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第8話 俺は頼れる兄であらねばならないのだ

「はあ…マジで、なんでこんなことになっちまったんだ」


 一人、街のベンチに座って、そうぼやく。

 ただいま、ゲームプレイ開始から、五時間と少し。冒険を始めて間もないが、しかし俺はもう既に、色々と腹一杯だった。腹一杯過ぎて、吐き気がするくらいに。


 俺は最初、このゲームにログインした当時。バラ色の未来を、想像していた。

 妹の三久瑠と一緒に、色んな場所を冒険し、兄として三久瑠の事を守り、公衆の面前でこれ見よがしにイチャつき、背徳感を得ようと、そんな事を考えていた。


 しかし、今。そんな予定は須く無残に、崩壊してしまっていた。


 何よりの問題。それは、他でもない、俺自身の弱さにある。


 三久瑠曰く『雑魚レベルの才能すら無い』。

 実の妹ですら、そう断じるレベルなのだから、まあ確実に、俺にはこのゲームの才能、無いんだろう。


 だって、見て見ろよ。この俺の有様を。情けない状況を。

 文字通り“命懸け”で戦って(自爆して)ようやく手に入ったのが、こんな虫の臓物で出来た、蠱虫エキスなる、正体不明の毒物のみなんて、情けない有様を。

 そりゃあ妹に、才能が無いと、見限られもするだろう。


「…遅いな、三久瑠のヤツ」


 帰りの遅い妹を心配して、そう呟く。

 三久瑠は今、教会に行っている。俺の“拠点登録”のために、1000ゴールド分の素材を持って、登録料を、払いに行ってくれているのだ。


 1000ゴールド。すなわち、4ゴールドぽっちの俺の命、しめて250個分だ。なんてこった、大金じゃないか。

 大金…だよな? 俺の命が、安すぎるってわけじゃなくて。


「…やめてぇなぁ、このゲーム」


 はっきり言って、楽しくない。なんにも。だって今のところ、俺は『お前の命4ゴールドだからぁ!』と、罵倒されただけである。そりゃ、楽しいわけがない。むしろイラついてる。


 しかしながら、妹の手前、やめるわけにもいかない…俺とは違って、本気でこのゲームを楽しんでる、三久瑠の事を考えると。


 まだ数時間、三久瑠と一緒にプレイしただけだけれど、それでも伝わってくる。アイツがどれだけ、このゲームのことが好きなのかが。大好きなのかが。

 なんたって、一緒に遊ぶ相手がいないからって、わざわざお兄ちゃんを誘うくらいだ。その時点で、アイツがこのゲームを大好きなんだって事は、明らかだろう。


 しかし…だ。いくら妹への愛があるとは言え、それでも…キツい。好きでもないゲームを、さんざプレイするのは。純粋に苦痛だ。


 俺もゲームを楽しめれば、それが一番だったんだが。でも残念ながら俺は、雑魚モンスターにも勝てず、死にまくっちまうようなゲームを楽しめるほど、人間が出来ちゃいない。


 なにより、俺は兄なのだ。三久瑠のお兄ちゃんなのだ。そんな俺が、妹の前で情けない姿をさらし続け、あまつさえ守られる。これ以上の苦痛はない。


 兄とは常に、妹の隣に立ち、妹を守ってやる存在でなければならない。それは真理であり、公理であり、絶対なのだ。

 しかして今の俺は、そんな兄の姿からは程遠い姿を、さらけ出している。


 情けない。あぁ、情けないぞ夕闇明石。それでもお前は兄なのか? 夕闇三久瑠の、お兄ちゃんなのか?

 否、貴様に、兄を名乗る資格などない。この兄の面汚しめ。貴様など、いっぺん死んで、人生をやり直すくらいが、丁度いいのだ。全身全霊を持って、その恥を自覚せよ。


「…せめて、三久瑠と同じくらい、悪名を轟かせればなぁ…」


 血まみれのマスコット、血塗られし黒ネズミ卿、“悪”夢の国の黒ネズミ。

 我が妹の悪名は、無限に沸いてくる様々な二つ名によって、広まっている。二つ名と言うより、数多名あまたなと言うべきか?


 一方で、俺はどうだ? 今のところつけて貰えそうな二つ名と言ったら『死にたがり卿』くらいのもんだ。もしくは『ドM卿』。

 どっちも勘弁してくれ。


 あぁ、せめて…せめて俺にも、なんか格好いい二つ名が、ついたらなぁ…



 ――ピロロン!


「…ん?」


 一人ベンチに座って物思いにふけっていると、そんな音と共に、三久瑠からメールが来た。

 どうやらフレンド登録している者同士は、ゲーム内でメールのやり取りが出来るようだ。便利だな。


「なになに…『ゴメン! ちょっと遅くなる! アイテムショップで暇つぶしでもしといてくれ!』か。なるほど」


 どうやら、なにか理由があって、三久瑠の到着が、遅れてしまうようだ。

 まあ、メールを送る余裕があるって事は、たいした理由でも無いんだろう。


 さて…んじゃ、まあ言われたとおり、三久瑠が戻ってくるまでの間、店でウィンドウショッピングでもして、店員さんをおちょくってやるとしますか…


 こうして俺は、金もないのに商品を物色するという、性格の悪い暇つぶしをすることにしたのだが。

 そこで“ゲームシステムを根本から揺るがすある事実”に、気がつくのだった。




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