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第10話 俺だけが知るこの事実

「兄ちゃん!」

「お、来たか三久瑠。待ってたぞ」


 俺がアイテムショップの前で待っていると、数分としないうちに、三久瑠がやって来た。


 三久瑠は俺の姿を見るなり、どういうわけだかそのまま真っ直ぐに、俺の胸に飛び込んできた。


「おいおい、三久瑠。なんだ、そんな急に抱きついたりして。気を付けないと、アカBANされちゃうぞー?」

「…いいんだもん。アタシが抱きつきたかっただけだもん」

「ははは、もー。可愛いなあ、三久瑠は。甘えんぼで可愛いなぁ。おぉ、よしよし。良い子良い子。後でゆっくり、現実で好きなだけ、抱きついて良いからな。だから今は、いっぺん離れてくれ、な? 兄ちゃん、お前の愛が重すぎて、動けないよ」

「…わかった。でも、手は繋ぐ」

「もぉ。ほんとに甘えんぼさんなんだからぁ」


 しかし、やぶさかではない。いや、むしろ幸せである。


 俺は三久瑠と手を繋いだまま、先ほどまで俺が一人で、アイテムを見ていたショップの中に、今度は二人で入店する。


「急にさ、兄ちゃんがどっか行っちゃったから、アタシ心配したんだぜ」

「そうか、それは悪かったな。…あぁ、だからお前、こんなに甘えてんのか」


 おぉ、情けなや、夕闇明石よ。つまり俺よ。妹に寂しい思いをさせるとは。恥を知るのだ、この愚か者め。

 しかし…三久瑠がこんなにさみしがって、甘えてくれるんなら、これから定期的に、音信不通になるのも良いかも…いや、何を不貞なことを考えている。良いわけあるか。俺個人の幸福のために、三久瑠を不幸にしてどうする。さみしがらせてどうする。それこそ、本末転倒じゃないか。

 だから、年一にしよう。一年に一回の、定例イベントにするとしよう。来年が楽しみだ。


「まあでも、悪かったよ三久瑠。兄ちゃんも、別に悪気があったわけじゃ無いんだ。いなくなったのには、理由があるんだよ」

「理由?」

「あぁ、ちょっとな。調べたいことがあって」

「…?」


 三久瑠は不思議そうに、首をかしげる。その姿もまた、愛らしい。


「でもおかげで“凄いこと”が、わかったよ。それこそ、このゲームの根幹を揺るがす、とんでもないことがな」

「とんでもない…こと? それってなんだよ?」

「もちろん、お前には教えてやるさ。一人にしちまった、お詫びもかねてな。でも、まだ少し待ってくれ。兄ちゃんの『仮定』が、本当に正しいのか、確かめたいんだ」

「…仮定?」

「ああ、仮定だ。さっき…三久瑠に『ウィンドウショッピングしてろ』って言われて、店のアイテム物色してる最中に気がついた、推測だ。それを確かめる」


 俺はそう言って、店のカウンターに――店員のNPC爺さんが座るレジの前に立った。


「らっしゃい、今日は何をお求めで?」


 店員のNPC爺さんは、俺達にそう尋ねる。


「買いたいものがある。まず確認だが『蠱虫エキス』は、売ってるか?

「蠱虫エキス…悪いね、品切れだ。他の店を、当たってくれ」

「そうか。ならいい。そうだな、それじゃあ…『オオムカデの内臓』と『クヨウ虫の体液』は、置いてるか?」

「あぁ、それなら売ってるよ。どっちも5ゴールドだ」

「そうか、じゃあ、一つずつ売ってくれ」

「毎度ぉ」



「…兄ちゃん? なあ、なんでそんなもん、買ってんだよ?」


 店でアイテムを買い終えると、間髪入れずに三久瑠が、そう尋ね聞いた。


「わざわざ買わなくても、兄ちゃん持ってたじゃんか。オオムカデの内臓とクヨウ虫の体液。どっちも。調合で使っちまったけど…でも、どうせ調合してもしなくても、そのアイテム使えないぜ? 今更買う必要ねえだろ?」

「そうだな。確かにこの二つは、アイテムとしての価値は、実際皆無だ。お前の言うとおり。けどな、兄ちゃん気がついたんだよ。この二つの有用性に」

「有用性…?」

「まあ、見てろって、三久瑠。すぐにわかるからさ」


 俺はそう言い聞かせ、今度は自分のステータス画面を開く。そして、調合・錬成と記された所をタップして、調合画面を開いた。


 画面に大量に並んだ『???』の文字列。その中に一つだけ『蠱虫エキス』となっている部分があった。俺はそこをタップして、さっき買ったばかりの素材を利用して、蠱虫エキスを調合する。


「なあ、三久瑠。お前、言ってたよな? オオムカデの内臓とクヨウ虫の体液は、どっちも売ったら、2ゴールドにしかならないって」

「うん、言ったぜ兄ちゃん」

「じゃあ…その二つを調合して作ったこの蠱虫エキス、売ったらいくらになるか、わかるか?」

「え…そりゃあ、4ゴールドじゃねえの? 素材二つの値段分」

「そうだな。お兄ちゃんも、最初はそう思ってた。最初に入った店で、蠱虫エキスを、売るまでは。…なあ、爺さん。アイテムを売りたいんだが、大丈夫か?」

「うん? 買い取りかい? いいぞ、何を売る?」

「蠱虫エキスだ。いくらになる?」

「そうだな…ざっと、10ゴールドだ」

「…!」


 俺の手を握っていた三久瑠が、驚いた。


「10ゴールド? 爺さん、確認だが。4ゴールドじゃなくて、本当に10ゴールドなのか?」

「そうだよ。いっとくが、これ以上は無しだ」

「ああ、元からそのつもりだよ。…さて、三久瑠。兄ちゃんが気がついた『凄いこと』が何なのか、もうわかったな?」

「…あぁ、わかったぜ兄ちゃん。つまり兄ちゃんは…蠱虫エキスの売値が、その素材の購入代と同じだってことに、気がついたんだな?」


 さすが三久瑠。お兄ちゃんの考えを、よくわかってる。嬉しいぞ。


「最初はな、兄ちゃんも、まさかこんなことになってるなんて、思わなかったんだよ。蠱虫エキスが、こんな“高値”で売れるなんて思ってなかった。言うて、高くても6ゴールドとかそのくらいで、十中八九4ゴールドだろうなと、考えてた。でも、この通り違ったんだ。まあ、気がつけたのは、偶然だな。運が良かったんだ」

「すげえぜ兄ちゃん! この事に気がついてるのって、もしかして兄ちゃんだけなんじゃないか?」

「どうだろうな。それについては、なんとも言えない。もしかしたら、俺以外に気付いてるヤツも、いるかもしれない。まあしかし…今のこのゲームの現状を鑑みるに、この事実に気がついていても、“その先”にまで、頭が回ってるヤツは、いなそうだが」

「…? その先?」

「ああ。『蠱虫エキスの売値がその素材二つの買値と同額である』と言う事実から導かれる――この蠱虫エキスが“通貨”としての価値を持ってるっつう、尋常ならざる事実だ。それに気がついてるヤツは、俺以外には、確実にいない」 


 このゲームにおいて、ゲーム内通貨であるゴールドを、プレイヤー間でやり取りすることは不可能である。これは、すでに再三言ってきたルールだ。

 そして、そのルールのために、商業系ギルドの連中は、ゲーム内の“店”、つまり俺達が今いる、このアイテムショップの様な店を経由して商売を行わねばならず、その“経由”の際に、利益の半分を運営によってぼったくられているのだと、そう説明した。


 本来ならば、商業系ギルドの連中は、店を介さず、直接他プレイヤーにアイテムを売りさばきたい。そうすれば、店――即ち運営に利益を奪われることもなく、すべてのゴールドを総取りできるからだ。

 しかし、店を介せずに商売を行おうとすれば、ゴールドをプレイヤー間で受け渡しできない所為で、物々交換という非効率な手段に、頼らざるを得なくなる。


 ああ、なんたる悲劇か。彼ら、商売人達は、ゲーム運営の手のひらの上で、未来永劫、暴利を貪られる運命にあるのだ。可哀想に…


 しかし。俺がこの『蠱虫エキス』の秘密に気がついた今この瞬間、そんな悲劇は過去のものとなる。


 それは、どういう事なのか? 

 これからじっくり解説していこう。


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