第9話 兄を探して三千里
――テトテトテト…
街を軽快な足音と共に、走る少女が一人。
夕闇三久瑠。夕闇明石の妹にして、このM&S内において『血まみれのマスコット』と呼ばれ恐れられる、幼子である。
そんな少女は今、待たせている兄の元に向かうべく、街を駆けていた。
「たく…兄ちゃん、どこで何やってんだよ」
三久瑠は数刻前、彼女の兄にメールで『店で売ってるアイテムでも物色して暇を潰しておいてくれ』と、連絡していた。
しかし、どういうわけだか彼女の愛する兄――いや彼女”を”愛する兄は、近くの店をどれだけ探しても、見つからなかった。
『どういうわけだろう』と、少女は疑問を抱く。
彼女の兄は、まあ何というか――アレなのだ。少し彼女のことを、愛しすぎている節がある。俗に言う、シスコンという類いの、人間なのだ。
そんなシスコンの兄が、見つからない。これは、普段兄から溺愛される少女からしてみれば、尋常ならざる事態だった。
『妹と離ればなれになるくらいなら、死んだ方がマシ』
兄はそんなことを臆せず言ってしまえるほどに、イカれている。そんな兄が、妹を置いて、どこかに行ってしまった。
尋常ではない。確実に、何かがおかしい。そう断言できるほどの確信が、少女にはあった。
(さっきから散々、メール送ってんのに…なんで出ねえんだよ、兄ちゃん! もしかして、なんかあったのか?)
それまで『すぐに見つかるだろう』とたかをくくっていた少女の胸に、一抹の不安がよぎる。そしてすぐに、それを振り払うように、頭を振った。
(…ログアウトしちまったのかな? ずっとつまんなそうな顔してたし…だとしたら、悪いことしちゃったな…アタシが誘っちまった所為で…)
少女はただただ、このゲームを兄と一緒に楽しみたいだけだった。
しかし…そんな少女の思いとは裏腹に、彼女の兄は――とても、弱かった。ゲームを楽しむことすら、ままならないほどに。
少女も、そのことには気がついていた。兄が、楽しめていないと言うことには。だからこそ、彼女なりに精一杯、楽しんで貰おうと、あれやこれやと、考えを巡らせていた。
が…もしかしたら、そういう思いやりですらも、兄には苦痛だったのではないか。愛する妹が、自分のために頭を悩ますのを見るのは、嬉しさを通り越して、申し訳なさを、感じさせてしまっていたのではないか。
彼女は今になって、そう後悔する。
――ピロロン!
「…!」
メールが届いた。それは他ならぬ、兄からだった。
ひとまず、兄がまだゲーム内にいることを知り、少女は安堵する。
そしてすぐに、メールを開いた。
『悪い三久瑠、集中してたせいで、メール見逃してた。すまん。後で死んでわびるから、許してくれ。今は町外れの店にいる。すまんがこっちまで、来てくれないか?』
「町外れの店…? おいおい、兄ちゃん。何だって、そんなとこまで…確かに店で暇つぶししてろっつったけど、『いろんな店を見てまわってろ』なんて、言った覚え、アタシねえぞ?」
少女はそんな文句をぼやきつつも、しかし安心したからか、嬉しそうに笑って、兄の待つ店へと、走り去っていった。
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