐにほうきをもって戻ってきて、突進してきました。

「かんべんしてください、かんべんしてください!」

 まもなく、騒ぎを聞きつけた人や丘から降りてきた人が集まり、たちどころにのっぽの侵略者を縛り上げてしまいました。

 わざとじゃないとか、ぼくはわるものじゃない、といくら説明しても、イェーレの話す極東の言葉が通じるはずもありません。

 そのままドワーフたちに引きずられ、村のはずれに並ぶ木のひとつにしばりつけられました。

「まって、まさかここにおいて行ったりしないよね。まって、まって! ……ねえ、それは僕のリュックに、僕の道具入れ、そのノートも、返して! どこへもっていく気? まって……」

 村人たちはばらばらと自分たちの家に帰っていきました。

 さっきのおばあさんだけは、さりぎわにほうきをイェーレに突き立て、たっぷりにらみつけてからくるりと背を向けました。

 それから日がかたむき始め、西の小さな(と言っても、村人たちにとっては巨大な)岩と岩の間まで日が落ちてもイェーレの前には人影一つ現れませんでした。

「のどがカラカラ、首も痛いし、明日には骨になりそうだ」

 すると、村のほうから何やらかけてくるものがありました。犬です。目の周りだけ黒いぶちの入った、大きな犬でした。

「助けに来てくれたのか。縄を解けるもんなら説いてくれよ、犬は賢いんだろう?」

「ワン!」鼻の上をいらだたせながら吠えました。

「いい子だな」イェーレも真似して鼻をいらだたせました。「よし、わかった。水だけでも持ってきてくれれば、代わりになんでもしてやるよ」

 イェーレはふだん気前のいい青年でしたが、木にしばりつけられているときは別です。いらいらしてつい犬に悪態をつきました。

 するとこれを聞き入れたのか、犬はこちらに寄ってきました。と思いきや、何食わぬ顔でイェーレの足元におしっこを浴びせたのです。

「いいさ……どうも、ありがとう! どうせなら飲める水にしてくれよ。しっしっ! あっちいけ!」

 そのころ村では、イェーレが落としたガラクタが物珍しいので、自然と寄り合いが開かれ、その使い道やら、名前やらが提案され、さらには誰がこれをもらうかという話し合いさえ行われました。そして誰一人としてイェーレをどうするかと問うものはありませんでした。

 何しろ小人は脳みそも小さいものですから、一つのことに夢中になるとほかの一切のことを忘れてしまうのでした。


つづく。


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