第0幕 執事 シャドー・バトラー
――「ここは…………教会……でしょうか?」
やけに軽い腰を上げ辺りを見たところ、ここは白い石造りの建物。
私の下には赤い絨毯が敷かれ、横に長い木製の椅子が規則的に並んでいるのが確認できます。
軽く上を見上げると左右のステンドグラスから淡い青の光が灯り、まるで行くべき道を指し示すかのように赤い絨毯を照しています。
――キィ……
静寂な空間に音が聞こえそちらを見下ろすと、木造の扉から黒い影が覗いておりました。
「あ、あの……」
声の主は予想外にも高い声でした。女性と思わしき声が扉を開け近付いてくると、やがて黒い修道服に包まれた金髪の若い女性の姿が見えました。
名前:クルーエル
性別:女
年齢:58歳
レベル:47
種族:エルフ族
職業:魔法使い
スキル:風・光属性魔法
称号:聖職者・孤児院長
状態:光魔法封印
顔立ちを確認した瞬間、修道服の女性の顔の横に黒色の四角い枠が出てきて、情報が浮かび上がります。名前欄の横にはHPやMPなどのゲージがございました。
「魔法使い……」
年齢……には触れないでおきましょう。それに、魔法……御坊っちゃまのお好きな小説にこういったものが御座いました。確か異世界に転移するお話だったかと。
「私はクルーエルと申します。……あの、失礼ですが、あなた様は神の……使徒様でございますか?」
「神の使徒…で、ございますか?」
聞き慣れない単語に、名乗りも忘れ思わず聞き返してしまいました。
同時に、先程旦那様に「神様だ」と言われたことを思い出しました。流石に酔っ払った旦那様の軽口のせいで神の使徒に祭り上げられていたというのなら、数年間は恨んでもいい気がします…。
「はい。ここ教会では数百年に一度、神様が使徒様を異なる世界から遣わせに来ると言われております。」
「ほう……。何故、私が神の使徒であると?」
「異界からの召還者は足元にあるような教会にある魔方陣から来られると言われております。しかし、異界からの召還者は神の使徒様に限りません。ですが神の使徒様は特別で、身体能力が高く、神様から渡されたギフトである『鑑定』をお使いになると。先程私のことを魔法使いと仰られました。」
身体能力…確かに先程から身体が軽く、長年の腰痛もなく感じます。
「あの……私の年齢や種族はお分かりになりますか?」
「ね、年齢は……私と……同い年みたいですな……。エルフの方であると出ておりますが。」
見えてしまった情報から、触れるのは避けていた年齢のことを自分から訪ねられたので少し動揺してしまいました。
「えっ、同い年だったのですか!?すっ、すみません。失礼かもしれませんが、見た目よりもお若いのですね。」
クルーエル様は修道服の被っていたフードを取ると、長い耳が姿を表しました。
エルフ族の年齢感覚はよくわかりませんが、同い年でこの若さということは、相当長寿な種族なのでしょう。
「やっぱり、『鑑定』がお使いになられるようですね。使徒様、御自身を『鑑定』なされてはいかがでしょうか。」
クルーエル様が手鏡をこちらに向けてきました。
見慣れた私の顔を見たところ、身体は若返ったように動きましたが、年齢が若くなったわけではないようです。
名前:未設定
性別:男
年齢:58歳
レベル:FF00
種族:人間族
職業:未設定
スキル:全属性魔法・武芸の超越者
ギフト:鑑定・遠見・探知・空間収納・言語理解
称号:異世界転移者・神の使徒
状態:正常
どうやら人の場合、顔を見た時に鑑定されるようです。それに、クルーエル様になかったギフトと呼ばれる欄が御座いました。
なにやらたいそうなことが書かれていますが、名前と職業が未設定になっているのが気になりました。自分で設定しろということでしょうか。
「確かに神の使徒となっておりました。しかし、私はただの執事でございます。神の使徒様と呼ぶのはやめていただけると……」
「し、失礼しました…ではなんとお呼びすればよろしいでしょうか。」
私には成影 遼という名前がございますが、異世界にまできて日本の名前を使っては、異世界人だと喧伝しているようであまりよくないかもしれません。クルーエル様の名前からして西洋風の名前が多い環境のように見受けられますから、それに沿った通り名でも付けることにしましょう。
――数分悩んだ結果、
「私のことはシャドー・バトラーとお呼びください。」
「シャドー・バトラー様でございますね。」
少し安直かもしれませんが、名字をもじり、西洋の執事とかけあわせてそう名乗ることにしました。
クルーエル様から手渡された手鏡で改めて自分を確認すると、名前が未設定からシャドー・バトラーに変わっていました。
お互いに自己紹介を終え辺りを見渡すと、いくつかの本や盆栽が散らばっていることに気がつきました。
「す……すみません、教会を汚してしまったようですね。どうやらあちらの本などとともにこちらの世界にきてしまったようでして。すぐに片付けますので。」
「お手伝いいたします、バトラー様」
「いえ、大丈夫です。」
「えっ」
断られると思ってなかったのか、クルーエル様は驚いたご様子。
私が散らかった本や盆栽に目を向け『空間収納』と念じると、黒い球体空間が現れて目で見た物だけが吸い込まれていきました。
「す、すごい……」
特に誰かに教えられたわけではありませんが、どうやらギフトというのは無自覚にある程度理解でき行使できるようですね。異世界の言葉はわからないはずなのに、理解でき話せるのもきっとそのせいなのだと思います。
「どうやらこういったこともできるみたいですね。してクルーエル様、差し支えなければ、この世界のことを少しご教授いただけませんでしょうか。」
「か、かしこまりました。ここで話すのもなんですから、場所を変えましょう。こちらにどうぞ。」
クルーエル様に案内され別室に通され待っていたところ、クルーエル様がお水をもって参りました。
「ありがとうございます。」
「いえ、たいしたおもてなしもできずすみません。改めて、私はクルーエル。この教会で孤児院を開いているものです。バトラー様、この世界のことが知りたいとのことでしたが。」
「そうですね。まずはこの国のことを教えていただけますか。」
クルーエル様がひと息つき話し始めました。
聞いたところ、ここはシリギと呼ばれる国で、その中でもノルン侯爵家と呼ばれる貴族によって統べられたノルン領と呼ばれる場所であるとのこと。
「なるほど。ありがとうございます。クルーエル様、この世界から私の世界へと帰る方法などはご存じでしょうか。」
「いえ……すみません。詳しいことは分かりません。しかし、異世界からやって来た方は過去にもいたようですが、帰ったという話を聞いたことはないです……。」
もしやとは思いましたが、やはり旦那様達とはもうお別れとなるのかもしれませんね。
こんなときのために予め遺言は作っておいたので旦那様達の心配はしていませんが、お別れもせずに去ってしまったのは少しだけ心残りでしょうか。
「ありがとうございます。ひとまず職を探さないといけませんね。」
「バトラー様のご希望のご職業はやはり執事なのでしょうか?」
そういえば、異世界に来てまで執事に固執することはないのかもしれません。しかし、私は主を立てる執事が性に合っていました。
それに、私のギフトというものを見る限り、これこそ陰で主を補佐する執事に相応しいものだと思っており、これを生かしたいと思っておりました。
「そうですね。どちらに仕えるかはとくに決まっておりませんが、主に仕える仕事に就きたいと思います。」
「でしたら、まずは冒険者になられるのがいいと思います。この国の貴族の執事は主を魔物や暴漢から守るため、一定以上の実力がないといけないそうです。そのため、執事は冒険者から選ばれることが多いみたいです。」
魔物……この世界にはそのようなものがいるのですね。
詳しく聞いたところ、国の外は魔物の住みかとなり危険とのことで、貴族は外敵である魔物から街を守る義務があるようです。
貴族自身も軍を率いるとのことなので荒事も多く、補佐するにはそれなりの荒事を押さえられる人材である必要があるみたいです。
「明日、冒険者ギルドに案内いたしますから、本日はこちらでお休みください。」
「何から何までありがとうございます。しばらくの間、ご厄介になります。」
クルーエル様のご厚意に甘え、本日はお世話になることになりました。