幕間 九条家当主 九条 泰時
成影が失踪してから1週間が経った。
あいつが何も言わずに去るなんてあり得ない。
捜索願は出したが、見つかったという報告はない。
それにあの客室だ。
本棚から本が崩れ、いくつかの書物と俺の盆栽がなくなっていた。
部屋には成影が使用していたペンが落ちていた。恐らくあの部屋の痕跡を最後にいなくなってしまったのだろう。
捜索隊の方々曰く、数年前にも同じように何の手がかりもなく失踪した事件があったらしい。その時は結局見つからず、認定死亡となったという。
「最後にいなくなった痕跡以外の情報が全く出てこないんですよ。行きつけの店から学校、バイト先……果てには海や山に遭難してるんじゃないかと探したけど見つからず……。こんなこと、あれ以来起こらないと思っていたんですがね……。」
捜索隊の男はそう言うと帽子を深く被り自分の作業に戻っていった。俺の前であるからか最後まで語らなかったが、「今回もそうなるだろう」とでも言いたげであった。
書斎に戻り窓を見やると夕日が落ちかけており、辺りがオレンジに染まる。
この時間に一人でいると寂しい気分になってくる。
そういえば、最後に合った日もこんな夕日頃に書斎に居た気がする。たしかあの日は、息子が大学に受かった報告に来たんだったな……。
あいつとは俺が産まれた頃からの付き合いだった。親父が亡くなり、それからは俺が親父の九条グループを継いだ。そのとき成影は秘書となり、俺の支えとなってくれた。また、息子の家庭教師としても支えてくれた。
――コンコン
懐かしんでいると扉がノックされた。あの日の夕日、懐かしい記憶、それらが成影を連れてきてくれたのかと一瞬ばかりは思った。
「旦那様、羽鳥です。失礼いたします。」
入ってきたのはメイドの羽鳥だった。
「なんだ、羽鳥か。」
少し残念そうにそう答える。
「期待はずれですみません。」
羽鳥も軽口を叩く。そうでもしないと、お互いにこの押さえつけている哀しみが外に漏れだしてしまいそうだからだ。
羽鳥は仕事の都合上、会っていた時間は俺より長い。笑みを浮かべるが、作っていることくらいは俺にでも分かる。
「……冗談だ。お前にまで出ていかれたら更に悲しくなる。何か、用か?」
「はい。成影さんより、『もし私が死亡か行方不明になり一週間以上留守にしたとき、旦那様にお渡ししてほしい』と事前にお願いされていた手紙がございます。」
背中からそれを見せると、半分ふんだくったように受け取ってしまった。
「用意が良すぎる……あいつ、実は未来人なんじゃないか?」
その悪態にくすっと笑った羽鳥をとらえたあと、俺の目はすぐに手紙へと落ちてゆく。
――私がいなくなったせいで私以外の方々に迷惑がかかるのは本望ではありません。もし私がいない場合はこの手紙に入っている鍵を使い、私の私室の小金庫を明けて
ご活用ください。九条グループに幸あらんことを。
成影 遼
あいつらしいと言えばあいつらしい。余計な言葉を省いた簡素な手紙だった。
「あいつの部屋へ行く。ついてこい。」
俺は
「よろしいのですか?」
羽鳥は俺宛の遺言に付き合っていいのかと思っているようだ。しかし、彼女はまだ若いが、人の入れ替りが激しいうちで働いている中では成影を除いたら、羽鳥が2番目に付き合いが長いのだ。
メイドだからと一歩引いているのかもしれないが、もう少し自信を持ってもいいのに、と思ってしまう。それに――
「お前の方があいつと居た時間は長いだろう?これも読んでいいぞ。」
歩きながら、羽鳥に読んだ手紙を渡す。羽鳥は突然渡され驚くも、「ありがとうございます」と返し受け取った。
部屋へ着くと羽鳥が小金庫の場所を知っていたので開けてもらい、中を見る。
中を確認すると、10冊ほどのノートが入っていた。
羽鳥と手分けをして中身を確認した。
一時間後、照らし合わせた情報からするとどうやら10冊のノートには1冊につき1年間となっており、過去5年間と未来5年後の日付が書かれていた。
見開きのページの左側は時系列の出来事が書いてある。
3月25日(火) │ 高塚グループが服飾産業に介入。
株価の変動は高塚グループが+15.42、九条グループが-8.03となる。
同じ行の右側のページを見ると、同じ日付となっていた。
3月25日(火) │ 高塚グループが服飾産業に介入しグループ会社名をTK-FASHIONとして発表。
株価の変動は高塚グループは+15.09、九条グループが-4.95に落ち着いた。恐らくTK-FASHIONは婦人向けに力を入れると明言した事から、九条とそれほど層が被らなかった結果だ。
「まさか、これは左側が予測で、右側が事実か?」
見開きのページの右側はニュースにもなっているものがほとんどだ。恐らく事実が書いてあるということはわかる。
もしやと思い、未来の年号のノートを開くと、事実を書いている見開きの右側が空白となっていた。
「やっぱり、か……。しかもこれ、最近になるにつれて予測の精度が上がってないか……?」
「そのようです。集めた情報から取捨選択して5年後までの予測を行っていたようですが、最近のものはほとんど当たっていることになりますね……。」
そういえば、成影が耳打ちで情報をくれる時がたまにあった。それのおかげで大手と契約できたり、社の問題を解決する手助けとなってくれた。あれは予測から産まれた助言だったということか。
「成影さん、大旦那様に拾われた恩返しすることを生き甲斐にしておられましたから。」
「俺達の方が恩返しできないほどに助けられているっていうのにな……。」
情報も、自分で使用するためのものではなく、あくまで俺らに助言するためのものだったのだろう。あいつは人を立てることについては一流だから。
「いなくなっても、まだ助けられるのか……俺は……。」
寂しさと、この恩を返せない今に、心底やりきれない気持ちになる。
「お願いだ。早く、戻ってきてくれ……成影……。」