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第5話 このゲーム、結構よく考えられてんじゃん

「よく考えられてる? それってどういう意味だよ、兄ちゃん」

「経済学的に見れば、ゲーム内通貨の管理が完璧に近い状態で行われてるって事さ三久瑠。いや、正直脱帽だよ、これ。このゲームシステムを考えたヤツ、相当に頭が良い。少なくとも兄ちゃん並には、頭がキレる」


 首をかしげる妹に、そう教える。


 このシステムを考えたヤツは相当に頭が良い。これはお世辞でも何でも無く、れっきとした事実だ。それ程までに、このM&Sというゲームは、ゲーム内通貨“ゴールド”の管理が、運営によって完全掌握されていると言って良い。

 より正確に言うなら、ゴールドが“インフレーション”を起こさないように、徹底されているのだ。


「いんふれーしょん? なんだよ、それ」

「通貨価値――このゲームで言うなら、ゲーム内通貨“ゴールド”の価値暴落のことだよ、三久瑠。ま、小五にはちょっと難しいか」

「うん、むずい。わっかんねえ。だから、わかるように教えて」

「よしよし、勉強熱心だなぁ三久瑠ちゃんは。お兄ちゃん、そんな勉強熱心な妹のことが誇らしくて、ヨシヨシしちゃう。おーヨシヨシ。良い子、良い子」

「へへ…ありがとなんだぜ兄ちゃん」


 さて、妹を欲望のままに撫で回すのも、まあこの辺に。


「三久瑠、確認なんだが。このゲーム内でゴールドを手に入れる手段って、店でアイテムを売るだけなのか?」

「いいや、それ以外にもあるぜ。ギルド会館で受注出来る“クエスト”っつうのをクリアしたりしても、手に入るんだ。商業系ギルドの連中以外――大抵のプレイヤーは、そっちで稼いでる」

「なるほどな。じゃ、そのクエストって、無尽蔵なのか?」

「むじんぞー?」

「受注出来る回数や、クエスト数に限りがあるのかってこと」

「あぁ、そういうことな。いや、ないぜ。何回でも好きなだけ、受注できんだ。まあこのゲーム自体、色んなクエストをクリアすることが、本来の遊び方だしな」

「ふむ…となると。やっぱり、そういうことだな…」

「…? どういうことなんだぜ?」

「このゲーム内の、ありとあらゆるシステムが『ゴールドの価値を維持してインフレを防ぐ』ように設計されてるってことさ」

「…さっきから“いんふれーしょん”とか“いんふれ”とか、わけワカメなんだぜ、兄ちゃん」


 三久瑠は少し不満げに、頬を膨らませた。

 可愛い。自分にはわからない専門用語を連呼する兄に怒る妹。

 見よ愚民共。どうだ羨ましいだろう? こんな可愛い妹のいる俺のことが。キサマらはそこで、俺達兄妹の仲睦まじい姿を、涎垂らしてみてるんだな。ふはははは。


「三久瑠。お前さっき、クエストをクリアすると、ゴールドが貰えるって、そう言ったな?」

「言ったぜ」

「例えばだ。滅茶苦茶に仕事熱心な誰かがいたとしよう。ソイツは寝る間も惜しんでクエストをクリアしまくって、とんでもない額のゴールドを手に入れたとする」

「うん。たまにいるな、そう言うヤツ」

「でだ。もしソイツが、その有り余るゴールドを使って、街中の回復薬を買い占めたら、一体どうなるだろうか?」

「…売り切れちゃう?」

「その通りだ。店で売っているアイテムの個数には、限りがある。商業系ギルドの奴らが、店に納品した分という、確固たる限りが。その限界量を超えれば自ずと、店に回復薬が並ばなくなっちまうわけだな。じゃあそうなったとき、一番困るのは誰かわかるか?」

「…回復薬を持ってないヤツ?」


 おぉ、なんと言うことだ。妹よ、三久瑠よ。お前はなんて、賢いのか。兄ちゃんの欲しい答えを的確に答えてくれるのか。感動モノだ。


「そうだ三久瑠。一番困るのは回復薬を持ってないヤツ。特に…兄ちゃんみたく、ゲームを始めたばっかりの、初心者弱小プレイヤーだ」

「なるほどな。兄ちゃんの言いたいこと、段々わかってきたぜ。つまり、誰かがゴールドをたくさん持ちすぎると、初心者とかの“ゴールドを持ってないプレイヤー”が、困るって事だな」

「そうだ。その通りだ三久瑠。無尽蔵に受けられるクエスト。その結果として、大量にゴールドを保持しちまう輩が現れ始める。するとどうなるか? そう言う奴らが、持ってる大量のゴールドを使って、冒険には必須級のアイテムを買い占めることが、出来るようになっちまうんだ」

「…そりゃヤベえな。アタシにだってわかるぜ」

「そう、ヤバい。でも、これはまだ序章だよ三久瑠。その後にもっとヤバいことが起きる」

「もっとヤバいこと?」

「そのヤバいことこそが、さっきからずっと名前が出てきてるインフレーション――物価価値の急上昇だ」


 ゲーム内で必須級のアイテムが、誰かに買い占められる。そして、店先にアイテムが並ばなくなり、他のプレイヤーが買えなくなってしまう。

 しかし、店に並ばないからと言って、回復薬などの必須アイテムを、買わないわけにはいかない。では、どうするのか?


 買えば良い。アイテムを買い占めてるヤツから直接。そうするしかない。


 プレイヤー間での直接的なゴールドの受け渡しは出来ない。が、アイテムの受け渡しは出来る。統治ギルドが拠点登録料を徴収しているのと同じやり方で、間接的ゴールドのやり取りを行えば、プレイヤー間でのアイテム売買も、実質可能だ。

 実際三久瑠の話では(あまり頻繁にではないが)そう言った方法でのアイテム売買がプレイヤー間で行われていると言うことだった。


 つまり。もし誰かがゴールドを大量に保有し、アイテムを買い占めたりしたならば、いずれはそう言う『プレイヤー同士でのアイテム売買』が横行するようになると、考えられる。

 つまり、アイテムを買い占めたヤツが、欲しがっているヤツに売るようになるのだ。俗に言う転売だな。

 しかし、そうなった場合、恐らくこのゲームは崩壊する。


 例えばだ。自分の持っている回復薬を欲しがってるヤツが現れたとしよう。そいつは、定価である10ゴールドで、回復薬を譲って欲しいと言ってきたとする。

 さて、その提案。果たして売り手は受けるでしょうか? 

 当然ながら受けない。よほどのお人好しでも無い限り。


 きっと多くのプレイヤーは、回復薬を欲しがっている相手の足下を見て、20ゴールドや30ゴールド、なんなら100ゴールドなんてぼったくり価格をふっかけるだろう。本来ならば10ゴールドで買えるはずの回復薬を、とんでもない高値で、売りさばこうとするはずだ。

 しかし、それをふっかけられたプレイヤーは、受けざるを得ない。そのぼったくり価格で購入せざるを得ない。なぜなら回復薬はそれ程までに必需品だから。


 インフレーション。それは、通貨の価値が下落して、モノの価値が高くなる経済現象。昨日まで十円で買えてたモノが、今日は百円になってるなんて言う、そんなことが起きる現象だ。


 もしも、クエスト報酬でゴールドを大量に荒稼ぎする者が現れたとしたら。きっと、そのゴールドを使って必須アイテムを買い占め、それを高値で売りさばくようになるだろう。所謂“転売ヤー”だ。


 そして、それによってアイテムを一つ買うのに必要なゴールドの額が増していき、相対的にゴールドの価値が下がり、アイテムの価値が上がり続けるという、インフレが発生する。

 その影響をもろにくらうのは、すでに述べたように、ゴールドを殆ど所有していない、弱小プレイヤーだ。


 初心者はきっと、始めたばかりなのにもかかわらず、アイテムも買えず、回復薬もなく、文字通り着の身着のままで、モンスターと戦わねばならなくなる。

 どんなクソゲーだって話だろう。確実にプレイ人口は減っていき、いずれこのゲームは“過疎る”はずだ。


「とまあ、これが現状考えられる“最悪”だな。インフレによる物価上昇に、それに伴う初心者やエンジョイ勢の脱落。結果としてもたらされるゲームの過疎化とサービス終了。運営が恐れてるのは多分、それだろう」

「なるほどな…なんとなくだけど、わかったぜ。つまり金持ちは悪い奴ってことだろ?」

「うーん…そうとも言えるし、全員がそうじゃないとも言えるが…いやでも、三久瑠がそう言うんなら、そういうことにしよう。世界中の金持ちは全員極悪人だ」


 そうだ、そうに決まってる。間違いない。俺達はいずれ奴らを駆逐せねばならないのだ。


「でも、サービス終了か…それはヤダな。アタシ、このゲーム好きだし」

「ああ、ゲーム楽しんでる大勢のプレイヤーは、お前と同じ思いだよ。でもな、いるんだよ。世の中には悪い奴が。楽しんでるヤツの邪魔をするのが、大好きなヤツが」


 兄ちゃんみたいに…な。


「そんで、まあ当然の話、一番それを恐れてるのは、運営だろう。なにせ食い扶持がなくなるんだ。困るなんて騒ぎじゃない。そんな事態を避けるべく、ありとあらゆる手を講じてるわけだが…ここで出てくるのが、さっきの話。『運営に搾取されてる』って話だ」


 アイテムを売買する際に、ゲーム内の店を一々経由せねばならず、さらにそのあげく、利益の半分近くを運営に奪われてしまう。

 商業系ギルドのヤツはそんな状況に対して「搾取されている」と文句を言っていたらしいが…しかしこれは、搾取でも何でも無い。実際は、運営がゲームバランスを保つために実施している施策の一つなのだ。


「プレイヤーが回復薬を5ゴールドで店に売ると、それが10ゴールドで別のプレイヤーに販売される。この取引で店――つまり運営は、結果的に5ゴールド分、プレイヤー達から多く手に入れてるわけだな。言い換えれば『プレイヤー間に出回っている全ゴールドの内5ゴールドを運営が回収した』と、言えるわけだ」


 つまりこれは、運営が、流通するゴールドの総額を、5ゴールド分だけ少なくしたと言うことに他ならない。


「他にも、統治ギルドは1ヶ月ごとに、多額のゴールドを、国に――まあつまりは運営に、支払う必要がある。これも結局は、運営によって流通するゴールドの総額が減らされたと言うことだ」

「うん、そうだな。それがどうしたってんだよ兄ちゃん?」

「どうしたもこうしたも、これこそまさに、運営がこのゲーム内の経済を、完全掌握してることの裏付けなのさ。インフレを未然に防いでいることのな」


 市場に流通するゴールドの総額が、運営のあの手この手で減らされ、調整される。それによって、誰か一人、もしくは何処かの組織が、ゲーム内全てのアイテムを買い占めることが出来るほどの財を築けないように、牽制する。


「…そうか! それなら『みんながアイテムを買えなくて困る』なんてこともなくなるな!」

「そうだ。市場に出回る通貨の総額を減らす。これは、インフレ対策の基本だ。恐らく、このゲームのシステムを考えたヤツは、経済学に通じてる。しかもそれを、当然のように施策として、実際に実行できる、なかなかのキレ者だ。ま、兄ちゃんほどじゃないがな」


 しかしまあ、本当に面白いな、このゲーム。いや、まだ全然プレイしてないし、戦闘なんて一回もやってないんだけど。それでも、すでに面白いと断言できてしまう。

 それほどまでに、このゲームは経済システムがよく練られているのだ。


 運営による経済の掌握、悪意あるプレイヤーによる買い占めの未然阻止、ゴールド価値の安定策…その全てが、完璧なまでに考えられ、機能している。

 昨今、先進国の政府ですら経済施策に失敗している中、ただの一民間企業が、ここまでの経済システムを(ゲームの中でとはいえ)構築している。いやはや、爪のアカでも煎じて飲ませたいものだ。


 是非とも一度、このゲームを作ったプロデューサーに会ってみたい。酒を飲み交わしながら、日本の将来について語らいたいものだ。


「ま、それがわかったから『何だよ』って話では、あるけどな」


 一人感心しつつも、そうつぶやく。


 ゲームシステムが天才的なまでに良く出来ている。

 なるほど、それは確かに、賞賛すべき事だろう。大学でそっち方面の勉学に励んでいる俺としては、なおのこと。


 しかしながら、今の俺は、金融工学を専攻する大学生として、ここにいるのではない。このゲームを楽しむ妹、三久瑠の兄として、ここにいる。

 故に、俺はここで「すっげえ! このゲームマジすげえぜ!」なんて言って喜んでいる場合ではないのだ。


 俺がすべきこと。それは、『血塗られし黒ネズミ卿』と恐れられ、ソロプレイを強いられている憐れな妹のために、一刻も早く強くなり、その傍らで相棒として、一緒にゲームプレイを楽しむことなのだ。


 経済? インフレ対策? プレイヤー統制? そんなのは、どうぞご勝手に。俺には無関係だ。三久瑠と共にこのM&Sを楽しむ。それが妹の為であり、そして俺自身の幸福。その真理は揺るがない。


「…見てろよ三久瑠。すぐにでも兄ちゃんは、お前と同じ…いや、お前以上に強くなってやるからな」

「…? 急にどうしたんだよ、兄ちゃん」

「宣言さ。自分の意思を固めるためのな。…正直な話、兄ちゃんさっきまで、ちょっとお前のこと、怖がってたんだ。まあそりゃ、妹が他の全プレイヤーから恐れられてる最恐プレイヤーだったなんて知ったら、仕方ないことだけど…ビビってた、お前のことを怖がってた。三久瑠は、まあ、気がついてなかったかも知れないが」

「いや、気がついてたに決まってんだろ。ずっと震えてたじゃん」

「…そうか。まあ、気がついてた云々は置いといてだな…兄ちゃんは情けないことにも、妹のお前を怖がっちまってたんだ。兄としてあるまじきことだ。でも、今決めた」

「何をだよ?」

「三久瑠のこと、怖がらないってことをだ。そして、お前の隣に立つにふさわしい人間――いや兄貴に、なるってことをだ」


 兄。それは常に、妹の隣に立っていなければならない。その傍らで、妹を守ってやらなければならない。それが、生まれながらに与えられし、絶対の使命なのだ。

 『兄より優れた弟など存在しないのだ』と、どっかのヤベえ奴も言っていたように。兄とは、下の兄弟より優れていなければならない。弟・妹を守り、その道しるべとならなくてはならないのだ。

 兄妹のことを恐れる、そんなことあってはならないのである。


「三久瑠、我が妹よ。見てろよ、お兄ちゃんの勇姿を。これからぶち上げる、俺の伝説を。お兄ちゃんはこれから修羅と化し、どんな手を使ってでも、強くなってみせる。そして必ずや、妹であるお前の――“血まみれのマスコット”と恐れられるお前の隣に立つにふさわしい、悪魔となって見せよう」

「いや、悪魔にはなるなよ兄ちゃん…」


 ダメだ。俺は悪魔になるしかない。少なくとも、さっき三久瑠に捕まって怯えてたあの男、三久瑠のことを『血まみれのマスコット』やら『“悪”夢の国の黒ネズミ』やら、そんな悪意満載の二つ名で呼んでいた男の姿を見て、兄ちゃんはそう確信した。

 悪魔の如く恐れられる妹の隣に、兄として立つには、自分もまた悪魔となるしかないのだと。


 妹が――天使だと思っていた我が愛すべき三久瑠が、ゲームの中で、万人から恐れられる悪魔に堕天していた。ならば俺もまた、その兄として、喜んで悪魔落ちしよう。

 愛する妹と一緒なら、悪魔になるのも苦ではない。やぶさかではない。むしろ喜びですらある。


「さあ! 行こう三久瑠! 俺達の冒険は――否、伝説は、始まったばかりだ! 俺達兄妹の悪名を、このゲーム世界に、轟かせてやるのだ! ふはははははははははは!」

「いや、アタシは普通に兄ちゃんと、プレイしたいだけなんだけど…」


 そんなわけで俺と三久瑠の悪魔兄妹は、その名を世界に轟かせるべく、覇道へと至る道のりを突き進み始めたのだった。


 見ていろ世界! 見ていろ愚民共! 俺達兄妹の勇姿と、残虐なる悪行の数々を! 

 しかとその目に焼き付けるのだぁぁぁぁぁぁぁ!



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