第7話 勝負
皆さんこんばんは、星月夢夜です。
寒い時期には欠かせない暖房ですが
それによって頭と目がやられてしますので
自分の中では、スパイのような存在です。
では、本編スタートです。
ジョーカーが自身が巻き込まれたゲームを終わらせる少し前、その隣の部屋で蝋燭を使ったゲームに参加することになったチェスは、このゲームの正解を模索していた。そして、ついにその答えを導き出す。
(……本当は銃があれば1番なんだが、今更言っても仕方ない)
今のチェスには悠長にしている時間などなかった。蝋が完全に溶け切るまで30分ほどあるとはいえ、使用人よりもチェスたちの蝋燭の方が先に溶けることは確定している。そんな状況下では他の参加者の心の余裕はなく、暗闇の中でもその緊張が伝わってきた。
(このことを、すぐにヒビキ様に伝えなければいけない)
覚悟を決めたチェスは、隣にいるダウトに耳打ちをする。
「ダウト」
使用人と距離があることがここにきて利になった、とチェスは今になって思う。小さな声ならば、離れたところにいる使用人には聞こえないのだ。
「なんですか」
チェスに何か作戦があることを察したダウトは、真剣な面持ちで彼に返事をする。
「お前、ナイフ持ってるだろ」
「? えぇ、持ってますけど……」
チェスからの予想だにしない問いにダウトは少し困惑する。相反して、チェスは得意げな笑みを見せた。
「それ、貸してくんね?」
次なる問いにさらに困惑しつつもダウトはジャケットの内ポケットから少し小さめのナイフを取り出し、それをチェスに渡す。
「どうぞ」
その間、チェスは片手で自身のネクタイを外していた。
「あんがと」
ダウトからナイフを受け取ると、そのナイフの柄に自身のネクタイを器用に結ぶチェス。それにより蝋燭の火は少し揺れるものの、消えることはなかった。チェスはネクタイが解けないことを確認し、準備完了と言わんばかりに得意げな笑みを見せる。
「チェスさんもしかして……」
その時猛烈に嫌な予感がしたダウトは、怪訝そうな顔でチェスを見る。そこには、変わらず得意げな笑みを浮かべているチェスがいた。
「さすが、察しがいいな。今からこのネクタイに火を点けて、向こうへ投げる」
「や、やっぱり……」
嫌な予感が的中してしまい、肩を落とすダウト。
「だが、投げるのはお前だ。ダウト」
「えっ……!」
チェスのその言葉は、ダウトの蝋燭の火を揺らすには十分過ぎたようだ。
「よく聞け」
そしてチェスはダウトに自身が考えた作戦を話す。チェスから作戦を聞けば聞くほど、ダウトの顔が曇っていった。
「それじゃ、チェスさんが危険ですって……!」
「大丈夫だ。こんなところでくたばるほど、俺は弱くはない」
そう言ってチェスは笑みをを見せるが、それでダウトの気持ちが晴れることはない。だが、今のチェスたちに迷っている暇はないのだった。
「……いくぞ」
それが、2人の作戦開始の合図だった。チェスは使用人の方に、左から大回りをするようにゆっくりと歩き出す。自身の持つ蝋燭の火が消えないようにとても遅く歩いているが、使用人のところへ行くにはそう時間はかからない。だが、そうして向かってくるチェスの火から逃げるように、使用人もまたゆっくりと歩き出した。
(やっぱり動いたな)
使用人が逃げることはチェスにとって予想通りで、そのためチェスはあえて左から使用人のもとへと向かっているのだった。
(もう少し……)
ゆっくりと、だが確実に、チェスは部屋の奥にあるカウンターへと近付いていく。一方の使用人は、チェスと一定の距離を保ったまま部屋の右側へと移動している。そしてついにチェスはカウンターに辿り着いた。それと同時に、使用人は部屋の壁に到達する。
(……よし)
使用人の火が壁を避けるために横へずれる。その瞬間を、チェスは待っていた。
「ダウト!!」
途端、チェスは大声でダウトの名前を叫んだ。それに答えるように、ダウトはチェスが作った即席の火炎ナイフをカウンターの方めがけて思いっきり投げる。彼が狙うは、その先の棚に置かれているお酒のボトル。真っ直ぐに暗闇を突き抜けた火炎ナイフは、ある1つのボトルに命中する。割れてその中から流れ出たお酒にネクタイの先に点火した火が燃え移り、火が大きくなり始める。貴族からは動揺の声が聞こえ、蝋燭の火でかろうじて見える使用人の顔も驚いているようだった。
(チャンスは今……!)
使用人がその火に気を取られているうちに、チェスは自分の蝋燭を斜め前に投げた。自身を縛る枷が無くなった瞬間、使用人のもとへと駆け寄り一気にその距離を詰める。使用人が迫りくるチェスの存在に気付いた時にはすでに遅く、チェスは瞬時に脚を上げ使用人の蝋燭の火を消し去る。そして蝋燭の灯りを失った2人の周りには、漆黒が訪れた。
「……これでは、貴方もゲームオーバーですよ」
何も見えなくなった世界でそう言う使用人に、届かずともチェスは笑みを浮かべた。
「いや?」
嘲笑うように言ったチェスの頭上には彼が投げた蝋燭があり、今まさに落ちてこようとしている。そこに、さきほどと同じように真っ直ぐと火炎ナイフが飛んできていた。その火は的確に蝋燭を捉え、チェスのすぐ上で蝋燭とすれ違い、火を点けてみせた。そしてチェスはそれをうまく掴む。
「ほらな?」
得意げな表情を浮かべるチェス。使用人は自分の目の前で起こった、あまりにも現実離れした出来事に驚愕する。
「ルールは蝋燭の火が消えればゲームオーバー、だったよな。確かにそれなら、俺もアンタと同じくゲームオーバーだ。じゃあ、もう1回が火が点いた場合はどういう判定になるのか、教えてくれるか?」
チェスの作戦は、まずチェスが左大回りで使用人に近付いて部屋の右側に誘導しながらカウンターに近付き、ダウトにボトルがあるおおよその位置を教える。そして使用人が壁に到達したタイミングでチェスが合図し、ダウトが火炎ナイフを投げてボトルに命中、発火させ、チェスは自身の蝋燭を使用人の前方上にくるように投げてから使用人に近付き、彼の火を消す。最後にダウトがチェスの蝋燭の落下地点を予測して自身のネクタイを使って作った、もう1つ火炎ナイフを投げる。そういったものだった。
「……私の負けです」
清々しい笑みを浮かべた使用人がそう言うと、ゲームの終わりを告げるように突然部屋の明かりが点いた。本来であればチェスも当然ゲームオーバーになってしかるべきだ。だがこの爺さんはそうしない、とチェスはこの短期間で使用人の性格までよんでいたのだった。
「それじゃあ、その爆弾をこっちに渡してくれるか」
チェスがそう言うと、使用人はまるでチェスにお辞儀をするように頭を下げた。
「いいえ」
「……?」
使用人の返答を不思議がったチェスがよく見ると、彼の手には蝋燭に火を点けたマッチがあった。
「全員離れろ!!」
チェスの強い言葉で参加者たちは蝋燭をその場に捨て、ゲームからいきなり解放されたように一斉に使用人から離れ慌てて部屋を出ていく。使用人はまるでみなに逃げる時間を与えているかのように頭を下げたまま動かず、ダウトとチェス以外の参加者は全員いなくなった。だが、使用人の様子に何かを感じたチェスは扉の前で一瞬振り返る。
「私の願いを叶えてくれて、ありがとうございました」
その時、チェスは確かにその言葉を聞いた。
「チェスさん!!」
ダウトがそう叫ぶも遅く、チェスは部屋の中で爆発に巻き込まれる。その言葉を最期に、使用人は散っていったのだ。
2つ目のグループが全員番号を呼ばれて部屋に入っていった後、ホールは最初に比べて賑やかさをなくし静かになっていた。ここに残るヒビキとスペードを入れた10人が、最後のグループということになる。
「ヒビキ様、貴方の身は必ず俺がお守りします」
主と同じグループになったスペードは、自分がヒビキを守らねばと意気込んでいた。
「ありがとう、スペード」
そんなスペードにヒビキは微笑む。
「慎重にいこう。何が起こるか、分からないから」
「はい」
スペードはヒビキ様が1人にならなくて本当に良かった、と心から安堵する。
「大変お待たせいたしました! 今ここにいらっしゃる皆様は、3つ目の扉に入ってください!」
その時、リオが最後の案内を言う。その言葉を聞いて貴族たちは1番左の扉に入っていく。
「行きましょうか、ヒビキ様」
「うん」
2人は貴族たちの後ろにつき、1番最後に部屋へと入っていった。
ヒビキとスペードが部屋に入るとそこは壁も床も白い何も無い場所で、ただ奥に扉が1つあるだけのシンプルな部屋だった。
「皆様、第3のゲームへようこそお越しくださいました」
3グループ目で1番最後に来たヒビキとスペードが部屋に入ったことを確認し、中で待っていた少し若い男の使用人が丁寧なお辞儀をして挨拶する。
「ここにお集まりいただいた皆様には、宝探しをしていただきます」
「宝探し……」
スペードは至って普通の遊戯に思わずそう呟く。その隣でヒビキは、ただじっと使用人を見ていた。
「この奥の扉の先には、いくつもの部屋があります。その部屋の中に宝を何個か隠しておりますので、そちらを見つけてください。1番見つけた数の多かった方が勝利となります」
使用人が言ったルールは、一般的な宝探しのルールと同じであった。
(今のところ、おかしなところはない……)
ヒビキがそう思っていた時、不意に使用人がうすら笑みを見せた。
「皆様は全員で10名。ですので、1位から10位までの順位をつけさせていただきます。さきほども申しましたように、宝を見つけた数が1番多い方が勝利、つまり1番となります。そして、その方以外の方にはペナルティを受けていただきます」
そう説明する使用人は物腰が柔らかく、好印象を持てる人物ではあった。
「ペナルティはなんなんだ?」
ある貴族の男が使用人にそう問う。それは誰もが気になるところだろう。
「2位の方には2発、3位の方には3発、4位の方には4発、というふうに、ご自身の順位の数だけ」
そこまで言うと笑みを崩すことなく、使用人は内ポケットから銃を取り出して天井に銃口を向けた。
「銃弾を受けていただきます」
突如として部屋の中は一瞬で恐怖の感情に支配される。今まで普通に見えた使用人の笑みが、狂気的なものに見えるほどに。
(ヒビキ様の予想は正しかった……!)
その光景を見てスペードは心の中でそう思う。確実に、リオ・ルーインは何かを企んでいる。そしてそれは、もう自分たちだけの問題ではなくなってしまっていた。
(リオ・ルーイン。一体何を計画してるの……)
悲鳴やざわめきが広がった部屋の中でヒビキは1人、自分がこれから対峙しなければならない相手のことを考えていた。怪しみが確信に変わった今、敵となったリオの計画を彼らは早急に暴かなければならない。
「それでは、今から10分測らせていただきます。宝の数は教えることはできないため、10分後に戻ってくるようお願いいたします。頑張って、沢山宝を見つけてきてくださいませ」
使用人はまるで何事もなかったかのように開始の合図を言った。それと同時に貴族たちはみな、まるで鬼ごっこをしている子供のように一目散に扉の奥へと消える。
「スペード、僕たちも行こう」
「はい」
ヒビキの掛け声で2人は急いで扉へと向かう。そうして、普通ではない宝探しが始まるのだった。
ヒビキとスペードが扉をくぐるとその先には使用人が言ったようにいくつもの部屋、正確には扉があった。ヒビキたちの正面に4つ、その上2階にあたる場所に4つ、さらにはその正面に4つ、計12の扉がある。
「とりあえず、一度どこかの部屋に入ろう」
ヒビキのその言葉にスペードは頷く。そして2人は、2階の正面の1番奥の部屋を選んで入った。
そこはいかにも倉庫といった部屋で、とにかく物が多い。今のように宝探しをするのにはもってこいの場所だといえよう。今はこの部屋には誰もいないが、ヒビキとスペードは他の参加者に会話が聞かれぬように部屋の奥の方に行く。
「これからどうしますか」
スペードがそう聞くと、ヒビキは表情を変えずに答える。
「他の部屋にいるみんなに、僕たちのこの状況とリオのことを伝えるべきだと思う。でも……」
そこで顔を少し曇らせるヒビキ。
「多分、他の部屋も似たような状況にあると思うんだ」
「俺もそう思います。ヒビキ様が睨んでいた通り、あのリオという男、どうやら何か企んでいるようですね」
ヒビキが頷く。
「でも、それが一体なんなのかはまだ分からない。僕たち参加者のことを殺したいのなら、わざわざこんなゲームをする必要はないだろうし」
リオが敵であるということは確定事項であるが、肝心のその目的が分からずにいた。招待状を少数の貴族たちに送り、ゲームという手の込んだことまでしてあの男は何をしようとしているのか。現段階では、いくら頭を悩ませようとその答えが出てくることはなかった。
「……情報が少なすぎますね。今分かっていることといえばこの屋敷が鉱山の跡地に建てられていて、ルーイン家はその鉱山で貴族になった、ということぐらいでしょうか」
それはまだゲームが始まる前に、チェスが入手しヒビキたちに共有した情報だった。
「この宝探しの会場になった部屋に、何か手がかりになるようなものがあればいいのですが……」
スペードの言葉を聞いたヒビキは彼を見る。
「望み薄だけど探してみよう。もし誰か入ってきたとしても、それなら宝探しをしてるように見えるし」
それを聞いてスペードは頷く。
「はい」
「なら、この部屋から見ていこう」
宝を隠すために宝探しの会場となった全ての部屋に、必ず1度は使用人が訪れているはずであるからリオやルーイン家の情報がある可能性は限りなく低い。だがそれでも、何もせずにじっとしていることは2人にはできない。ここは物が多いため使用人が見逃した何かが見つかる可能性がある、そう思いヒビキとスペードは念入りに探索する。
「! スペード!」
そんな時、ヒビキが何かを見つけたようだった。
「何かありましたか?」
スペードが駆け寄ると、そこにはとある棚の前でこの部屋には似つかわしくない可愛らしい小さな積み木のようなものを持っているヒビキがいた。
「多分、これが宝だと思う」
ヒビキが見つけたのは手のひらサイズの紫色の三角形の積み木で、沢山の書類に埋もれるようにしておいてあったそれは、明らかにこのために置かれた物だと分かる。
「でもこれ、全部で何個あるか分からないんだよね?」
「えぇ。あの使用人は、10分経ったら戻ってこいとだけ……」
そこでスペードは話すのを止める。急に喋らなくなったスペードを不審がってヒビキが見上げると、スペードは積み木を覆っていた書類を見ていた。乱雑に置かれたその書類たちは内容はバラバラで統一性がない。だが、彼はその中から偶然にもあるものを見つけた。
「ヒビキ様! これ、この書類にリオの名前があります!」
スペードが手に取った書類には、ルーイン家の現当主であるリオの名前が書かれていた。そう、今まさに2人が求めていたルーイン家に関するものだったのだ。
「これは、借用書? それも何枚も」
スペードは積み重なった書類の山を次々とめくっていく。上の方にあった書類は、過去にリオが他者からお金を借りたことを意味する借用書であった。
「いろんな機関や人から借金をしてたんだ……」
ヒビキは書類を見ながらそう呟く。あの豪華な装飾の裏には、こんなものが隠れていたのだ。
「? これは……」
そんな時、スペードが興味を示したのはルーイン家の資金の増減を記録した書類であった。表が書かれており、その中に年とその年の収入、支出の額、そして資金額が記載されている。
「この年から、資金の量が急激に落ちていますね」
スペードが指差した書類は今から10年ほど前の年の記録でその年から収入の額が一気に減り、資金額が見るも無惨なことになっていた。
「その年に鉱山が閉鎖されたんだ。1番の収入源が無くなって、それで借金を」
「ですが、支出の額はさほど変わっていませんね。普通は収入に合わせて減らすでしょうに。一体なぜ?」
リオは多額の借金を背負ってでも、この豪華な暮らしを続けたかったのだろうか。深く知っていくほど、彼の謎は深まるばかりだった。
「他の部屋も見てみよう。まだ何か分かるかも」
「はい」
この部屋での探索を終え、ヒビキとスペードが次の部屋に向かおうとしたその時。2人がいる部屋が、突然大きく揺れた。
「……!」
「ヒビキ様!」
咄嗟にスペードはヒビキの手をとり、揺れで落ちてくるものから守るように主に覆い被さった。揺れは大きかったもののそう長くは続かず、2人は事なきを得る。
「ヒビキ様、お怪我は?」
心配そうな表情を浮かべるスペードに、ヒビキは笑みを返す。
「大丈夫だよ、ありがとうスペード。今のは、爆発……?」
「おそらく隣の部屋……チェスさんとダウトがいる部屋からです!」
2人はその瞬間に嫌な予感を持った。だが仲間の無事を信じて、それをすぐに降り払う。
「行こう、チェスとダウトのところに!」
「はい!」
ヒビキとスペードは自分たちが宝探しに参加していることもルーイン家の手がかりを集めていることも忘れ、一目散に仲間のもとへと向かった。彼らなら大丈夫だ、そう必死に願いながら。
自身が参加したゲームを終わらせたジョーカーはその勇気ある行動が讃えられ、他の参加者である貴族たちに囲まれていた。もっとも、ジョーカーにとってはただ使用人と遊んでいただけにすぎなかったが。
「おいお前! 俺の屋敷に来ないか!? 金なら出すぞ!」
「いーえ! この方は私のお屋敷に来るんですのよ!」
そんな言葉を一方的に投げられ内心呆れつつも、ジョーカーは笑顔で対応していた。
「大変嬉しいお言葉ではありますが、私はクライト家の使用人をやめるつもりは毛頭ありませんので……」
そんなジョーカーの言葉は貴族たちに届く事はなく、ある者は言い争いをし、またある者は座り込んでいた使用人を怒鳴りつけ、そんなゲーム中よりも混沌とした空間が広がっていた。こんなことなら暇つぶしなどするのではなかった、とジョーカーは少し後悔し始めていた。
「ねぇ、なんだか煙臭くないかしら?」
そんな時、突然貴族の女性がそう言った。
(……確かに。どうやら隣の部屋からなようですね。もしや火事、でしょうか)
女性の一言で少しざわめきだした部屋を制するように、ジョーカーは告げる。
「皆さん。隣の部屋が火事の可能性がありますので、早急にこの部屋を出ましょう。誰か、その使用人の方を連行してくださいますか?」
自分たちを救ってくれたジョーカーの声に貴族たちは頷き、言われた通りに使用人も連れて落ち着いて部屋を後にしていく。
(隣の部屋には、一体誰がいるのでしょう。まさかヒビキ様ではありませんよね……)
1グループ目に選ばれたジョーカーは、誰がどの部屋に行ったのかを知らない。主を守りに行きたくても、彼が今どこにいるのか分からないのだ。
(せめて、ベグの誰かと一緒にいますように)
そう願うジョーカー。主の無事が、自分たち使用人にとっての最優先事項だった。
「落ち着いて、慌てないように」
そんなヒビキへの心配を決して顔には出さず、ジョーカーは貴族たちを部屋の外に誘導する。部屋の外をちらと見ると、隣の部屋から参加者たちが慌てた様子で次々と出てくるのが見えた。彼らはみな、何かに恐怖しているようにも見える。
(もうそんなに火がまわっているのでしょうか? 急がねばなりませんね)
ジョーカーはそう思いつつ、参加者の最後の1人を見送る。自分も部屋から出ねば、そう思ったその時。突然大きな爆発音が鳴り響き、それと共に隣の部屋とこの部屋を隔てている壁が崩壊した。
「……っ!」
幸いにもジョーカーのいた位置は扉の近くだったため、彼は瞬時にそれに捕まり自身の身を支えた。突如として吹く爆風に耐え、ジョーカーは顔を上げる。先の爆発で壁が一部崩落し、隣の部屋が見える状態になってしまっている。爆発源と思われる場所は隣の部屋の壁沿いなようで、そこには血溜まりができていた。
(ヒビキ様は……)
そんな荒れた景色を見て、最悪のシナリオがジョーカーの脳裏をよぎる。ジョーカーが急いで爆発で開いた穴に行って隣の部屋を見るとそこではやはり火事が起こっており、爆発と合わせて悲惨な有様だった。そんな中で、ジョーカーは部屋の奥の方に人影を見つける。
(あれは、ダウトとチェス?)
ジョーカーの目に映ったのは奥の壁にもたれるようにして座り込むチェスと、そんなチェスに声をかけ続けるダウトの姿だった。
「チェスさん! チェスさん!!」
ジョーカーは自身の血の気が引いていく感じがした。考えるよりも先に反射的に体が動き、急いで2人のもとへと駆け寄る。
「チェス! ダウト!」
「ジョーカーさん!」
ジョーカーの呼びかけで彼の存在に気付いたダウトは、ジョーカーに恐怖に埋もれたような表情を向ける。少し怪我を負っているダウト、そしてその隣にいる怪我を負い項垂れているチェス。チェスは意識はないようだったが、痛みに顔を歪ませている。
「とりあえず、チェスを外へ! ここにいては危険です!」
彼らのすぐ近くまで、火が迫っている。その火で発生した煙も部屋の中を覆い尽くそうとしていた。さきほどの爆発で隣の部屋への穴が開いたとはいえ、その勢いは止まる事を知らない。
「はい!」
ダウトは目の前で起こったことに少し気が動転していたようだったが、ジョーカーの言葉で目を覚ます。2人は意識のないチェスを抱え、避難するためにメインホールへと急ぐ。
「ダウ、ト……」
そんな時、チェスが小さくダウトの名前を呟く。まだ朦朧としているようだが、意識を取り戻したようだ。
「チェスさん、しっかりしてください!」
チェスはジョーカーとダウトに支えられながら、ゆっくりと歩く。
「……ジョーカー?」
だんだんと意識がはっきりしてきたようで、気付かぬうちに隣にいたジョーカーの存在にも気付く。
「チェス、気をしっかり」
ジョーカーとダウトはチェスに声をかけつつ、部屋の外に連れて行く。まだ火の手が来ておらず、爆発の被害にもあっていないメインホールに行けば。そう思っていたジョーカーだったが彼らに現実は牙を向く。ホールには混乱状態に陥った貴族たちが溢れ、まさに混沌という言葉が相応しい状態だった。何人かはすでに外に逃げ出しているようだったが、ここにいる者はもうそんなことを考える余裕もないほどなのだろう。
「ヒビキ様とスペードは!?」
だが、そんな貴族たちがうごめくホールに2人の姿はない。それに危機感を覚えたジョーカーはダウトに問う。
「オレらの隣の部屋だと思うんですけど……!」
「ジョーカー!」
その時、ダウトが言った部屋からヒビキとスペードが出てくる。2人はジョーカー、チェス、ダウトの姿を見つけたことに対する喜びよりもチェスの状態に対する驚きの方が勝り、驚愕の表情を浮かべている。
「チェス!!」
「チェスさん!」
ホールの中心付近で合流したヒビキとベグ。彼らに起きた出来事はあまりに多く、そしてあまりに大きかった。
「ヒビキ様! お怪我はありませんか!?」
「僕は大丈夫! それよりチェスが!」
主に名前を呼ばれ、チェスは微笑みを見せる。
「……俺は大丈夫ですよ、ヒビキ様」
そう言うものの、チェスは今も苦痛に耐える表情を浮かべている。
「これからどうしますか? どうするべきです!?」
ダウトが焦ったようにそう問う。
「とりあえず、ここから脱出しよう!」
主からの命にベグは頷き、屋敷の玄関へと急ぐ。しかしその時、2階の踊り場に突然リオが姿を見せる。彼は何も言わずに参加者たちを見下ろすように立っていたが、突然不適な笑みを浮かべた。そしてそれに合わせるように、屋敷が再度大きく揺れる。
「な、なんだ!?」
その大きな揺れが収まった直後、ヒビキたちのすぐ近くの床が崩落する。
「……っ!」
彼らのそばには突如として、深淵が訪れる。刹那。ヒビキは、その穴に落ちていった。
再度皆さんこんばんは、星月夢夜です。
ついにリオの仕掛けたゲームが終わりました。
ですが、ヒビキとベグに降りかかる悲劇は
一向にその幕を閉じそうにありません。
ベグとヒビキはなかなか臨機応変ができています。
こんなに順応できるものなのでしょうか。
もしもっと状況が悪化しても……?
まだまだ夜は、明けません。
それでは、本日もお世話をしてくれている家族と
インスピレーション提供の友達に感謝しつつ
後書きとさせていただきます。
星月夢夜