第15話 伏線
皆さんこんばんは、星月夢夜です。
最近暑すぎてもう外に出たくありません。
夏が来てしまった…と思いながら
四季の短所をひしひしと感じています。
では、本編スタートです。
ヒビキたちがヴォーマッシュ村へイベントの情報収集に向かっていた頃、クライト家の屋敷にてスペードがバインダーに挟んでいる書類を見ながら、何か悩んでいるような表情を浮かべて廊下をゆっくりと歩いていた。
「……どうすればいいんだろうか」
スペードはクライト家の経理を担当している。そして今、彼が見ている書類は経理関連のものであった。本来ならばその書類に色々と記入をしていくのだが、先の黒マントたちとの戦いにより右肩を負傷し、彼の利き手である右手が使えない状態になっていた。
「……はぁ」
廊下を1人歩きながら、大きなため息をつくスペード。利き手が使えないため経理関連の書類の記入ができず、途方に暮れていたのだ。
(ジョーカーさんに頼むのは申し訳ないし、チェスさんは療養中……)
その時スペードは、もう1人のベグのメンバーのことを思い出す。
「……はぁ」
そして、また大きなため息をついた。
(アイツにだけは、借りを作りたくないんだが……)
そんなことを思いながらスペードが歩いていると、不意に廊下の突き当たりからダウトが姿を見せた。目線が合った2人は、ほぼ同時に少し嫌そうな表情を浮かべた。
「うげっ、スペードじゃん。こんなとこで何してんの?」
嫌味のようにそう言ったダウトに、スペードは鼻を鳴らす。
「それはこっちの台詞だ」
まるで吐き捨てるかのようにそう言いながら、ダウトから目線を逸らすスペード。そんなスペードに、今度はダウトが鼻を鳴らした。その時、ダウトはスペードが何か書類を持っていることに気が付く。そして、嘲笑うかのような笑みを見せた。
「経理担当は大変ですねー。堅苦しいお前にお似合いだよ」
「……」
普段ならばスペードはダウトに対して何か言い返しただろうが、今回は違った。そんな普段とは違うスペードの様子を、ダウトは少し不審がる。
「……何。なんかあったの?」
「別に何も」
スペードはまるで自分に言い聞かせるかのようにそう言った。ダウトはさらに不審がる。
「絶対嘘。お前、嘘つくの下手なんだからさ、正直に言えば? それとも、俺に聞かれたら恥ずかしいことなのかな?」
ダウトがいつも以上に煽るものの、スペードは何の反応も示さなかった。
「……もういいか」
ダウトをちらと見てそう言った後、この場から立ち去ろうとするスペード。ダウトは少し驚くが、スペードを呼び止めることはしなかった。
(別に、アイツが困ろうとどうでもいいし)
そう思い、ダウトも立ち去ろうとする。だがその時、不意にスペードの力無い右腕が目に入った。そしてそれを見て、ダウトは彼が自分に隠したことが何だったのか理解したのだった。
「書けないんだろ、それ」
気付いた時には、もう口から出てしまっていた。
「……!」
そのダウトの言葉を聞いて、スペードは思わず動きを止める。
「お前、右利きだったよな。でも、この前の負傷で右肩が上がらなくて、文字が書けないんでしょ」
「……」
ダウトに背を向けたまま、沈黙を貫くスペード。ダウトはそんなスペードに歩み寄り、彼の隣で立ち止まった。スペードはダウトを横目で見る。
「書いてあげてもいいけど。どうする?」
言い方こそ普段のダウトだったが、その口調はいたって真面目だった。この時のダウトが何を思っていたか定かではないが、そこにはダウトの性格が垣間見えていた。
「……はぁ」
一方のスペードは今度は小さくため息をつく。この状況下では手を借りるしかないと、腹を括ったようだった。
「頼めるか」
スペードの言葉にダウトは笑みを浮かべた。
「ま、オレに任せといて!」
そう意気揚々な様子を見せるダウトに、スペードはまた小さくため息をついたのだった。
経理関連の書類の記入をするために、資料室へと来たスペードとダウト。スペードは手に持っていたバインダーを机の上に置くと、部屋の壁際の棚に近寄る。一方のダウトは資料室に来ることが滅多にないため、チェアに座ると部屋の中を物珍しそうに眺めていた。
「はい、これ」
スペードの声を聞いてダウトが見ると、途端スペードは1冊の冊子をダウトの目の前に置いた。それに続けて、どんどんと冊子を積み上げていくスペード。
「よし、やるぞ」
最終的に机の上には大量の冊子が並べられていた。
「……」
そんな目の前の出来事に、ダウトは顔を引きつらせる。だがそんなダウトには目もくれず、スペードは冊子をパラパラとめくってあるページをダウトの前で開き、内ポケットから万年筆を取り出してそのページの上に置いた。
「まずは今週分の記帳からだ。ここに、月曜日の日付を書く」
そう言いながら、スペードが開いたページの1番左側を指さす。ダウトはどこか訝しげな表情を浮かべながらスペードの万年筆を取り、書く姿勢になる。だがそのまま固まり、ダウトが書き始めることはなかった。
「何してるんだ。ただ日付を書くだけだろう」
スペードはダウトの顔を少し覗くが、ダウトは相変わらずの表情だった。
「おい、ダウト」
「……あのさ、スペード」
その時、ダウトが口を開いた。
「なんだ」
「……オレ、さ」
そう言ってダウトはゆっくりとスペードの方を向く。
「字、書けないんだよね」
「……はぁ?」
その言葉に、スペードは目を丸くした。
「じゃあお前、なんでさっきあんなに自信満々だったんだ?」
「いやー、俺って器用じゃんか? だからいけるかなーって思って……ははは……」
そう言って苦笑するダウト。どうやら、自身が思っていた以上に困難な道のりだったようだ。
「……はぁ」
そんなダウトに、スペードは怒りよりも呆れの方が勝っているようだった。
「全く書けないのか?」
「う、うん。書けないし、あと読めない」
スペードは再び目を丸くする。
「……お前、それでよく今まで仕事できたな」
スペードの呆れた言葉を聞いて、ダウトは万年筆を置きチェアの背もたれに少し勢いよく寄りかかった。
「だって、普段の仕事は1人じゃないし、報告書はジョーカーさんが書いてくれるし、あんまり困ったことないんだよね」
スペードが大きなため息をつく。
「……はぁ」
そして内ポケットから小さなメモ帳を取り出して机の上に置き、開いた冊子の上にある万年筆を取ると左手でゆっくりと文字を書き始める。そして、そのページを切り取って冊子の上に置いてみせた。
「文字の書き方、教えてやる。今のその状態では、今後何かしらの不都合が起きた時に対処できないからな」
スペードはそう言ってダウトを見る。一方のダウトは、少し不服そうな表情を浮かべて背中を起こした。
「……書けるじゃん、字」
小言を言いながら。
「生憎、俺はお前ほど器用じゃないから、左手で書くのは効率が悪くてね。だが、お前ならすぐに書けるようになるさ、器用ならな」
そして、スペードは万年筆をダウトに渡す。一見ダウトを誉めているかのようなスペードだったが、おそらくいつもの煽りなのだろう。それを汲み取ったダウトは相変わらず不服そうな表情を浮かべつつも、スペードから万年筆を受け取り、再び冊子に向かった。
「最初は日付だ。上の数字は年と月と日で、下は曜日。これで"月曜日"と読む。それで……」
ダウトに一文字ずつ丁寧に教えていくスペード。ダウトは要領が良いため理解は早いのだが、それでも実際に書くとなれば話は別なようで、終始苦戦していた。
「……」
冊子をすこし睨みながらも、珍しく真剣に取り組むダウト。そんな彼を見て、スペードはふと疑問を抱く。
「ダウトは、文字を習ったことがないのか?」
「あるわけないでしょ。これ見て分かんない?」
スペードの問いに答えながら、ダウトは手を止めることなく必死に文字を書いていた。
「ていうか何? 自分は習ったことありますっていう自慢?」
「いや、そういうわけじゃない」
てっきり言い返してくると思っていたダウトは、少し驚いて顔を上げスペードを見る。腕を組んで机の上にある大量の冊子を見つめるスペードは、どこか遠い目をしていた。
「……そっちの方が良かったかもしれないと、そう思っただけだ」
「……」
ダウトは何も言わず、ただスペードを見る。彼がどんな過去を抱えているかは分からないが、少なくとも良い思い出ではないことはダウトにも分かった。しかし、ダウトはそんなことにあまり興味がなかった。彼にとって、スペードはただの同僚。それ以上でも、以下でもないからだ。
「……おいダウト。早くやるぞ」
そんな時、ダウトはスペードの言葉で我に返る。
「……分かってるよ」
そして嫌味のようにそう返し、記帳を再開した。今隣に立つ同僚の過去を知る時がいつかくるのだろうかと、そんなことを考えながら。
ヴォーマッシュ村にて明日行われるイベントの情報収集をすることになったヒビキたちは、当日イベント会場となる森林を巡るグループに別れて村での聞き込みを始める。
「まずはどこへ行きましょうか?」
ホワイトたちのグループとは反対方向へとやって来たヒビキたち。早速情報を集めるために、アイリスはヒビキにそう問いかける。
「そうだね……あの辺りの市場の人に聞いてみようか」
そう言ったヒビキが見つめる方向には街道に出店がいくつか並んでおり、道行く人を呼び込んだり、接客などを行っていた。
「分かりました」
ヒビキの提案にアイリスは頷くと、市場に向かうヒビキの後に続く。
「あのー……」
そんな2人をブラックが呼び止めた。ヒビキとアイリスは立ち止まり、振り返ってブラックを見る。
「どうかした? ブラック」
「明日のイベントは本来なら、俺やヒビキ様は参加しちゃいけないんですよね。なら、いくらアイリスさんとカーネがいるとはいえ、俺らが聞きに行くのって怪しまれませんかね?」
そのブラックの疑問に、彼の隣にいるカーネが驚いた表情を見せる。
「た、確かに……!」
「僕とブラックは、ただアイリスとカーネに着いてきただけ、っていうのでどうかな……」
少し首を傾げてそう答えるヒビキにブラックが小さく頷く。
「分かりました。まぁあとは、村人の反応次第ですね」
ブラックの言葉に、今度はヒビキが小さく頷く。そして市場の方へ向き直ると、再び歩みを進め出した。
ヒビキたちが目を向けた市場は主に食料を販売しているようで、野菜や果物といった定番なものからおそらくこの地方の特産品であろうものまで、多くの種類のものがあった。そんな市場にヒビキたちが近付いていくと、黒く長い髪を真っ赤なリボンでまとめた女性が声をかけてきた。
「アンタたち、観光客かい? それなら、ぜひうちのを見ていってよ」
ヒビキたちはその女性に導かれるように、彼女の出店へと近付く。
「こんにちは。ここは、どんな物を売っているんですか?」
「どれもうちで採れた新鮮な野菜だよ! これなんか、この辺りの土地でしか採れないものなんだ」
ヒビキが問いかけたのをきっかけに、女性は少し身を乗り出して説明を始めた。
「コフのみんなが喜びそう……」
「だな」
目の前に並ぶ数々の野菜を見てそうぼやくカーネとブラック。少しして女性は一通りの説明を終えたのか、元の位置に戻った。
「ところで、アンタたちはなんでこの村に来たんだい?」
女性の質問を受けてここからが本題、と言わんばかりにヒビキたちの空気が変わる。
「私たち、テセラ様が主催するイベントに参加しようと思っているのです」
「正気かい? やめといた方がいいよ、絶対」
アイリスの言葉を聞いた女性はすぐに嫌な顔を浮かべ、そう答えた。
「なぜ、ですか?」
「決まってるじゃないか。そのテセラ様の評判が、この村じゃあ最悪だからだよ」
予想外のことに驚くヒビキたち。
「でも、この村を統括しているのは……」
「あぁそうさ、テセラ様だ」
そう言って女性は腕を組む。
「でもだからといってみんながみんな、その人のことを好きになるわけじゃねぇだろう? アタシらは、あの人がこの村を統治している以上、あの人に従って生きていくしかないのさ」
女性の言葉をヒビキたちはただ黙って聞いているしかなかった。のどかな農村のはずであったここヴォーマッシュ村が、そのような状態であるなど思いもしなかったからだ。
「……どうしてそこまで、テセラさんのことを?」
ヒビキがそう聞くと、女性が先ほどよりもゆっくりと身を乗り出しヒビキたちに手招きをした。それに従って内緒話をするかのように近付く5人。
「あの人、アンタらが参加しようとしてるイベントの参加者を誘拐してるって噂があるんだ。しかも、そのイベントは女だけが参加できるんだろう? 気味が悪くて仕方ない」
「なぜ女性だけが参加できるのか、ご存知ではないのですか?」
アイリスの問いに女性は首を振る。
「知らないよ。アタシたちここに住んでるヤツは、誰も参加したことがないんだから」
女性はそう言うと、再びゆっくりと身を元に戻した。ヒビキたちもそれに合わせて少し後ろに戻る。
「まぁそういうことだから、悪いことは言わない。やめた方がいい」
「……ご忠告、ありがとうございます」
そう言ってヒビキは女性に笑みを見せる。そして女性にお礼を言い、その場をあとにした。その言動に何を感じたのか、女性は真剣な表情を浮かべてヒビキたちを見つめていた。たとえ黒い噂があったとしても、それでも参加しなければならない理由がこの者たちにはあると、悟ったのかもしれなかった。
その後ヒビキたちは、他の市場の人にもイベントのことを聞いてまわった。だが、最初の女性が教えてくれた以上の情報は得られなかったため、ある程度のところで切り上げホワイトたちと合流するためにホテルへと戻ることに。テセラの噂と同じようにヒビキたちのこともまた、村の中に広がりつつあった。
再度皆さんこんばんは、星月夢夜です。
前半はスペードとダウトのちょっとしたお話、
後半はヒビキチーム(と呼んでいます)の情報収集でした。
噂は尾鰭が付いてしまったりするので
取り扱いには十分注意しなければなりません。
時に、それが武器となることもありますから。
それでは、本日もお世話をしてくれている家族と
インスピレーション提供の友達に感謝しつつ
後書きとさせていただきます。
星月夢夜




