現金ですが財布パーティを追放されました。戻ってこいと言われてももう遅い。俺はもう流通していない。
「現金、お前は追放だ」
ポイントカードが宣言した。
現金はまさかの展開に思わず声を荒げてしまう。
「正気か!? 財布パーティから現金をなくしたらいったいどうやって買い物をするんだ?」
クレジットカードが冷たい目でオレを見つめる
「支払いスキルなら俺で十分だろう。お前は手取り以上に引き出されることはないが、俺の信用は月百万円だ。実質無制限だと思ってもいい」
「し、しかし、四天王最強の敵、住宅ローンの頭金と戦ったおかげで、今預金は百万円もないじゃないか」
クレジットカードは俺を見下す様子を隠さない。
「来月になれば給料が入るから問題ないな」
割引券の方を見るが、他のやつらと同様らしく、冷めた目でオレを見つめるだけだ。
くっ、誰か、オレの味方はいないのか?
大量のレシートと目が合った。
レシートたちもオレを責める。
「そもそも、アンタは重いのよ」「じゃらじゃら音を立てるし」「千円札もよれよれじゃない、何枚あるのよ」
さすが長年財布パーティにいるだけあって、オレをよく知っている。オレの心を的確にえぐってきやがる。
「小銭が多いのは毎回お札で払うからじゃ……」
「何よ、小銭って出すのが面倒じゃない。もっと出しやすい形になりなさいよ」
デパートの金券もオレを非難する。
いや、お前はどっちかっていうと、現金側だぞ。
クレジットカードがキランと目を光らせ、最後通牒を述べる。
「とにかく、現金は追放だ。そして、財布パーティには新しく助っ人を呼んである。スマホだ」
「スマホです。よろしくニキ」
スマホがドヤ顔する。
スマホの決済機能が、現金にとって代わり始めたと風の噂で聞いている。
時代の流れには逆らえなかったということか。
現金は財布パーティを追放となり、小銭は全額寄付に回った。
途上国の子どもたちが何人か救われたらしい。
財布パーティは軽くなった。
そうして、現金は財布パーティ以外の場所で活動するようになった。
***
俺は財布パーティを追放され、コンビニやATM、自動販売機など様々な場所で流通していた。
オレは意外とどこでも活躍できるようだ。
一方の財布パーティは、大きなダメージを受けていた。
現金が財布パーティを追放されて一か月後、財布パーティの住む街で、大規模な地盤沈下が起こった。
大規模な断線があちこちで起き、いたるところで停電が続いていた。
その日、冷蔵庫が空になった財布パーティの雇い主は、コンビニに向かったようだ。(コンビニにいる現金の情報だ。)
雇い主はスマホで支払いをしようとしたらしいが、運悪く停電中のコンビニだったため、現金での支払い以外は不可能だった。
しかも、おつりの現金が足りないから、小銭での支払いが必要だった。
クレジットカードもダメ。コンビニで使える割引券などはない。レシートは財布を圧迫する。
財布パーティは支払いスキルを使うことができなかった。
飢えた雇い主は失望するしかなかった。
ATMに眠る現金に会いに来たこともあったが、こちらも停電中でどうしようもなかった。
今、雇い主は何もできずに自宅に引きこもっているらしい。
「電気がないと決済できないとは思わなかった! 現金に戻ってきてほしい!」
雇い主は叫んだそうだが、そもそも流通していない俺にはどうしようもなかった。
結局、雇い主の配偶者が近所づきあいしているおかげで、何とか飢え死にすることはなかったらしい。
大規模停電が終わってから、現金は財布パーティに戻ってきた。
雇い主は財布パーティを見直し、整理したらしい。
大量にいたレシート、期限切れの割引券、不要なポイントカードなどは財布から追い出されていた。
クレジットカードも十枚以上あったというのに今は二枚だけになっている。
「災害時は現金もないと大変だと気づいたよ。すまなかったな」
財布パーティの雇い主は現金に頭を下げる。
クレジットカードたちもオレに頭を下げた。
オレは笑って許した。
パーティを出たオレは、自分の役割を知ったから、財布パーティという小さい枠で物事を考えるのをやめたのだ。
「現金は多少は必要だと思いますが、現金は流通してこそなので、どんどん使って下さい」
技術が進歩しても、アナログが大切になるときはあるだろう。
アナログとデジタルのバランスは大事なのだ。
そして、それよりも大切なことがある。
財布から現金が出ていくとき、その重みを感じつつも、戻って来いと願いながら、バシバシ使ってほしい。
金は天下のまわりもの。
金は使ってこそ、経済が回るのだ。
(了)
クレジットカードで全部買う方が管理は楽だったりします(台無し)