第3幕 黒龍女王 スピネル様
具体的な対応策はギルドマスターも交えて明日話し合うことになり、その日は解散となります。
孤児院に戻ると、子供達と、クルーエル様と赤茶色のショートヘアに猫耳が特徴の若いお嬢さんが談笑していました。
「じいやだ!」
「あら、おかえりなさい。バトラー様。」
「あなたが噂のオジサンね。私はBランク冒険者のエリー。私はこの孤児院の冒険者よ。エル先生から聞いたわ。先生を助けてくれてありがとう。」
首から下げた金色のギルド証を手に持ち見せながら自己紹介をされました。
名前:エリー
性別:女
年齢:18歳
レベル:42
種族:獣人族
職業:魔装拳士
スキル:炎属性魔法・上級格闘術
称号:Bランク冒険者
状態:正常
「でも、エル先生のことは渡さないからね?」
「エリー、バトラー様に失礼なこと言わないで!それに、別に私はあなたのものでもありません。」
むっふっふっ、とエリーさんはからかったご様子です。とても仲が良いみたいですね。
「いえ。シャドー・バトラーと申します。どうぞよろしくお願い致します。」
挨拶を終えた後、侯爵家にお世話になることになったことをお伝えしました。
「そうでしたか、おめでとうございます。寂しいですが、今日でお別れとなるのですね。」
「同じ領にはおりますから。それにクルーエル様は恩人ですから、なにか困ったことがあればお力になりますよ。」
「ありがとうございます。さあ、今日はお見送り会といたしましょう。」
お見送り会は日付が変わる頃まで行われました。
――深夜。
辺りが寝静まり、虫のリリリリ、という音のみが聞こえてきます。今だけは私と虫しかこの世にいないような気分になります。
少し夜更かしした私はあることを試しておりました。
ギフトでまだ使ったことのなかった『遠視』。せっかく貰ったのですから、有用に使うべきですよね。
試しに外の方に視線を伸ばすように意識を向けると、今みている光景に重なって、遠くの景色が映りました。
慣れないと、意識が遠くの情景に集中してしまいがちになり、自分のからだの動きを疎かにしてしまいそうですね。
南西の方角を向き、『遠視』で遠くの視点から『探索』をかけてみたとき――
「ここは……書斎でしょうか。それにこの魔力反応は…………」
更に奥をその部屋の奥の奥と、視野を進めていくと――――
翌日、朝食を終えるとギルドから使いの男性職員がやって来ました。
「ギルド職員のレインです。ギルドにて侯爵様とギルマスがお呼びです。」
侯爵とギルドマスターという単語にエリーさんは食い付きました。
「何その面白そうなイベントは!?ちょうどギルドに依頼探すついでだったし、私もついてくから!」
「そうですね……。依頼には守秘事項が含まれておりますので、ここでご依頼を受けることを決めていただければ、よろしいですよ。」
「受けたっ!」
エリーさんは元気よくそう言いました。
「も、もうエリーったら……バトラー様、すみませんがエリーのこと、よろしくお願いしますね。」
クルーエル様が申し訳なさそうに頼んできます。
「ちょっ、ちょっとっ!さすがに私、Cランクのオジサンに守ってもらわなくても大丈夫よっ!」
むすっとしたエリーさんとギルド職員のレインさんと一緒にギルドへと足を運びます。
――「おう!待ってたぜ!って、やっぱりエリーも来やがったか。」
「何よ?アイサツね。まるで私が来るのが当然とでも言いたげね。」
「そりゃあ…………ってまさか、お前、何も知らないで来たのか?」
驚くギルドマスターのジャック様がこちらを見つめ、教えなかったのかと、目線で合図を送っているように見えました。
「貴族様の見聞にも関わりますから。それにとくに聞かれませんでしたし。」
「……それもそうか。まあいい。じゃあ中で話すから、ついてこい。」
私とエリーさんは広めの部屋に案内されます。
中に入ると、トレボル侯爵とアンナさん、それに10名ほどの冒険者達と思わしき面々がおられました。
「連れてきたぞ。これで全員だな。侯爵、まずは説明を頼みます。」
「ああ、まずは現状から説明しよう――」
私が持ち帰った情報を基に侯爵が説明をはじめます。初めは穏やかだったエリーさんの顔も、だんだん険しくなって行きます。
「な……なんだよそれ!?許せない……。私達の孤児院をそんなことのために!!」
エリーさんは結構アツくなるタイプでしょうか。クルーエル様が心配されるのも少しわかるかもしれません。
「さて、状況は侯爵が説明した通りだ。今回は侯爵に伯爵の証拠をつかませるのが最優先だ。伯爵の切り札の一つである冒険者100人は有志によって捕まえられたが、まだ向こうにはブラックドラゴンがいる。最悪の場合を想定して、ドラゴンと戦うことも視野にいれた作戦が必要になる。事前に何かある奴はいるか?」
しん、と静まりかえるのを見て、私は手を上げます。
「偶然みつけてしまったのですが、黒龍の場所と、証拠となりそうな書斎と思わしき部屋の場所は存じております。」
「「なんだって!?」」
異口同音に声を荒げ、聞き返します。驚いた顔をいの一番に解いたのはジャック様で、私の肩を叩くと耳元で――
「事情は侯爵から聞いている。」
とだけぼそっと呟いてから、
「続けてくれ。」
と、話を催促しました。恐らく神の使徒の件をギルドマスターにお話していたようですね。
「少しだけ事前調査をしていたのですが、ここから南西にある伯爵の御屋敷の右手前に書斎がございました。そして、その奥の部屋の隠し扉にブラックドラゴンが監禁されております。それと……」
「まだ何かあるのか?」
「ええ、黒龍の子は……既に産まれておりました。」
「なんだと……!?」
「子供の守る親竜は気が立っている……こいつは思ったよりマズいな。」
「それに、伯爵に孤児院が取れなくなったことが伝わったら、相手も何をしてくるか分からんからな。だが、子を産んだことで今、親竜の視線は外を向いているはずだ。伯爵はそんな状態でどうやって親竜を押さえつけているんだ?」
ベテラン冒険者の風貌の男性が訪ねてきます。
「親竜の首元に首輪がされておりました。憶測ですが、どうやら隷属の首輪によって従えているようです。」
実際には隷属の状態を『鑑定』しているために確定事項なのですが、わざわざ沙汰にするものでもないと思い、そう言うことにしました。
「して作戦ですが、トレボル侯爵様とギルドマスターのジャック様は体裁がおありだと思いますので、伯爵邸を正面からお入りください。侯爵様がキングストン伯爵のお相手をしている間に、私達は半分に。書斎から証拠を持ち出す役割と引き付け役に分かれます。書斎の場所は分かっておりますので、私がご案内します。」
「ドラゴンはどうする?」
「――――私が引き付けておきます。こう見えて、引き付けて避けることにだけは特化していますから。」
「……。」
流石にBランクが出張るのは文句が出るかと思っていたのですが、相手があの黒龍ともなると、進んで自分から相手をしたいと思う方はいらっしゃいませんでした。
皆さんのようすを確認したジャック様が
「意見がないなら作戦はこれで行く。準備ができ次第出発する。では解散!」
作戦会議が終わり、各々が準備をし始めました。
「侯爵様、ジャック様。」
私が手招きをして耳打ちをします。
「実は冒険者の皆さんを安全にお連れするため、『収納』しようと思っているのですが……」
一瞬鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする御二人ですが、なにやら悪代官のような悪い笑みに変わり、
「なんか面白そうじゃねぇか。俺が許そう。」
「その方が早いということだろう?なら任せる。」
と、妙に乗り気になっておりました。
――半刻過ぎ、皆様の準備が終わった頃、ジャック様から声がかかります。
「よし、じゃあそっちは任せたぞ。」
「はい。では皆様をご案内いたします――範囲睡眠」
バタバタと倒れる冒険者を『空間収納』の黒い球に吸い込んでいきます。
「こいつぁ……すげぇな。」
「では、行って参ります。」
「ああ。君も大丈夫だとは思うが、気をつけてくれ。何かあったらと思うと、私も嫌だからな。」
こんな年寄りにも御優しいとは。侯爵家に仕えたい気持ちが募っていきます。
「もちろんでございます。――影移動」
体が影に溶けて消えて行きます。
「……行ったか。アイツだけは敵に回したくねぇな……。」
「……同感だ。」
……聞こえていますよ。
――影を伝って正面門から伯爵邸へ侵入し、そのまま御屋敷の中に入って書斎を目指します。
書斎に付くと、中と外に見張りが二人ずついたため、木拘束で拘束した後、睡眠で眠らせ、『空間収納』に入れ、代わりに冒険者の方々を出します。
「全状態異異常回復」
「あれ……ここは?」
睡眠状態が解除され、目を覚ました冒険者の方々は立ち上がります。寝ているときの記憶がないからか、瞬間移動した気分になっているご様子。
「ここが伯爵の書斎でございます。ここの見張りは倒しておいたので、皆さんで見張りと証拠探しをお願いします。証拠を見つけたら、正面から入って謁見で時間を稼いでくださっている侯爵様と合流して下さい。では、私はこれで――影移動」
影へと潜っていきます。
「何モノよ、あのオジサン……」
ぼそっと呟くエリーさんに、黒いハットを被った黒服の女性魔術師が答えました。
「……バケモノ。あの人の魔力量、おかしい。」
……だから、聞こえていますよ。
書斎から奥の部屋に移動し、昨日の夜に『遠見』で見ておいた隠し扉の下を潜って奥へ進みました。
薄暗い空間には牢があり、中にはおよそ20メートルはありそうな黒龍が身を縮めておとなしく入っておりました。
名前:スピネル
性別:女
年齢:385歳
レベル:2124
種族:ブラックドラゴン
スキル:睡眠・毒・麻痺無効、全属性耐性、闇属性魔法、念話
称号:黒龍女王
状態:隷属の呪い
名前:未設定
性別:男
年齢:0歳
レベル:1
種族:ブラックドラゴン
スキル:闇属性魔法、念話
称号:黒龍
状態:正常
どうやらドラゴンの子は産まれたばかりでまだ伯爵に見つかっていないのか、正常みたいですね。
「――特級解呪」
見つかる前に先手必勝と思い、まずは状態をなんとかしました。
隷属の首輪がパリンと音を立てて壊れました。
「溶岩地獄」
牢の鉄格子を一気に溶かし中に入ると、伏せた状態の黒龍の目が開き、私を見つめます。
「助けに参りました。私は――」
『貴様……ニンゲンが……ワタシを操ることはおろか、我が子にまで手にかけるつもりかああ!』
この声は黒龍の念話でしょうか。黒龍の口が開き、光がこもります。ブレスが飛んで来ると悟った私は――
「この方向はまずい」
後ろの方角は冒険者のいる書斎。全力で身体強化を施しパンチをし、顔の方角を反らします。
パァンと言う音と同時に顔が反れ、壁に向かって赤いブレスを吐く黒龍。鉄格子とは逆側の石の壁に、竜すらも通れるような、どでかい穴が空きました。
ここで闘うのはまずい。ひとまず引き付けて、書斎から引き離さないと。
そう思った私は空いた穴から外に出て、屋敷の庭と思わしき空間へと誘導します。
「さて、穏便に行きたかったところなのですが……話を聞いていただくには一旦落ち着けないとですね。」
黒龍は子竜を置いて来たようで、一匹でこちらに飛んで来ました。
「私も一度は自分の全力を試しておかないといけませんし、ついでだと思うことにしましょう。――では、」
私は執事用の白手袋を『空間収納』にしまい、黒手袋をはめ、キュッとネクタイを締め身なりを整え、
「ドラコン退治のお時間です。」
『グオアアアアアァァァ!』
レーザーのようなブレスと手から放たれる闇魔法のダークレーザーをジグザグに進んで交わし、
「氷の鋭針」
『ガアァァァ!』
鋭利な氷の刃を降らせても、ちょっとのけぞるくらいでした。全属性耐性というのは、結構厄介みたいですね。
それに、睡眠無効で睡眠関連が使えないのも面倒です。ですが、
「方法ならいくらでもありそうです。」
私は炎魔法に電撃を纏わせ、それに酸素を多く含んだ大気を送り、そのまま風の勢いで加速させつつ、酸素で炎の勢いを増幅させ――
「合体魔法――――雷纏炎空弾」
属性魔法の合成をし、無数の弾が黒龍を襲います。
『ウガアアアア!ナメるなアアアァ!ワタシは火を吐き闇を操るブラックドラゴンの女王!そんな火ごとき食らうはずがないわ!』
「でも、物理ダメージは食らうみたいですね?」
最初にブレスから書斎を守るために殴ったとき、きちんと顔が反れてくれたことから、物理ダメージはある程度通るということは分かっておりました。
『……何だ?』
突如黒龍の全身が影に覆われ、黒龍が空を見上げると、竜の三倍は大きな、百メートルほどの大岩が竜を襲います。
「岩山岳落とし」
ゴゴゴゴゴと轟音をあげ、あたりをクレーターのようにしながら地面に叩きつけられる黒龍。HPゲージを見ると、ある程度ダメージは通ったみたいですね。
手から闇魔法で黒いレーザーを出し、口からもレーザーを吐いて岩を壊しておりました。
岩を壊した影響であたりには煙が吹き荒れます。
『グ……な、ナメるなよニンゲン……』
黒龍が起き上がり、視界が晴れたとき、
「収束透鏡球」
『なっ……』
土魔法で地面からガラスに必要な素材を抽出し、全体がレンズのようになった透明な半球のドームに黒龍を閉じ込めます。
「炎には自信がおありみたいですが、焼く手段はなにも炎魔法だけではありませんよ。」
念じ、不可視の光魔法を唱えます。
「連携魔法――――収束熱線光」
四方八方、計32箇所から光魔法で赤外線を多く集めたの熱光を放ち、光線はレンズめがけて飛んでいきます。
光線にはわずかに混じった波長の短い、熱によって歪められたような淡い赤色が纏わりついており、その熱光線の強さと禍々しさを助長しておりました。
放たれた熱線は凸レンズを通過することで屈折し、四方八方から一点へと集められ、エネルギーが収束・増幅します。虫眼鏡で太陽の光を集めて紙を焼く現象を更に大規模にしたようなものですね。
身を少し捩った黒龍の尻尾に熱線が触れた瞬間、はじめにジュッと音を立て、そのあとは無音で黒龍の長い尻尾が全消失し、その直後――
ブオオオオオォォオオォォ―――
凄まじい熱風と共に、エネルギーの爆発が起こりました。
はっはっは。我ながらひどい魔法ですね、これは。使う機会もあまりないでしょうが、封印しといた方がよいかもしれませんな。
やがてエネルギーの波が収まり、煙で辺りがみえなくなります。それが収まった頃にドーム状のレンズを消し、黒龍のいる震源地のもとへ向かいます。
黒龍は尻尾が焼け切って失くなり、足もエネルギーの爆発でボロボロ、起き上がることもままならず、床に伏せておりました。
黒龍のあたりの地面は焼けているというより、マグマと溶岩のようになっていました。
『ぐっ……うっ……負けて死ぬならドラゴンとしては本望だ……。また操られるくらいなら、死んだ方がマシだ。だが、我が子のためにもただで死ぬわけには……』
「ですから、助けに来たと申しましたでしょう?大体あなた、隷属の呪いを受けていたのに解放されたのは私が解呪したからです。――特級回復」
私が光魔法で癒しを与えると、尻尾とボロボロの足の傷が復元したかのように再生しました。
『ぬぬぬ……ワタシはもしかして、恩人に八つ当たりしていたのか……?』
「もう少し早く気付いてほしかったですよ。まあ、私も全力を試してみたかったところもありますし、手荒なことをしてしまったのは事実ですので、これでおあいことしておきませんか?」
『そ、そうだな。ワタシはブラックドラゴンの女王、スピネル。もとに戻してくれて感謝する。お主、もしかしてケイゾウと同じ神の使徒か?』
急に耳馴れた日本の人物のような名を言われ、びっくりしました。
「は、はい、私はシャドー・バトラー。一応神の使徒ではございます。ケイゾウ様……もしかして、ケイゾウ様のお子さまはエルフの方と結婚して、ハーフエルフの子を産んでいたりされていますか?」
『……確かにケイゾウはじじいになってから、ハーフエルフの孫自慢をよくしていたな。確か名を……レーラと言っていたか……?』
どうやらスピネル様はレーラ侯爵夫人のお爺様と面識があったようです。
『しかしバトラー、お主は化け物だな……。同じ神の使徒のケイゾウはワタシと互角くらいだったが、お主には全く勝てる気がせん。あんなにも一方的にやられるとは。』
「神の使徒は皆さんこのくらい強いものなのではないのですか?」
『そんな化け物が百年に一度来るんじゃ、恐ろしくてここに住もうなんて思わんわっ!!』
身から出た錆だとは思っておりますが、泣く子も冒険者も黙る黒龍に化け物と連呼されるのは、少し癪ですね……。
とはいえ、あたりを見回すと、どこからが庭かも分からないくらい大きなクレーターとなっていました。そういえば、ここは伯爵の土地でしたね……。
「一応直しておきますか。整地」
土魔法を唱えるとやがてゴゴゴゴと地面が揺れ、荒れたマグマと溶岩を地面に埋め、土で満たされ、平らになって行きました。
「さて、まだ隷属をおこなった張本人が残っております。一網打尽にしたいので、協力していただけませんか?」
『勿論だ。』
戻る道中、軽く情報共有をしました。
『あのニンゲン、身籠ったワタシに快適な空間を用意すると言っていた。今思えば、あんなのに騙されるなんてどうかしていた。夫は隷属されたワタシと身籠った我が子をかばってワタシを殺せなかったのだ。そのまま操られたワタシが殺してしまった……。』
「黒龍の王が不在なのはそういうことでしたか。詐術に長けているようですし、急いだ方が良いですね。」
『ああ。』
『かあさま!』
スピネル様が最初に空けた牢の穴に戻ると、黒龍の子供がふらふらと飛んで来ました。まだ飛ぶのにはあまり慣れていないのかもしれませんね。
『我が子よ。無事で何よりです。さあバトラー、急ぎましょう。』
書斎に戻るともぬけの殻だったので、おそらく証拠を手に入れ合流しているということでしょう。
事前に冒険者達に付けておいたマーカーをたよりに、開けた空間へと向かいます。
広場に到達すると、何やら硬直していておかしな様子だったため、影移動で隠れました。
皆さんの様子を見ると、状態が魅了となっておりました。
「騒音が止んだと思ったら……全く、護衛は何をしている……」
小太りで青い礼服を羽織ったような見た目をしたキングストン伯爵を『鑑定』。
名前:スレイ・キングストン
性別:男
年齢:32歳
レベル:39
種族:人間族
職業:魔法使い
スキル:魅了・火属性魔法
称号:シリギ国キングストン伯爵
状態:正常
詐術も全て、この魅了魔法の仕業でしたか。調べたら余罪ももっと出てきそうですね。
「全状態異異常回復」
「……?私はいったい……」
「俺はどうして……」
「なっ、僕の魅了が解けた……!?」
私が影からかけた状態異常回復に、キングストン伯爵が驚いている隙に、
「聖なる封印」
魅了魔法を封印しておきました。あとは侯爵様と冒険者達にお任せしましょうか。
「……どうやら操られてしまっていたみたいだな。キングストン、貴様がブラックドラゴンを操り、この地に恐怖をもたらした証拠はここにある。このことは国王陛下に届ける。追って陛下の名のもとに必ず処断されるであろう。連れていけ。」
冒険者の方々にぐるぐる巻きにして連れられた伯爵を横目に、影から戻り、状況を確認します。
「エリーさん、ご無事でしたか?」
「オジサン!!生きてたの!?」
「ええ。」
「まだだ!まだ僕にはブラックドラゴンがいるんだ……!おい!!出てこい!!主様をお守りしろ!!!」
諦めの悪いキングストン伯爵は最後の砦に頼りました。
『誰がお前なんかに従うか!』
「そ……そんな……どうして隷属の首輪が……僕の魅了もどうして効かないっ!?」
抵抗空しく冒険者にそのまま連れていかれました。
「ブラックドラゴン……味方なの?」
エリーさんがおずおずと尋ねます。
『ああ。ワタシはブラックドラゴンの女王、スピネル。バトラーに助けられた。少なくとも、バトラーの味方だ。』
「女王……。書斎で探してる間、ずっと凄まじい音がしてたわよ?戦っていたのよね?」
『ああ。危うく殺されかけたからな!』
「は……?」
口を滑らせたスピネル様。自らが半殺しにあったことをとても嬉しそうに話しておりますが、龍族は戦闘狂か何かなのでしょうか。
それにそれだと、私が進んで半殺しにしたみたいじゃないですか。
「……自業自得ですよ。」
流石に自分から戦いを挑んで返り討ちにあったことを被害者面されてはたまらないので、少し悪態をついておきました。
『バトラー、お主さえ良ければ、我が子を連れていってくれないか?ワタシより強いお主のそばにいた方が、ワタシのそばにいるより安全かもしれない。』
「お子様は了承しているのですか?」
『かあさまより強いんでしょ?ばとらと一緒に居れば強くなれそうだからいいよ!』
……やはり龍族はただの戦闘狂種族なのでは。
「ですが、私は今後侯爵家に仕える身。侯爵家の方々が了承されないことには、お引き受けはできません。」
『侯爵?ケイゾウの孫がいる家か!?ワタシも興味が湧いたぞ!』
「ま、まさかお義祖父様が話しておられた黒龍女王……!?」
話を横聞きしていたのか、トレボル侯爵が口を挟みます。
『ああ、ケイゾウとは一度本気で殺しあった仲だからな。あやつとは結構仲が良く長い付き合いだった。』
"殺しあったから仲がいい"。"喧嘩する程仲がいい"の上位互換か何かでしょうか?
「そうだったのか……。スピネル殿がレーラにお義祖父様のお話を聞かせに来てくれるなら、喜んで了承する。」
『あやつが誉めちぎっていた孫の顔も見てみたいし、ちょうどいい。』
侯爵夫人の話になり、打ち解けたご様子の御二人。退路は断たれてしまいました……。
まさか黒龍の子供のお世話を任されるとは……。転移の時に旦那様からお預りした盆栽のお世話を定期的にしておりますが、そんなことが可愛く思えてしまいました。
『そうだ。ワタシも300年以上前、当代の神の使徒にスピネルという名を貰ってな。なんでも使徒の世界にあった黒い宝石の名前だとか。バトラー、良かったら我が子の名前を付けてはくれないか?』
『名前くれるの!やったー!』
なるほど。黒宝石は『悪しきをはね除ける忍耐力』などの石言葉のある宝石だったはず。全属性耐性などはその名の恩恵なのか、それともその耐性を見た当時の神の使徒がそう名付けたのかは分かりませんが……。
しかし、パワーとチャレンジ精神を向上させる意味もあったような。戦闘狂と相まってピッタリの名前なのかもしれませんね。
黒龍の子は産まれた時から父親は亡くなり、母親は伯爵に隷属されておりました。これ以上悪意に晒されないよう、願って
「オニキス、はいかがでしょうか。同じく黒宝石の名前ですが、悪意を遠ざけ、身を守る意味を備えています。」
『おにきす!いい名前!』
名前:オニキス
性別:男
年齢:0歳
レベル:1
種族:ブラックドラゴン
スキル:闇属性魔法、念話、全状態異常耐性
称号:黒龍、バトラーの眷属
状態:正常
名付けが終わると、オニキスに状態異常耐性が付いていることに気がつきました。なるほど、文字通り名は体を表すスキルが身に付くのですか。ドラゴンにとって名は大切なものなのですね。それに、私の眷属という扱いになっておりました。何故……?
『オニキス……。良い名を付けてくれて感謝する。オニキスも喜んでいるようだ。』
私の頭の回りをくるくる飛び回っているオニキス。
「では私達も帰ろう。バトラー殿、これから執事としてよろしく頼むよ。」
「はい、旦那様。」
トレボル侯爵、もとい旦那様の信頼を得られたようで何よりでございます。
「神の使徒に名付けを頼むブラックドラゴン……まさか、あのオジサマ……!?」
エリーさんがぼそっとそう呟いておりました。
冒険者ギルドに戻ると、協力していただいた冒険者の方々とお別れをします。
「今回は助かった。この侯爵の名のもとに報酬は弾んでおく。協力してくれて感謝する。」
「オジサマ、たまには孤児院に顔だしてあげてね。エル先生も喜ぶと思うから。」
急に態度が変わったエリーさん。察しの良いお方のようですね。
「はい。またお伺いに参ります。エリーさんもお元気で。」
そう伝え、お別れをします。
エリーさんは、ジャック様のとなりに来ると、
「……まさか神の使徒様だとはね。」
「……おまえ、気付いてたのか?」
「やっぱり。にしてもとんでもないオジサマね。」
鎌をかけられ、まるで「やっちまった」と言うかのように、ギルドマスターのジャック様は頭をかく。
「ああ、ブラックドラゴンの女王と互角にやりあえるなんてな。」
「互角じゃないわよ?」
「は?」
「オジサマは無傷。オジサマが一方的にブラックドラゴンを半殺しにしたって、ブラックドラゴンの女王様が言っていたわよ。」
「……バケモンよりバケモンとかどうなってんだ。厄災か何かか?」
「龍殺しの執事っていう二つ名はどうかしら。」
「……そいつはいい。今日は驚かされてばっかりだから、意趣返しに俺達で広めておいてやろう。」
……ですから、聞こえておりますからね?
不名誉な二つ名をギルドから頂き、龍達を連れて旦那様の御屋敷に戻ると、レーラ奥様がいらっしゃいました。旦那様が奥様に事情を説明します。
「そうだったの。あなたがお爺様の話に聞いていたスピネルさんね。お爺様のお話、もっと教えてほしいわ。」
『お前がケイゾウの孫か。確かにケイゾウに似ずに可愛らしくて安心した。』
「まあっ!お爺様に似ていないだなんて。お爺様にも可愛らしいところくらいはあると思いますよ。ふふっ。たとえば……」
すっかり打ち解けたご様子。こうして私とオニキスは侯爵家にお世話になることになったのでした。