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タケルは何度も同じ夢をみた。夢の中には、いつも奇妙な生き物があらわれた。
龍、と呼ぶには小さすぎるようで、角も牙も翼も生えていなかった。なめらかな毛で全身を覆われ、首の後ろに長い鬣があり、耳が長く、尻尾はふさふさした筆のようで、優しい目をしていた。
現実には見たことがないはずなのに、夢の中のタケルはその生き物のことをよく知っているようだった。知っているどころか、愛情すら抱いているように思えた。現に、夢の中のタケルは、まるで騎龍に乗るときのように、背中にまたがっているではないか。
この夢の中にしかあらわれない不思議な生き物のことを、仮にタケルは“ホース”と呼んでいた。
美しく晴れわたった空を、古めかしい楕円形の競技場が取り囲んでいた。
エブライン競技場よりは、はるかに小規模だが、それでも階段状の客席はぎっしりと観衆で埋めつくされ、ただならぬ熱気に包まれていた。
ぼくは、このレースに出るつもりなのか?
周りには、同じような白い布を纏った十七、八頭のホースがいて、数頭が青や黄の覆面を被らされていた。ほとんどが茶褐色か黒い毛並みの中にあって、タケルの乗るホースだけが白いのだった。
騎手たちはそれぞれ派手な羽織を身につけ、赤、オレンジ、青などの、つるりとした兜をかぶっていた。かれらの体躯がタケルと同様に小柄であることに、妙な安堵感をおぼえた。
向こうで楽隊がファンファーレを鳴らすと、観衆が一気に沸いた。調子を合わせて手拍子を叩き、わああっ、と、声をあげた。
やがて一頭、二頭、と、ホースたちは騎手を背中に乗せたまま、おかしな帽子をかぶった男たちによって、目の前のゲートへ引かれていった。その途中、ちょうど隣に並んだ騎手が、タケルに意味ありげな目配せをおくった。ガラスの半マスクを兜の上まで持ち上げたとき、はじめて女性だとわかった。美しい切れ長の目でかれを見据え、挑発的な笑みを唇に浮かべた。
ヤエカ・フジシロ……
どういうわけか彼女の名前を、タケルは知っている気がした。
かれに向かって、彼女が口を開いた。
「知ってた? ちょっとだけ私の人気が勝ってるのよ。ヤエカのゼッケンが八番だから、縁起を担いだってところかしら」
彼女の乗るホースは、全身を脂を塗ったように艶やかな漆黒の毛でおおわれていた。鬣が異様に長く、いかにも精悍な体つき。馬衣には白地に黒で「8」と染め抜かれていた。タケル自身がまたがっている馬衣には、「7」の文字がみとめられた。ヤエカは言葉を継いだ。
「それにしても、同じ枠を引くなんて、皮肉なものね。おかげで人気が四枠に集中しちゃって、このレース、商売あがったりじゃないの」
わからないよ、先のことなんて、誰にも。
考える間もなく、言葉が口をついて出ていた。ヤエカの赤い唇が挑発的にゆがんだ。
「ある程度はね。でもならばどうして、私たちのオッズだけが二倍をきっているのかしら
「それは……」
「教えてあげるわ。それは、このキュクロプスを私が駆り、タケルくん、あなたがタケミカヅチに乗るからよ」
彼女はガラスの半マスクを引き下げた。そうして並んでゲートに入るとき、軽く片手を上げてみせた。急に辺りは陰に包まれ、獣特有のにおいが籠もった。タケルはホースの白い頸をそっとなでた。ほとんど無意識に、笑みがこぼれた。
そんなに走りたいのかい、タケミカヅチ……