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第13話 うわぁ!野ざらしだぁ!

 情報とは、力である。

 知らざる者は、知る者に搾取され、支配され、陵辱され、蔑まれる。


 情報は、知っているだけで、大きな武器となり得る。もちろん、的確にそれを利用・運用出来るなら、という大前提はついてくるが。


 俺達は今、『蠱虫エキスが代替通貨として利用できる』という、その情報を手に入れている。即ち、ゲーム世界そのものを変革しうる、大きな力を、武器を。手にしている。


 確かにこの代替通貨として使えるという情報自体は、俺達にとって何のメリットももたらさない。利益を得られるのは、あくまで商業に携わる者だけだ。


 が、しかし。この情報にほんのちょっとのスパイス――策謀と深謀遠慮を巡らせることで、この情報は一瞬で、俺達に途方もない利益をもたらしてくれるのだ。



「じゃあ三久瑠、本題に入る前に、確認だ」

「確認?」

「このゲームの、ある“ルール”を確認する。店に関するな」


 俺はそう言って、三久瑠から、店員の爺さんに、視線を移す。


「なあ、爺さん。確認なんだが」

「ん? なんだね」

「さっきも聞いたばかりだが…この店には今『蠱虫エキス』の在庫は、無いんだよな?」

「あぁ、そうだよ。今んところ、まだ誰も、ここで売ってないからね。置いてない」

「そうか。それじゃあ…今俺が持ってる、この『蠱虫エキス』。買ってくれるか?」

「毎度。10ゴールドだよ」


 爺さんはそう言うと、俺から蠱虫エキスを受け取って、そして代わりに、10ゴールドを渡してきた。


「…さて、三久瑠。お兄ちゃんは今まさに、ここで蠱虫エキスを売っぱらったわけだが」

「うん、見てたぜ」

「じゃあ、問題だ。今この店に、蠱虫エキスは売っているか、否か。どっちだろう?」

「そんなの、売ってるに決まってるじゃん。さっき兄ちゃんの、売ったヤツが」

「その通りだ。まあ、これは簡単すぎたな。…爺さん、悪いがアイテムを買いたい」

「あいよ、何が欲しい?」

「蠱虫エキスはあるか?」

「運が良いね、アンタ。丁度さっき、一つ入荷したよ。一つ20ゴールドだ」

「そうか。まあ、買わねえけど」

「…」


 爺さんがあからさまに、顔色を曇らせた。

 いや…ゴメンって。からかったわけじゃなくてさ、単に三久瑠に、さっき売ったアイテムが、確かに店で売られてるって事を、実証して見せただけなんだって…


「とまあ、こんな具合に。三久瑠の予想通り、店に売ったアイテムはそのまま、商品として店で売られる。これに関しては、まあ俺みたいな初心者より、お前の方がよく知ってるはずだ」

「うん、知ってるぜ。てか、これ兄ちゃんに教えたの、アタシだし」

「そうだったな。すまんすまん。…でだ。ここからが、重要で。さっきまで俺が、色んな店を巡り巡って、確かめてた事であるんだけども…」

「確かめてた? 何をだよ?」

「『店の在庫が、別々の店舗同士で共有されてるか』って事をだ」

「…」


 例えば、Aという店と、Bと言う店が、あったとする。そして自分が、Aの店に、そうだな…回復薬を一つ、売ったとしよう。

 じゃあ、その売った回復薬を、果たしてA以外の店――Bの店でも、買うことが出来るか?


「三久瑠、お前はこれ、知ってるか?」

「…ううん。気にしたこともなかったぜ」

「だろうな。ま、こんな情報知りたがるのつったら、それこそ商業系ギルドの奴らくらいだろうし。普通のプレイヤーであるお前が、知らなくても、なんもおかしくない」

「それで、どうなんだ? それの答えって。買えるのか? それとも買えねえのか?」

「後者だ。俺が調べた限りじゃな。ある店に売ったモノを、他の店で買うことは出来なかった」


 この城塞都市アルカディアに存在する、数多くの店を巡って、探った結果。それぞれの店に置いてあるアイテムの在庫数には、大きな差があった。

 もしも、Aの店に売ったアイテムが、Bの店でも買えるのなら、全ての店で在庫数は共通のはず。そうで無いと言うことはつまり、ある店に売ったアイテムは、その店でしか、購入できないと言うことだ。


「そうだったのか…知らなかったぜ」


 三久瑠は興味深そうにそう言って、頷く。

 あぁ、そうやって頷く姿も、またグッド。最高に可愛い。お兄ちゃんハァハァしちゃう。


「それで、だ。この事実が明らかになったことで…お兄ちゃんな、思いついたんだよ。計画を。思いついちまった」

「計画…?」

「あぁ。このゲームの勢力図を、いっぺんさせちまえる、とんでもない計画だ」

「…! すげえぜ兄ちゃん! そんなもん思いついちまうなんて! さっすが、アタシの兄ちゃんだ!」

「ふふふ…そうだろう、妹よ。凄いだろう? お前の兄ちゃんは。もっと褒めて良いぞ。もっと好いて良いぞ。なんなら、ご褒美チュッチュしてくれてもいいぞ」

「それはキモいからイヤなんだぜ!」

「…そうですか」


 …ま、まあ。ご褒美チュッチュは、また別の機会にねだるとして。


「お兄ちゃんが思いついた計画はな、まあぶっちゃけた話、色々とややこしい。ここですぐさま説明なんて、出来ないくらいには」

「そうなのか?」

「そうなんだ。残念ながらな」


 それに、説明が難しい云々以前に、こんな他のプレイヤーもいる場所で『ゲームの勢力図を一変できる計画』の話なんて、誰に聞かれるかもわからない。危険だ。


「だから、こっからの話は、帰ってからしよう。ゲームをログアウトしてからだ」

「うん、わかったんだぜ兄ちゃん!」


 おぉ、なんと物分かりがいいんでしょ。それでこそ我が妹、三久瑠だ。

 物分かり良し、性格良し、顔立ち良し、全て良し。こんな完璧な妹が、居て良いんでしょうか?

 居て良いんです。だって三久瑠なんだから。


「とりあえず、これから宿泊施設にキャラクター泊めて、今日はもうログアウトしよう。何時間もぶっ通しでゲームやってるし、さすがに休憩も必要だ。んで、その休憩がてら、教えてやるよ。お兄ちゃんの立てた、計画を。その全貌を」

「わかった! …あ、でも、宿泊施設に泊まる金、兄ちゃん持ってんのか?」

「え? …あぁ、そういえば、そんなこと言ってたな。宿泊には金がかかるって…」


 恐らく宿泊費の徴収も、運営がゴールドのインフレを防ぐために用意している、手段の一つなのだろう。

 ログアウトする度に、ゴールドが必要になる。プレイヤーが人間である以上、定期的な休憩は不可避であるため、この『宿泊費の徴収』は、結局の所、強制的なゴールド回収に他ならない。

 いやはや、ここまで強引だと、文句も出ない。むしろ賞賛したくなる。


「てか、殆ど持ってないな。金。つまりゴールド。さっき蠱虫エキスを売った10ゴールドしかねえ」

「マジかよ兄ちゃん! 宿泊すんのに、100ゴールドもいるんだぜ! うわぁ! 兄ちゃんこのままじゃ、野ざらしだぁ!」


 『野ざらしだぁ!』じゃねえだろ、妹よ。実の兄が、あわやホームレスになるとこなんだぞ。


「まあでも、大丈夫なんじゃね? だって兄ちゃん、何も持ってねえんだろ? ゴールドも、アイテムも」

「む…それはそうだが」

「なら、良いじゃん。死んでも。何も失うもん、ねえんだからさ」

「その言い方やめてくんない? 『死んでもいい』って、まさか妹に言われるとは、兄ちゃん思ってなかったよ…。いや、でも待った三久瑠。あるぞ、今の兄ちゃんにも、失うものは。装備だ。お前が買ってくれた」


 俺の装備は、三久瑠に土下座して買ってもらった、10000ゴールドもする高級装備だ。つまり、4ゴールドの俺の命、2500個分であるわけだ。

 わーお、とんでもない高級防具じゃないか。所有者の命2500個分って、たまげたなぁ。俺の身を守ってる暇があったら、防具の方守ってろって感じだ。情けねえ。


「あぁ、そういえばそうだった。忘れてたぜ。確かにそれじゃあ、野ざらしにしとくわけには、いかねえな」

「だろ? そういうわけだから…」

「じゃあ脱いでよ兄ちゃん。アタシが預かってやるからさ」

「…」


 『野ざらしにしとくわけにはいかねえな』って、防具の方かよ。

 いいんですか? 兄ちゃんは、野ざらしになっても。


「そういや兄ちゃん、さっき売った蠱虫エキスの10ゴールドも持ってたな。確か。それも勿体ないから、ここで回復薬でも買って、アタシに渡してくれよ。そうすれば、もう兄ちゃん、失うものが、何もなくなって、安心だろ?」

「…」


 実の兄から、装備も金も、文字通り身ぐるみ剥ぐ、妹がいるらしいですよ。

 三久瑠って、言うんですけど。


「ほら、兄ちゃん。早く脱げよ。はーやーくー」

「…」


 こうして俺は、三久瑠に身ぐるみ剥がされた。そして三久瑠曰く『何も失うものがない状態』となった。

 うん、確かになったね。失うものがない状態に。だってもう、全部失ったもん。

 装備も。アイテムも。金も。人としての尊厳も。全部。



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