第3話 妹が恐怖の大魔王って、マジッすか?
「んじゃ、装備もそろったし、早速出発しようぜ兄ちゃん。早く冒険したくて、アタシずっとウキウキしてんだ」
“ひょこひょこ”と愛らしくスキップし、街を歩く少女が一人。
俺の妹だ。つまり、女神だ。天使である。
「おいおい三久瑠。そんなにはしゃぐなよ? 他のプレイヤーの視線を集めちまってるぜ。ま、お前のその可愛さの前じゃ、致し方ないことではあるけどな」
はしゃぐ三久瑠を窘めつつも、俺はそんなことを呟く。
実際、ゲームの中でなくとも、こんな風に人々の視線を集めてしまうことは、割と良くある。それ程に三久瑠は、可愛らしいのだ。魔性なのである。決して、幼い少女の背後でニヤニヤと不気味に笑う不審者が視線を集めているのではない。
「ほら、急げよ兄ちゃん! 早く街の城門に行こうぜ! はーやーくー!」
三久瑠は俺から数メートル離れたところで立ち止まり、そう催促する。
あぁ、神よ。感謝します。俺は何と幸福な兄なのでしょう。こんな愛おしさビックバンの妹が傍にいてくれるなんて。俺のことを慕ってくれてるなんて。間違いなく世界で一番幸福な兄貴は俺だ。
VRゲームにうつつを抜かす、ゲーマー共よ。見よ、この俺を。妹に愛される、この兄を。羨ましいだろう? 欲しいだろう、三久瑠のような妹が。
残念だったな。三久瑠は俺のモノだ。キサマらには指一本たりとも触れさせてやらん。せいぜいそこで、じゃれ合う俺達兄妹の愛おしい姿を、羨ましそうに見ているんだな。ふはははは。
なんて事を、考えつつも。しかし、ちょっと待て。よくよく周囲を見まわせば…なんか、不自然じゃね?
いや、確かに俺の妹の三久瑠が、思わず二度見、三度見してしまうほど可愛いのは、理解できる。しかしだ。それにしても、なんだか…変じゃね? 皆俺達のこと、見過ぎじゃね?
いや、違うな。俺“達”じゃない。三久瑠だ。連中、三久瑠をまるで恐れているかの如くに、怯えたような表情で見ている。まるで化け物でも見ているかの如くに、警戒している。
なんだなんだ。こいつらなぜ、人様の妹を、そんな不貞な目で見てやがる? 失礼だろうが。誰の妹が化け物だ。三久瑠はな、化け物なんかじゃない。その真逆だ。女神だ。天使だ。
怯える暇があったら崇拝せよ。女神として崇めよ、この背信者共め。
「なあ、さっきからどうしたんだよ兄ちゃん。そんな恐い顔してさ。周りの奴らなんか睨み付けて。なんかあったのか?」
「うん? いや、別にな…単に、なんだか連中が、三久瑠のことを、ずっと見てるような気がしてるだけだ。だから、念のために威嚇してたのさ。『俺の妹に手を出すんじゃねえ!』って」
「…あぁ、そういうことか。ほっとけよ、そんなの。アイツらが勝手に、アタシに“ビビって”るだけだからさ」
「…うん? え? いや…ビビる? はい? 三久瑠ちゃん? それは一体、どういう意味でしょう…?」
「…? どういう意味も何も、そのまんまだけど」
いや、そんな『さも当然』みたいな顔、されましても。
「…兄ちゃんには言ってなかったけど、アタシこのゲームじゃ、ちょっとした有名人なんだよ」
「有名人…だと?」
ちょっと待て。妹がゲーム内で広く知られているだって?
…ああ、いやそうだな。まあ、こんなにも可愛い過ぎる幼女がいたんじゃ、そりゃあ有名にもなるだろう。人の口に戸は立てられぬとも言うことだし。
尋常ならざる可愛さは、本人もあずかり知らぬうちに、広まってしまうものだ。なるほど、だから三久瑠は有名人に…
「いや、違うってば。そんな理由じゃねえって、アタシが有名なのは」
「違うのか? 宇宙1可愛いから有名になったわけじゃないのか?」
「違えって。なんつーかさ…違うんだよ。根本的に」
そう言うと三久瑠は、俺達の傍にいた一人のプレイヤーを、半ば強制的に引っ掴んで、連れてきた。
「ひぇっ! な、なんですかなんですか!? 私何もしてませんよ! 何する気ですか!」
三久瑠に連行されたそのプレイヤーは、怯えきった様子でそう叫ぶ。
なんだか、自分より遙かに小さな幼女に首根っこ引っ掴まれて、大の大人が怯えている光景は、中々にシュールだ。
「なあ、アンタさ。アタシのこと、知ってっか?」
「ひぃぃぃ! と、当然知っておりますとも! ミミミ、ミッキィさんですよね! 悪名…いえ! お噂はかねがね!」
「ふーん。じゃあ、アタシがなんて呼ばれてるか、知ってるよな?」
「もちろんですっ! 『血まみれのマスコット』! 『“悪”夢の国の黒ネズミ』! その他多くの通称、蔑称、悪意ある二つ名…上げればきりがありません!」
「おい待て」
怯える男の口から飛び出してきた、とんでもない妹の通り名に、思わずそう遮る。『妹の通り名』というか、今やってることを見るに『妹が通り魔』という方が正しい気もするが、とりあえずそのことはおいておこう。
それよりまずは、この男の発言の方である。
「待て。待て待て待て待て。待つのだ、三久瑠よ。我が妹よ。これからお兄ちゃんはいくつか、お前に質問する。いいか? 正直に答えるんだぞ?」
「いいぜ。なんだよ兄ちゃん?」
「まず質問1。なぜ、お前が今引っ掴んでいるそのプレイヤーさんは、そんなにも怯えている?」
「そうだな。ま、アタシがこのゲームの中では『ヤバいヤツ』ってことで、噂が広がってるからだな」
「ほう、そうか。聞きたいことがさらに増えたが、しかし今は置いておこう。じゃあ質問2。お前は何故、そんなにもゲームの中で恐れられている?」
「そうだな。まあかいつまんで言うと、アタシが前に一人で、辺境のちっちぇえギルドを丸々一つ、ぶっ潰したからだな」
「ほう、そうか。そうかそうか。ぶっ潰したのか。ぶっ潰しちゃったのか、ギルドを。それも一人で」
「うん、ぶっ潰しちゃったんだぜ。ついな」
「“つい”か。そうか、それならしょうがないな。ついやっちゃったんなら、仕方ないな。うんうん…いや、仕方なくはねえだろ!」
さすがに我慢の限界が来た。俺は目の前の、“血まみれのマスコット”なるとんでもない二つ名をつけられた、恐ろしすぎる妹に、叫び散らす。
「えぇ!? なに!? お前、ここではそんな感じなの!? 普段はあんなに心優しい、虫も殺さないような少女のお前が、ここではそんな鬼神みたいなことしてんの!? ギルド一つ丸々潰すなんて物騒なマネを!? 兄ちゃん信じられねえよ! ていうか信じたくねえよ!」
「信じるも信じないも、あなた次第なんだぜ」
「“あなた次第”じゃねえ! 都市伝説じゃねえんだぞ!? 冗談じゃねえんだぜ!」
なんと言うことだ。これは悲劇か? それとも喜劇か?
愛する妹が、どういうわけだかゲームの中で、悪魔として恐れられていた。一人でギルドを潰すなんて蛮行をやっていやがった。
俺の頭は混乱のあまりに、ただいまシェイキング真っ最中だ。その調子でシンキング。
「う、嘘だろおい…まさか三久瑠が…俺の妹が…ていうかおい! アンタ! なんでそんなに怯えてんだよ! いまだに! 相手たかが幼女だぞ!? 大人がそんなに怯えて恥ずかしくないのか!?」
三久瑠に首根っこ引っ掴まれ、怯える男に、そう叫ぶ。しかし男は、震える声で「アンタこそ何もわかっちゃいないんだ!」と叫んだ。
「知らないのか!? こいつの所為で、一体どれだけのプレイヤーが、トラウマを抱えてゲームを引退したのか! わ、私だっていつそうなるか…」
「今すぐにでもそうしてやるぜ?」
「イ、イヤァァァァァァァァァ!」
「やめなさい三久瑠!」
大の大人を、たった一言で前後不覚に陥らせる幼女がいた。
妹だった。どうなってやがる。
「冗談だぜ、そんな怒んないでくれよ兄ちゃん。ほら、アンタも。もう用は済んだから、どっか行って構わないぜ。悪かったな」
「ひ、ひぇぇぇぇぇぇ!」
憐れな男は、足を震わせながら、一目散に逃げ去っていった。
気がつけば、先ほどまで俺たちの事をジロジロ警戒していた他の連中も、あたりから消え去っている。きっと逃げたのだろう、我が最恐の妹から。
「ま、そういうことなんだぜ兄ちゃん」
「どういうことだよ」
「この通り、アタシはこのゲーム内で、ちょっとした有名人なんだってこと。な、すげえだろ?」
「確かに凄いが、その“凄い”のベクトルが完全に間違ってるんだよ。妹の悪名が轟いてるなんて聞いて、兄ちゃんはどんな顔すりゃいいのか、皆目わかんねえよ…」
ショック。普通にショックだ。まさか、あれほど愛していた妹が、ゲームの中では、こんな犯罪者染みた危険人物として人口に膾炙されていたとは…俺は兄として、どうしたらいい?
「…しかし、安心しろ三久瑠。例えお前が、世界中の人間を敵に回そうとも、兄ちゃんだけはお前の味方だぞ。何があろうともな」
まさか実の妹に、このセリフを告げる日が来るとは。人生本当にわからないものである。出来ることならば、こんな日は来て欲しくなかった。しかし来てしまったものはしょうがない。俺は兄貴として、ただ目の前の妹を愛するだけだ。
「ありがとなんだぜ兄ちゃん。兄ちゃんなら、そう言ってくれるって、アタシ信じてたぜ。…本当のこと言うとな、兄ちゃんをこのゲームに誘ったのも、この為なんだよ。ほんのちょっと暴れただけなのに、この通り、皆ビビっちゃってさ。誰も一緒に、冒険行ってくれないんだ。んで、仕方なく、兄ちゃんならきっと、怖がんないでくれるだろって思ってさ」
「当然だ。妹のことを怖がる兄が、どこにいる」
「嬉しいぜ兄ちゃん! やっぱ兄ちゃんは、あたしの兄ちゃんだぜ! 大好き! 抱きついちゃうもんね!」
――ビクッ!
「…兄ちゃん?」
「…なんだ、妹よ?」
「さっき…アタシが抱きついたときさ、なんか…“ビクゥ!”って、なんなかったか?」
「…」
「…」
「…な、何を言ってるんだ三久瑠、いや妹よ。そ、そんなわけないだろう。俺は兄だぞ、お前のな。そ、そそそ、そんな怯えるなんてこと、あ、あるわけないじゃないか。は、ははは…」
「その割には、声震えてるぜ?」
「これは…あれだ。ネット回線が不安定な所為だな、うん」
「ふーん…」
「…そ、それより、早く街を出ようじゃないか、三久瑠よ。お前さっきまでずっと、兄ちゃんと一緒に冒険したいって、ねだっていただろう? ほら、こんな所で時間を無駄にしてないで、早く行こう。レ、レッツゴー…」
「…」
気まずい空気の中、俺と三久瑠のギスギス兄妹は、冒険に出るべく、街の門へと向かったのだった。
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