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第5幕 料理長 レリック様

 ある朝、旦那様方が朝食を終えたあとのこと。


「うぅ……」


 厨房から唸り声が聞こえたため、気になって中に入りました。


 中には若くしてこの御屋敷の料理長をしておられる、青がかった髪に青年のような顔立ちのレリック様がおられました。

 どうやら先程の件が響いているようですね……。


「……ああ、バトラー殿……。」


名前:レリック

性別:男

年齢:26歳

レベル:20

種族:人間族

職業:料理人

スキル:なし

称号:なし

状態:正常


「子供の無垢な言葉というものは時に残酷になるものですからね……。」



――半刻ほど前


「やちゃい、きやい……」


 奥様と同じ白髪に少し尖った耳をお持ちのアイシャお嬢様がそう言い野菜を皿の端に寄せます。


名前:アイシャ・ノルン

性別:女

年齢:3歳

レベル:2

種族:ハーフエルフ族

職業:未設定

スキル:水・光・精霊属性魔法

称号:シリギ国ノルン侯爵令嬢

状態:正常


 まだフォークの扱いも儘ならないのですが、こういうときの執着は凄いもので、綺麗に苦手な野菜のみ分けておられました。


「アイシャ、あまり好き嫌いばかりしていると将来素敵な女性になれないわよ。」


 奥様が諭しますが、あまり効果はない御様子でした。


「レリック、申し訳ないわね。あなたの料理、私は好きなのだけれど、アイシャの野菜嫌いまではどうしようもないみたいね……。アマーリエもレインも野菜好きですのに、いったい誰に似てしまったのかしら。」


「……」


 奥様はキッ!と旦那様を睨み付け、その後呆れたように目を伏せ、「誰のせいかしら」とでも言いたげな態度で佇んでおりました。旦那様は、苦虫を噛み潰したようなお顔で固まって閉口しておいででした。


 するとレリック様が助け船を出すかのように、


「大丈夫です、奥様。本日は野菜と果物のジュースをお作りしました!これならきっとアイシャお嬢様もお召しになられると思います!」


 そう言い、トレーからオレンジ色のジュースをアイシャお嬢様の席へお出しました。


「お嬢様、こちらはお口直しのジュースです。どうぞご賞味ください。」


 アイシャお嬢様は出されたジュースをしばしお見つめになられ、両手でつかむと軽く一口、口にしました。


 口にして数秒、すぐにむすっとした顔になりました。するとそれまで一貫して野菜が『拒絶の対象』であったお嬢様でしたが、今度は『拒絶の対象』の提供者であるレリック様に拒絶の矛先が変わったようで、一言


「れいっく、きやい!!」


 と言い放ち、自室へと戻っていってしまわれました――




 ――レリック様はひどく落ち込まれておりました。


 アイシャお嬢様も悪気があったわけではないと思います。

 それにいつも笑顔を振り撒く愛くるしいお方なので、こんなことは珍しいことです。その優しいアイシャお嬢様に嫌われたことに大層心を傷めてしまわれたようです。


「野菜に果物を混ぜたジュース、これならいけると思ったのですが……何が駄目だったのでしょうか?」


 台所に置かれたジュースを少し傾けると、少しドロッとしているのが分かりました。


「こちら、いただいてもよろしいですか?」


「え、ええ。使用人の皆様にも振る舞う予定でしたし。」


 口にしてみると、やはりこれはジュースと呼ぶよりはスムージーと呼んだ方が良い代物でした。繊維がしっかり入っているため健康には良いものですな。

 しかし、前の世界で野菜が苦手な方に聞いたことがありますが、野菜嫌いにはあの繊維のような感触が苦手という方が一定数いらっしゃるようです。

 

「マイルドで美味しゅうございます。レリック様、こちらのジュースの作り方をお伺いしても?」


「え……ええ。この……魔具を使用してジュースにしたのです。」


 現れたのは縦長の透明な容器の中央に刃がある、ミキサーのようなものでした。


 魔具はこの世界でいうところの電化製品のようなもので、魔物の魔石から作り出すことができるそうです。

 魔物は魔石に魔力を流して体を強化したり魔法を行使するようで、いわば魔石が魔素の役割である魔法行使を担っているのです。

 魔素を媒介にしたときと違う点は、発動する魔法の種類が固定であること。狼系の魔物なら身体強化、火の魔法を放つ魔物なら火の魔法を放つ魔石になるみたいです。

 基本的に一つの魔石につき一つのことしか出来ませんが、本来魔法の行使に必要な"イメージ"がなくても発動できるため、魔力さえ流すことができれば誰でも使用できるというのが利点のようです。


「これはミキサーと言って、数十年前から世に出回りはじめた魔具です。侯爵家にある魔具はどれもシムズ様という凄腕の魔具技師に特注で作っていただいたモノなんですよ!」

 

 ミキサーという名前まで前世と同じということは、開発者に前世の人が混じっているみたいですね。

 しかし、どうもこのミキサーでは繊維が残るようで、それがどうやら野菜果汁ジュースの"野菜らしさ"を際立たせてしまっているようですね。

 果物の方は果肉が入っていてもお嬢様はお好きなので問題ありませんが、野菜の繊維の方をどうにかしないと、お嬢様は野菜の存在に気付いてしまわれるのでしょう。まるで野菜鑑定士ですな。


 (わたくし)は少し考え、無詠唱の土魔法で辺りの土中からガラスの成分のみを集め、皿のような容器の中央が尖ったもの、ちょうどレモンを手で絞るようなスクイーザーのように象りました。

 

「こ、これは……?」


「果物を絞ってジュースにするスクイーザーというものです。果汁は水分が多めですから、これで水分の多い野菜と果物の組み合わせなら、絞ってジュースにすることはできると思います。」


 使い方を一通り説明すると、レリック様は恐る恐る受け取って使い始めます。

 

「お、おぉ……!これは凄い!水と同じくらいさらさらとしたジュースができましたよ!」


 試しに野菜と果物を絞り、混ぜて飲むレリック様。ひとまずこれで仲直りになると良いのですが。


 二人で10人前ほど作ってから、半分を『収納』し、残りはレリック様に渡しました。


「このスクイーザーは差し上げますから、アイシャお嬢様と仲直りなされてはいかがでしょうか?」


「ば、バトラー殿……!」


 レリック様は少しうるっとした目をさせ、やがてやる気に満ちた顔つきになりました。


「ありがとうございます!今日の賄いは腕によりをかけますから、期待していてくださいね!」


 料理に関しては人一倍喜怒哀楽がおありのようですな。


「いえ、お構い無く。代わりと言ってはなんですが、先程御伺いしたシムズ様と言うお方について少し御伺いしてもよろしいでしょうか?」


「勿論ですとも!!私の知る限りお答えしましょう!」




 シムズ様はドワーフの一流魔具技師で、侯爵家や王家からも依頼が来るような凄腕の魔具技師と呼ばれるお方なのだそうです。

 ドワーフは長生きが特徴だそうで、かつての神の使徒であるケイゾウ様が懇意にしていたらしく、ドライヤーやエアコン、ホットカーペットなど、二人で様々な発明をしていたそうです。ケイゾウ様が関わっているものはどれも元の世界が発祥のものみたいですね。


 人となりを聞き、お店の場所と名前をメモして一息つくと、厨房の扉がバンと開けられました。


「面白そうなことやってるじゃない。私もシムズに用があるし、この間のお礼ついでに案内するわよ。」


「アマーリエお嬢様!?」


 扉を開け仁王立ちしたアマーリエお嬢様に驚くレリック様。待ち伏せして立ち聞きしていたのは『遠見』()ていたので、微笑みが先に出てしまいました。


「お嬢様、買い出しなら言ってくださればじいが1人で行きますよ。」


 アマーリエお嬢様はむっとした表情で眼鏡の丁番に手を掛けてくいっと上げました。


「自分で確認していない魔具なんて使いたくないわよ……。魔具は魔法使いや魔法研究家にとっては長く使う相棒みたいなものなんだから、皆自分で特注したり選んだりするものよ。」


「左様でございましたか。ではお言葉に甘えましょう。レリック様、仲直り頑張ってくださいな。」


「はい!」


 元気の良いレリック様の声をあとに、魔動車を手配してシムズ様のいらっしゃる工房へと向かいました。

 



 ――魔動車は魔力で動く自動車というよりは、魔力で動く馬車のようなもので、馬を模した押し車に取り付けられた魔石に魔力を流し、加速魔法で前に進む構造です。


 御者台から馬を模したものの首根のところにある魔石に触れて進んでいると、アマーリエお嬢様が頭を乗り出して声をかけてきました。


「危ないですよ、お嬢様。」


「速いわね!さっすがバトラー。普通の御者じゃここまで速くはできないわ!やっぱりあんたに着いていくのが一番楽ね!」


 少し()()()()()()()()()言い方に違和感を覚え思い返すと、先程の朝食でお嬢様は怪訝な顔をされていたのを思い出しました、


 半ば当てずっぽうで


「お嬢様はご弟妹にお優しいですね。」


と呟くと、お嬢様が背中からびっくーっとしてから固まりました。


「…………。」


 目をぱちぱちと、長い耳をピクピクとさせて分かりやすく赤面動揺したお嬢様が微笑ましく映りました。

 笑みを向けるとどうやら逆効果だったようで、大きくため息をつかれました。


「はぁ……まあいいわ。恥ずかしいからレリックには黙っていてもらってたんだけどね……。

 実はあのミキサー、(あたし)がレリックと一緒にシムズに頼みに行ったのよ。

アイシャは普段優しくて可愛らしいんだけど、大嫌いな野菜のことになると、急に人が変わったかのようになるのよ……。今日なんてレリックに悪態をついて……。まるで親の敵のよう。前世で野菜にでも殺されたのかしら?」


 魔動車の窓から風に靡かれた金髪を後ろにやり、呆れたようにそう答えました。


「ある意味、親の敵ではあるでしょうね……。」


 (わたくし)が遠い目をしながらそう言うも暫く首をかしげていたお嬢様。しかし野菜嫌いの祖である旦那様のお姿が浮かんだのか急に吹き出してしまいました。御者台からハンカチをお渡しします。


「ぶふっ!?っ……っ!仮にもっ……、従者であるっ……アナタがっっ…………そんなこと……言って……いいの?」


 笑いのつぼに入ったのか、暫く笑っておられるお嬢様。


「今回ばかりは旦那様が要因でございます。子供というのは()(ざと)いもので、親のことはよく視ておりますから。子育ての出発点はまず自分の行いを見つめ直すところから。良いことと悪いことの判断がつかないうちは他人の真似をして世の中を覚えて行くのですから、それまでは模範となるような"先生"である必要があるのだと思いますよ。」


「フム……それは異世界の常識?それとも父親だったからかしら?」


「いえ……受け売り半分、経験半分というところでしょうか。血の繋がった家族はおりませんでしたが、さる御方の御子息に仕えておりましたし、親子くらい年の離れた仕事仲間もおりました。」


 坊っちゃまや羽鳥にもう会えないのは寂しいですが、私が教えられることがもうないくらいには立派になられましたから、安心ですね。


「……ごめんなさい。流石に無神経過ぎたわ。」


「いえ、過ぎたことです。」


 お嬢様の優しい一面を知って喜んでいると、なにやら脳内で会話が聞こえてきます。


(ばとら!あいしゃがへやでかぎかけていじけてて、そとかられりっくのこえがしてる。なかなおりしたいっていってるんだけど、なかにいれたほうがいい?)


 黒龍の子のオニキスから念話が届いてきました。

あまり離れて念話したことはなかったですが、ここまで離れても会話ができるのは便利ですね。


(仲直りの印にフルーツジュースをご用意していると思います。オニキスも飲んでいいですから、アイシャお嬢様に一緒に飲みましょうと説得してもらえますか?)


(わーい!わかった)


 鼻歌交じりでるんるんと唄うオニキスの声がフェードアウトして消えていきました。




 ――侯爵領の南にある山の麓へと到着し、アマーリエお嬢様に案内されると、一際大きなお店がありました。


 店内は武器やアクセサリー、電化製品のようなものがずらりと木机に並んでおり、なにも知らなかったら万屋かと思うような品揃えの不統一さが目立ちました。


「お邪魔いたします。……これは全て魔具なのでしょうか?」


「そうよ。失礼、シムズはいるかしら?」


 お嬢様が大声でそう仰り暫くすると、奥の部屋の(すだれ)のようなところから小柄で白髭の生えた筋肉質な男性が姿を表しました。


「……んだよウルセェな……人がせっかく昼寝してんのに。」


名前:シムズ

性別:男

年齢:200歳

レベル:80

種族:ドワーフ族

職業:鍛冶職人

スキル:火・土属性魔法

称号:一流鍛冶職人・Aランク冒険者・国認魔具技師

ギフト:魔力視

状態:正常


「久方ぶりね、シムズ。今日はネクちゃんじゃないのね。」


「なんだァ?侯爵んトコの嬢ちゃんじゃねェか。いつもの魔具なら別に呼ばなくても金だけ置いて持ってけって前に言ったよなァ?」


 目を擦りながらシムズ様がそう答えました。

ドワーフ族は皆人間族のおよそ三分の二くらいの身長なのでしょうか。


「今日は弟子(ネク)もおっ(カア)も街に出チマッててよ。ふわあ~ッ……ウチの弟子になんか用……ん……!?」


 大きなあくびからようやくこちらに気付いたシムズ様は大きく開けた口をそのままに、あんぐりとしながら固まってしまいました。


「?あ、あぁ、『魔力視』ね。そういえば後ろの"バケモノ"の紹介がまだだったわね。うちの新しい執事よ。」


 失礼な。好きで化け物になったわけではありませんよ。


「お初にお目にかかります、シムズ様。ノルン侯爵家が執事、バトラーと申します。」


「あ、あァ……おめェさん、転生者……それも神の使途か?ケイゾウは祖父(ジジイ)の倍くらい魔力があったと思うが、アンタは……ケイゾウの4……いや5倍くらいねェか……?俺には禍々しいオーラを纏った魔王みたいにしか見えねェンだが……」


「ちゃんと神の使途よ。お母様の御墨付き(『鑑定』)。とはいえ曾お爺様の5倍とは……研究しがいがありそうね……」


 ふふふ……と怖いことをいうお嬢様。


「で?5倍ジイさんが何の用だ?専用の魔具武器でも作って国でも滅ぼすのか!?」


 (わたくし)より5倍くらいじいさんな方にそう言われるのはとてつもなく癪ですね……。

 物騒な発言なのになぜか爛々と輝く目をしているシムズ様。ああ、お嬢様と同族(研究家)の血を感じますな。


「実は……」


 私達はアイシャお嬢様の一件を話しました。


――「なるほどなァ。それで?俺ンとこ来たって事は、そのスクイーザー?ってのの魔具を作りたいってコトか?」


「いえ、スクイーザーは果実のような水分の多い食べ物を絞るもので、水分の比較的少ない野菜はスクイーザーでは絞れません。とはいえミキサーですと細切れにはできても、細切れになった野菜のかすが残ってしまい、ドロドロの液体になります。」


 野菜をミキサーにかけても繊維が残るので、ジュースと言うよりはスムージーに近くなります。


「じャあどうする?」


「ミキサーは素材を切り刻むのに対し、ジューサーは素材を絞って液体の部分のみを取り出すことができます。素材は用意したので、試しに作ってみましょう。」


 道中に買っておいた木材と予め土魔法で作っておいたステンレス材を『収納』から取り出し、土魔法で形を変えて部品を作っていきます。

 数年前、元の世界の奥様と家電量販店に行った際にジューサーを見ましたが、ジューサーは低速タイプと高速タイプのものがあります。

 高速ジューサーは細かくカットしながら遠心分離で汁を飛ばして集めます。早くでき、比較的固い野菜でもジュースにできる反面、カットの影響で野菜の繊維がやられやすく、栄養があまり取れなくなる可能性があります。

 低速ジューサーはスクリューを使い、圧縮しながら絞ります。絞るのにやや時間がかかるもののスクイーザーのように野菜をすりつぶすように絞ることで、できたジュースに栄養が残りやすいというメリットがあります。


 外面を木材、中身はステンレス材で良いでしょう。投入口をふた状にし、最後に水魔法で洗ったら完成です。


「おォ!すげェ!」


『収納』から野菜と果物を好奇心で溢れかえっておられるお二人に渡し、


「動作を試してみましょう。(わたくし)が風魔法で動かします。」


 と言うと、わくわくしながら野菜と果物を設置していらっしゃいます。


 無詠唱でゆっくりめと早めにそれぞれ回して10分程、2つのジューサーから黄緑とオレンジのジュースがそれぞれできました。


 お二方は恐る恐る口に含むと、それぞれ感嘆し、


「本当ね!こんなにサラサラしたジュースは初めてよ!!」


「こいつァいいな!」


 と御墨付きをいただけました。




――「さて、本題なのですが。」


「皆までいうな!わかってらァ!こいつを魔具にすりゃいいんだろォ?」


「お察しの通りです。報酬はお出ししますのでお願いできますかな?」


「いや、金は結構。というかその前によォ、おっさん、この魔具は特許申請した方がイイ!」


 聞けば文字通り元の世界の特許とあまり変わらず、商業ギルドなるものが管理している特許に申請すると、酷似した商品を売る度にお金が入るとのこと。


「それにシリギでは特許申請したものが流行すると国王様から国認魔具技師の称号を貰えて、国のお抱えになることができるのよ。シムズも曾お爺様と一緒に作った冷蔵庫と冷凍庫が有名になって国認魔具技師になったの。」


 身内の功績を自慢気にお話になるお嬢様はどこか誇らしげです。


「ノルン家に仕えておりますので、国に仕えるのは遠慮させていただきたいですね。」


「どうしてよ?」


(わたくし)は王家の方々の人となりを知りませんから。それに、技師として雇われても結局政治利用か戦争の兵力にされる未来しか見えないので御免です。」


 ぷっと吹き出すお嬢様。

自分からやるのとやらされるのは大きな違いです。進んで人殺しをやらされるのだけは避けたいですな。


「まぁそうよねぇ。アナタは第二王子とかに付きまとわれそうなタイプだわ。」


「有難い情報を頂き感謝いたします。」


 正直、そんな不穏な情報は聞きたくありませんでしたが。


「というわけで、こちらの設計図は差し上げますから、シムズ様が領民のアイデアで作ったとされれば結構でございます。」


「うーん……言い分はわかったケドよ……。なァんか、納得できねェな。ほとんどおっさんの手柄のハズだろ……?」


「で、お願いできますか?」


「まあ、いいか。半刻で仕上げてやるから待ってろよォ!!」


 ――お嬢様がお求めでありました実験用の魔具を一緒に見ていると、ものの一時間もかからずに奥の部屋からシムズ様が両脇にジューサーを抱えて現れました。


「ありがとうございます。お代は……」


「おォっと、金なんか出すんじゃねェ。タダでさえこっちが貰いすぎなんだよ。なんかあったらタダで作ってやるから俺に言いな!」


 金は要らんとばかりに、半ば押し出されるように店を追い出されてしまいました。



 ――夕刻、御屋敷に戻ると、すっかり仲直りしたご様子のレリック様とアイシャお嬢様。


『ばとら、おかえり!』


 口元をオレンジジュースで湿らせた皆様を浄化(クリーン)で綺麗にします。


「じぃじ、あいがとー。」


 少しはにかんだアイシャお嬢様の破壊力は抜群らしく、研究一筋のアマーリエお嬢様ですら破顔しておいででした。


『さっき、れいんがれーらのせっとくにいってたけどおいだされてたよ。』


 オニキスが念話で状況説明をしてくれます。何やら使用人の方々がそわそわしているご様子。メイドのセーラ様がおられたので話をうかがいましょう。


「セーラ様、ただいま戻りました。皆様忙しないようですが……」


「お帰りなさいませ、バトラー様。実は、朝のアイシャお嬢様の件で奥様がお怒りのご様子で……旦那様がお帰りになられてから、奥様の部屋でお説教が始まってしまいまして……。勇気あるレイン様が仲裁に向かわれたのですが、すぐに追い出されてしまわれまして……。ど、どどどうしましょう!?」


「ならアレの出番ね!リズ、レリック、厨房行くわよ!」


 『収納』からお嬢様に高速ジューサーを渡すと、アマーリエお嬢様のお世話係であるメイドのリズ様にそれを渡し、レリック様を引っ張って厨房に行かれました。


「さて、ご機嫌取りはあちらにお任せしておきましょうか。」


「じぃじ、ままとぱぱ、なかなおり……」


「そうですね。まずは仲直りから、ですね。アイシャお嬢様、お手伝いをお願いできますか?」


「うんっ!」


 元気よい返事をいただけました。アイシャお嬢様が笑顔になられたところを見れば御二人も大丈夫でしょう。




 ――セーラ様に居場所をお聞きし、アイシャお嬢様と一緒に旦那様のおられる客間へ向かうと、メイドのお二人が心配そうに扉に張り付いていらっしゃいました。


「サラ様、メリッサ様、中のご様子はいかがですか?」


 ノルン侯爵家には一人に一人ずつお世話係の方がいらっしゃいます。

長女のアマーリエお嬢様にはクールなメイドのリズ様。

長男のレインお坊っちゃまにはセーラ様。

そして次女のアイシャお嬢様のお付きはサラ様。

サラ様は美人でお仕事は完璧にこなす方ですが、アイシャお嬢様の一挙一動にデレデレの残念美人という印象があります。


 旦那様と奥様には双子であるメリッサ様とアリッサ様がお付きとなっております。


「バトラー様にアイシャお嬢様っ!旦那様と奥様は一時間ほど出てこられません……。」


「この間のアマーリエお嬢様の時はまだお優しかったですが、今回は酷くお怒りのようでして……。私も旦那様お付きのメイドとして、もう少し旦那様に強く言っておけば…。」


「旦那様はお優しいですからね。言い辛いのもしょうがないと思いますよ。」


「あいしゃ、なかなおり!いく!」


 ふんす!と意気込み十分なアイシャお嬢様。


「はぁッ!流石はアイシャお嬢様!!私も出来る限りのご助力をいたします!」


 恍惚そうな表情のサラ様。アイシャ様のお付きは天職みたいで何よりです。


「旦那様、奥様、失礼いたします。」


 ノックをしてから中に入ると、中には緊張の面持ちで給仕をされているアリッサ様とお怒りの奥様、そして正座させられている旦那様。何故正座……?


「あらバトラー様。見苦しいところをすみません。」


 旦那様にも奥様にももう少しくだけた口調で構わないと伝えてはいますが、奥様は大層神の使途であられたケイゾウ様に傾倒なされていたとのことらしく、同じ使途である私には恐れ多くも敬語をお使いになるのが妥協点らしいです。


「いえ、今回は積もりに積もった旦那様のせいですから。子供は親を見て育ちますからね。」


「ば、バトラー殿まで……」


「バトラー様も同じお考えのようでよかった。普段あまりあなたには意見しないけれど、あなたの野菜に対する考えだけは直さないといけないと思うわ。」


 怒りの内容はごもっともなので誰も諌められませんね。


 すると(わたくし)の足下に隠れられていたアイシャお嬢様がひょっこりと顔をお出しになりました。


「まま、さっきはごめんなちゃい……。でも、あいしゃのためにけんかしないで。あいしゃはなかよしのぱぱとままがすきだから……。やさい、すきになるから。おねがい……。」


「アイシャ……」


 サラ様ではありませんが、アイシャお嬢様の"おねがい"の破壊力は抜群ですな。アイシャお嬢様は良い意味でご自身の使い方を知っていらっしゃる。とても聡明でいらっしゃいますね。


「アイシャお嬢様がご聡明なのも奥様をよく見ておられるからでございますよ。」


「あら、お上手。けど、アイシャが良くてもボルの野菜嫌いが治るわけではないのよ……。」


 "ボル"とは旦那様の愛称です。


「……左様で御座います。ですから旦那様、これを機に歩みよってみませんか?」


 タイミングよく扉からノックがされると、レリック様がお入りになられました。


「アイシャお嬢様、旦那様、これが新作の野菜ジュースです!どうぞ皆様お飲みください!」


 突如試飲会となる客間。(わたくし)も皆様に配るのをお手伝いいたします。

 レリック様に促されますが、飲むのをためらう旦那様。するとアイシャお嬢様が目を瞑りながらお飲みになられました。


「…………お……」


「「お?」」


 アイシャお嬢様のお言葉に緊張が高まる皆様。


「おいちい!」


 アイシャお嬢様の御墨付きをいただいた旦那様も続けて目をつむりながら飲むと、


「……こ、これは!美味しいぞ!」


「本当ね!まるで果物のジュースみたい!」


「そうです!果汁と野菜汁を割合よく混ぜた力作ですよ!」


 (わたくし)も飲んでみると、それは前世の野菜果実ジュースに近いものでした。

 あの短時間でジューサーを使いこなしここまでの完成度のものができるとは、流石は料理長でいらっしゃいますな。


「こ、こんなにおいしいなら毎日飲めるかもしれないっ!」


「我々使用人も全力でお二人が野菜をお好きになれるようお力になりますから、どうかこの素晴らしいレリック様のお仕事に免じて、矛を納めてはいただけませんか?」


「わかりました。私も二人が野菜嫌いを克服できるように協力しましょう。」


 ……なんとかお怒りを沈めることができてよかったです。


ふと旦那様に目をやると、まるで前世の旦那様のような仔犬のような目をしてこちらを見つめる旦那様がおられました。


「バトラー殿……!」


 感動した旦那様は小声でぼそっと耳打ちしてきました。


「ありがとう……。今度、その処世術というか……話術を学ばせてくれないか?」


「構いませんが、今回の件のような場合は旦那様の野菜嫌いから始まりましたので、それを何とかしないと結果は変わらないと助言致しますよ。」


 と小声で返すと、


「…………」


 朝食の時のような、えも言えぬ顔で閉口されてしまいました。

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