MIRAGE(2)
「さて、それではお二人がお待ちかねの質問タイムですよぉ。気になる事があれば何でも訊いて下さいね」
目的地に向かう道中、クラリスがそう切り出した。
正直、訊きたいような、訊きたくないような。藪を突きたくないというか。
とりあえず、私達が一番気になっていた部分に絞って訊く事にしよう。
「色々あるけど……まず、何で捕まらなかったんだ?いくら非常事態とはいえ、あれだけの人数を──」
「正確には八人ですね。イルミナ達が薬草摘みをしてる最中に襲ってきた三人、白昼堂々やらかしたリーダー格を含めた五人。もっとも、最初の三人のうち一人は翌日の襲撃に参加してますから実際には二人と六人の振り分けですかね?」
「……いや、あの」
「あぁ、余計な情報でしたね。捕まらない理由を種明かしすると、私は最初から港町の役人に話を通しておいたんです。そもそもあいつらはルーベンス、ワーカーズ双方が排除したがっていたんです。そこに新人の仕事妨害及び殺害未遂、話はすぐまとまりました」
つまり、話はこうだ。
クラリスは私達が薬草摘みの最中に襲撃される前から私達を認識していたらしい。
曰く、度の過ぎたお人好しに興味を持ち、それで後を尾けたと。
そのまま遠巻きに様子を伺っていたら、私が倒したうちの一人がしぶとく弓矢で狙っていたため殺害。
そしてもう一人も襲いかかってきた為に已む無く反撃し、結果として喉を裂いたため死亡。
この事をルーベンスの役人に通報すると、正当防衛と緊急事態のため無罪として扱われた。
更に、このまま泳がせて一味を根絶したいという打診まで受けたのだとか。ワーカーズも同じ様に打診を受け、連携して排除に乗り出した。
そして決定的な場面を抑えるため、私達を囮にしたのだ。それがあの街中の逃走劇と銃撃事件。
再襲撃を予見していたクラリスは街の外で待ち伏せし、追いかけてきていた五人が外に出た瞬間に射殺。
そのまま迂回してリーダー格の後ろに回り込み、不意打ちをかけ見事全員殺害したというわけだ。
この件は犯罪者集団の排除としてワーカーズ側は処理し、ルーベンスもまたそれを了承した。
つまり、彼女は書面上本当に何の法も犯していない事になる。
彼らを受け入れ、利用していたワーカーズもルーベンスも畜生のような手の平返しだ。
どうせ今頃はワーカーズに登録されていたという事実すら消えている頃だろうし、ルーベンスもまた彼らから得た利益や物品の証拠隠滅に躍起になっているはずだ。
たった一つ質問しただけで怖い事実がいっぱい出てきた。
「てっきり一人だけ連行されたのかと思ったよ」
「ただ書類上の手続きのために呼ばれただけですね。むしろ感謝されましたよ、私」
「……。なんというか、まぁ……大体の事情は分かったからそれは良いとして、尾けた方の理由はよく分からないな。どうせ興味本位ってだけじゃないだろ?」
「え?……いえ、それは本当に興味本位です。一体どんな馬鹿と阿呆なんだろう?って」
「……おい」
思わず脱力する。その興味本位がなければ今頃死んでいたかもしれない点については感謝するが、こいつの口の悪さもラフティに負けてない。
むしろカッとなって暴言が出るラフティと違って、明確に煽ってくる分かなりたちが悪い。
「……じゃあ、わたしからも良い?クラリスは、人を殺して本当になんとも思ってないわけ?」
「あらぁ、心外です。私だってこれでも良心を痛めてるんですよ?でもお二人を助けるため、そして大きな権力には逆らえず已む無くといった所です。彼らにも家族や愛する人が居たのかもしれない、そう考えるだけで夜しか眠れません……」
「……?……。いやしっかり寝てるんじゃないそれ!ふざけてんの!?」
「ふざけてませんよぉ。ラフティのその突っ込みが聞きたくて、ちょっと面白おかしく話しただけです」
「……んいい!!アンタみたいな奴に良心期待したのが間違いだったわ!!」
可哀想に、オモチャにされている。
ラフティが拗ねて何も喋らなくなったせいか、今度はクラリスから話しかけてきた。
「ともあれ、最初は野次馬根性だったんですけどね。お二人が戦う姿を見て考えを改めました」
「……というと?」
「謙遜しないで下さい。イルミナは人並み外れた身体能力、ラフティに至っては規格外ですよ。私、矢避けの加護で人が吹っ飛ぶなんて初めて見ましたもん。どれほど祈りを捧げても常人に、いえ100年に一度の信徒でも使えるようなものではありません」
そういうものなのか?とは言わなかった。
だって全然知らないし。
でも確か、ラフティは「精霊術はあまり得意じゃない」と言っていた気がする。
「ラフティ、確か前に精霊術は得意じゃないって言ってなかったか?」
「……えっと、うん。言った、と思う……」
「えぇ?あれで得意じゃないなんて言ったら世の精霊術士は皆取るに足らない存在ですよ」
「……嘘じゃない。私は、得意じゃない」
険しい顔で頑なにそう主張されると、これ以上追求する気は起きなかった。
──私は。
「言いたくない事情があるんでしょうけど、過ぎた謙遜はただの嫌味、あるいは傲慢です。まぁ、本当にラフティーネ神の生まれ変わりなら、それも許されるのかもしれませんが」
「ちょっ……!?ちょっと、なんでそれを!?」
「あぁ、そういえば名前を知っていた事の種明かしはしてませんでしたね。私も風の主精霊にだけは長期間祈りを捧げておりまして会話を許されています。貴女の事を尋ねると、それはもう嬉しそうに、べらべらと喋って下さいましたよ。だから名前も、生まれ変わりである事も知れたわけです」
「……シルフゥウゥウ!!!!ちょっと、出てきなさい!!!」
完全に蚊帳の外である。
精霊の声も聞こえない、姿も見えないとこうも寂しいものとは。
それにしても精霊神ラフティーネの生まれ変わりとはどういう事だろうか。
神様が人間に転生するとは思えないし、伝承の中で神格化された人間ということだろうか。
仮にそうだったとしても、それでは精霊を統べる存在というのが分からない。ただの人間にそんな事が出来るのだろうか?
謎は深まるが、こればっかりはラフティ自身に話してもらわないと分からない事だ。
会話に加われないので歩く事に集中していると、山の入口が見えてきた。
二人も気付いたのか、会話を止めて顔が引き締まる。
「遺跡まであと半分くらいかな。山道は足元に気をつけて」
「えぇ、半分って……まだ歩くわけぇ?仕方ないけどさ」
「それよりお二人共、そろそろちゃんとした装備に着替えた方が良いのでは?行軍のために着の身着のままなのは分からなくもないですが、山の中は子鬼以外にも野生動物が居ますし、虫だって馬鹿には出来ません。万全を期しましょう」
「装備?」「着替えってなに?」
ほぼ同時に私達がそう言うと、クラリスから表情が消えた。
暫し目を泳がせた後、俯いて目を覆う。
「まさか本当に馬鹿と阿呆だったなんて……」
「おいおい、別に服装なんて何でも良いだろ。ちゃんと籠手や胸甲はつけてるし」
「そのヒラヒラした服で戦うつもりなんですか……ていうかそれ、多分ですけど学校の制服ですよね?」
「そうだけど?」
「……そうだけど?じゃないんですよ本当に馬鹿なんですか!?胸と腕だけ守って何になるっていうんです!大体、つい先日も銃で脚を撃たれて動けなくなったばかりでしょうに、どうしてそんな考えなんですか!!子鬼が弓矢を持ってたらそれだけで前衛として機能しなくなること分かってないでしょう!?」
「大丈夫だよ、前は丸腰だったけど今日はこの剣があるし」
背負っていた大剣を掲げると、心地よい重みが手に伝わる。
人一人を完全に隠せるほど長く、幅の広い刀身。そしてその巨大さに似つかわしくない軽さ。
私達の祖龍の骨と魔術を組み合わせた一点物の武器、「龍具」である。
他にも色々あったのだが、これ一つで盾にも剣にもなると思い家を飛び出す時に拝借したのだ。
実際、これは今まで仕事をする中で大いに役立っている。
龍の身体を素材として使っている為ほぼ壊れない上、追加で魔術を施しているから軽さにそぐわぬ切れ味もある。
まさに攻防一体、お気に入りの一本だ。
まぁ軽いと言ってもラフティの体重くらいはあるのだが、金属製だと持てない重さになるだろうし軽いと言って良いだろう。
「……まさかとは思うんですが、そのバカでかい得物、屋内で振り回すおつもりで?」
「その時はこれを盾にして突っ込んで殴る」
「……もういいです、これ以上の問答は無意味だと分かりました。ラフティは荒事に不向きなのもありますからとりあえず不問にしますけど、それ私達の傍で振り回さないでくださいね」
「うん、前衛だしな。そんなバカな真似しないよ」
「…………頭が痛くなりそう……」
とりあえず納得してくれたようなので背負い直す。
これで解決かと思いきや、ラフティがまだおかんむりだった。
「わたしのこれは、由緒正しいユグドラ中央精霊院の制服なのよ!見た目じゃ分からないだろうけど、土の主精霊の加護で半端な剣や矢は通らないくらい頑丈なの!ぶっちゃけイルミナより頑丈なはずだし、馬鹿呼ばわりされる理由なんてないわ!」
「はい、どーん」
おもむろにクラリスがラフティを突き飛ばす。
そのままよろめいて尻もちをついた所にクラリスが覆いかぶさると、頭を軽く叩き始めた。
やっている事の意味は分かるが見た目は可哀想である。
「ちょ、ちょっとやめてよ!?いきなりなんなの!?」
「こうやって子鬼に攻撃されたらすぐにあの世行きですよ」
「……う………」
「ナメすぎなんですよ。剣も矢も通らない?だから何だって言うんですか、倒されたらお終いです。それに矢避けの加護だってずっと出し続けてるわけにもいかないでしょう、ラフティ単独ではなく私達が傍に居るんですから。……ほら、こういう風に」
トドメと言わんばかりに、ラフティの服の隙間に手を差し込むクラリス。
腹を小突かれてくすぐったいのか身悶えしている。
あれはつまり、短刀か何かで腹を滅多刺しにされている、という事だ。
一瞬。
腹を、首を、脚を。滅多刺しにされて血みどろになったラフティを幻視した。
頭を振る。妄想だ、ただの悪い想像だ。
そうならないよう私が守れば良い。そうだ、そのための力だ。
大丈夫、私ならやれる。
「イルミナもぼーっとしてないで、このお子様に何か言ってあげて下さい」
「ん……そうだな。ラフティ、私がちゃんと守るから安心してくれよ」
「…………はぁ。本当に分かってるんですかね、二人共……」
じゃれ合いは終わりだとクラリス達が立ち上がる。
私も、流石に引き締めなければならない。
道中で遭遇するかもしれない可能性も考慮しつつ、私はもう一度剣を手にしてから歩き出した。