The Curtain Rises(1)
「どうして私が登録出来ないのよ!!紹介状だってちゃんとあるのにおかしいでしょ!?」
不意の怒号。
新規の依頼が張り出される掲示板をぼんやり眺めていた私は、突然の大声に思わず後ろを見やる。
どうやら受付で騒ぎが起きているらしく、小柄な少女が職員に向かってがなり立てていた。
歳は、かなり若いように見える。学び舎に行っていれば初等部くらいの子供だろうか。
「ですから……先程も説明させていただきましたが、14歳未満の方は保証者が必要なんです。規則ですので」
「規則って言うけど、じゃあこの紹介状はどう説明するのよ!!まさか学術都市ユグドラの正式な要請を無視するわけ!?」
「そういうわけではありませんが、規則として定めさせて頂いてる以上こちらとしてもお受けするわけには……」
「ああぁ~!!もう!!規則規則ってうるさいのよ、アンタじゃ話になんないから責任者を出しなさい!!」
どうやら年齢制限による登録不許可らしく、相当おかんむりのようだ。
やかましいと思うのが半分。こんな子供まで働きに出るのか、と思うのがもう半分。
まぁ、どんな事情があるにせよ自分には関係ない。
まだ何か言い合っているようだが最早聞く気も無く、改めて掲示板に向き合う。
他人の心配より、今日明日の自分の心配だ。手持ちが既に寂しくなってきている。
実入りの良い依頼を選ばないと。
「……ぐすっ…………じゃあどうしろってのよ……知り合いも居ないのに、保証者なんて無理に決まってるじゃない……」
後ろからすすり泣きが聞こえてきた。ええい、迷うな私。
右手に掴んだ害獣駆除依頼、一日でやれる内容なのに一週間は生活に困らない額なんだぞ。
これをカウンターに持っていけばそれで終わりだ。
だけど、私の手は依頼用紙を掴んだまま固まってしまった。
無視するべきだと分かっていても。自分には無関係だと知っていても。
そうして固まっているうちに、職員が女の子を外に連れ出そうとしていた。
若干の抵抗はしているが、無駄だと分かっているのか力なく入り口まで歩かされている。
ああ、もう。
「すいません、ちょっと待ってもらっても良いですか?」
外に連れ出される直前、耐えかねて職員に声を掛けた。
依頼用紙は掲示板に戻した矢先に他人の手に渡ったのでおじゃんだ。
無視すればよかったのに。
どうしてこう、私は。
「はい?……あの、何か御用でしたらカウンターにも職員は居ますので、そちらにお声を掛けていただければ」
「その女の子に用があるんですよ。保証者を探してるんですよね?」
職員の顔があからさまに不信感丸出しに変わるが、当たり前と言えば当たり前である。
見ず知らずの人間へ余計なお節介を焼く人間なんて、普通は詐欺師しか居ない。
若干心が折れそうになるが、まだ耐えられる。
「……失礼ですが、どういった目的でしょうか?」
「凄い直球ですね……困ってる子を放っておけない、じゃ駄目ですか」
「貴女に益がありません。我々としてはそのような安直な言葉を信じるわけにはいきませんし、防げるトラブルに巻き込まれる事を未然に防止する事も職務と考えております」
少しは言葉を選べよ、と心の中で悪態をつく。
そりゃあ依頼斡旋所にはゴロつきまがいの人間も居るのは知っている。
だけどそれは、来歴の精査をせず誰彼構わず登録を許可するのが原因じゃないのか?
私はトラブルを起こした事など一度もないし、端から一緒くたにされる謂れはない。
かなり傷付きはしたが、職員ごときにどう思われようと別に構わない。
本命は女の子の手助けであるのだから、彼女さえ了承してくれれば向こうは何も言えなくなる。
若干怪しくはあるだろうが、話し合えば分かってくれるはずだ。
「それで、君はどうなんだ?登録するための保証者、必要なんじゃないのか」
「……見ず知らずの人間をいきなり信用なんて出来るわけないでしょ。何にしたって、そんな話受ける気なんて無いわ……何が目的なの?お金?……それとも、人売り?」
おっと、心が砕けそうだぞ。
いやいくらなんでも酷くないかこの子。泣くくらい困ってたんじゃないのかよ。
「……ちょっと、その言い方は無くないか……困ってるみたいだったから声を掛けただけなのに……」
「詐欺師や犯罪者は立場の弱い人間から狙うものよ、子供だと思って馬鹿にしないでよね」
親切心を出しただけなのに、揃って犯罪者扱いである。何だこの仕打ちは。
疑う気持ちが分からないわけではないが、ちょっと腹が立ってきた。
怪しく思われる提案だったかもしれないが、ここまで言われるような事はしてない、はず。
このまま親切を打ち切って立ち去っても良いのだろうが、しかしここで退くのも嫌だった。
すぐに投げ出すくらいなら最初からやらなければ良かったのだから、出来る限り手は尽くそう。
どうしたものかと一瞬思ったが、『押して駄目なら引いてみろ』という言葉を思い出す。
意地悪な言い方になってしまうだろうけど、彼女に決断してもらうにはそれくらいしかない。
あと、酷い言い方されたし、ちょっとくらいは許されるよな。
「……あーはいはい、分かったよ。私が悪かった。もう話しかけないから、好きなだけ、自力で、誰もやりたがらない未成人の保証者探しをしてくれ。この街は広いからな、少しは物好きも居るんじゃないか」
「う……。……な、なによ、それ……人が困ってるからって、弱みに付け込むような言い方……」
「だから。信用出来ないみたいだし、私が必要じゃないのなら別の人間を探せば良いって言ってるだろ。大体弱みに付け込むも何もこの話は私にとって不利益しかないんだよ。それなのに頭から犯罪者扱いされて、私の優しさ埋蔵量は無尽じゃないぞ」
「……?不利益しかないってどういうことよ。それはまぁ、面倒だろうし、見ず知らずの人間にお節介焼く必要なんて無いでしょうけど、ただ登録するだけじゃないの?」
どうやら何も分かってなかったらしい。
いや、依頼斡旋所に来るのが初めてなら当たり前といえば当たり前なのだが。
分野の話になったからか、まだ隣に居た職員が事情を説明しだした。
「未成人の登録には保証者が必要とは先程も説明させて頂きましたが、保証者とは登録者の管理保護、並びに全ての行いに対して責任を負う者の事を指します。噛み砕いて言えば、保証者は未成人登録者の生活や命を守る義務があり、犯罪等を犯した場合は共に刑罰を受ける、といった感じですね」
本来は未成人登録者の親族向けに作られた規則なのですが、と付け加えた。
「ですので、我々としましては血縁関係にない方の保証者認定には慎重になっております。分かりやすい犯罪に巻き込まれなくとも、トラブルの原因になりやすいからです」
「……ますます怪しいじゃない!何で不利益しかないような事に首突っ込んでんのよ!?」
「君、何か犯罪起こすために此処に来たのか?」
「そんなわけないでしょ!!?人のこと馬鹿にするのもいい加減にしなさいよ!!」
「それじゃあ私の見立てはそれ程間違ってなかったってわけだな。悪い事をするタイプには見えなかったし、泣くくらい困ってるなら助けてあげたかった、ただそれだけだよ。私としては不利益しかなくても君を監督すればそれで済む話だし、お互い利用し合うなら少しは納得出来る部分もあるだろ」
「……………………」
顎に手を当てて難しい顔をしている。
不信感は拭えないだろうが、私の提案を蹴るのもどうかといった所だろうか。
「……お互い利用し合う、って何?私に何させるつもりなの?」
「あ、そっち?いや、喋ってるうちに思いつきで言っただけなんだけど。私の事を信用しろなんて言わないけどさ、保証者を申し出た理由が無いと安心出来ないだろ?だから、君の目的を手伝う代わりに私の仕事も手伝ってもらう。これなら善意の押し付けじゃなくなるし、君も少しは納得出来るかな、って」
ううん、と小さく漏らして悩み始めた。この様子なら提案に乗ってくれるだろう。
何で私のほうが気を揉まなきゃいけないんだという気持ちも無くはないが、いきなり妙な提案をした不審者なのは否定出来ないし、小さい子にそこまで求めても仕方ない。
職員はというと「余計な事をしてくれたな」といった面持ちでこちらを見ている。
半分とは言わないけど、三割くらいはそっちのせいだと思うんだけどな。
もっと穏便に何とか出来なかったのか。
「…………ラフティ」
「え?何?」
「わたしの名前!……ラフティ=ソレイユ。……その、さっきはごめんなさい」
「気にしなくて良いさ、逆の立場なら同じように疑うよ。私はイルミナ=エルトリンデ。よろしく!」
ばつが悪そうに謝っていたが、こちらの返事でぱっと笑顔になった。
警戒心を解いてくれてこちらとしては嬉しいが、この子かなり騙されやすいんじゃないか、という気持ちは余計なお世話だろうか。純真といえばそうなのだが。
そして一連のやり取りを見ていた職員は一際大きな溜息を出してから、
「……双方の合意があるのでしたら、こちらとしても登録を拒む事は致しません。ですが今後発生するであろうトラブルに関しては、両者自己責任となります。そこはご了承下さい」
呆れた声で説明する。まぁ、あちらにしてみれば不審者の狙いが通ったような状況なのだろう。
自分は清廉潔白ですという材料が無い以上、今後の活動で見返すしかないのが歯がゆいが。
そうして揃ってカウンターまで戻り、今度こそ手続きを進める。
保証者登録書を記入していると、ラフティに向かって職員がまた声を挙げた。
「申し訳ありません、登録用紙とこちらの紹介状に記載されている氏名が一致しておりませんが」
「え?……べ、別に良いでしょ?大した違いは無いじゃない、家族にだってこう呼ばれてるし」
「虚偽の情報で登録を許可する事は出来ません。ラフ──」
「分かった!!!分かったから!!!ちゃんと書くから呼ばないで!!!!」
あらん限りの声量で怒鳴る。
周囲がまたかという顔でこちらを見ているし、職員もいい加減にしてくれといった顔だ。
人の事を言える立場ではないが、トラブルを起こした直後に虚偽の記載で乗り切ろうとするその胆力は凄いと思う。
一体何が彼女をそこまで駆り立てるのだろうか。
少しだけ悪いとは思ったが、彼女の用紙を盗み見する。
保証者としての監督責任もあるし良いよね、多分。
バレないよう覗くと、そこには『ラフティーネ=ソレイユ=ユグドラ』と訂正で記入されていた。
さっきはラフティ=ソレイユと名乗っていたが、どういう事だろうか。
いや、それよりもラフティーネって、確か精霊神の名前だったはずだ。
世界に存在する全ての精霊を束ねたとされる、同じ精霊でありながら神のような存在。
伝説上の存在と同じ名前を貰ったということは、親にとても愛されているのだろう。
私には若干疎い感覚だが、神と同じ名前を名乗るというのは気後れするのだろうか。
私の『本当の名前』の事を思うと、むしろその名前を貰う事は誇らしいと感じるのだが。
「あぁもう、何でこんな名前にしてくれたのよ……!!」
頭を掻き毟りながら、心底恨めしそうな声が漏れてきた。
気後れ、してるんだよな。うん。きっとそうだ。
私は何も見なかった事にして、登録用紙の記入に没頭した。
異世界DQNネームとか考えるの楽しいですよね。
日本人の氏名にすると渡辺イザナミとかそれくらいの感覚で設定してます。嫌ですね。
あと「すぐに投げ出すくらいなら最初からやらなければ良かったのだから」のくだりは、自分で書いて自分に大ダメージ。