第4話 常闇
皆さんこんばんは、星月夢夜です。
今年は夏らしいことが何もできていないので
今からかき氷でも食べようと思います。
……そんなことしか思いつきません。
では、本編スタートです。
月明かりに照らされ、青白く優美に光るクライト家の屋敷。屋敷内の灯りは消え、皆はとうに寝静まっている。聞こえるのは虫の声と、時折風で揺れる木の葉の音のみ。そんな、どこか不気味で美しい、ある日の夜。ブラックは処置室の隣にある小さな部屋で、そこに置かれている薬品や包帯などの数の確認作業を行っていた。
クライト家に存在する4グループのうちの1つである、インカ。屋敷外の警護、様々な分野の情報収集や解析、怪我の治療等の情報医療系を担当する彼らは、執事とメイドで構成されている。メンバーはリーダーのレッド、ホワイト、ブラック、ブルーの4人。あまり表立った行動をしない彼らこそが、この屋敷の基盤を支えているのであった。
「……」
バインダーを片手に黙々と作業を行うブラック。クライト家はクリセントで名の知れた貴族なため、現当主であるヒビキや彼の使用人たちが危険な目に遭うことは少なくない。もちろん誰も怪我なく、というのが理想ではあるのだが、残念ながらそれが叶わない時もある。そのため、今ブラックが行っている作業はとても大事なものであった。
(よし、あともう少し……)
薬品棚を見ながら、ブラックがそう思った時。
「ばぁ〜」
彼の視界に、突然人が現れた。
「うわっ!!」
驚いたブラックは持っていたバインダーを落としそうになるもののすんでのところでなんとか掴み、ほっと息をつく。そして、自身を驚かした人物を睨んだ。
「おい、ブルー」
その人物はブラックと同じインカに所属する彼の同僚、ブルーだった。
「ふふっ。ブラック、とても良い反応をしてくれてありがとう。驚かし甲斐があるってものだよ」
ブルーはブラックを見てくすくすと笑う。
「何言ってるんだ。悪趣味にも程があるぞ」
少しがっかりした表情を見せるブルー。
「えぇー。誰かを驚かす事が、僕のほぼ唯一の趣味なんだけど」
ブラックはため息をつく。
「……で? なんか用事か?」
ブルーが言ったことを、深く追及しないほうがいいと思ったらしいブラックが話題を切り替える。
「いーや? 僕はただ来ただけだよ」
その返答を聞いて怪訝そうな表情を浮かべるブラックとは対照的に、ブルーはなぜか得意げな笑顔を見せた。そんなブルーの様子にブラックはまたため息をつき、ブルーを無視して中断していた作業を再開することにした。
「というか、こんな夜中にご苦労様だね」
自分を無視して作業を再開したブラックのことを、ブルーは気にすることなく彼の顔を覗き込むようにしてそう言う。
「……本来は、ホワイトさんが昼間にやるはずだった仕事なんだがな」
ブラックもまた、そんなブルーを気にすることなく答える。
「あの人、またサボったの? ブラックも大変だねー」
ブルーの言葉を聞いたブラックは、独り言のように呟く。
「もう慣れたよ」
インカは他のグループとは違い、基本的にペアで仕事を行う。片方のペアは朝の7時から夜の19時に、もう片方のペアは夜の19時から朝の7時に仕事をする、というなんとも不思議なサイクルで生活している。ブラックは上司であるホワイトと、ブルーはインカのリーダーであるレッドとそれぞれペアになっており、ブラックとホワイトが前半を、ブルーとレッドが後半を担当している。
ホワイトは飄々とした性格で仕事に対してあまり意欲が無く、いつもほとんどの仕事をブラックに任せきりにしている。ブラックはホワイトのことを尊敬しているが、その部分に関しては許容できずにいたのだった。
「ホワイトさんは情報収集能力が高いから、適材適所なんだろうって自分を納得させてるけど」
ブラックの言葉に首を傾げるブルー。
「それで納得できるの?」
「するしかないだろ」
ぶっきらぼうに言い放つとブラックは「確認終わりっと」と言って手を止め、隣に立つブルーを見た。
「じゃあ、俺は寝るから。深夜の仕事頑張って」
そう言い部屋を出ようとするブラックを、ブルーは彼の前に立って制止する。
「ダメだよブラック。次は、僕の仕事に付き合ってもらうよ」
ブラックは嫌そうな顔をする。
「……なんで?」
その質問を待ってましたと言わんばかりにブルーは胸を張った。
「だって、僕はこうしてブラックの仕事に付き合ってあげたじゃないか。だから今度は、ブラックが僕の仕事に付き合う番……でしょ?」
「付き合ったって……お前、ほんの数分ここに居ただけだろ」
ブルーの謎の提案になんともいえない表情を浮かべているブラック。
「居ただけでも、十分付き合ったことになるよ、多分」
ブラックはこれ以上反論をしてもブルー相手には無駄だと思ったのか、諦めたように大きなため息をついた。
「……分かった。今回だけだぞ」
ブルーは嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「ありがとう! じゃあ早速行こうか。レッドさんが待ち侘びてるかも」
そうして、自分から折れたもののいまだに少し嫌そうな顔をするブラックと、彼と一緒に仕事ができることを嬉しく思っているブルーは、ブルーの仕事をするために屋敷の"外"へと向かった。
カーテンの隙間から月の姿が見え、薄らと月明かりがヒビキの自室に差し込む。その光を受けて静かに眠っているように見えたヒビキだったが、ゆっくりと目を開けて体を起こした。
「……眠れない」
毎日規則正しく寝起きをしているヒビキだが、今日のように眠れない日がたまにあった。そしてヒビキには、自身がなぜ眠れないのかその原因が分かっていた。それを思い出すのは嫌だといった感じで、ヒビキはため息をつく。
(本でも読んでいようかな)
眠れるようになるまで本を読もうと考えたヒビキは、普段本を置いてあるベッド横の小さなテーブルを見る。しかし、今日はそこに本はなかった。
(そういえば、今まで読んでいた本が読み終わったから、ジョーカーが図書室に戻してくれたんだった)
まるでそこに本が置かれていないことが恨めしいかのように、少しの間テーブルを見つめていたヒビキだったが、このままここにいても眠れる気がしないと思い、図書室まで本を取りに行くことにした。テーブルの下に置いているランタンを取って上に置き、ランタンの隣にあったマッチを使って火を点ける。それを持って、ヒビキは部屋を出る。
当然だが、書斎も廊下も真っ暗だった。深夜の屋敷の中を歩くのはおそらくこれが初めてだ、と思っているヒビキにとっては周りが真っ暗なことに対する恐怖よりも、夜の屋敷の新鮮さの方が勝っているらしく、辺りを少し観察しながら図書室までの道のりを歩いていた。
そんな時、前方にヒビキの持つランタンと同じような火の光が見える。それはヒビキの方に向かって来ているようで、どんどんとその距離が縮まっていく。正体は、夜の屋敷内を巡回していたアイリスだった。
「おや、ヒビキ様。こんな夜中にどうかなされたんですか?」
予想だにしなかった出会いに驚いているものの、深夜でもアイリスは普段と変わらぬ笑みを浮かべていた。
「眠れなくて。図書室に本を取りに行くところ」
「そうだったのですね。それでしたら、ご一緒いたしますよ」
ヒビキは少し驚いた表情を浮かべる。
「いいの?」
そんなヒビキに笑顔で答えるアイリス。
「はい。ですが」
そう言った後にいつもの笑みに戻ったアイリスは突然ヒビキに顔を近付ける。アイリスの唐突な行動に、ヒビキは気後れした。
「次回からは、夜中に1人で出歩かないでくださいね。何かあってはいけませんから」
2つのランタンに照らされているアイリスの顔は、笑みを浮かべてはいるものの真剣だった。
「わ、分かった……」
そのヒビキの返事を聞いて、アイリスは体を起こしてふふっと笑う。ほっとしてヒビキは肩の力を抜いた。そうして、ヒビキがアイリスと一緒に図書室に行こうとしていた時だった。
「ばぁ」
2人の隣から突然声が聞こえ、真っ白な髪の人物が現れた。
「うわっ」
ヒビキは少し驚き、持っていたランタンが揺れる。対してアイリスは無反応でいつもと同じように笑っていた。
「うーん、もう少し驚いてほしかったんですけどねー」
ヒビキがランタンで声が聞こえた方を照らすと、そこいたのはこの屋敷の執事であるホワイトだった。
「ホワイト」
ヒビキに名前を言われてにっこりと笑うホワイト。
「ヒビキ様、アイリスくん、こんばんはー」
2人に夜の挨拶を言うと、ホワイトはひらひらと右手を振った。
「やぁ」
「こんばんは、ホワイトさん」
ヒビキとアイリスに挨拶を返してもらったのが嬉しかったのか、ホワイトは満面の笑みを浮かべた。
「こんな夜中に、お2人は一体何を?」
ホワイトが首を傾げる。
「ヒビキ様が眠れないそうで、今から図書室に本を取りに行くところなんです」
ほへーと少し大袈裟な反応をするホワイトに、今度はヒビキが首を傾げた。
「ホワイトは?」
「ボクは……なんとなく?」
自分で自分の返答が変だと思ったのか、さっきよりも大きく首を傾げたホワイト。そんなホワイトを見て、ヒビキはあることを思いつく。
「ホワイトも、一緒に図書室に行く?」
「え、いいんですか!」
さっきと打って変わって、ホワイトは目を輝かせた。
「うん。大丈夫だよ」
ヒビキからの誘いにガッツポーズを作るホワイトを見て微笑ましく思ったのか、アイリスは「ふふっ」と上品に笑っていた。こうして、ヒビキ、アイリス、ホワイトの3人で図書室に向かうことになった。
朝の7時から夜の19時を担当するブラックとホワイトは、主にありとあらゆるものの情報収集及び管理を担当している。薬や包帯、食料の在庫といった"数"の情報だけでなく、他の貴族の名前や過去といった"人"の情報も収集、管理していた。一方、夜の19時から朝の7時を担当するブルーとレッドは、屋敷の外の見回りが主な仕事である。日付が変わる前に外に出て、日の出とほぼ同時に屋敷に戻る。これらも、クライト家に欠かせない仕事の1つであった。
屋敷の外に出たブラックとブルーは、屋敷の門の近くでブルーのペアであるレッドと合流する。
「お、来たか」
ブルーの姿を見てレッドは笑みを浮かべるがその後ろにブラックの姿を見つけると、少し驚いたような顔になった。
「今日はブラックも一緒か。珍しいな」
腕組みをしながらそう言うレッド。実は、ブラックがブルーの仕事に付き合うのはこれが初めてではない。だが、前にこの仕事をやったのはいつか、ブラック本人も覚えていないくらい前であった。
「僕がブラックの仕事に付き合ったから、今度はブラックに僕の仕事に付き合ってもらうんだー」
「だから、お前は隣にいただけって言ってるだろ……」
ブラックのぼやきはどうやらブルーには聞こえていないようで、ブルーはにこにこと笑みを浮かべている。
「ははっ、なるほど」
どうやらレッドには届いたようで、なぜブラックがここに来たのか理解したようだった。
「なら、ブルーはブラックと一緒に行くといい」
「レッドさんは、お一人で大丈夫ですか?」
ブラックの心配にレッドは笑顔を返した。
「大丈夫も何も、普段はいつも1人だ。今日のように、誰かが来ることは本当に珍しいことだからな」
レッドの言葉を聞いてブルーは首を傾げる。
「そういえば、レッドさんは誰かと一緒にこの仕事をしたことは?」
ブルーの問いに首を横に振るレッド。
「いいや、ないな。ブラックが、私とブルーのペアを交代で務めてくれるというのなら、話は別だが?」
「俺のこと、過労死させる気ですか……」
ブラックの返しにレッドは笑う。
「ははっ、冗談だ。それじゃあ始めるぞ」
「はーい」
「はい」
呑気そうなブルーと真剣なブラックの返事を聞いたレッドは、踵を返して屋敷の右の方へと歩いて行った。
「じゃあ僕たちも行こうか」
そう言って1人でそそくさ行ってしまおうとしているブルーにまだ多少納得していないブラックであったが、仕方なくブルーの後を着いて行った。
ブルーとレッドは、互いに反対に屋敷を大きく一周するように巡回している。最初の地点の向かい側で合流したら、また一周。最初の地点で合流したら、もう一周。それを自分たちの仕事が終わる時間、つまり日の出までずっと繰り返している。
「いやー、こうして誰かと一緒に周るのは久しぶりだなー」
「俺以外で、誰かと一緒に周ったことはあるのか?」
自分の少し前を機嫌良く歩いているブルーに、ブラックは疑問を投げかける。
「あるよ。たまーにだけど、ココアさんがこの辺を散歩してるんだ。その流れで一緒に周ったことがある」
「どうせ一緒に、じゃなくて、お前がココアさんに勝手に着いて行っただけだろ」
ブラックの言葉を聞いてブルーは笑う。
「そんなことないよ。まぁ、最初はすごく嫌がられたし、許可してくれた時も渋々、みたいな感じだったけど」
ブラックはやれやれといった感じで首を振る。ブルーは誰に対しても同じ態度なようだ。
「にしても意外だな。ココアさんがこんな時間に散歩してるなんて」
普段図書室にある隠し部屋からあまり出てこないココアが散歩、しかもこんな真夜中にというのはブラックにとってあまり想像できないものであった。
「ココアさん本人から聞いたんだけど、あの人、夜型なんだって。みんなが寝ている時間帯に部屋から出てるーって言ってた」
「つまりココアさんは、昼間は、あんまり部屋から出てこないってことか」
「そういうことだね」
相変わらずブラックの少し前を行くブルーは久しぶりに誰かと周れることがよほど嬉しいらしく、わざとふらふらしながら歩いている。ブラックはそんなブルーを気にすることなく、周辺を少し警戒して歩く。ブルーとブラックはただの散歩をしているわけではない。本来の目的を忘れないようにしなければ、とブラックは思っていた。
「まぁ、僕は自分の部屋と仕事部屋の往復で1日のほとんどを過ごしてるから、ココアさんよりも部屋から出てないけどね」
インカが普段作業をしている部屋を、彼らは仕事部屋と呼んでいる。その部屋から彼らの自室には廊下に出ることなく直接行くことができた。インカの仕事のサイクルの都合上である。ブルーは他の3人とは違い、夜の巡回以外の時間は2部屋の往復で過ごす。そのため、屋敷内でブルーの姿を目撃することは稀であった。
「たまには、外に出ようって思わないのか?」
「あんまり思わないかな。僕は、陰からみんなを見ているのが好きだし、得意だよ」
前を見たまま答えるブルー。ブラックはその言葉の意味がよく分からず、少し首を傾げる。
「ところでさー、ブラック」
そんなブラックを気にすることなく、ブルーは急に足を止めた。それに合わせてブラックも足を止める。
「前からずっと聞きたかったんだけど」
「なんだ?」
ブルーはブラックの方に振り返り、一呼吸おいて話し始める。
「ブラックは、どうやって薬物中毒から抜け出したの?」
あまりにも突然の問いにブラックは驚き、目を見開いた。そんなブラックを、ブルーは真正面から神妙な面持ちで見つめていた。
ブラックとブルーと反対側を巡回するレッドは、さきほどの2人との会話を思い出していた。
(あの2人は、まるで親友のようだ)
普段から仲が良さそうなブラックとブルー。インカのリーダーとして嬉しい限りだ、とレッドは思う。
(私にも、そのような者がいればな)
自分自身を苦笑するレッド。だがすぐに、少し寂しそうな表情を浮かべた。
(……いや、正確にはいたのか)
レッドは立ち止まり、自分の右手を見る。
(私が、自分で無くしたんだ)
そして、強く握る。
(今度は、無くすわけにはいかないな)
自分の思いを新たにするように、レッドはまた夜の道を歩き出した。
ヒビキ、アイリス、ホワイトの3人は図書室に到着したもののもちろん図書室も真っ暗で、ヒビキとアイリスが持つランタンが唯一の灯りだった。そして、それらが余計にこの部屋の怪しさを引き立てているのだった。
「どれにしよう……」
自分が読む本を選んでいるヒビキの隣で、ホワイトはヒビキに身長を合わせるように少し屈み、彼と同じように本の背表紙を眺めていた。
「よければ、ボクが読み聞かせいたしましょうか?」
そんな時にホワイトは突然の提案をする。ヒビキはすぐ横にいるホワイトを見た。
「いいね、面白そう」
主のその返答を聞いて笑顔になったホワイトはゆっくりヒビキの手をとると優しくひいて、ある本棚の前まで誘導した。そして、本棚から一冊の本を抜き取る。
「ボクはこれがおすすめです」
そう言ってホワイトが差し出した本の題名は『愛す者へ』。その表紙には、手を繋ぎ合っている男女が描かれていた。
「どういうお話なの?」
ヒビキの問いに、ホワイトは相変わらずの笑顔で答える。
「孤独を嘆く主人のために使用人たちが奮闘して婚約者を探し、その人と主人が結ばれていく……みたいなお話です」
「少し意外だね。ホワイトがこういったお話を読むなんて」
「私もそう思います」
ホワイトが何かを言う前にその言葉が飛んでくる。そして、ヒビキの後ろからアイリスが現れた。
「あっはは、そうですかー? ボクはどんなお話でも好きですよ」
2人の言葉を聞いて、ホワイトは笑った。そんなホワイトにつられてヒビキを笑みを見せる。そしてアイリスの方に振り返った。
「ホワイトが、本を読み聞かせてくれるんだって」
「まぁ、それは良いですね」
アイリスは微笑んだ。
「じゃあ、決まりですね」
ホワイトは自身が選んだ本を脇に抱え、ランタンを持つ2人に道を譲った。万が一に備えアイリスが先頭を歩き、その後ろをヒビキとホワイトが着いて行く。こうして無事本を入手することができた3人は、ヒビキの部屋に戻ることにした。
図書室の一角にある、資料室と呼ばれる部屋にはその名の通り様々な資料が保管されており、過去クライト家で起こった出来事を事細かにまとめた資料も置いている。ここにある資料の内容は些細なことから、誘拐や暗殺といった大きな事件までと多種であった。しかもそれらは何十年分もあるのである。まさに、歴史を物語る部屋といえよう。
そんな部屋でジョーカーは1人、最近のクライト家の出来事をまとめていた。
(ここ最近は、色々なことがありましたね)
自分で書き上げた資料を1枚ずつめくりながら、過去を振り返っていくジョーカー。
(スラッシュでの無理心中、屋敷への襲撃、配達業者の連続殺人事件……どれも物騒ですね)
どのページにも大量に、だが見やすいように文字が書かれていた。
(無理心中はスペード、襲撃はカーネのおかげで未遂で終わりましたし、配送業者殺人の犯人はソルトのおかげで見つけることができました)
それぞれその日のことを書いている資料には、当事者である彼らの名前もあった。
(こういった出来事が、彼らを成長させていくのでしょうね)
書き抜かりがないことを確認したジョーカーは資料をまとめた冊子を閉じる。その付近に大量に置かれている同じような冊子も、全てジョーカーが1人で書いてきたものだった。
(といっても、このようなことは今に始まったことではありません)
ジョーカーは立ち上がり、冊子を元々置かれていた棚へと戻した。
(これからも用心し続けるとしましょう)
この部屋での用事を終えたジョーカーは机の上に置いていたランタンを手に取り、資料室を後にする。
(さて、やることは終わりましたし、ヒビキ様の部屋に行くとしましょうか)
そうして彼は図書室を出て、ヒビキの自室へと向かった。
ヒビキの自室の前まで来た時、ジョーカーは部屋の中に複数の人の気配を感じた。少しだけためらったものの、気にせず部屋に入ることにした。ノックは忘れずに、部屋へと入る。
「やぁ、ジョーカーくん。遅かったね」
ベッドの隣でチェアに座っているホワイトは小声でジョーカーにそう言う。その隣にはスツールに座るアイリスもいた。
「……一体どういう状況でしょうか」
小声で呟いたジョーカーは少し怪訝そうな顔をする。そんなジョーカーに、アイリスが今までのことを説明する。ヒビキとホワイトと廊下で偶然会ったこと、ヒビキは眠れないから本を取り行くところだったこと、3人で一緒に図書室に行ったこと。ホワイトがヒビキに読み聞かせをすることになったこと。
「それでヒビキ様の自室に来まして、さきほどまでここでホワイトさんが読み聞かせをしていたのですが、いつの間にか眠っていらっしゃいました」
アイリスの視線の先には、寝息を立てて静かに眠るヒビキの姿があった。
「なるほど」
丁寧なアイリスの説明でジョーカーはこの状況に納得したようだった。
「ヒビキ様のことを見てくださり、ありがとうございます」
そして、ホワイトとアイリスに礼をする。
「そんな、お礼を言われるようなことじゃないよ。僕らはヒビキ様の使用人だからね。それに」
ジョーカーにそう言ったホワイトはヒビキを見て笑顔になる。
「楽しかったし!」
アイリスも笑顔を見せた。
「私もです。とても楽しい体験をさせていただきました」
2人の言葉を聞いて、ジョーカーは安心したように笑みをこぼす。心なしか、ベッドで眠るヒビキも笑みを浮かべているようだった。きっと、主も楽しいひとときを過ごしたのだろう。ジョーカーはそう思っていた。
そしてその後、アイリスとホワイトはジョーカーと眠るヒビキに別れを言い、ヒビキの自室をあとにする。1人残ったジョーカーは、自身の主がまた悪い夢を見ることのないように、側に居続けるのだった。
「……なんでお前が、それを知ってる?」
ブルーが放った言葉で空気が一瞬で変わり、2人の間には緊張感が漂うようになる。
「風の噂で」
どうやらブルーはブラックの質問に答える気は無いようだった。
「……まぁ、もう昔の話だし、それ自体は別に隠すつもりはないけど」
ブラックはブルーから目をそらした。
「じゃあ教えて」
ブラックが横目でブルーを見るとさっきまでの神妙な面持ちはそこにはなく、普段と同じ笑みを浮かべていた。
「逆に聞くが、なんでそこまで知りたいんだ?」
「特に意味はないよ。ただ、少し興味深いなと思っただけで」
変わらず笑みを浮かべるブルーを見て、理由なく行動するのがブルーのいつも通りだったことを思い出し、ブラックはため息をついた。
「どうやってって言われても。使わないようにしてた、ただそれだけ」
ブラックのあっさりした答えを聞いたブルーは少し面食らったようだった。
「ふーん」
「面白くない答えにがっかりしたか?」
沈んだように見えるブルーにブラックはそう聞くが、当の本人はそうでもないらしかった。
「いーや? 教えてくれてありがとう」
お礼を言われると思っていなかったブラックが、今度は面食らったようだ。
「本当は、もう少し詳しく聞きたいところだけど」
「あー……それはやめてくれ」
ブラックはブルーから目を逸らす。
「……ヒビキ様にも話したことないんだ。せめて、俺があの方に話せるようになるまで待ってくれ」
ブルーはブラックの言葉を聞きながらもずっと彼のことを見ていたが、ブラックがブルーを見ることはなかった。ブルーはその理由が気になったが、彼に聞くようなことはしなかった。
「分かった。それまで待ってるよ」
その返答に反応して少しだけブルーの方へ顔を向けるブラック。
「なら、僕のことも、その時に話してあげよう」
さっきよりもブラックは反応し、今度は振り返ってブルーを見た。そこには、普段と変わらないブルーがいた。
「僕の人生は、月光を避けて生きる影のように真っ黒だよ」
そう言ってブルーは笑った。ブラックは、そんなブルーをただ見つめるしかなかった。
まだまだ夜は明けない。クライト家の屋敷を光が照らすのは、もう少し時間がかかりそうだ。
再度皆さんこんばんは、星月夢夜です。
今回はインカが主役の回です。
焦点が当てられているのはブラックとブルー。
屋敷の中の和やかな者たち、不穏な者たち
それを表現するために場面切り替えを多くしました。
最近少し物騒だったので、ほんわかにするつもりだったんですが。
そして、次回からついにシリーズに入ります。
今から書くのがとても楽しみです。
それでは、本日もお世話をしてくれている家族と
インスピレーション提供の友達に感謝しつつ
後書きとさせていただきます。
星月夢夜