第17話 俺の計画を”さらに””さらに”明かそう
トラップタワーと、呼ばれるモノがある。
それは、文字通り罠が大量に仕掛けられた恐るべき塔――の事ではない。それとはまた、全くの別物である。別のベクトルで“恐るべき”建築である。
トラップタワー。それは、欲深きゲーマー達が産みだした、狂気の工場。その内部では、非人道的にして反倫理的な、ありとあらゆる行為が、日夜黙々と、行われている。モンスターがドロップするアイテムと、その経験値を、手に入れるためだけに。
トラップタワーの構造は、至って簡単だ。モンスターが出現するダンジョンなどの内部で、出現した野生のモンスターが逃げ出せないように、その周囲を囲う。ただ、それだけである。
しかし――真に恐ろしいのは、その先だ。
トラップタワーの内部。そこに出現してしまった――生まれ落ちて“しまった”、野生のモンスター。
彼らを待ち受ける運命――それは、筆舌に尽くしがたい。
毒ガスによる殺戮。
ピストンによる圧殺。
高所から落下させる事による転落死。
マグマにぶち込んで焼殺。
水に沈めて窒息死……
その他、ありとあらゆる“効率的な殺戮”が、トラップタワーの内部に生まれ落ちてしまった憐れなモンスター達に、襲いかかる。
その目的は、単に『楽をして、モンスターからアイテムや経験値を得る』という、それだけのことだ。
モンスターを倒すと、アイテムと経験値が手に入る。あぁ、でも…面倒くさい。モンスターを倒すのが。
はぁ、何とかして、この手間を、省けないモノだろうか――
――そうだ、機械化すれば良いじゃないか。特定の範囲内にモンスターを出現させて、そしてそれを、事前に用意しておいた罠で、自動的に殺し、アイテムと経験値を手に入れる。
そうすれば、何もせずとも、放っておくだけで、勝手にアイテムと経験値が手に入る!
まぁ! なーんて素晴らしい、発明なんでしょう!
そんな考えから生み出されたモノこそが、トラップタワーである。憐れなモンスター達を機械的に殺し続ける、恐るべき殺戮機械なのである。
なんたる非人道! なんたる狂気! 何という虐殺!
こんなことをするゲーマーに果たして、人の心はあるのか!? それでも人間か!?
そうです、これが人間です。
効率を求め、素材を求め、金を求め、アイテムを求め、経験値を求め――その為にありとあらゆる手段を講じて、モンスターを出現させ、殺し尽くす。
トラップタワー。それは、救いがたき人間の、本性の発露。欲深き悪魔の、その象徴。
モンスター達の悲鳴を対価に、日夜、利益を吐き出し続ける、恐るべき工場なのである。
…とまあ、なんかそれっぽいことを言いつつ。
散々非難しまくったが、別に俺は、そんなトラップタワーのことを、悪いモノだと断じるつもりは毛頭無い。なんせ、これはゲームの話なのだ。
効率を求め、利益を求める。それのどこに、非難されるべき点がある? いいや、ない。微塵も。
確かに非人道ではある。反倫理的ではある。しかしそれは、あくまで「現実なら」だ。
ここはどこだ? 現実か? 否、ゲームだ。電脳世界の話なのだ。
そんな別次元にまで、現世の常識を適用しないでくれ、という話じゃないか? 違うか?
話が逸れた。まあ、つまりどういうことかというとだ。
俺もまた、そんな面倒くさがりのゲーマー達同様、悪魔に魂を売り、モンスターを殺し続ける永久機関を建築しようと、そう目論んでいるのである。
「オオムカデの内臓とクヨウ虫の体液。今、俺達に必要なのは、その二つだ。そして、それらは、オオムカデとクヨウ虫を倒すことで、ドロップする」
「だから、トラップタワーを作っちまって、大量にゲットできるようにしようってことか? 兄ちゃん」
「その通りだ三久瑠」
オオムカデの内臓とクヨウ虫の体液さえあれば、俺の『商業系ギルドの拠点を城塞都市アルカディアに引っ越しさせましょうね作戦』は、実行できる。それによって、莫大な利益を統治ギルドに確約し、その見返りとして、城塞都市アルカディアの統治に、口出しする権利を、要求することが出来る。
何なら最悪、『他の街と手を組むぞ』と脅しでもして、無理矢理にでも我が物にすれば良い。
「オオムカデとクヨウ虫の出現場所は、すでに確認済みだ。ってか、さっきまで、俺達が挑みまくってたダンジョンだし…」
俺の墓穴が大量に掘られた、墓場だし…。
「これから俺達は、あの場所にトラップタワーを建設する。オオムカデとクヨウ虫を、常に継続して倒して、素材を確保できる、工場をな」
正直、トラップタワーについて、俺はあまり詳しくない。あくまで、知識として『そういうものがある』と、知っているだけだ。
まあでも、ネットで調べれば、すぐにでもわかるだろう。
何より、トラップタワーを建てるのは、他でもない、この俺だ。何なら、誰の助けを借りずとも、きっと一週間ほどで、トラップタワーのノウハウくらい、すぐに我が物と出来るだろう。俺天才だから。天才お兄ちゃんだから。
「つまりだ、三久瑠よ。俺の計画を纏めるとだな、次のようになる――」
①トラップタワーを作って『オオムカデ』と『クヨウ虫』の素材を大量にゲットする
②得た素材を、城塞都市アルカディア内に存在する店に“だけ”売る
③②によって、商業系のギルドがアルカディアに拠点を移す
④商業系のギルドが拠点をアルカディアに移し始めた所で、アルカディアを統治するギルドに、俺と三久瑠が、この計画の首謀者であることを明かし『このまま素材を城塞都市アルカディア内のアイテムショップにだけ売って欲しければ、街の統治権の一部を俺達に寄越せ』と要求する
「――とまあ、こんな感じだな。わかったか?」
「うーん…大体は…わかった、かな? …いやでも、一つよくわかんねえことがあるんだけど」
「なんだ? 言ってみなさい。懇切丁寧に教えてあげるから」
「あのさ、②から③の間が、良くわかんねえんだよ。なんつーか…②の『アルカディアの店にだけ売る』ってのは、良いとしてさ。それがなんで、商業系ギルドの引っ越しに、繋がるんだ?」
「おぉ! 素晴らしいぞ三久瑠! そこを疑問に思うとは、さすが俺の妹!」
「そ、そうか?」
「そうともよ! いや、すまなかったな。兄ちゃんうっかり、そこの説明、忘れてたぜ。②から③に繋がる理由を」
なぜ、アルカディア内のアイテムショップにだけ、素材を供給することが、商業系ギルドの拠点移動に繋がるか。
危ない危ない、その説明を、完全に失念していたぜ。
「じゃあ、まず復習だ。お兄ちゃんは、『商業系のギルドの奴らは、蠱虫エキスを代替通貨として利用したがる』と、説明したが。それは何故か、わかるか三久瑠?」
「えっと…確か、そうすることで“うんえー”に“さくしゅ”されてる分のゴールドを、取られないで済むから…だったよな? 今は5ゴールドで売ってる回復薬を、10ゴールドで売れるようになる…みたいな感じで」
「その通りだ三久瑠! 凄いぞ! 良く覚えていたな! えらい! 褒めちゃう!」
「え、えへへへ…た、たいしたこと、無いんだぜ兄ちゃん」
「うーん! そして謙虚だ! お前はなんて、凄いんだ! 三久瑠よ! お前こそまさに聖人君主だな!」
「へへ…ありがとなんだぜ」
よしよし。どうやら、さっき俺がうっかり、『妹と結婚脱法大作戦』を口走って、怒らせちまった機嫌が、治ったようだ。良かった良かった。
まあ、それはさておき。
「三久瑠の言うとおりだよ。商業系ギルドの連中は、今のこの『運営に搾取されてる』状況から、脱却したがってる。そして、その方法こそ、蠱虫エキスの代替通貨としての運用なんだ。それによって、運営に関与されず、プレイヤー同士で売買が可能になるからな」
が、しかし。今の現状では、それを実行するのは不可能。蠱虫エキスの原料となる、オオムカデとクヨウ虫の素材が、流通していないからだ。
そこで、そんな状況を打破するべく、俺と三久瑠がこれから、それらの素材を、トラップタワーを用いて、大量生産する。
そして、それをアルカディアにあるショップにだけ、売るのだ。
すると、どうなるか?
「蠱虫エキスの、代替通貨としての価値が、プレイヤーの間で広まり、そしてさらには、アルカディア内のアイテムショップに、それらの素材が並ぶようになる。すると当然、プレイヤー達は、こう考える。『蠱虫エキスで買い物をした方がお得なら、今度からそうしよう』と。そして次第に、アイテムの売買方法が、ゴールドから、蠱虫エキスを用いた方法に、移り変わっていく。ここまでは、わかるな?」
「うん。わかるぜ」
「よし。でだ。こっからが重要で…皆が、蠱虫エキスを代替通貨として、利用し始めました。しかし、その原料を買えるのは、アルカディアだけだ。なぜなら、それを作ってる兄ちゃん達が、アルカディアの店にしか、売らないから」
「…そうか! わかったぜ! つまり、原料がアルカディアでしか買えないから、皆、アルカディアに引っ越してくるって事だな!?」
「そうだ三久瑠。その通りだ。アルカディアでしかアイテムが買えないからって、わざわざ他の街から何度も、旅をしてやって来るような物好きは、そうは居ない。大抵のヤツは、特に思い入れがあるわけじゃない街なんて捨てて、新しくアルカディアに引っ越してくるだろう。すると、どうなるか?」
「プレイヤーの引っ越しと一緒に、商業系ギルドの奴らも、引っ越してくるって事だな!」
「そう、そうなんだよ三久瑠。それがつまり③だ。商業系ギルドの移転。アルカディアが経済都市として発達する、その始まりだ」
蠱虫エキスを使ってアイテムを買った方が、お得である。それに気がついた消費者達が、アルカディアに引っ越し始める。
そして、それに伴い商業系ギルドの奴らも『アルカディアで商売をした方が、蠱虫エキスを使って売買できて儲かるし、何より買い手が多いし、儲かりそうだ』と考え、移動してくる。
そうして遂には、城塞都市アルカディアは他の街とは確たる差をつけて、発展することになる。当然、住民から得られる拠点登録料も爆増し、統治ギルドの連中は儲かる。
そして、そんな一大バブルを産みだした俺と三久瑠に、逆らえなくなるのだ。
「これが、お兄ちゃんの立てた計画、その全貌だ。どうだ、凄いだろう?」
俺は、目を輝かせて偉大なる兄を見る妹に、そう尋ねた。
三久瑠は「マジすっげえよ兄ちゃん!」と声高く叫ぶ。
「ヤベえぜ! マジヤベえよ! さすが、アタシの自慢の兄ちゃんだぜ! まだゲーム始めて一日も経ってないってのに、もうこんなすげえ事考えちまった!」
「ははは、そんなに褒めるなよ、三久瑠ぅ」
「ヤダね! 褒めちゃうもんね! 兄ちゃん、ホントにすげえぜ! 大好き! 抱きついちゃうもんね!」
三久瑠はそう言うと、ピョンと椅子から飛び上がり、そして兄である俺の胸へと、飛び込んできた。
「ははは、こらこら、お行儀悪いぞ三久瑠。食事中だってのに、そんなにはしゃいじゃって。本当にお前は、可愛いなぁ」
見よ、オタク共。妹属性に萌える、男共よ。
これが妹である。俺の愛する、そして愛される、妹なのだ。
羨ましいだろう? 爆発して欲しいだろう?
残念だったな! 爆発するのは、キサマらの欲求だけなのだ! お前達はせいぜい、二次元で我慢しておくんだな! ふはははははははは!
「おお、よしよし。三久瑠、お前は本当に可愛いなぁ。お兄ちゃん、そんな可愛いお前を、撫でたいよ。撫でたくてたまんないよ。だからもう、欲望のままに撫でちゃうもんね! こんな風…」
「あ、ちょい待ち」
「…に。え、なに?」
「あっぶねえ、忘れるとこだったぜ」
「忘れる? 何をだ」
「兄ちゃんがさっき、言ったことなんだぜ」
「…?」
「“だっぽー”して、アタシと結婚するってヤツのことなんだぜ」
「…」
“カーン”と。どこかで第2ラウンドのゴングが鳴ったような気がした。
ウニはまだいっぱい、皿の上に積まれている。
もしかしたら俺、今日窒息死するかもしれん。
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