第2幕 侯爵領主 トレボル・ノルン様
――翌朝、朝食を終えギルドへ向かうと、受付のアンナ様とギルドマスターのジャック様が出迎えてくれました。
「おはようございます、バトラー様。お待ちしておりました。まず、ギルド証をお返しします。これでバトラー様はCランクとなります。」
アンナ様にそう言われ、銀でできたギルド証を渡されました。Cが銀証なら、Dは銅証なのでしょうか?
いえ、今はそんなことより――
「先日、ギルドマスターからは"D"ランクへの昇格と説明を受けたのですが……。」
「そのことなんだが、今回の騒動はお前さんが侯爵からの指名依頼を達成したという扱いにするそうだ。盗賊の捕縛がDランク、更に貴族の指名依頼の達成がCランク昇格の条件になってる。両方達成したお前さんは晴れてCランクというわけだ。」
どうやら侯爵様が粋な計らいをしてくださったようですね。
「それと、領主様であるトレボル・ノルン侯爵様より、バトラー様にお会いしたいとのことで、招待状を預かっております。」
中央にオレンジの印が捺された、はがきくらいのサイズの横長の封筒を受けとりました。
ちょうどお礼をせねばと思っていたものですから、都合が良いですな。
冒険者ギルドを出て侯爵様の御屋敷へと向かいます。
道のりは孤児院のルーツ君に案内していただいたときに教わっておりました。
白い壁に、横に長いオレンジの屋根。窓が沢山付いていた3階建ての豪邸と呼ぶべき御屋敷でございました。
門番の方に招待状を渡すと、恭しく中へ招待いただきました。
中へ入ると、メイドの方がいらっしゃいました。
「お待ちしておりました。シャドー・バトラー様。私はメイドのセーラと申します。トレボル侯爵がお呼びです。さあ、こちらへどうぞ。」
セーラ様は外向きの口調でそう言うと、豪邸の中へと案内されました。
――コンコン
「旦那様、奥様、セーラです。シャドー・バトラー様をお連れいたしました。」
「通しなさい。」
「失礼いたします。」
「待っていたよ。君がシャドー・バトラーか。」
中に入ると、横長のソファに金髪のオールバックに整った顔立ち、白地に所々オレンジのアクセントを加えた男性が座っておりました。
その横には少し長めの耳に白髪の長いストレートヘアが特徴の美しい女性が白い椅子に佇んでいました。
どちらも胸にオレンジの家紋のような襟章をしていらしたので、恐らくオレンジはノロン侯爵家のイメージカラーのようなものなのかもしれませんね。
「お招きいただきありがとうございます。シャドー・バトラーと申します。」
「よく来てくれた。私はここの領主のトレボル・ノルン。横にいるのが妻のレーラだ。」
名前:トレボル・ノルン
性別:男
年齢:35歳
レベル:72
種族:人間族
職業:魔法剣士
スキル:雷・炎属性魔法・超級剣術
称号:シリギ国ノルン領主・シリギ国侯爵
状態:正常
メイドのセーラ様に、椅子にかけるよう促され、話をし始めます。
「まずは今回の孤児院の件、非常に助かった。本当にありがとう。」
トレボル侯爵が頭を軽く下げ、レーラ侯爵夫人がそれに続くのを見て、思わず固まりました。
「あ、頭をお上げください。私は当然のことをしたまでですから。」
「君は冒険者なのに随分と謙虚なのだな。」
成り立ての冒険者という副業に自分でも違和感を覚え、苦笑しました。
「い、いえ……。しかし、つかぬことを御伺いしますが、どうしてそこまであの孤児院のことをお気にかけるのでございましょうか?」
いち孤児院をそこまで気になさる侯爵の優しさを知るとともに、わざわざギルドにまで気にかけるよう伝えていたため、そこまでする意味が何かお有りなのかと気になってしまいました。
「私の種族はハーフエルフなのだけど、クルーエルさんは私のお母様と同郷のエルフ族で、友人同士の間柄なのよ。」
レーラ侯爵夫人はそう仰いました。
「それに、うちで雇っている護衛や使用人にもあの孤児院の出が数人いてね。さっき案内していたセーラもそうだ。クルーエルのところの子供達は魔法の才能があり、非常に助かっているのさ。」
「左様で御座いましたか。お聞かせいただきありがとうございます。」
「さて、まずはお礼だ。まずは指名依頼の達成報酬として、白金貨2枚を受け取ってくれ。」
クルーエル様に教えていただいた貨幣価値基準ですと、銀貨が1万円、銀貨10枚分である金貨が10万円とすると、白金貨1枚は相場100万円となるはずです。
「身に余る光栄、感謝いたします。」
「いや、これでも足りないくらいのことはしてくれた。そこで、金とは別に、何か望みがあれば聞こうと思っていてな。何か欲しいものや望みはあるか?」
少し考えた後、私は考えを述べることにします。
「二つ、申してもよろしいでしょうか。」
「聞こう。」
「ありがとうございます。まず、いただいた白金貨の一枚は孤児院に匿名で寄付していただけないでしょうか。私もクルーエル様には大変お世話になり、恩返しがしたいと思っておりました。」
「……君の報酬が減るが大丈夫か?」
「半分でも十分頂いていますから。それに、それほどまでにはお世話になったということです。」
孤児院のお金も少ない中、2日間も食・住の提供をしていただいたことには、本当に感謝しています。
「そういうことなら、わかった。そのようにしよう。もうひとつは?」
「はい、実は今回の騒動には続きがございます。どうやら先の騒動、神官長とキングストン伯爵が繋がっているようなのです。」
「なんだと?」
「フロディ神官長の日記によると、フロディ神官長は自作自演でクルーエル様との婚約を狙っていたようなのですが、キングストン伯爵はどうやら金銭面でその支援をしていたようなのです。伯爵はあの広い孤児院を乗っ取って、あることをしようと目論んでいました。」
「あること……?」
私はあらかじめ『空間収納』から出しておいた手土産を襟の内ポケットから取り出します。
「はい。こちらの手紙には、『使役したブラック・ドラゴンの母親に子を産ませ謀叛軍を作るため、かの孤児院を占領せよ。』と書かれておりました。キングストン伯爵は、ブラック・ドラゴンを隷属させ孤児院で育て上げ、竜軍を用いて侯爵家を貶めようと企てているようなのです。」
「なんと……そんなことになっていたとは。」
「そこで私から提案なのですが、こちらの件、お手伝いさせていただく代わりに、私を侯爵家の執事として雇ってはいただけませんでしょうか?」
弱気を助け強気を挫く志、また身分を問わず頭をお下げになる侯爵様に、お優しい大旦那様を重ねた私は、この侯爵家に身を置きたいと思っておりました。
「いや、君はこの前までEランクだったのだろう!?いくらなんでもそれでブラックドラゴンは無茶では……」
「あ………あなた、こ、この……御方は………」
私の方を見つめ突然プルプルと震えだした侯爵夫人を見て、なにか体調が悪いのかと、状態異常を確認するために『鑑定』で確認してみます――
名前:レーラ・ノルン
性別:女
年齢:32歳
レベル:68
種族:ハーフエルフ族
職業:魔法使い
スキル:水・土・木属性魔法
ギフト:鑑定
称号:シリギ国ノルン侯爵夫人
状態:正常
「レーラ、いったいどうした!?」
侯爵も慌てたご様子ですが、レーラ侯爵夫人の状態は正常となっています。いったいどうしたというのでしょうか――
「この御方は…………神の……使徒様……です!」
「あ……」
そこでようやく、レーラ侯爵夫人に"ギフト欄"があることに気付き、『鑑定』をお持ちになっていることに気付きました。
なるほど、『鑑定』で私が神の使徒であることが分かってしまったようです。
しかし、クルーエル様からはギフトを持つ人は異世界から来た人と聞いていたのですが、称号に異世界関連の称号がないのはどうしてでしょうか?
「それは、本当か……?」
「え……ええ。黙っていてすみませんでした。レーラ侯爵夫人も『鑑定』をお使いになられるのですね。」
「は、はい。私の場合は亡き父方のお爺様が神の使徒様でした。子供がギフトを引き継げるのは二世代先までだそうです。お父様は『鑑定』を使えなかったそうですが、その血を受け継いでいる私は『鑑定』を使うことができました。」
なるほど。神の使徒本人が鑑定を持つことは知られていたようですが、二親等先までの血縁者がギフトを引き継ぐことがあるということはクルーエル様はご存じなかったのですな。
「もしそれが本当なら、少なくともどの国でも神を最上とする教会では一番立場が上、それにこの国では国王様と張り合える立場ということになるはず……。」
「わ、私たちはとんだご無礼を……」
お二人とも萎縮してしまわれました。神の使徒と言われるようになってから、こういうことが起こるだろうとは少なからず思ってはいましたが……。
「わ、私は元の世界でも執事をしておりましたから偉くもなんともありません。それにこれからお仕えさせていただきたいと思っているのですから、そのような気遣いは無用でございます。私のことはどうぞバトラーと。」
「いや、そういうわけにも……あ、いや、わかった。バトラー……殿。」
無理やり止めさせようとしたためか、また萎縮させてしまいました。少し凄みすぎてしまったのでしょうか……。
「ありがとうございます。それで、黒龍と執事の件でございますが。」
「そうでしたね。そのお力をお借りできるのなら心強いことですが……。」
「なんというか、その……手伝う見返りに執事にしてくれというのは、私達にはメリットしかないが、あまり君にはメリットがあるとは思えないのだが……。」
その言葉に、思わず「ふぉっふぉ」と笑ってしまいました。
「……失礼しました。ですが、仕事場は選べるのなら、より良いところを選びたいと思うのは不自然ではありませんでしょう?侯爵様は孤児院の力になってくださったり、お会いして、身分を問わずに礼節を重んじる方々であることはわかりました。私は、"貴女方のお力になりたい"。貴女方に仕えることはメリットになり得る。私はそう思います。」
侯爵様と夫人は、お互いに顔を見合わせるとうなずき、
「こちらとしても助かる。よろしく頼む。」
侯爵と力強い握手を交わしました。