第6話 才能無いとか言わないでおくれ!
「兄ちゃん! そっちに一匹行ったぞ! 気をつけろ!」
「任せろ三久瑠! 心配などいらん! 悪魔に魂を売ったこの俺、お兄ちゃんが! この程度のモンスター易々と屠って…て、あれ? ちょま、魔法発動しないんだけ…え? いやいやいや! タンマ! タンマタンマタン…ギャアアアアアアアアアアアアア!」
「に、にーちゃーーーーーーーん!」
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クソッ! なんと言うことだ! 俺は妹に格好いい姿を見せつけるはずだった! なのになんだこの体たらくは!?
おお情けなや! 夕闇明石、それでもお前は、三久瑠の偉大なる兄か!? それでいいのか!?
否! これでいいはずがない! 何としてでも妹に、格好いい姿を見せてやらねば! その傍らに立つにふさわしい人間であることを、証明せねば!
負けん! 負けるわけにはいかないのだ! うおおおおおおおお!
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「兄ちゃん! 危ない逃げろ!」
「案ずるな! この程度の敵、俺の魔法で焼き尽くしてくれよう! そして、三久瑠お前に、俺が頼れるお兄ちゃんであることを、見せつけるのだ! うおおおおおおおおおおギャアアアアアアアアアアアアアア!」
「にーちゃーーーーーーん!」
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なぜだ! 何を間違えた!?
俺は確かに、魔法を使った! なのに何故、魔法が出なかった!?
俺が下手くそだからか!? そうか! それはゴメン!
ええい! もういい! 魔法などには、もう一生頼らん! 出もしない、役立たずな魔法になど!
剣だ! 剣しかない! このゲームは『マジック&ソード』! 直訳すれば『魔法と剣』!
魔法が使えんのなら、剣で戦うまで!
べ、別に魔法なんて使えなくて良いんだもんね! 魔法が使えなくたって、悲しくなんて無いんだからね! ホントだからね!
なにはともあれ、見ていろ妹よ! お兄ちゃんは魔法など捨て、剣とこの身一つで、お前の隣に立つにふさわしい強者となって見せよう! うおおおおおおおおおおおお!
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「兄ちゃん! もう良いから逃げてくれ! あたし一人で何とかするからさ!」
「心配無用だ妹よ! 敵がどれほどの強敵であったとしても、俺がこの剣で、バッタバッタとなぎ倒しギャアアアアアアアアアアアアアア!」
「あーーーーーーもーーーーーーーーー! 兄ちゃんのバカァァァァァァァァ!」
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◇
予想外だ。何が予想外かって? 簡単だ。
このゲーム、くそムズい。
いや、マジでどうなってんだよ難易度。すでに十回近く、街を出てすぐのダンジョンに挑んだんだが、毎度毎度、最初に出会ったモンスターに、為す術無くやられている。しかも“俺だけ”。
完全に三久瑠の足手まといになっている。兄として情けない限りだ。普通こういう場合、兄である俺の方が三久瑠を守ってやるべきだというのに。
あぁ、何ということだ。今や俺は、妹に守られる、情けない兄貴に成り下がってしまった。
古今東西、今昔問わず、これほどまでに兄として頼りがいのない男は、きっと俺だけだろう。なんたる屈辱だ。
「…兄ちゃん、迎えに来たぜ」
街の教会で復活し、その入り口で一人、黄昏れていた俺の元に、三久瑠がやって来た。
その表情は暗い。
「…悪いな三久瑠。なんべんも、ダンジョンと街を、行ったり来たりさせちまって」
ダンジョンで死ぬと、教会まで強制送還させられる。その為、俺が死ぬ度に三久瑠は、一人わざわざ、ダンジョンからこの街まで、帰宅を強いられてしまっていた。
しかし、まあ不幸中の幸いか。本来、ダンジョンで死ぬと、教会で復活して貰うためには、持ち金から一定額、支払わねばならないのだが。俺は初心者で、1ゴールドたりとも持っていないおかげで、タダで復活させて貰えていた。
…なんだか、俺の命には1ゴールドの価値すらないと、罵倒されているような気分にもなるが。
だがそれでも、このゲームの死は、決して軽くはない。タダで復活させて貰えるとは言え、だ。
死ねば持っているアイテムを全てロストすることになるし(まあ俺のポッケは空っぽなのだが)、装備もその場所に散乱するしで(三久瑠が拾ってきてはくれるが)、そのリスクは無視できない。
何より情けない。プレイ開始から1時間と経たずに、すでに10回以上死んだ男。とんでもなく恥ずかしい異名だ。俺は死にたがりのドMか?
そんな“死に戻り”とかが、出来るわけじゃないんだからさぁ…もっと命は大切に。寿命のご利用は計画的に。まあ、これゲームなんだけど。
「しかし三久瑠…このゲーム、中々に難しいな。兄ちゃん正直、舐めてたよ。まさかいきなり、あんな手強いモンスター共と戦うことになるとは…」
俺の推測では恐らく、俺を殺したあのモンスター共は、このゲーム内でも一、二を争う危険モンスターだ。だからこんなにも、無様に何度も殺されて…
「いや、アイツらただの雑魚モンスターだぜ、兄ちゃん」
「わーお。寝耳に水だぁ」
なんと言うことだ。まさかアレで、雑魚とは。あのレベルで、雑魚とは。そして、そんな雑魚に、10回も殺害された俺とは?
俺は雑魚以下って事でしょうか? ゴミクズって事ですか?
なんてことだ、恥ずかしい。死にたい。あ、いや、もう既に死んでるのか。それも何回も。
「クソッ…なんと言うことだ。本来の計画では、俺は三久瑠に格好いい姿を見せて『わぁ! すげえぜ兄ちゃん! こんなに強いなんて、さすがアタシの兄ちゃんだ! 大好き!』と言われるはずだったのに。今のところ見せれているのが、無様な死に様だけとは」
教えてくれ神よ、俺は一体何処で、何を間違えたんだ?
「しかし、安心しろ三久瑠よ。我が親愛なる妹よ。兄ちゃんはこの程度の事で、めげたりしないぞ」
ゲームで、たったの10回ばかし雑魚モンスターにやられて、死にまくったからって、だから『こんなクソゲーやってられっか!』と投げ出すような、根性無しのゲーマーと兄ちゃんを、一緒にするんじゃないぞ。
俺はな、確かに死んだかもしれん。“たった”10回“ぽっち”、雑魚にやられたかもしれん。それはまあ、認めよう。
しかし諦めるなどと言うことは、決してない。
諦める。それ即ち、敗北宣言である。自分の無力を認め、逃げ出す、愚かなる弱者のする行為だ。
では、俺はそんな弱者か? 否、違う。俺は断じて、弱者などではない。愛する三久瑠を、そんな腰抜けゴミクズ野郎の妹になんて、させはしない。
諦めない。それが俺の忍道…いや人間道なんだってばよ!
「よし! 行くぞ三久瑠! また、さっきのダンジョンへと! 今度こそお兄ちゃんの勇姿を、お前に見せてやるからな!」
「あのさ、兄ちゃん」
「なんだ? ああ、もしかしてトイレか? そういえば、ずっとゲームやりっぱだったからな。そろそろお前の膀胱、もしくは肛門括約筋が、限界なのか? そうか、それなら仕方ないな。どれ、お兄ちゃんと一緒に、トイレに行こうか。連れションにでも…」
「いや、違えって。そんで、なんで兄ちゃんと一緒に、トイレ行かなきゃなんねえんだよ。一人で行けるぜ、そんくらい」
「うん? 違うのか? じゃあなんだ?」
「…あのさ、兄ちゃん。アタシの方から誘っといて…その…すごくさ、言いにくいんだけど…」
「なんだなんだ? 改まって。安心しろ。例え何を言われようとも、お兄ちゃんはお前に怒ったりしないからな。好きなだけ、思ったことを言ってみなさい」
「じゃあ…言うけどさ。兄ちゃん、はっきし言って兄ちゃんさ…」
「このゲームの才能、全くないんだぜ」
「…」
妹に、才能の無さを指摘される情けない兄貴がいた。
俺だ。泣いても良いでしょうか?
「な、何を言うんだ妹よ。兄ちゃんに才能が無い? はは、ははは…そ、そんなわけないだろう? お前だって、よくわかってるはずだ。兄ちゃんはな、天才なんだ。何でも出来る、ハイパーグレートな、スーパー兄貴なんだよ。なんたって、お前の兄ちゃんなんだから…」
兄は何でも出来る。それは妹にとって、これ以上無い自慢だ。俺は自慢の兄なのだ。
俺は兄として、そんな最高の人物でなければならないのだ。
「成績優秀、スポーツ万能。即ち文武両道。知ってるだろう、三久瑠。お前の兄ちゃんは、そんな完璧な人間なのだよ。そんな俺が、才能がないだって? 冗談はよしこさん…」
「いや、知ってるよ。兄ちゃんがすげえのは。でもさ…少なくともここじゃ、兄ちゃん雑魚だ。雑魚以下の才能しか、ねえんだよ…」
「…」
う、うわあああああああああああ! あああああああああああああああ! いやあああああああああああああ!
「な、なんでそんな事を言うんだ三久瑠! 確かに兄ちゃんは、その…ちょっと! ほんのちょっとだけ! 序盤で死にすぎたかもしれん! しかしだ! その程度の事で、兄の才能を見限るのは、果たしていかがなものだろうか!?」
「いやな、アタシもさ、本当はこんなこと、言いたくなかったよ。でもさ…言わなきゃって、思ったんだよ。誘っちまった張本人として」
「…!」
な、なんだその顔は! なんだその、見たこともないくらいに悲しげな表情は! 『こんなことになって本当にごめんなさい』とでも言いたげな、その目は!
やめて! お兄ちゃん、お前のそんな顔見たくないよ!
「でも、安心しろよ兄ちゃん。いくら兄ちゃんが“クソ雑魚”の“役立たず”だったとしても、アタシだけは兄ちゃんのこと、見捨てないからさ」
「クソ雑魚の役立たず!?」
「それにさ、いくら兄ちゃんが弱くても、アタシが絶対守ってみせるぜ! ゲームの中で位は、いつもとは逆で、アタシが兄ちゃんのこと、守ってやっからさ! だから一緒に、ゲーム楽しもうぜ!」
はうっ…! な、なんて良い子なんだ…! お兄ちゃんがクソ雑魚ナメクジだとわかった上で、それでもなお、お兄ちゃんと一緒に冒険して、あまつさえ守ろうとしてくれるだなんて…!
その優しさを感じられただけで、もうお兄ちゃんは満足だ。死んでもいい…!
…しかし。
「ダメなんだ! それじゃあ!」
確かにここは、ゲームの中。現実ではない。
だが、かといって、それが果たして、俺が妹に守られる理由になるのか? 妹の庇護下で安穏と生きる理由になるのか? 答えは否! なるはずがない!
兄とは常に、妹を守る存在であらねばならない! それが例え、ゲームの世界であったとしても! 守るどころか守られるなんてこと、あっていいわけがないのだ!
「三久瑠! いいかよく聞くんだ! 兄ちゃんは何が何でも、お前のことを守りたい! いや守らねばならない! 怪物共から、敵プレイヤーから、ロリコンの変態共から! お前を守る! それが、俺の唯一の存在意義であり、生きる意味なのだ!」
「に、兄ちゃん…」
「だから頼む! まだ兄ちゃんを見捨てないでくれ! ずっと弱いままだと、決めつけないでくれ! 方法は選ばん! どんな非人道的、反倫理的な手段でも構わん! とにかく、兄ちゃんでもお前の役に立てる、お前を守れる、そんなやり方を、戦い方を、教えてくれ!」
「…わかったぜ。さすがアタシの兄ちゃんだ。そういうところ、マジ大好きだぜ」
三久瑠はそう言うと、アイテムバックから、正体不明の小瓶を取り出し、そしてそれを、俺に渡した。
「…? 三久瑠、なんだこれ?」
「武器なんだぜ、兄ちゃん。それさえあれば、いくら弱い兄ちゃんでも、自分より強い敵を問答無用で殺せる」
「…! なに!? こんな瓶一つでか!?」
「うん。ただ、それ使うときは注意…」
「でかした三久瑠! これさえあれば、俺でもやれるって事なんだな!? 素晴らしいぞ! よし、そうと決まれば早速、実戦だ! 行くぞ!」
「あ、兄ちゃん! まだ説明が…あーもう! いいよ! 勝手にしやがれ!」
こうして俺達、固い絆で結ばれた最強兄妹は、もう何度目になるかわからない冒険へと、旅だったのだった。
――そして俺は“また”死んだ。
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