不用心な王族の屋敷
続いて二階の案内へと移った。
二階は玄関ホールの階段からのみ上がることができ、一階と同じく〝コ〟の字型に部屋が配置されている。真正面側にあるのは全てレリア様の部屋になっている。中にいくつか部屋があるらしいが、俺が入る事はないだろう。
二階の右側と左側に三部屋ずつ、使用人用の部屋がある。左側の一番奥がネージュさんの部屋で、その隣が俺の部屋になるとのことだった。
「あ、右側の奥の部屋には、この屋敷の護衛人であるゲープハルト=ツムシュテークさんの部屋になっています。おそらく今日も屋上で周りを見て頂いてると思います。また後ほどご紹介しますね」
家事使用人でなく、護衛がいるのか。最低限の護衛は用意をしていたということだろう。
とはいえ、一人では足りない気がする。いくら王都から離れた辺境の村とはいえ有事のときに対応しきれない。
家事使用人にしろ、護衛にしろ、この屋敷の人手不足感は否めない。
疑問といえばこの屋敷の造りにも感じている。玄関ホールから王族の部屋が直接見える位置にあるなど正気の沙汰ではない。玄関から侵入されたら最後、何の抵抗もなくレリア様の部屋に押し入られてしまうだろう。
そもそも、この屋敷には何の魔術的な対策が施されてないため、魔術を使える者からすれば好き放題に侵入・蹂躙できる。少なくともレリア様の部屋くらいは何かしらの処置をすべきだろう。透視能力の使い手がいたら覗き放題である。
「ここが、オルトさんの部屋。右隣が私の部屋だから、もし何かあったらノックして構わないわ。左隣は空き部屋だけど、勝手に使っちゃだめよ? 例えば女の子を連れ込んだりするとか」
「しませんよ!」
「ふふっ、オルトさん真面目そうだものね。制服取ってくるから、中で待っててもらえるかしら?」
俺は頷き、ドアノブに手をかける。
金属の冷たさと重みを感じながらゆっくりと回し、ドアを押す。
「これは……」
思わず言葉を失うほどにきらびやかな部屋が、視界へと入り込んだ。
天蓋付きのベット、玄関ホールと同じシャンデリア、金色の装飾がついた家具に、よく分からない動物の剥製。
無職男に割り振られるにはあまりにも眩しすぎる部屋だった。
「この部屋は、元々王族用に作られた部屋なのよ。落ち着かないかもしれないけど、少し経てば慣れるわ」
手に制服を持っているネージュさんが部屋に入り、呆然と立ち尽くした俺を見てふふっと笑う。
「庭で寝たほうが寝付きが良さそうです」
「冗談でもそんなことしちゃだめよ? レリア“ちゃん”に怒られちゃうから」
「確かに。冗談が通じなさそうですもんね」
「そうなのよ! 何事にも真面目に考えちゃうから……良いところ何だけど、悪いところでもあるのよね」
ネージュさんはベットの上に制服を置きながら、ため息をついた。話に聞く限り、レリア様はおそろしくお人好しな性格らしい。面接の時も終始真面目だった。国の歴史を話したときは少し熱くなっていたが……。
「それじゃ、制服に着替えてもらえる? あ、手伝ったほうがいいなら――」
「大丈夫です!」
冗談よと笑いながら、ネージュさんは部屋を出た。
包装を破り、そそくさと制服に腕を通す。紺色で縦のラインが入った、よくある執事服である。襟首にはラヴァンディエ家の紋章が刻まれていた。
今まで着たことのないすべすべの裏地に、光沢のある生地。部屋にある鏡で見ると、あまりにも雰囲気が違い驚いた。まるで貴族にでもなったかのようで、自然と頬が緩んでしまう。
俺は部屋のドアを手前に引き、廊下で待っていたネージュさんに声を掛けた。
「着替え終わりました。何か動きにくいですね」
「あら、お似合いね! サイズもぴったりそうでよかったわ」
俺の姿を見たネージュがぱっと顔を輝かせた。
「動きやすい服ばかり着ていると、重さもあるし生地も伸びないしで、落ち着かないのは分かるわ」
「掃除をこの服ですると、結構汚れが目立ちませんか?」
紺色の服ではホコリ一つ付いただけでも目立ってしまうし、この生地だとシワも付きやすいだろう。
「その点はお気になさらず。水洗い出来る生地できるし……そもそも、オルトさんが思われているより高級品ではないのよ。だから、気兼ねなく使っていただいて構わないわ。本当に接待する時には、また別のスーツがあるから」
「そ、そういうことなら……」
そう言われても、俺にとっては身の丈に合わない高級服であることには変わりない。こればかりは抵抗が無くなるまで慣れるのを待つしかないだろう。
「さてさて、制服を着たところで……早速仕事をお願いしようと思うけど本当に大丈夫?」
「もちろん。何なりとさせていただきます」
お金のことももちろんだが、不安要素は早めに払拭しておきたい。
ここの家事使用人がブラックなのか、否かを。
「まず廊下を綺麗にしてもらおうかしら。廊下といっても、床だけでなくて壁や置かれてる家具もお願いね。手が届く範囲で、埃だけ取ってくれればいいわ」
掃除の中でも比較的難易度が低い掃き掃除と拭き掃除が、最初の仕事というわけだ。
「いつまでにやればいいですか?」
「特に期限は無いから、ゆっくりやってくれればいいのよ。できれば目につく玄関ホールからして欲しいってくらいかしら」
廊下だけとはいえ、床に加えて壁や家具も含めると結構時間がかかりそうだ。
四時間もあれば一通りは出来るだろうか。いや、手すりや家具の下なども含めるとそう安安とはいかないか。
「私は姫様と話をしてるから応接室にいるわ。困ったことがあったら気軽に尋ねにきていいのよ」
「ありがとうございます」
「十五分後に様子を見に来るから、それまで頑張ってみて」
ネージュは俺の頭をポンポンとしてから、下の階へと降りていった。童顔で背があまり高くないことは昔からのコンプレックスなのだが、しかし、ネージュから漂った甘い香りが鼻に入った途端、そんなことはどうでもよくなった。
「男って単純だな……」
と一人きざったらしくぼやいたあと、俺は階段下の倉庫へと足を運んだ。
ネージュさんは天然でドジそうな印象を受けたが、根は几帳面な性格らしい。倉庫の中には用途別にきちんと道具が分けてあり、〝掃除用具〟のように可愛く書かれた札が立てられていた。
箒に塵取り、雑巾にモップなど、基本的な掃除用具はどれも揃っている。そして殆どが新品同様の綺麗さだった。俺は雑巾を四枚だけを手に取り、倉庫を出た。
「さて……あれを仕込むか」
俺はポケットから三つ、濃い緑色の小石を取り出した。表面には金箔で、魔術陣が描かれている。
「ほんと、この屋敷は魔術的に無防備だよなっと」
一つ、応接室前の天井にかかっているシャンデリアの中に石を放り込む。二つ目は書庫前のシャンデリア、三つ目は玄関ホールのシャンデリアに放り込む。
周囲の様子を確認しながら設置したのだが、レリア様もネージュさんも応接室から出る気配がない。
仮にも王族の住まう屋敷だというのに、勤め始めたばかりの新人を野放しにしていいのだろうか。もし俺が、レリア様の命を狙う人間だったら、対処できるだろうか。
いや、彼女たちにはできまい。
多分、この屋敷を戦とは無縁の場所だと思っている。
「……俺には口出すことじゃないと何度も思っても、どうしても考えてしまうのは職業柄だな」
一人でぼやきながら自室に戻り、カバンの中からさらに石を取り出す。さきほど仕掛けた石より一回り大きく、刻まれている魔術陣もより複雑な模様をしている。
それを部屋中に配置し、部屋の中央に腰を下ろした。
「初仕事始めますか」
投稿遅れました!すみません!
見返しができてないので、誤字とかあったらすみません……週末に直します。
次の投稿は明日の朝です。