Beginning of the End
──どうして、こんな事になった。
──何を間違えてしまったんだ。
そんな自問が頭をずっと駆け巡っているが、私は多分認めたくないだけなのだろう。
そうでもないと、貫かれた脇腹の激痛で気が狂いそうになる。
そうでもないと、両手で引き摺る友の死体が運べなくなる。
こんな子鬼の巣食う洞窟に置いてはいけない。そんな事は出来ない。
せめて外に出て弔わなければ。私が死ぬのはそれからでも、きっと、遅くはないだろう。
それだけが今の私の原動力だった。
それでも歩を進める度に視界が霞み、激痛に歯を食いしばる。
永遠に続く地獄のような道程に更に脚が重くなる。
入り口の光でも見えれば少しは気持ちが軽くなるのに。
いつ子鬼が追いかけてくるか分からない中、焦る気持ちばかりが大きくなる。
早く出なければ。少しでも早く、早く。
──余計な事を考えていた所為か地面の窪みに気付かず、そのまま足を取られて転んでしまった。
「がっ…!!──ぁ、う、あ、っはぁ、はぁ……ぐう、ぅ……」
両手が塞がっていた為に顔面から転倒してしまう。
倒れた衝撃で脇腹の痛みが全身に広がるような感覚が駆け巡る。
早く外に出なくてはいけないのに、頭も体もそれどころではないと悲鳴を上げた。
思わず涙を流し、体を抱えて蹲る。
本当は分かってる。私が二人を殺した。この洞窟に入った時からそうだった。
精霊術で内部を照らせば良いのに松明一つで進んだ事も。
全容が分からない広間で迎撃した事も。
入り口通路からの奇襲に気付けなかった事も。
全部全部、チームリーダーの私が判断を誤ったんだ。
ラフティは取り囲まれて滅多刺しにされた。
まだ14歳だが精霊術の天才で、それでいて思いやりの深い子だった。
あんなにも私に守ってくれと言っていたのに。危ない時は必ず助けると約束したのに。
クラリスは袋小路の奥で無数の矢を射掛けられた。
私より一つ上で、18歳。弓の扱いが抜群に上手い斥候だった。
知識も経験も豊富な彼女の言うことを聞いておけば、こんな事にはならなかった。
いざという時は自分が盾になると言ったくせに実際はどうだ、生きているのは自分だけだ。
何がチームリーダーだ、この役立たずが。人より少し頑丈なだけのくせに。
情けない。悔しい。悲しい。辛い。痛い。ごめんなさい。
頭の中がぐちゃぐちゃになって、また涙が溢れてきた。
叶うのならば。やり直せるのなら。
今度は間違えないから、また三人で一緒に冒険がしたい。
意識が途切れそうになり、はっとする。
現実逃避をしてる場合じゃない。私に残された時間も少ないはずだ。
未だに体は激痛で思うように動かないが、それでも二人だけは外へ運ばなければならない。
蹲っている場合じゃない。そう思い直し、上半身を起こして二人の方を見やる。
そこには、体の一際大きな子鬼が立っていた。
怒っているような、笑っているような。そんな顔をしていた、と思う。
逃げ切れないと分かっていながら私の後ろをつけていたのだろうか。
それ以上考える暇は与えられなかった。
思い切り蹴り飛ばされ、塵のように私は宙を舞う。
そのまま壁に叩きつけられて地面に落ち、口から大量の鮮血を吐き出す。
「げ、ェぶッ!!ごぼ、お゛、ぶ…ぐぶぇ…!」
息が出来ない。折れた肋骨が肺に刺さったのだろうか。
両足も全く動かせない、背骨が折れたか、神経が切れたか。
駄目だ。私はここで死ぬ。
せめてもの償いすら出来ずに、無様に死ぬ。
ごめんね、ラフティ。クラリス。
短い付き合いだったかもしれないけど、二人の事、好きだったよ。
死の直前、右手に何かが当たる。真っ赤に染まる視界で何とか確認すると、黒っぽい首飾りだった。
こんなモノ、持ってたっけ。もうすぐ死ぬというのに、何故か酷く気になった。
それに触れてみると、黒靄になって指に絡みついてきた。
そのまま体に染み入るように、そして何も無かったかのように消えてしまった。
今のは幻覚だったのだろうか。もう考える余裕も無くなってきた。
そうして、目の前に巨大な子鬼がやってきた。右手には棍棒が握られている。
大きく振り上げられ、私の頭目掛けて振り下ろされる、その時だった。
”──待っているよ、愛子達。君らの未来に死多からん事を──”
バキリ、と自分の頭が割れる音と、悍ましい声が聞こえた気がした事と。
そして意識が途切れたのは同時だった。