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騎龍転生  作者: 森野青果
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1-4

 密猟者たちの眼は鋼鉄の球を嵌めこんだように、あくまで虚ろで冷たかった。背中に水をぶっかけられた気分とともに、ちょうどあれと同じ眼をした男の顔が、唐突にフラッシュバックされた。


「このレース、勝てますよね。キュクロプスに勝てるのなら、乗りつぶしたって構いませんから」

「ですが」

「うちはダービー馬が欲しいんですよ。天皇賞も有馬記念も再挑戦できますが、ダービーは馬の一生に一度のチャンスです。うちはね、うちのファームからダービー馬を出したという実績が要るんです。わかりますか、ハザマさん。このレースにさえ勝てば、あとは……」


 覚えず眉をひそめると、蛟竜の上に視線が落ちた。

 そうとう長い距離を引きずられたらしく、鱗が痛々しく剥がれ、蒼い血が全身から流れていた。牙を剥いた頭部こそ恐ろしげだが陸上での動きは鈍いのだろう。捕らわれたせいで怒り狂ってはいたものの、普段は案外温厚な生き物ではあるまいか。なぜかそう確信すると同時に、密猟者たちへの強い怒りが湧いた。

 あの眼だ。

 カネのために、ただ金のために、生き物の命を、何の尊厳も与えず奪い去る者たちの、あの……


 あの馬主と同じ眼だ。


 先頭の男が唇をゆがめた。感情というものがまるで感じられない、酷薄な微笑だった。

 すでに矢を装填したいしゆみを、向かって右側の男が構えていた。バネ仕掛けで小型の矢が五連発できる、人間を暗殺するために改造された兇器。

「厳しいなあ。これはとても、きびしい現実というやつだ」

 大人びた文句を、子供じみた口調でミシャがつぶやいた。記憶のない男が尋ねた。

「やつらは人も殺すのか」

「何を言ってるんだ。龍をるより簡単だろ」そう答えながら、デーコはさりげなく小石を拾った。

「きみたちのような子供でも?」

「大人より楽じゃないか」

 なるほどそれはとてもキビシイ現実だ。

 ミシャがあとを継いだ。

「ここは生きるか死ぬかなんだ。街まで逃げきって報告できれば、二人で十万キイン。討伐隊がこいつらの首をあげたら、さらにその二十倍。もちろんここでぼくたちが魚の餌にされなければの話さ……少しは動けるの?」

 訊かれてやっと全身の痺れを自覚した。いろいろ驚いたせいか、筋肉に感覚らしきものが戻ってきているようだ。刺すような苦痛はともなうものの、手足はなんとか動いてくれる。

 ただ走ったり……まして闘える自信はまったくなかったので、曖昧にうなずいた。

「じゃあぼくたちは来た方角へ逃げるから、シュワルツさんは……」

「シュワルツ?」

「さっきシュワルツ何とかって名乗らなかった? とにかく、ぼくたちが駆け出したら逆方向の森へ逃げ込んで。いいね」

「でもそれだと……」

 きみたちが弩の恰好の的になってしまう。

 そう言いかけて、ミシャの目つきに気圧され、黙りこんだ。少なくとも自分よりかれらのほうが、こういう場面をはるかに多く経験していること。そしてほかに選択の余地がないことは、重々理解できたから。


「わああっ! 助けてくれええっ、殺されるううう!」


 両手を空へ突き出して、ミシャが一目散に逃げだした。

 台詞が棒読みだった。

 あからさまな陽動作戦だが、ドウドウ鳥たちが驚いて足踏みし、動揺が男たちの間に広がった。弩がミシャに狙いを定めたとき、デーコの手の中でパチンコの革紐が、ひゅっ、とうなった。

 小石が固いものにぶつかる音。

 狙いを外された矢が、あらぬ方向へ飛んで行くのが見えた。見かけによらぬ素早さで、デーコはすでに二発めを放っており、間もなく、ぎゃっ! という悲鳴とともに、弩が取り落とされた。デーコもまた脇目もふらずに駆け出していた。

 おそらくこれもミシャの計算の内なのだろう、蛟竜を繋いだ縄を解くのに、密猟者たちは手間取った。が、首領が長大な山刀を抜いて、龍の攻撃にも耐える頑丈な縄を断ち切ったため、一人、また一人と、ドウドウ鳥に飛び乗り、地響きをたてて少年たちを追いかけた。

 デーコに弩を打ち落とされた男だけが、腕を押さえたまま、中腰でうめいていた。

 眼を凝らすと、少年たちはまだ先の小道を駆けていた。足の遅いデーコの手をミシャが引っ張っているのがわかった。ここまで早く体勢を立て直されたのは、予想外だったのかもしれない。

 それとも、まさか……

 自分が立ち上がっていることにさえ気づかなかった。

 まさか、かれらがなかなか脇の森へ逃げ込まないのは、自分のために時間を稼いでいるからなのか?

 いや、そんなことはあり得ない。

 しかしこのままでは、追いつかれるのも時間の問題だ。

 混乱の渦の中、無我夢中で地を蹴っていた。びりびりと五体を痛みに貫かれながら駆け、宙を飛び、歯を食いしばって、置き去りにされた密猟者の背後から、


「どおおりゃああああああっ!!」


 強烈なタックルをかました。


 油断しきっている相手を背後から急襲するなど、もしもこれがスポーツなら、最もえげつない反則技だと言わざるを得ない。だが今は、それどころではなかった。

 不意打ちをまともに食らって、密猟者は顔面から地面に激突した。二人同時に苦痛の叫び声を上げた。先行する賊たちは追跡に夢中で、むろん背後の異変に気づかない。

 しきりに悪態をつく密猟者の背中をがしがしと踏みつけ、ドウドウ鳥の鞍に手をかけた。不思議そうに振り向いた鳥の瞳はつぶらで、雨の日の大理石のように潤っていた。

 こんな優しい眼をした動物を、かれはよく知っている気がした。

「走れるかい?」

 ほとんど無意識に尋ねると、鳥はぶるぶると嬉しげに咽を鳴らし、大きなくちばしを上下させた。

「よし、よし、いい子だ、いい子だね」

 頸のところだけ白くなっているふさふさした羽毛を、かれはいつくしむように撫でた。

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