第19話 忘れてた、妹の本性
「とりあえず、目下やらなきゃならないのは、トラップタワーを建造するための、素材集めだ。三久瑠よ」
昨晩、窒息して死にかけたものの、なんとか峠を越えた、俺こと宇宙一のお兄ちゃん、夕闇明石、プレイヤーネーム“NONENAME”は、自分の前を楽しそうに“ひょこひょこ”歩く、この次元で最も愛らしい超絶美少女の三久瑠、プレイヤーネーム“ミッキィ”に、そう伝える。
「わかってるぜ! そんで、それ作れたら、アタシらがこの国を“しはい”できんだよな兄ちゃん!」
「その通りだ。良く覚えてるじゃないか三久瑠。相変わらず、お前は賢いなぁ。ただな、ここは公共の場だ。つまり、誰が何を聞いてるかわからない。そんな大声で、秘密の計画言っちゃいけません」
これからゲーム内テロを起こそうって言うのに、その計画をおおっぴらに喋っちゃう少女がいた。
妹だ。そんな所もまた、可愛い。けど困る。
「ごめんなんだぜ兄ちゃん! もう“かくめー”を起こすってこと、誰にも言わないんだぜ!」
「うん、だから言わないでね? そんな大きな声で」
大丈夫だろうか。何というか、ゲーム云々以前に、妹のちょっと抜けてるところが、兄として凄く心配だ。
将来、何かの拍子に銀行の暗証番号とかをポロッと誰かに教えちゃいそうだ。
「…まあ、未来のことは未来に考えるとしてだ。今は、目の前のことに集中しよう」
トラップタワーの建造。言うまでも無く、大事業である。
このM&Sの世界には、建築というシステムがある。それは、まあ言ってしまえば、木材やら鉄やらの資材アイテムを利用して、文字通り“建”物を“築”く事が出来る、システムなわけだが。建てるモノが巨大であればあるほど、それに必要なアイテム量は増す。
で、だ。ここで問題となるのは、これから俺と三久瑠が建てるトラップタワーの大きさを、どれくらいにするかと言うことに、なるわけだが。
トラップタワーの生産力、つまりは単位時間当たりのアイテム生産量は、その大きさに比例する。なので、もし出来るだけ多くのアイテムを生産したいなら、言うまでも無く、トラップタワーをより巨大にするべきなのだが。
しかし、そうすると今度は、建造費の問題が襲ってくる。
トラップタワーの建築費は元々高額。その上さらに、とんでもないくらいドデカいもんを作った日には、俺と三久瑠は明日から無一文となるだろう。裸でモンスター共と戦う羽目になる(まあ裸の妹というのも悪くな…いえ、なんでもありません)
なので、分をわきまえる必要がある。自分の身の丈にあった、ほどよい大きさのトラップタワーを、作らねばならない。
では、俺達の身の丈とは? それは当然ながら、俺達の財力――まあ俺は無一文なので、三久瑠の保有ゴールドの総額に、左右されるわけだが。
「なあ、三久瑠。あのさ。これからお前とお兄ちゃんは、トラップタワーを建造するわけだが」
「うん、わかってるぜ」
「そのだな…情けない話、兄ちゃんはこの通り、無一文なんだ」
俺はそう言って、自分の姿を妹に見せる。
昨日ログアウトしたとき。俺は三久瑠に身ぐるみ剥がされた。そして、いまだに、奪われたモノを返して貰ってない。尊厳も含めて。
なので、装備もなく、アイテムもなく、ゴールドもなく、文字通りの身一つなのである。
トラップタワーなんて建てる金があったら、まず自分の服を買ってこいと言う話だ。
「なのでだな。トラップタワーの建築にあたって、俺はお前にその費用の全てを、頼らざるをえないのだ、妹よ」
妹に金をせびる情けない兄貴が居た。
俺だ。どうなってやがる。なんの間違いだ、これは。
いいえ、間違いではありません。れっきとした事実です。おぉ、情けなや。
「そういうことなら、任せてくれなんだぜ! これでもアタシ、いっぱい金持ってるからな! 金持ちなんだぜ!」
「ほう…そうなのか。それは頼もし…」
「だって他のプレイヤーから奪いまくったもん!」
「おい待て」
唐突なる、我が妹の盗賊宣言。それに俺は、そう遮らざるを得なかった。
そうでしたね、忘れてました。そういや俺の妹、やれ『血まみれのマスコット』やら『“悪”夢の国の黒ネズミ』やら、そんな二つ名で呼ばれてましたね。思い出しました。
「どうしたんだ兄ちゃん? …あ、もしかして、人から奪った金だと、なんかマズいって思ってんのか?」
「うん…まあ、そうだな」
金がマズいと言いますか、それを持ってる人間の方が、ヤバいと言いますか…
「大丈夫なんだぜ兄ちゃん! 真面目に働いて手に入れた金も、奪った金も、ゲーム内じゃ同じように使えるからな! “金に貴賎はねえ”んだぜ!」
「難しい言葉を知ってるなぁ、三久瑠は。でも兄ちゃん、実の妹からその言葉だけは聞きたくなかったよ」
なんか、ヤクザみたいな事言ってる小五が居るらしいですよ。
三久瑠って、言うんですけど。俺の妹です。
「ま、まあつまり。金の心配は、いらないって事だな、三久瑠よ?」
「うん!」
「わぁ、すごく良い返事だぁ」
他人から金奪ってるヤツとは皆目思えねえな。何かの間違いじゃないのか? というか、どうかそうであってくれ。頼む。
しかし…心配がいらないというのなら、安心した。これで気兼ねなく“交渉”出来るな。
「…着いたぞ。ここが商業系ギルド“ヘパイストス”のギルド会館か」
俺は立ち止まり、目の前に建つ巨大なレンガ造りの建物を見上げる。
ヘパイストス。ここ城塞都市アルカディアを拠点として活動する、商業系ギルド。
取り扱っているアイテムは、その殆どが“資材アイテム”だ。
俺達がトラップタワーを建築するにあたって、大量の資材が必要となる。それは既に説明したとおり。
じゃあ、そんな大量の資材を、どうやって調達するか?
アルカディア中のアイテムショップを巡り歩いて、買い占めまくるのも、まあ良いだろう。しかし、それをすると、手間がかかる。特に、俺と三久瑠のたった二人で集めたりしたら、集め終わるのがいつになるやら…
と言うわけで。俺達は作戦を変え、こうして商業系ギルドの“ヘパイストス”へ直接足を運び、そこで何とか一気に、必要量の資材アイテムを購入しようと、画策したのだ。
このゲーム内では、プレイヤー間でのアイテムの売買は、一般的ではない。ゴールドのやり取りが出来ないから。
しかし、俺達のように『一度に大量に』素材が必要な場合は、話が変わってくる。
色んなショップを行ったり来たりして、素材を集めるくらいなら、たくさん持ってる商業系ギルドの奴らのところに直接向かって、そこで一度に購入する。その時短効果は、決して無視できない。例え、多少なりとも支払い方法が面倒であっても。
もっとも、そういう買い手の“思惑”を見透かして、あちらさんも高値をふっかけてきたりも、するわけだが…そこは俺の出番。交渉人として、ネゴシエーションするまでだ。
「よし! 行くぞ三久瑠!」
「うん!」
こうして俺達兄妹は、ギルド“ヘパイストス”の中へと、足を踏み入れたのだった。
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