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第14話 今日はウニ祭り。ウニウニするぜ

 全てを失った男、夕闇明石(20)。つまり、俺だ。妹に身ぐるみ剥がされた、憐れなお兄ちゃんだ。


 そんな俺は現在、M&Sの世界からログアウトして、現実世界の自室へと、帰還していた。


「…ふぅ。なんか、戻ってきた感じ、全然無いな」


 夕焼けに染まり始めた窓の外を見つつ、そうつぶやく。


 しめて六時間。俺は、あのゲームの世界に、いたわけだが。久方ぶりに戻ってきた現実に、何というかこう…現実味がない。より正確に言えば、こちらとあちらの区別がつかないほど、あのゲームの世界はリアルで、現実味に溢れていた。


 前にも言った気がするが、何というかやはり、技術の進歩は凄まじい。光陰矢のごとしとは言うが、科学技術もまた、矢のごとしだ。


 俺がまだ子供だった頃、その頃はまだ、スマホゲーム全盛期だった。ちっちゃい画面で、ピコピコと遊んだりしていた。

 それがどうだ。今や、画面どころか次元すら超越し、実際に見て、触って、経験して、動いて…体感型VRと呼ばれる、とんでもないものが生まれている。


 本当に、時の流れは早いな。早すぎる。 

 少し気を抜いただけで、一瞬のうちにおいて行かれてしまう。


 まあしかし。そう言った技術の進歩のお陰で、俺は今こうして、愛する妹と、ゲームを楽しめているわけだが。ありがたいことだ。



「兄ちゃん! おっはよー!」


 時の流れに思いを巡らせていると、部屋の扉を勢いよく開けて、三久瑠が飛び込んできた。

 そしてそのまま、ベットに座る俺の膝上に、飛び込んでくる。


「おぉ、三久瑠。おはよう。うーん…あぁ、向こうのお前も、中々に可愛かったけど、やっぱりアレだな。現実のお前は、より一層、可愛いな。愛らしいな。フニフニしてるな」

「ふへへへ…」


 三久瑠は恥ずかしそうに、頬を赤くする

 うーん可愛い! お兄ちゃん、お前のその笑顔で、一発ノックアウトだ!


「よしよし、お前は本当に可愛いなぁ、三久瑠よ。妹よ」


 …はっ! そういえば、ここは現実! しかも我が家! それ即ち、邪魔するものが誰もいない。俺達兄妹のパラダイス! 

 ここでなら、いくら妹を抱きしめようと、撫で回そうと、舐め回そ…ゲフン、愛でようとも! 誰にも咎められることはない! もちろん、三久瑠が嫌がらない範囲でだが!


「おお、ヨシヨシ。おぉ、ヨシヨシ。可愛いなぁ、愛らしいなぁ、三久瑠は。なんて可愛いんだ、三久瑠は! もうお兄ちゃん、食べちゃいたいくらいだ!」

「あ、そういや兄ちゃん。食べると言えば、今日の晩飯、なに?」

「…」


 兄妹のスキンシップタイムが、一瞬で今日の献立決定会議に様変わりした。

 即ち、もうこれで、俺は三久瑠を愛でることが出来なくなったわけだ。


 夕闇明石、人生最大の失敗。あろうことか、食べ盛りの妹の前で『食べちゃいたい』なんて、食欲をそそる発言をしてしまった。その所為で、三久瑠に夕飯の事を、思い出させてしまった。なんたることだ。

 もっと注意していれば、あと少しの間、三久瑠と仲良しこよしが、出来たというのに…


「…うん、今日の晩飯な…何にしようか?」


 家の両親は、現在両方とも単身赴任中である。つまり両()赴任なのである。

 そのため、我が家の家事全般は、大学生で時間が空いてることの多い、俺が担当している。

 まあ、経済学部の学生って、実際ニートみたいなもんだから…


 そして当然ながら、そんな具合に三久瑠の親代わりも務めている俺は、飯も作っているわけで。最近はもっぱら、夕飯の献立に、頭を悩ませる毎日だ。


「一応は、ハンバーグの材料買ってるんだけどな…でも今から作ったら、凄く時間がかかりそうだ。我慢できるか?」

「ううん! ムリ!」

「そうか、無理か。じゃあ、しょうが無いな」


 仕方ない。腹をすかせる、可愛い妹の為だ。出前を取ろう。もちろん、高級寿司だ。俺の自腹である。


 俺は携帯を取りだし、行きつけの寿司屋に電話をかける。


「…あ、もしもし。出前一つ、お願いしたいんですが。一番高いヤツで頼みます。…え? ネタは何が良いかって? そうですね…三久瑠、お前、なんか食いたい寿司ネタあるか?」

「ウニ! ウニ以外食いたくねえぜ!」

「すまん、注文変更だ。アンタんとこの店にあるウニ、全部箱につめて持ってきてくれ。金に糸目はつけん。…何、10万? 構わん、頼んだぞ」



 ◇


「うわぁぁぁ! 初めて見たぜ! こんなたくさんのウニ! あんがとなんだぜ兄ちゃん! いっただっきまーす!」


 三久瑠は嬉しそうにそう言うと、山の如くに詰まれたウニの塊に、スプーンをぶっさした。

 あぁ、良いんだ三久瑠。兄ちゃんはな、お前のその笑顔を見れただけで、満足だ。腹一杯だ。夏休み中、ずっと貯めてた貯金を切り崩した甲斐も、あるってもんだ。


「うんまぁ! ヤベえぞ兄ちゃん! これ、めっちゃウメえ! こんなの食ったことねえぜ! うはぁ!」

「そうかそうか、たんとお食べ。でもあんまり、急ぐなよ。喉に詰まっちゃうからな。まあその時は、兄ちゃんが精一杯、人工呼吸して助けてやるけどな」

「マジか! じゃあ絶対、詰まんねえようにしないとな!」

「え、ちょっと待って。それどういう意味…」


 とまあ、そんな事は置いといて。


「そんでさ、兄ちゃん。そろそろ、教えてくれよ」

「教える?」

「計画だよ、兄ちゃん言ってたろ? ゲームログアウトしたら、教えてくれるって」

「あぁ、悪い悪い。妹の可愛い食べっぷりを見てて、つい失念しちまってたぜ。そうだな。んじゃ、教えてやるよ。兄ちゃんの計画を」

「うん、よろしくなんだぜ」

「兄ちゃんの計画はな、養子縁組によって、俺が別の家の子になることで、法律上は三久瑠と家族じゃなくなり、その後、合法的に三久瑠と入籍するという、法の抜け穴をついた…」

「…は?」

「ん? …あっ」


 しまった。妹の可愛い姿に見とれるあまり、ついウッカリ、三久瑠に知られてはならない、超極秘の『妹と結婚脱法大作戦』を、口走っちまった。うっかり。


「いや…は? 兄ちゃん…は?」

「すまん三久瑠、今のは冗談だ。忘れてくれ」

「忘れられるわけねえだろ」

「いいや、お前は忘れる。ほら、ワンツースリー」

「だから忘れるわけねえって」

「…」

「…」


 気まずい。誰の所為だ? 俺の所為か。弱ったぞ。

 よし、斯くなる上は、何もなかったことにして、華麗に無視しよう。


「でだ、三久瑠。話の続きだが」

「…うん」

「兄ちゃんはな、あのM&Sの世界で革命を…」

「ちょっと待てよ兄ちゃん。それ続きじゃねえだろ。なに誤魔化そうとしてんだよ」

「…起こそうと思っていてだな」

「おい」



 とまあ、冗談はこの辺で。


「…お兄ちゃんが立てた計画ってのはな、言ってしまえば『蠱虫エキスがゴールドの代替通貨として利用できる』ってのを利用して、ゲーム内に存在する商業系ギルドの連中を、掌握しようって、事なんだよ」


 俺は、顔面ウニまみれで、三久瑠にそう教えた。 

 え? 顔についてるウニは何かって? そんなの、怒った三久瑠にぶっかけられたに決まってるじゃないか、はははは。


「今現在、M&S内の商業系ギルドは、その数およそ50。それらが、ゲーム世界の各地に拠点を構えて、アイテムや装備を製造・販売している状況だ」


 と言うことを、出前のウニが家に届くまでの一時間ほどで、ネット検索によって知った。

 やっぱり結局は、手っ取り早く情報を得るならば、ネットで調べるのが一番だ。妹と仲直りする方法も、ネットに載ってないかなぁ?


「うん、知ってるぜアタシも。そのくらいは。確かさっきまでアタシと兄ちゃんがいたアルカディアにも、5個くらい商業ギルドがあったはずだぜ」

「そうか、それはネットじゃわかんなかったな。ナイスだ三久瑠。ヨシヨシしてや…」

「触んな」

「…る」

「アタシの許可無く、触んなよな、兄ちゃん? キレるぜ、アタシも」

「…」


 どなたか、冷め切った兄妹関係を直してくれるお医者様は、ございませんかー? 治療費なら、いくらでも払いますのでー。


「…ま、まあ。つまりだ。お兄ちゃんが、何を言いたいのかというとだな。今のところ、各商業ギルドは、各々の拠点を有していて、その分布は、ほぼ均等だってことだ。どこか一つの街に集中してるってわけじゃなく、どの街にも同じくらい、差が無く、分布してる」


 そしてそのお陰で、各ギルドは互いに競合することもなく、需要の取り合いもなく、至極平和に、取引を行っていると言うことだ。

 まあ最も、『店に売って店で買う』なんて面倒な流通システムがまかり通ってるこのゲームじゃ、商業ギルド同士の需要――客の取り合いは、起きるべくもないが。


「均等に分布してる商業ギルド。これは、一般プレイヤーである俺達にとっては、ありがたいことだ」

「なんでだよ?」

「どの街のどの店に行っても、同じ商品が同じくらいの数、常に置いてあるからさ。ゲーム内で、教えただろ? 店に売ったアイテムは、その店でしか買えない。他の店に行っても、売ってないって」

「…! なるほどな、わかったぜ」

「わかったか。さすが三久瑠! 賢いな…」

「褒めてもダメだかんな」

「…」


 特定の店に売ったアイテムは、その店でしか買えない。裏を返せば『誰もアイテムを供給しなければ、その店にアイテムは並ばない』ということだ。


 例えば、商業ギルドの分布に酷い偏りがあって、辺境のある街には、一つも商業系ギルドが、存在しなかったとしよう。


 すると、どうなるか? 当然ながら、商業ギルドがないその街のアイテムショップに、回復薬や解毒薬のようなアイテムを、供給する者はいない。つまり、アイテムの品切れが起きる。


「困るな。アタシらプレイヤーは」

「その通り。そして、困った連中は全員、他の街に移動する。商業系ギルドが集中してる街にな。そこでなら、欲しいアイテムが手に入るから」


 現代日本で起きてる、地方都市の過疎化と、同じ理屈だ。

 田舎には、都会に比べて、コンビニやスーパーなどの店舗が少ない。つまり不便。だから、便利な都会へと移住する。そうやって、地方から人が減っていく。


 もしM&S内の商業系ギルドの分布に、大きな偏りがあったとしたら、それと同じ事が――地方の過疎化が、発生していただろう。

 辺境はより過疎化し、逆に商業系ギルドが多い都市は、一層過密化し…そんな現象が、起きていたはずだ。


 しかし、今このゲームは、そんな事にはなっていない。どの街でも同じようにアイテムを購入できるし、どこか一つの街だけが、過剰に人で溢れてるなんて事態には、陥っていない。


「これは、まあ多分だけど、運営が頑張ったんだろうな。どっかの街だけ異常に発展しないように、商業系ギルドに関与して、出来るだけ均等になるように分布させて…そういう努力のたまもので、今の均衡が成り立ってると思われる」

「ふーん。なんか兄ちゃんの話聞いてると、このゲームの“うんえー”してる奴らって、頑張ってるんだな。“いんふれ”とかのも、そうだし」

「あぁ、そうだな。頑張ってる。――が、しかし。彼らには悪いが」



「――その均衡、俺が潰させて貰う」


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