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REPETITION DEAD  作者: 森戸ひろき
chapter1 : Goblin Mine
3/7

The Curtain Rises(2)

「手伝うって言ったけどさ」

「うん、いい感じに集められてるね。初めてでこれだけ選り分けられれば上出来だよ」

「人の話聞きなさいよ!!……なんでわたしが草むしりなんかしなきゃいけないの!!?」



よく怒鳴る子だなぁ、とラフティを見て思う。そんなに大声ばかり出して疲れないのだろうか。

昨日と違い、今は野外で人は居ないからどれだけ怒鳴っても構わないと言えば構わないのだが。


依頼斡旋所(ワーカーズ)で彼女の保証者になったのが先日。

会ったばかりという事もあり、お互いの宿の場所だけ告げて解散したのが昨日の夕方。

これからの事を話したくもあり、仕事ついでにラフティを誘ったのがおよそ2時間前だ。



「いやぁ、うん。草むしりじゃなくて薬草摘みだぞ、ラフティ。それにしても良い天気だな」

「どうでも良いわよそんなこと!!……もうやだ、動きたくない!!」



そう言うなりその場に座り込んでしまった。

しきりに「何でわたしがこんな目に」などと呟いている。


初仕事だし、薬草摘みなら簡単で危険な事も無いからと選んだのだが彼女にとっては不服だったようだ。

まぁ、運動してなさそうな彼女に半時間歩かせ、その上で一時間近く薬草摘みをしたのだから疲れるのは当たり前の話ではある。

それだけ動いた後でまだ大声を張り上げるだけの気力が残っているのだから多分まだいける感じはするけども、今に至るまで文句を言わず手伝ってくれたのだからそんなご無体な事は言わないでおこう。



「そうだなぁ、そろそろ休憩にしようか。ついでにお互いの事も知りたいし」

「……もっと化け物を退治したり、遺跡でお宝を探す仕事するもんだと思ってたのに……」

「薬草摘みだって立派な仕事だぞ。皆の治療薬になるんだから、凄く大事な事でもある」

「そうかもしんないけどさぁ……」



ラフティの隣に腰を下ろしながら、他愛ない雑談を始める。

内向的(インドア派)な彼女は依頼斡旋所に結構な夢を見ていたらしい。


確かに、依頼斡旋所は絵物語によく出てくる冒険者ギルドアドベンチャラーギルドのモデルではある。

特別な才を持った勇者が大事件を解決し、やがて魔王を倒すといった物語は定番中の定番だ。

私自身、小さい頃はそういった本をよく読んでいたし、今でも好きな方だ。


ただ現実は少しつまらない、それだけだ。

魔王なんて居ないし、都合良く大事件が舞い込んでくるわけもない。物語の主人公のような才も無い。

街の清掃、ドブ掃除、畑仕事の手伝いに害獣駆除。よくある依頼は安い日雇い労働ばかり。

そしてそれらの依頼を失職者や堅気の仕事につけない人間が奪い合う、そんな場所だ。


労働者たち(ワーカーズ)とは良く言ったモノである。



「私も小さい頃はそういうイメージだったから良く分かるよ。冒険してみたいよなぁ」

「別に冒険者になりたいわけじゃないし…………」

「あれ、そうか?じゃあラフティは将来何になりたいんだ?」

「明確に決めてるわけじゃないけど……精霊研究に関係する仕事ならなんでもいい」



実のところ、私は精霊について聞きかじりの知識しか持っておらず、ほとんどの事は知らない。

精霊神が居ること。火・水・風・地の四大元素と光・闇の精霊が居ること。

そして祈りを捧げる事で精霊術の行使が可能になる、それくらいしか分からない。



「精霊ねぇ……ラフティは精霊術とか使えたりするのか?」

「まぁ、使える、けど……そんなに得意じゃないかな……」

「そっか。でも仕事にしたいくらい勉強熱心なんだな、偉いじゃないか」

「……ありがと」



口ではそう言うものの、ラフティはどこか浮かない顔だった。



「……何か嫌な思い出でもあるのか?」

「別に、大した事じゃない。無理解なのが周りに多いと面倒くさいってだけ」

「ま、まぁ……うん……そう、だな?」



思わず曖昧な返事をしてしまう。

結構な地雷を踏んだ気がしてきた。この話題を掘り下げるのは危険だ。



「無理に相槌打たなくて良いよ…それよりイルミナは精霊術に興味無い?覚えると楽しいよ」



上手く言葉が繋げず黙ってると、ラフティに気を使われてしまった。

なんと出来た子なのだろうか。年上の私が情けなくなってくる。


そして、私としては精霊術の話を掘り下げられるのも困るのだ。

”精霊が見えない”事がバレると、同時に私の素性もすぐに理解されるだろう。

特に今は会ったばかりだ。トラブルの原因にしかならない事は可能な限り隠しておきたい。



「あんまり興味無くてさ。使えたら楽しいだろうなとは思ってるけど」

「そっか……あ、でもさ!極端にしんどいのを覚えなくても、生活に便利なのだけは使えた方が良いよ!分霊のサラマンダの加熱の精霊術とか、火を起こせない時でも温められるし、温度調節さえしちゃえば何にでも使えるよ!それにサラマンダなら何年も信仰しなくていいっていうか半月くらいで大丈夫だし、旅してるイルミナには一番もってこいじゃない?」



待って。


今興味無いって言ったじゃん。

頼むからやめてくれラフティ、早口になってるし凄く好きなのは伝わったよ。

でも私にはその言葉が全然理解出来ないし、理解出来たとしても使えないんだよ。

なんだよ分霊って。精霊って6種類だけじゃないの?



「いやあの」

「だめ?あんまり使わないかな…あ、じゃあウンディーネなんかはどう?主精霊だしちょっと信仰する時間長く取らないといけないけど、水の生成が出来るようになると安全な飲水をどこでも手に入れられるし、こっちの方が便利かな。それに信仰が深くなれば治癒の精霊術も使えるようになるし、これも旅向きだと思うよ」

「ちょっと」

「……ワガママ!提案してるのに全部拒否って、じゃあ何なら良いのよ!?」



とても不満そうな顔をするのは分かる、分かるんだけど。

ダメとかじゃないんだよ、ごめんよ。でも私にはどうすることも出来ないんだ。


下手に知ったかぶりすると傷口を余計に広げそうなので、少しだけ正直に言うことにした。



「実はその……精霊の事、あんまり知らないんだ」

「は?ねぇ、知らないって何?生活どうしてんの?」

「いや、私の住んでた所、田舎でさ。そういうの疎いんだよ」

「川が氾濫しないように祈るとか、豊作になってほしいとか、山火事にならないでほしいとか、考えればいくらでもあるじゃない」

「何それ……そんな願掛けみたいな事が現実に出来るのか……?」

「精霊に祈るってそういうことなんだけど……え、ちょっとマジなの?未開文明の人?」

「酷いな!?」



精霊に頼らない生活をしてきたとはいえ、そういう事が出来るのは全く知らなかった。

なんでもアリというか無茶苦茶だな精霊。

それにしても未開文明って、どこでそんな単語を覚えてくるんだ。びっくりするぞ。



「……ねえ、イルミナ。精霊の事ほとんど知らないって、本当にそうなの?」

「悪かったな、未開文明の野蛮人で。どうせ身体の頑丈さだけが取り柄の蛮族さ」

「そこまで言ってないし!…………ちょっと思い当たったんだけど、もしかしてイルミナって──」











遠くで、風切り音が聞こえた。

全身に力を込め、ラフティを抱えてその場から全力で飛び退く。

そして1秒としないうちに、元いた場所に矢が飛んできた。


「痛った……ちょ、ちょっと、いきなり何!?なんなの!?」

「ガラの悪い連中のお出まし、かな」



といっても、まだ姿を見せる気配はない。

周囲の木陰か、あるいは草むらか。

矢の向きからある程度の方向は察せられるが、正確な位置までは分からない。



「ガラ悪いってレベルじゃないわよ完全に殺す気じゃないこんなの!そんなんで済ませていいの!?そもそも何が目的なのよ!!」

「済ませて良いわけないだろ。……目的の方は、この籠かな」

「たかが薬草目当てで人殺しとか本気で馬鹿じゃないの!?どう考えても割に合わないでしょちょっとは考えなさいよふざけんじゃないわ!!」



冷静な突っ込みなのか、冷静さを欠いた喚きなのか。

少し笑ってしまいそうになるが、実際は私の方もあまり余裕は無い。


私達自身も草むらで多少は隠れられているものの、逃げ出せばすぐに見つかる。

相手も無駄な矢を撃ちたくないからか今は膠着しているがこの状況では動くだけでもリスクが高い。

私一人なら負傷覚悟で突っ込む事も選択肢になるが、ラフティを蔑ろには出来ない。

歯痒い状況だった。



「まぁ、そうでもないさ。死体なんて山に捨てておけば1日で動物の餌になって消える」

「目眩がするくらい短絡的……!捜査されたらすぐバレるじゃないの……!!」

「ワーカーズはそこまでしてくれないよ……ていうか、あんまり騒ぐと次の矢が飛んで──」



言い終わる前に、足元に一本、私の頭を掠めるようにもう一本。

当たらなかったのは運が良かったとしか言い様がない。



「ひィっ……!!」

「……どうしたもんかな…………」



と、口では言ってしまうがこの状況で選べる選択肢などほぼ無い。

リスクを承知で突っ込むか、一目散に逃げ出すかだ。


突っ込む事はしたくない。さっき撃ってきた矢の数からおそらく相手は二人組だろうが、他に仲間が居ないとも限らないからだ。

ここでラフティを置いて迎撃に向かって事が済めば良いが、もし敵が別方向に居た場合、ラフティを人質に取られたらどうしようもなくなってしまう。

となると、ここはラフティを抱えて全力で逃げるのが一番良いはずだ。

私が致命傷を避けられさえすれば、失うのは薬草籠だけで済む。



「……ラフティ、今から逃げる。私が抱えて走るから、しっかり掴まってくれ」

「い、いや無理でしょ!?いくら鍛えてるからって、女性が人一人抱えて走れるわけないじゃない!」

「私には出来るんだよ。……頼む、信じてくれないか?」

「…………」



私の問いかけにラフティは眉を顰めたまま黙ってしまう。

あまり時間が無いのだが、ここで無理矢理な事はしたくない。


返事を待っていると、予想してなかった答えが返ってきた。



「イヤ。そんな提案に乗りたくない」

「え、ちょっ……このままじゃ二人仲良く大怪我する所じゃ済まないんだぞ……!」

「精霊術は人に攻撃は出来ないけど、自分の身を守るくらいは出来るわ。というかね、悪党の思い通りにさせるのも、逃げるのも、まして負けるなんて絶対にイヤ!抱えて逃げられるくらい強いなら、ブッ飛ばした方が早いしその方が絶対良い結果になるでしょ!」

「いや、あのなラフティ、そういうのは命が危ないから逃げようって提案したわけで……!」

「自分の事は信じろっていうくせに、わたしの事は信じないわけ!?……ちょっとくらい信じてよ!!」



怒っているような、懇願するような叫びだった。


理性では分かっていても、判断に迷ってしまっていた。

言ってしまえばラフティの言ってる事はただ駄々をこねているに過ぎない。信じ合う事は確かに大事だが、だからといって危険を顧みない行動をして良い事にはならない。

しかしラフティの言葉を無視したくない私も居る。今後の関係が悪化するとか、そういう理屈や打算じゃない。

ただ彼女の懇願に応えてあげたかった。


暫し迷った上で、私の答えは──



「……分かった。だけどこれで怪我をしたら、次は無いからな」

「ま、任せてよ!矢なんて100本飛んでこようが全部当たらないんだから!」



誤った判断を下したかもしれない思いはあったが、その時は力でねじ伏せてやるだけだ。

ラフティから手を離し、矢が飛んできたと思われる方向を見据える。

先程の矢が当たらなかった為か、じりじりと近付いてきていた。100m程先の草むらが揺れている。


この好機を逃す手はない。なるべくラフティに被害が及ばないよう、わざと目立つように駆け出す。

敵も慌てて矢を放ってくるが、手元が狂ったのかあらぬ方向へ飛んでいる。

そして走り出して約5秒、一人目の眼前に迫りそのまま顔面を殴り抜く。顎の骨が砕ける音がした。


二人目は迫る私に怯みながらも抜刀し、仲間がやられている隙に曲刀(シミター)を振り下ろしてきた。

振り向き様、裏拳で刃を叩く。曲刀の刃は、ぱきん、と綺麗な音を立て根本から折れて草むらに消えた。

柄から先が消え失せて狼狽える敵の胸に一発、二発と拳を叩き込み、ついでに膝を蹴ってやる。

肋と膝の皿が砕けてのたうち回る敵を見て、胸を撫で下ろす。


なんとか上手く行ったようだった。



「ラフティ、片付いたぞ!もう大丈夫──」



終わった事を告げようと、振り向いた時だった。

ラフティの後ろに迫るもう一人の敵が見えた。



「ラフティ、後ろだ!!逃げろ!!」

「えっ……?」



しまった、と思い駆け出したがもう遅い。

そのままラフティを捕まえる態勢に入っている、もう数mもない。

助けられない。間に合わない。くそ、伏兵が居るかもしれないと分かっていたはずなのに。











「ちょっ……危ないから近付いたらダメ!!」



──なんだって?


と思った直後、目前まで迫った敵はラフティに触れる事は無く、何故か遥か上空に吹っ飛んだ。

多分5mくらい飛び上がってる、しかも高速に縦回転しながらだ。あんな吹っ飛び方初めて見た。


そしてそのままもんどり打って地面に叩きつけられた。

運良く頭を打たずに済んだのか、のたうち回る姿が見えた。



「うわーっ!ちょ、ちょっと大丈夫ですか!?た、大変、早く治さないと……!!」



いや治さなくて良いんだけども。

慌ててパニックになっているラフティに駆け寄り制止する。



「ラフティ、落ち着け。そいつも敵だから放っておいて良いんだよ」

「え、あっ……イルミナ……で、でもこのままじゃ死んじゃうよ……」

「おい、殺そうとしてきた相手だぞ?そこまでしてやる義理は無いし、第一これくらいじゃ死なないだろ」



若干嘘だった。放っておけば普通に死ぬかもしれない怪我ではある。

でも本当に助ける義理は無いし、そもそも仲間も完全に行動不能というわけではないのだから勝手になんとかするだろう。



「……でも、わたしのせいで死んでも困るし。ブッ飛ばしてとは言ったけど、死んでも良いわけじゃないもん……イルミナだって人殺しになりたいわけじゃないでしょ?」

「そりゃそうだけど……」

「だったら、最低限だけでも治しとこうよ。……ウンディーネ、お願い」



言うなり、ラフティの周囲が輝き出した。

そして泡のようなものが宙空から現れると、そのまま倒れた敵を包み込む。

泡が弾ける度、真っ赤に腫れ上がった関節の色や出血した部位が元に戻っていく様は思いの外気持ち悪い。

祈りの奇跡にそんな事を思っても仕方ないのだろうが。



「……こんなもんでいいかな。完全に治してまた襲われても嫌だし」

「気絶してるみたいだし、起きたら向こうの二人を回収するだろ。……もう行こう」



落とした薬草籠を拾い直し、帰還を促す。

散らばったせいで当初より中身がちょっと減ったが、拾い集めて時間を食いたくなかった。



「ね、さっき言いそびれたんだけどさ」

「なんだよ?何か言ってたっけ?」

「精霊が見えない事もそうだけど、さっきの身体能力見て確信しちゃった。イルミナってさ、龍族でしょ」



私はもう一度薬草籠を落とした。


早々にバレてしまった。これからどうしよう、という思いで何も考えられない。

ラフティはまだ何か言ってるがもう何も頭に入ってこなかった。

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