表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
騎龍転生  作者: 森野青果
2/15

0-2

「さあ空は綺麗に晴れわたりました。府中の森には心地よい風が吹いておりますが、ここ東京競馬場はいま、十四万八千人の熱気に包まれ、揺れ動こうとしています」


 ざわざわと流砂が鳴るように、どこからか声が聞こえた。

 いったいだれが、どこで喋っているのか、その声はとても遠くから聴こえるようでもあり、自身の頭の中で鳴っているようにも感じられた。

 何かが狂っていた。

 あるがままの姿で安定していなければならない世界が、あってはならない形に変化しようとしていた。奇怪な雑音ノイズはその前兆なのだろうか。

 どこか自分の知らないところで、見知らぬ男たちが見知らぬ声で、しきりに話し合っていた。何よりも耐えがたいのは、その話題がかれ自身の上に及んでいるらしいことだった。

 ホースの上で、かれは小刻みに震えながらこめかみを押さえた。


「本日この場所で最強の三歳馬が決せられるわけですが、例年にも増して盛り上がりをみせているのは、なんといっても無敗の二頭が、初めてこの場所で激突するからなんですねえ」

「そうなんです。一頭は言うまでもなく、皐月賞を圧倒的脚力で制した黒い巨星こと、キュクロプス。そしてもう一頭は地方競馬出身ながら、青葉賞では残り四百メートルからの驚異的な末脚を発揮し、十三頭を一気に抜いてトップに躍り出た白い稲妻こと、タケミカヅチ」

「二頭の初顔合わせが日本ダービーという大舞台になったのも、運命的な巡り合わせを感じますね」

「はい。しかも無敵・無敗の二頭を駆るのがまた、近ごろ最も注目を集めている二名の若手とくれば、否が応でも盛り上がろうというものです」

「皐月賞の勝者、キュクロプスを駆るのは二十一歳の女傑、フジシロ・ヤエカ。去年もGⅠで三勝するなど飛ぶ鳥を落とす勢いで、夢のクラシックレース三冠に挑みます」

「しかも、もしこのレースで彼女が勝てば、史上最年少のダービー覇者となりますから、これはもう、女性騎手としても大変な栄誉となるのですね」

「そして白い稲妻、タケミカヅチに騎乗するのが、弱冠十九歳のハザマ・タケルであります」

「かれはこの馬とともに、彗星のごとくあらわれました。人気のほうは若干キュクロプス寄りですが、青葉賞でみせた末脚の衝撃は、一部でディープインパクトの再来と噂されるほど。またハザマくん自身、たいへん若い方ですので、このレースを制すれば夢のサクセスストーリーに世間を酔わせること必至でしょう」


 ゲートに収まったところで、ヤエカはさっきから感じていた違和感の正体に、ようやく気づいた。

(この子が怯えてる? まさか……)

 見かけによらずデリケートな馬だということは、重々承知していた。だからこそ、自分以外の誰も乗りこなせなかったのではないか。調教師すら匙を投げかけていた二歳馬をたまたま美浦で見かけ、軽々と駆けてみせたのは自分のはずだ。

 十五万人の観衆に怯えたのか。いや大舞台でこそ、この子は力を発揮する馬だ。

 ならば、いったい何が……?

「こわくない、こわくない」

 歌うような口調でそうつぶやきながら、ヤエカはキュクロプスの頸にぴったりと身を寄せた。漆黒のたてがみをとおして、ぶるぶると軽い嘶きが伝わり、その奥に底の知れない絶望を見る思いがした。

「こわくない」

 次に決然と自身に言い聞かせて顔を上げ、ぎゅっと手綱を握りしめた。


「これはどうしたことでしょう。ゲートの開閉に何らかのトラブルが生じたと思われます。ただいま係員が駆けつけて検査を行う模様です。これはちょっと心配な事態に……いえ、どうやら問題は取り除かれたようです。十四万八千の大観衆が安堵の歓声を上げます。さあ、ちょうど時間となり、いよいよ第◇◇回日本ダービーがスタートを迎えます」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ