第11話 代替通貨としての価値
そもそも通貨とは何か? 通貨とはそれ即ち『万人が“価値がある”と認める物品』の事だ。
極論を言ってしまえば、全ての人間が価値があると認めているのなら、それが紙くずだろうが、生ゴミだろうが、鼻くそだろうが、耳かすだろうが、なんでも良い。
貨幣とは即ち、価値そのものであり、価値の化身であり、それ以上でも、それ以下でもないのだ。
このゲームにおいて、貨幣としての価値を持つもの。それは他でもなく、ゲーム内通貨であるゴールドだ。
ゴールドさえあれば、店でアイテムを買えるし、装備も買えるし、街の統治権ですら買える。この世界は、ゴールドを中心に回っているのだと言っても、決して言いすぎじゃないだろう。
実際、このゲーム内に存在するありとあらゆるアイテムは、ゴールドによって、その価値を定めることが可能だ。
回復薬は、店に売ると5ゴールドになる。つまり、回復薬には5ゴールド分の価値があるということだ。オオムカデの内臓には2ゴールドの価値があり、クヨウ虫の体液にも、2ゴールドの価値がある。
つまるところ、ゴールドを尺度とすることで、オオムカデの内臓とクヨウ虫の体液は同じ価値であり、そして回復薬は、それら二つの2.5倍の価値を持っていると、言えるわけだ。
これは当たり前のようであり、しかし実は、通貨の持つ、重要な機能の一つである。これを経済学では俗に『価値尺度機能』と呼んだりする。
そして――アイテムの価値をゴールドで表せると言うことはつまり、それらのアイテムは、ゴールドの代わりに、通貨として用いることが可能であると言うことでもある。
実際、統治ギルドの連中は、拠点の登録料の1000ゴールドを、アイテムの価値をゴールドに換算するやり方で、徴収していた。これはまさしく、アイテムをゴールドの代わりとして――代替通貨として、用いていると言うことだ。
が、何度も述べたように。このやり方、非常に効率が悪い。
売値は買値の半分以下になる。それが、この『アイテムをゴールドの代わりとして用いる』と言う取引手法の効率を、非常に悪くしているのだ。
回復薬の売値、5ゴールド。一方の買値、10ゴールド。つまり回復薬を通貨として用いた場合、1000ゴールドで回復薬を買ったとしても、100個しか手に入らず、回復薬一個の売値は5ゴールドぽっちであるため、結局は500ゴールド分の価値しか、手に入らない。
本来持っていたはずの価値が、アイテムを媒介することで、半分になってしまうのだ。
当然ながら、これは暴利だ。ただアイテムを通貨として運用するだけで、全財産が半分になってしまう。きっと銀行マンもビックリだろう。
だからこそ、誰もこのやり方を、好んで使わなかった。使うのと言ったら、そうやって集金するしか方法がない、統治ギルドの連中くらいのものだった。
が、しかし。俺が今、『蠱虫エキスの売値は、その素材二つの買値と同額である』という事実を明らかにしたことで、その状況は、ガラリと一変するだろう。
例えば、だ。先ほどまでは回復薬をゴールドの代わりとして運用していたが。その代わりに、蠱虫エキスの素材…つまり『オオムカデの内臓』と『クヨウ虫の体液』を、通貨として用いたら、どうなるだろうか?
オオムカデの内臓とクヨウ虫の体液は、どちらも買値は5ゴールド。二つ合わせて10ゴールドだ。そして、それらの売値は、両方とも2ゴールドなので、計4ゴールドになってしまう。つまり、この二つのアイテムが持つ通貨としての価値は、両方合わせても、たったの4ゴールドでしかないのだ。
このままだと、回復薬を通貨として用いたときと、なにも変わらない。いやそれどころか、5ゴールドから4ゴールドになった分、1ゴールドの損だ。
だが、ここに一手間加えるだけで、一瞬でこれら二つの素材は、ゴールドの代替通貨として完璧な素材となる。
調合するのだ。二つの素材を。そして新たに、蠱虫エキスを生み出すのだ。するとどうなるか?
蠱虫エキスの売値は10ゴールド。つまり――店でオオムカデの内臓とクヨウ虫の体液を買ったときの値段、10ゴールドと、同額なのだ。そこに、価値損失は一切無い。
もう、わかっただろう。なぜ俺が、この蠱虫エキスは、ゴールドの代替通貨として、完璧であると言っているのか。その理由が。
蠱虫エキスを作り出すのには、10ゴールドが必要となる。そして、蠱虫エキスは10ゴールドで売却できる。言ってしまえば、それだけの事。しかしそれだけの事が、大きな意味を持っている。
もしこれから、商業系ギルドの奴らと直接、アイテム売買をしたいと考えるヤツが、いたとしよう。そしてソイツは、出来るだけ少ない支出で、取引を行いたいと考えていたとする。
ではソイツは、一体どのアイテムを、商業系ギルドの連中に、渡せば良いのか?
答えは蠱虫エキスだ。より正確に言うのなら、店で『オオムカデの内臓』と『クヨウ虫の体液』を購入して、それを調合し、調合した蠱虫エキスで、商業系ギルドの奴らに代金を支払えば良い。
そうすれば、ソイツは1000ゴールドの支払いのために2000ゴールドを失うなんてバカなことをする必要もなく、1000ゴールドの支払いのために、1000ゴールドを失うだけで済むようになるのだ。
図式にすると、下のようになる。
(従来の手法)
1000ゴールドで回復薬(10ゴールド)を100個買う
↓
回復薬100個で500ゴールドの支払いをする
↓
500ゴールド分だけ無駄になる
(新しい手法)
500ゴールドで“オオムカデの内臓”(5ゴールド)と“クヨウ虫の体液”(5ゴールド)を50個ずつ買う
↓
素材を調合して“蠱虫エキス”(売値10ゴールド)を50個作る
↓
蠱虫エキス50個で500ゴールドの支払いをする
↓
価値損失はなく無駄がない
これが、俺の気がついた事の全てだ。蠱虫エキスが、このゲーム内でゴールドの完璧な代替通貨としての価値を持つと断言できる、その根拠なのである。
つまりまとめるとだ、この蠱虫エキスは、このゲームで今現在行われている『ゲーム内の店を一々経由する面倒で非効率な商取引』を全て過去のものとし、プレイヤー間での商取引を普及させうる可能性を秘めていると言うことなのだ。
そして、それは同時に、運営による搾取と統制からの“完全なる脱却”も、意味している――――
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