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いつかの歴史の幕開けを  作者: 星月夢夜
貴族の夜会編
11/18

第11話 堕落

皆さんこんばんは、星月夢夜です。

最近、腰痛がとても酷いです。

それがマットレスのせいと分かってから

低反発を、もう一生離さないと決めました。


では、本編スタートです。

ついに眼前にまで迫った、この惨劇の主であるリオ・ルーイン。彼の口からこの夜会の本当の目的を聞き出すために、ジョーカーとスペードは自身たちの前に立ち塞がった、黒いマントで全身を覆う謎の敵との攻防を繰り広げていた。敵の数は先の比ではなく、まるで湧き出てきているかのように倒しても倒してもその数が減ることはない。


(……クソッ!!)


先の戦闘での疲弊に加えて、右肩の傷が敵を倒すごとにどんどん悪化しているスペード。彼はそれに対して、今まで以上の焦りを感じていた。元々銃撃を得意とし近接戦が苦手なスペードは、体力にあまり自信がない。敵の数と比例して彼の体力はすり減り、限界が近付いていた。


(コイツら、一体何者なんだ)


ジョーカーとスペードを取り囲むようにして襲う、黒マントの謎の敵。彼らは1人1人がまるで訓練された傭兵のようで、顔は見えずとも2人の命を狙っていることは容易に伝わってくる。


(俺は、ここにいる意味があるのか)


自身の体力が削れるほど、傷の痛みが増していくほど、スペードは自分の無能さとジョーカーへの申し訳なさを感じていた。そして、それと同時に今までは思わなかったことも考えるようになる。


(……アイツなら、もっと上手くやっただろうか)


不意にスペードの脳裏に浮かんできたのは、自身の同僚であるダウトだった。屋敷に来たばかりの頃と変わらず、今も顔を合わせればすぐに口論をしている2人。だがスペードは、ダウトのことを認めてはいた。自分とは違い何事も器用にこなし、身体能力も高い彼のことを。それを思うたびに、自分のことがさらに嫌いになっていくスペード。


(俺は天才になれなかった。きっと、俺は……)


もう、スペードはとうに限界を迎えていた。身体も精神も、醜く歪んでしまっているのだ。そんなスペードの状態を知ってか知らずか、ジョーカーは自身から少し離れたところで戦うスペードをチラと見る。


(どうやら、スペードの肩の怪我は想像よりも酷いようですね)


少しずつ動きが遅くなり顔色も悪くなっていくスペードを見て、ここに来る前にもっと怪我のことを聞いておけばよかったと少し後悔する。スペードの性格上話してはくれなかったかもしれない、とも思うジョーカー。


(……やはり)


スペードのことを案ずると同時に、ジョーカーは敵に対して廊下での時から違和感をずっと感じていた。そして今、その正体がようやく顕になる。


(この気配や動き方、確かに身に覚えがあります。しかし、一体どこで……)


過去、ジョーカーはこの謎の人物たちと出会ったことがある。だが、それがいつどこでどういう目的で会ったのか、一向に思い出せないのだ。


(……)


ナイフで敵を仕留めながら、記憶を呼び起こそうとするジョーカー。そんな時、自身の少し後ろにいるスペードが体のバランスを崩すのが横目で見えた。そしてそんな彼に、好機と言わんばかりに剣を突きたてようとしている敵が1人。すぐさまジョーカーはその敵の元に寄り、姿勢を低くし、ナイフを振り上げるように右腰から左肩にかけて斬撃を食らわす。血飛沫が、まるで半月のごとく舞い散った。


「ごめんなさい、ジョーカーさん……」


ジョーカーは黙って、そう言ったスペードの隣に立つ。スペードは肩で荒く息をしており、彼が限界を迎えていることは火を見るよりも明らかであった。


(今は、スペードのことをどうするか考えるべきですね)


ここで部下を死なせるわけにはいかない。たとえリオ・ルーインに関する謎が全て分かったとしても、皆で生きて屋敷に帰らなければ意味がないのだ。


(……)


ジョーカーは素早く考えを巡らす。そして、ある1つの作戦が思いついた。


「スペード、私に1つ作戦があります」


「……?」


スペードがジョーカーを見ると、彼はこの状況下で笑顔を浮かべていた。


「ここから、踊り場の下の壁まで2人で突っ走ります。その後、私は今まで通りに敵を斬り、貴方は壁を背に私を後方から援護してください」


ジョーカーはまるでこの状況を楽しんでいるかのようだった。


「つまり、私が貴方を守りながら戦う、ということです」


ジョーカーの作戦を聞いて、スペードは驚く。


「でも、それじゃジョーカーさんの負担が大きすぎます!」


「自分の部下を守ることが、負担なのですか?」


こんな状況下にも関わらず、ジョーカーはスペードに優しく微笑んだ。スペードは言葉を詰まらす。彼は、今の自分がジョーカーの立案した作戦に口を出してはいけないことを分かっていた。だがそれでも、自分のせいでジョーカーの負担を増やすわけにはいかない。相反する思いが、スペードの頭の中を蠢く。


「時間がありません。すぐに実行しますよ」


ジョーカーからの言葉で、スペードはようやく覚悟を決める。これが最善の選択だと信じて。


「3で走りますよ。1,2……」


カウントダウンが始まると、ジョーカーとスペードは姿勢を少し低くして真っ直ぐに前を捉える。


「3!」


ジョーカーがそう言うのと、敵が2人に向かってくるのがほぼ同時であった。敵に突っ込むような形で走り出したジョーカーとスペードは敵を倒すのを最小限に留めながら、目的地である踊り場の下側を目指す。そして、敵の群れを抜けるとジョーカーは振り返って敵を容赦なく攻撃し始め、一方のスペードは壁まで走った後に振り返り、ジョーカーを援護するように銃撃を始めた。


(これならば、スペードはほとんど動くことはないでしょうから、大丈夫なはずですが)


自分の負担が倍増したにも関わらず、まるでそれを糧にするかのように、ジョーカーは今までよりも速く敵を斬っていく。その姿を後ろから見ていたスペードは、改めて上司に感服するのだった。


(凄い。さっきよりも、動きが格段に速くなってる)


今のジョーカーには死角など存在しない、スペードの目にはそう映っていた。スペードはジョーカーが倒している敵のさらに後ろにいる敵を狙って攻撃しているが、それすらも意味を成していないと錯覚しそうなほど、ジョーカーは凄まじく。もしかすると、この場で1番恐るべきは彼なのかもしれない。


(……)


そんなジョーカーの立てた作戦で徐々に体力が回復してきたスペードは、これから自分がどのような行動をするべきかを考えていた。


(ジョーカーさんの体力だって無限じゃない。敵の数はまだ多い。長期戦になれば、不利なのはこっちだ)


無数にいる敵に対してこちらは2人。長期戦を避けるためにはやはり自分も前線に加わるべきではないのか、スペードはそう考えていた。


(いや、もうこれ以上ジョーカーさんに迷惑をかけるのはごめんだ。だが、このままじゃ……)


スペードは思考を巡らすが、良い案は何も浮かんでこない。代わりに浮かんできたのは、ここにいない同僚のことだった。


(……クソッ。なぜこんな時に思い出すのがアイツのことなんだ)


スペードにとってダウトは同じグループに所属する同僚、おそらくそれ以上でも以下でもない。


(絶対、アイツにだけは負けるわけにはいかないのに)


だが、そう思ってしまうのは一体なぜなのだろうか。


(クソッ……!)


その時、突然ジョーカーの叫びが聞こえた。


「スペード!!」


スペードがその言葉で我に帰ると、彼は自身のすぐ横に気配を感じた。そちらに視線を向けると、黒マントの敵が今まさにスペードに斬りかかるところだった。


「……!!」


スペードはその間、自分のまわりの時間がゆっくり流れていると感じていた。そしてそれと同時に、これが自分に1番お似合いの死に方なのかもしれない、と思っていた。


(……これが、俺への報いなのか)


敵の刃はそこまできている。このまま、運命というものに身を委ねればとスペードは徐々に諦めを抱き始める。きっと、普段のスペードならばそのようなことはしなかっただろう。だが今のスペードは、限界だった。


(……)


スペードは心の中でダウトはきっとこうは考えなかったはずだ、そう思った。いつも口論してばかりのアイツと自分は、結局似て非なるもの同士だったんだな、と。


(アイツと、分かり合えたんだろうか)


スペードが銃を構えようと、ジョーカーが動こうともう遅い。それはスペード自身がよく分かっていた。


(きっと……)


そして、スペードが敵に斬られる、その刹那。敵の脳天に小さめのナイフが1本、突き刺さった。それにより絶命した敵は力なく床に倒れ込む。スペードには、一体何が起こったのか分からなかった。だが、すぐに理解することになる。


「オレがいないと相変わらず役立たずだねー、スペード?」


その言葉が聞こえた直後、その人物は踊り場から華麗に飛び降りて、先ほど倒した敵のすぐ隣に着地する。そうして姿を見せたのはジョーカーとスペードとは別行動をしていた、ダウトだった。


「……ダウト」


スペードは思わず、目の前にいる彼の名前を呟いていた。


「何? まさか、オレがやられたと思ってたわけ? そんなわけないでしょ。バカじゃないのー?」


ただスペードに名前を呼ばれただけにも関わらず矢継ぎ早にそう話すダウトは、自分が戦闘中にスペードのことを考えていたことを忘れたいかのようだった。


「……俺は何も言ってないぞ」


それはスペードも同じなようで、不服そうな表情を浮かべている。


「言わなくても、考えが丸見えだって言ってんの」


スペードに続いてダウトも不服そうな表情を浮かべる。


「ダウト。今自分がやるべきこと、分かりますね?」


こんな状況下にも関わらずいつものように口論を始めかけた2人を、ジョーカーが近付いて制する。ダウトは自分たちを囲む敵を横目で見て、服の中から小さなナイフを2本取り出し、そして敵と向き合った。


「……もちろん。コイツら全員、やっちゃえばいいんですよね?」


ダウトの返答を聞いてジョーカーは笑みを浮かべ、隣に立つダウトを見る。


「えぇ。よく分かっているではありませんか」


ダウトも笑みを浮かべた。


「せいぜいお前も役に立ちなよね、スペード」


振り返って、自身の後ろにいるスペードに向かったそう言うダウト。その時、ダウトはスペードが左手で銃を持っていることに気付く。右利きなのに、と思ってよく見るとスペードの右手が脱力していた。


(コイツ、もしかして……)


「……うるさい。黙って目の前のことに集中しろ」


ダウトの考えを遮るように、スペードがそう言う。こんな時まで見栄を張るのか、とダウトは思ったが口には出さず今は敵を倒すことに専念することにした。


「はいはい」


こうして、ジョーカー、スペード、合流したダウトの3人はリオ・ルーインの謎を解明させるため、そして主と仲間を救うために最後の勝負に挑むのだった。



別行動をしていたダウトが合流し3人になったあとも、ジョーカーとスペードはジョーカーが考えた作戦を継続していた。当然ダウトはそのことを知らないが、近接戦を得意とし敵にどんどん立ち向かっていく性格のダウトは、ジョーカーと同じように前線で戦っているため、作戦に支障が出ることはなかった。


(……)


ジョーカーは敵を倒しながら、共に戦っているスペードとダウトのことを考えていた。


(スペードの射撃の精度や速さが、だんだん上がっているようですね。いえ、この場合は戻っている、と言った方が正しいでしょうか)


壁を背にしてジョーカーとダウトの援護にまわっているスペードは、どうやら徐々に体力と気力を取り戻しているようだった。それは作戦の成果であったが、ジョーカーはそれだけではないと考えていた。


(体力はともかく。気力の方は、おそらくダウトの存在が大きいのでしょうね)


スペードはきっと無意識のうちに、ダウトを必要としているのだろう。


(やはりこの2人は、ペアで行動させるのが1番良いようです)


彼らが最も力を発揮するのは2人でいる時。ジョーカーは、そう結論づけた。


(まぁ、今ダウトのことを必要としていたのは、スペードだけではありませんが)


前線にダウトが加わったことにより、敵を倒す速さは格段に上がった。スペードも徐々に本来の力を取り戻しつつあり、敵の数は確実に減っていた。長期戦に入ると思われたこの戦いも、少しずつその終わりが見えてきたのだ。


(……作戦を、少々変更しましょうか)


そこでジョーカーは一気に勝負へと出るために、また別の作戦を立案する。


「ダウト。まだいけますね?」


それを実行するために、同じく前線で戦っているダウトに確認を取るジョーカー。


「えぇもちろん! まだまだ有り余ってますよー!」


ダウトも自分と同じで、敵を倒すたびに気分が高揚するのかもしれないと思いつつ、今度は後方のスペードに作戦変更を告げる。


「スペード! 作戦変更です! このまま前へ進みます!」


ジョーカーの言葉を聞いて、スペードは待ってましたと言わんばかりに不適な笑みを浮かべた。


「はい!!」


そしてジョーカーは先陣を切るように、敵を倒しながら前へと進んでいく。それにダウトとスペードも続く。3人は言葉を交わすことなく、様々な方向から襲いかかる敵を次々に倒していった。連携力のみで交互に場所を変えて、援護し合いながら戦っている。ジョーカーは今のこの状況に、なんとも形容しがたい思いを抱いていた。


(……仲間。案外昔から、私は1人では生きられないようですね)


大抵のことを完璧にこなすことができるジョーカーだが、それでも全知全能ではない。補う存在が必要であるということを、彼は改めて思い知った。


(クライト家の使用人になれてよかったと、心からそう思います)


ジョーカー、スペード、ダウトの3人は徐々にリオに近付いていく。


(これからも、皆と共にいられるように)


そしてついに、リオ・ルーインの姿を視界に捉えた。


(私は、私がやるべきことをしましょうか)


そう決意を固めたその瞬間。ジョーカーはその目付きを変え、リオを仕留めると言わんばかりに一気に突撃しその距離を詰める。その姿は、獲物を狩る獣のように。そんなジョーカーをリオのところへは行かせないと敵が立ち塞がるも、今のジョーカーにはまるで赤子も同然で為す術もなく散っていく。


「ジョーカーさん!?」


何も言わずに先陣を切ったジョーカーにスペードとダウトは驚く。2人にとって、今のジョーカーの険相は普段の彼からは想像できないものだった。だがそれよりも驚くべきことは、2人がジョーカーの方を向いた時にはすでに。


「……やっと、話ができますね」


ジョーカーは、リオの喉元にナイフを突き立てていた。だがリオは目の前のことに一切動揺することなく、ただその場に立っていた。そしてまるで時が止まってしまったかのように、その場にいた者全員が動きを止める。


「……」


すぐ目先にナイフがあるにも関わらず、リオは企むような笑みを浮かべている。対して、リオを見るジョーカーの表情に光はない。


「貴方には、聞きたいことが沢山あります。今すぐに口を割るのと、手足を無くしてから割るのと、どちらがいいですか?」


彼らの目的はリオを殺すことではなく、彼から全ての真相を聞き出すことだ。もちろん、ジョーカーもそれは分かっている。だが気を抜けば今すぐにでも、ということも彼は同時に理解していた。


「……ふふ」


そんなジョーカーの言葉を聞いても、リオは未だ笑っていた。


「何がおかしいのです」


リオはジョーカーを捉える。


「君たちは、1つ勘違いをしている」


ジョーカーもまた、リオを捉えていた。


「私の目的は既に達成している。君がいくら私を拷問しようとも、私が口を割ることは決してない。私にとって、それは何の価値もない行為だからだ」


リオがそう言った途端、堪忍袋の緒が切れたと言わんばかりにジョーカーは彼の顔を思い切り蹴った。リオは呆気なく床に平伏す。


「貴方こそ、1つ勘違いをしています。今の貴方は、これからの行動を自分で選択する権利はありません。ただ、こちらからの指示に従っていればよいのです」


顔を腫らし、惨めに這いつくばっている状態に追い込まれてもなお、リオが笑みを崩すことはなかった。


「ならば、君たちが最終的に私に望んでいることを、今ここでやってみせよう」


ジョーカーがその言葉を不思議に思ったその時、突然リオが激しくもがき出した。一瞬動揺したジョーカーだったが、すぐさま状況を理解する。


(まさか、口の中に毒を……!)


ここで死なせるわけにはいかない、そう思ったジョーカーはリオの胸ぐらを掴み上げるもののすでに遅く、リオは歪んだ笑みを浮かべたまま死んでいた。ジョーカーは脱力するようにその手を離す。リオが床に落ちる音が、静かなホールに響き渡った。


「……」


目の前に転がる死体を見て、ジョーカーはどうしようもない怒りが込み上げてくるのを感じていた。仲間を、そして主を危険な目に遭わせた首謀者の結末がこれか、とそう考えれば考えるほど彼は強く拳を握っていた。そんなジョーカーを見てダウトとスペードは目を合わせて頷き、ジョーカーに近付く。


「……!」


だがそれと同時に再び時が動き出したかのように、黒マントの敵が戦闘体制となりジョーカーたちを見据えていた。


「ウソでしょ。こいつら、リオが死んだのにまだやろうっていうの!?」


主の報復のためか、それとも自らに課せられた使命のためか。表情も何も読み取ることのできない彼らは機械にように、目の前の敵を殲滅するのみなのだろう。


「……」


それらを迎え撃とうとしたダウトとスペードだったがついに限界を迎えたのか、何の前触れもなくスペードが倒れた。


「! スペード!!」


ダウトはすぐにスペードの元へと寄る。スペードはかろうじて意識はあったが、もう戦える状態ではないのは火を見るよりも明らかだった。だが、敵は徐々にジョーカーたちに近付いてきている。


「ジョーカーさん! 一体どうしたら……」


そのダウトの言葉を受けてか否か、ジョーカーはリオの死体を見つめたまま呟くように言った。


「退け」


だがそれは、体に突き刺さるような殺気を纏っていた。敵はその動きを止め、思わずダウトも息を呑む。もうそこに、普段の彼はいない。


「できないなら、ここで死ね」


まるで殺気の波に押されるかのように、黒マントの敵は少しずつ後退していく。


「……」


ジョーカーの後ろにいるダウトは直感的に恐怖を感じた。ジョーカーの言葉は自分に向けられたものでないと理解しながらも、ジョーカーの禍々しい殺気はダウトの精神にも届いていた。


(……今、俺の前にいるのは、本当にジョーカーさん?)


ダウトにはジョーカーの顔は見えない。だからこそ、ダウトは余計に怖くなっていた。


「……」


一方追い込まれて逃げ場を失った敵は、ホールの壁にある縦に長い窓を次々と割り外へ逃げ出していった。その様子を見ていたダウトは思わず呟く。


「いいんですか、ジョーカーさん」


ダウトはそう言った後に言ってしまったことを少し後悔した。もしかすると自分も、そんなダウトの考えとは裏腹にダウトの方へ振り返ったジョーカーは、いつも通りの笑みを浮かべていた。


「構いません。おそらく、これで彼らが私たちを襲ってくることはないでしょうから」


さっきとは全く違う上司の様子と、呆気ない舞台の結末に拍子抜けするダウト。だが、まだこれで終わりではない。彼らにはまだやるべきことがあった。


「急いで、ヒビキ様とチェスの救出に向かいますよ」


そう言ってジョーカーはスペードに寄り、彼と目線を合わせるようにしゃがむ。


「スペード、立てますか?」


「……はい、なんとか」


ジョーカーからの問いにスペードは弱々しく答えた。それを聞いてジョーカーは立ち上がる。


「ダウト、スペードの補助をお願いします。敵が割ってくださった、あの窓から私たちも脱出するとしましょう」


「分かりました!」


ダウトはスペードに肩を貸して共に立ち上がり、3人で窓に向かって歩き始めた。そして、スペードとダウトは同時に外へと足を踏み入れる。彼らを先に行かせたジョーカーは死体が散乱するホールを一瞬見たものの、何も言わずに2人のあとに続いて窓から外に出た。もうそこには、何も求めるものは何もないのだから。



ジョーカーたちが敵との攻防を繰り広げていたころ。彼らの下、真っ暗な坑道の中でヒビキは敵との一騎打ちに臨んでいた。坑道を爆破しようとするダイナマイトに火を点けさせまいと、それがある方向とは真逆に敵を誘導するため走るヒビキ。


(もう少し、なはず……!)


今ヒビキが向かっているのは、彼がチェスと別れて少しして見つけた簡易的な基地ような場所。だが、そこに辿り着いたからといって何かあるわけではない。誰か助けてくれる人が待っているわけでもなければ、打開策があるわけでもない。それでも、ヒビキは走る。それしかなかった。


(……あった)


そんな時、少し先に目的地である基地の明かりが見えてきた。その基地はレールの分岐点であり、ヒビキから見て道は左右に分かれている。


(右の道にはチェスがいる。それなら……)


ヒビキには左の道に行くしか選択肢はない。そこは、ヒビキにとっては未知の領域。


(一体、どこまで続くんだろう)


使用人を守るという強い想いの陰で深い暗闇の中、体力も気力も削られていくヒビキ。彼の脳裏にほんの少しだけ消極的な考えがよぎる。そして基地のすぐ近くまで来た、その時。


「……!」


目的の場所を目前にしてヒビキは躓き、転倒してしまう。


「いっ……」


足や腕を怪我を負い、ヒビキは全身に痛みを感じる。それでも立ちあがろうとするものの、右の足首に鋭い痛みが走った。


「……っ!!」


今は一刻も早く先に行かなければならない。にも関わらず、それが叶わない。


(お願い、もう少しだから……!)


そんなヒビキに静かに敵の足音が迫っていた。ヒビキは少しでも先へ行こうと、自分自身を引きずるように体を無理矢理動かして前へ進む。だが黒いマントで覆われた敵は、それを嘲笑うといわんばかりにヒビキの足元に立って彼を見下ろす。


(……)


ヒビキは敵を見る。基地の明かりのおかげで、今ならその姿が確認できる。振り上げたナイフも、今ならはっきりと見える。やはり自分にできることはとても小さいことだった、と思いながら張り裂けそうな想いを鎮めるようにゆっくり呼吸をする。そして敵の持つナイフが光った時、突然敵の顔のあたりが爆発した。


「……!!」


散った黒いマントの下から、赤い肉片が垣間見える。敵は燃えながら、力なくその場に倒れた。


(何が、起こったの?)


その時ヒビキの後方から物音が聞こえた。ヒビキが振り返ると、そこには血まみれのチェスが立っていた。ヒビキと一瞬だけ視線を交わし、彼もまた力なく倒れた。


「チェス!!」


ヒビキが大声でチェスの名前を呼ぶが応答はない。ヒビキはなんとか片足で立ち上がり、彼に近寄る。地面に伏すチェスはまるで眠っているように、穏やかな顔をしていた。


(早く、チェスを助けないと、ここから、出ないと)


だがそう思った途端にヒビキの視界は大きく揺れて真っ暗になり、気が付くとヒビキはチェスに覆い被さるようにして倒れていた。


(やっぱり、僕じゃまだ、うまくできない……?)


若くしてクライト家の当主となったヒビキ。両親も今はおらず、頼れる身寄りもいない彼が背負ったものは、使用人にも誰にも計り知れないほどのものなのかもしれない。それでも、進み始めてしまった運命を止めることはできない。


(……とう、さま)


ヒビキは心の中で、父を呼んだ。自分とチェスの隣に、彼がいてくれているような気がしたから。

再度皆さんこんばんは、星月夢夜です。

ついにリオと決着をつけることができたジョーカーたち。

それは、彼らが望んでいた結末ではなかったようですが。


いよいよこのシリーズも次話で完結となります。

長かったような、短かったような、そんな感じです。

ヒビキとベグがどのように舞台から降りるのか。

ぜひ、終演までお付き合いしてくださると嬉しいです。


それでは、本日もお世話をしてくれている家族と

インスピレーション提供の友達に感謝しつつ

後書きとさせていただきます。

星月夢夜

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