元勇者の便利な魔術
目を閉じ、自分の感覚を全て無にしていく。
視覚も、聴覚も、嗅覚も、触覚も、味覚も、心も全てを無にする。
そして全て魔力に乗せて、風に変換して部屋を飛び出す。
俺の得意魔術である〝風の操作〟。
といっても、大したことができるわけじゃない。
・風が触れたものは、俺も感知することができる。
・俺がものを掴もうと意識すれば、風が圧縮されて対象の物を掴むことができる。
主にできるのはこの二点ができるだけである。街を吹き飛ばすような暴風雨や、鎌鼬のような現象を起こすことは残念ながらできない。
五感を遮断して魔術を発動すると、より鋭敏に物体の存在を感知することができる。0.1ミリもあれば、埃ですら認識できる。
部屋に石を配置したのは、より精度の高い魔術を発動できるようにするための補助である。シャンデリアに放り込んだ石は、遠隔操作を補うための配置だった。
簡単に言えば、俺は今、この屋敷のどこに何があるか一瞬で把握できる上、掴んで移動させることが可能である。風という属性上、ドアを締めてようが、隙間さえあれば潜りこませることができる。
もちろん、この力をレリア様らには言えない。直接目で見える訳ではないといえ、どこにいるか悟られる力なんて女性でなくとも忌避されるだろう。
まずは風を吹かせて埃を宙に舞わせる。続いて掴む力で埃を風の中に閉じ込める。そして厨房の裏口にあるゴミ箱へと入れていく。
厨房へのドアと裏口のドアは、風の力で開閉している。
そして仕上げは、雑巾による乾拭きだ。
俺は風で四枚の雑巾を掴み、風で取れなかった汚れを取っていく。床周り……特に玄関辺りは土汚れなど乾拭きで取れない汚れがあったから、それは後日にしよう。
そしておおよそ十分後、大まかな埃取りは完了した。
「さて、そろそろ時間なのでオルトさんを見てくるわね」
「私も行きます。雇用者として、彼の働きっぷりを見たいです
「そう言って……オルトさんとお話したいだけですよね?」
「ち、違います!」」
応接室から出てきた二人を、俺はお辞儀して出迎えた。
二人はきょとんとして、顔を見合わせた。
「えーと……掃除の進捗は?」
ネージュさんが少し困惑したように聞いた。俺の服は汚れはおろか、しわも出来ていない。この十五分何もしてないと思われたのだろう。
「全て終わりました」
「……今なんと?」
「廊下掃除、全て終わりましたよ」
俺の言葉に二人は暫く固まる。
こんな広い屋敷を、たった十数分で終わらせたと言って信じる人はいないだろう。
ネージュはしゃがみ、廊下の端をそっと指で撫でる。
「埃がない……! この短時間で……もしかして……」
「はい、魔術です」
俺の背後に飛んでいる雑巾を見せる。
それだけで、どのような魔術を使ったかだいたい分かるだろう。ネージュさんは驚いた顔をしてぞうきん達を見ていた。
対して、レリア様が目がきらきらと輝き始めた。
「まさか風か水を操って掃除したのですか……! それとも箒と塵取りに意思を与えるとか……単純に、塵を直接操ったとか!」
王国の歴史を話していたとき以上の食いつきっぷりだ。魔術マニアとかなのだろうか?
「風の操作、が正解です。床や壁を風で撫でて、飛んだホコリを風に乗せてダストシュートするっていう単純な力です」
能力の全てを語るべからず。
これは勇者だけでなく、この世で生きるための最低限の常識である。だから俺は能力をぼかして説明した。
「自然の力を、高い精度で操るなんて……さすが勇者様!」
「そんなことないです。これ以上のことはできませんから。ただ、家事をする分には程よい風量だと思ったんで使ってみました」
「元冒険者の方にはあまりよく聞こえないかもしれませんが……ほんとに使用人にぴったりな能力ですね。もしかして草むしりとかもできたりするんですか?」
「その程度であれば可能です。食器洗いから洗濯まで何でもござれです」
冒険者時代でも、よく家事をさせられていた。
火力の高い風を発生させられない俺は、補助的なことでしか活躍することができなかった。しかし、そのおかげで器用に風を操ることに慣れることができた。
「やはり私の目には狂いがなかったみたいですね! 家事にぴったりな魔術使いを引き当てるとは! 勇者と聞いたときから何かあると思いましたけど、ここまで家事にぴったりな魔術使いだとは思いませんでした。きっと運命の神が私の味方になって、家事にぴったりなオルトさんを呼んで下さったんですね!」
「えーと、あまりその“家事にぴったり”って連呼されると心が痛むと言いますか……」
「あ、すみません。私ったらつい……嬉しくなると歯止めが聞かなくなっちゃうんです」
俺の能力が戦闘に向いてないことは、痛いほど知っている。が、改めて他人に言われるとくるものがある。
「では、次にこの応接室も掃除してもらっていいですか?」
「もちろんです」
椅子などの家具が多いとはいえ、丁寧に掃除したとしても五分で終わるだろう。
「よろしければ、見せてもらってもいいですか?」
「構いませんが……埃や何やらが舞うだけで、何も面白いものは無いと思いますよ?」
「いいんです。私は魔術がみたいだけなので」
「まぁ……それでしたら」
「ほんとですか! ありがとうございます!」
そんなきらきらした瞳を向けられたら、断れるものも断れなくなる。
俺の術は周りから見たらかなり地味で、何が起きているか分かりにくい。だからあまり人に魔術を見せるのは好きではないが、王族サマに頼まれたならどうしようもない。
応接室へ入り、部屋を見渡す。
普段からよく使っているためか、奥の廊下に比べれば埃もゴミも少ない。床に髪の毛が落ちてたり、手の届かないシャンデリアの上に埃が乗っている程度だ。
「さて、それじゃ掃除を……ん?」
ふと、棚の上に置きっぱなしになっていたものが視界に入る。
それは勇者の必需品であるステータスカードであった。
俺は落とし物かと思い、そのカードを手にとった。
その名前欄には、〝レリア=ラヴァンディエ〟と書かれていた。
勇者でなくとも、自分の魔術素質を知るために、ステータスカードを作る人はいる。勇者に憧れを持っていたレリア様なら、作っていてもおかしくはない。
「レリア様、これは……っ!」
俺は無意識にカードの中身を見てしまった。
そこには、未だかつて見たことのない数値が記載されていた。
主人公の魔術初お披露目!
次は12月25日の朝の投稿になります!