ブラック or ホワイト?
改めて考えれば、面接として変なところがいくつもある。
身元不詳の男の一次面接で、なぜ王族自ら出てきたのか。
僅か十分足らずで、ロクに面接もせず採用になったのか。
屋敷の前からこの部屋に入るまで、レリア様とネージュさん以外の姿が見えないのか。
考えすぎなのかもしれないが、とても王族に仕える者への面接だとは思えない。
まるで、人手がかなり不足している会社のような面接だった。
とはいえ、少しは稼がないと野垂れ死ぬのが現実。レリア様も今のところ悪い人には見えないし、考え過ぎだと自分に言い聞かせた。
雇用契約書は、よくある内容になっている。
勤務内容は掃除・家料理・その他家事。
勤務時間は九時から五時。また勤務内容によっては多少前後したり、残業もあるとのことだ。
報酬は月給制で、世間一般の給与からみると低めだろう。だが、泊まり込みの仕事……つまり家賃や光熱費が無いことや、制服支給を考えると相応だろう。
俺はサインし、雇用契約書をネージュに手渡しした。
「ありがとう! 私は先輩になるのよね? 分からないことがあったら遠慮なく聞いていいわよ」
「はい! 改めてよろしくお願いします」
俺は立ち上がり、深々と頭を下げた。
これでとりあえず、野宿生活から解放される。虫が集る中、魔物や盗賊に怯えず寝られることを思えば、多少仕事が辛くても我慢すべきだろう。
「そういえば、ステータスカードをお見せしてませんが……よろしいですか?」
ふと俺は、レリア様に尋ねた。
全ての勇者は〝ステータスカード〟の所持が義務付けられている。カードには名前と顔写真の他、魔術に関する六つのステータスと、相性の良い魔力属性が記載されている。
つまるところ、このカードで勇者としてのレベルが簡単に確認できるということだ。
しかしレリア様は首を横に振った。
「家事使用人に勇者の才は求めていませんから必要ないですよ。それに……普通勇者なら、まず面接の最初にステータスカードを見せますが、あなたはそうしなかった。普通の勇者と違う……そんなところに興味を持って採用にしたんです」
そう言って微笑むレリア様。
本当に王族らしくない考え方だ。地位の高い人はステータスカードを重んじる傾向にあるからだ。
と思いつつも、正直なところほっとしていた。俺のステータスカードは見るに値しない内容である。勇者として三流ということしか伝わらないため、極力見せたくなかった。
「どうします? 今日から働こうと思えば働けますけど……もちろん、給料はその分出しますし」
「働きます!」
レリア様の問に、俺は即答した。
少しでも稼げるならそれに越したことはない。
「分かりました。ネージュ、家の案内と部屋の場所を教えてあげてください」
「分かったわ。まず、くるっと案内して、その後あなたの部屋を案内するわね」
「お願いします」
俺は手荷物を持ち、ネージュさんの後ろに立つ。
と、ネージュさんは不思議そうに首をかしげた。
「荷物はそれだけですか? どこかに預けているとか……?」
手元にあるのは、ぼろぼろの黒いナップサック。
普通これがすべての荷物だとは思わないだろう。
「これだけです」
「これだけ……? 服は……? 食料は……?」
「服は殆ど売り払いました。まあ大した金にはなりませんでしたけどね。この服は、今日のために新しく買ったのでご心配なく。食べ物は自然のものを食べてますので」
「想像以上にひもじい生活をしてたのね……」
冒険者にとって野宿は日常茶飯事だったので、さほど気になることではなかった。服は面接前に新しい物を買い、それを着回すことを続けていた。その方が荷物が少なくなり、体力低下を抑えることができるからだ。
結果的には食料温存にも繋がるため、より好みしなければ安く済ますことができる。
……って、自分でもびっくりするくらいサバイバル生活が身についてるんだな。
「そんな……そんな辛い生活をされていたなんて……」
レリア様は口を手で抑え、目を潤わせていた。
いや、まあ勇者の大半がそんな生活を送っているわけなんだけど……王族という立場にいたら分かるはずもないか。
彼女は部屋の済にある棚から何かを取り出し、俺の手に握りしめさせた。
「えっとこれは……」
それは紛うことなく金貨であった。
確かこの国では金・銀・銅の三種の硬貨が用いられ、金貨一枚で一週間の食費には困らない額だった筈だ。
「少し給料を先払いします。仕事終わりにでも、服などの調達に使ってください」
「いやいや、別に俺は今の服でも――」
「では服でなくても構いません。給料を先払いするだけなので、気兼ねなくお使いくださいね」
俺が何か言うより先に、レリア様は座っていた席に戻る。
王族はこういう時、庶民にお金を施すようなイメージを持っていた。けれども彼女はそうせず、あくまで給与の先払いとして金を渡した。
俺がそういう「施し」を嫌っていると見抜いた上での行動だとしたら……いや、そんな筈はないだろう。
「ありがたく頂戴します」
俺は深々と頭を下げて、金貨をポケットに入れた。
「構いませんよ。何か困り事があれば、遠慮なく相談してください。王族だからといって、遠慮しないでくださいね」
「お気遣いありがとうございます」
ここまで親身にしてくれる王族もいるもんなのかと、俺は少し感心した。今まで出会ってきた王族は、庶民は数多いる中の一人に過ぎず、よほどの利益を生み出す者でなければ個として認識しなかった。
「それでは、屋敷の中を案内するわね」
一度礼をし、ネージュさんは部屋の外へと出る。
俺はカバンを手に取り、ネージュさんの後へついていく。
この建物は地上二階建てで、上空から見るとほぼ正方形になっている。王族の屋敷としては小さいくらいだが、周囲は畑と小さな民家がまばらにあるだけなので、外から見ると存在感は大きい。
玄関を入ると、まず二階へと続く大きな階段が目の前に見える。玄関ホールはとても広く、白い大理石が敷き詰められ、上にはきらびやかなシャンデリアが並んでいる。
レリア曰く、この玄関が一番お金が掛かっているとのことだった。気品がある者であればあるほど、どのようにして来賓を迎えるか、を重視するらしい。
階段の下は物置部屋になっており、掃除用具など家事使用人が使う道具が置かれている。物置部屋には地下に続く階段があり、王族しか入れない部屋へとなっている。
「掃除用具も一式揃ってるわ。鍵はかけてないから、自由に使ってね」
「王族しか入れないドアって、なにが入ってるんですか?」
「私も知らないのよ。王族であるレリア様しか知らないわ」
そうはいうものの、あのドアには防御術式や罠魔術がかかっているようには見えない。開けようと思えば開けられるかも知れないが、早々にクビになるのはゴメンだ。
続いて一階を案内された。物置部屋を中心に〝コ〟の時になるように部屋が配置されている。玄関から見て左側に待合室、面接が行われた応接室、食事室、厨房と並んでいる。厨房には裏口があり、外に出るとすぐごみ捨て場が設けられている。
続いて玄関から見て奥の方には、左からトイレ、浴室がある。男性・女性用の他に王族用の浴室が作られている。王族用だけは一階からではなく、二階にあるレリア様の部屋から階段でしか行けない作りとなっている。
玄関から見て右の方には、奥から王族用休憩室、書斎、会議室、二つの客室がある。書斎はどちらかというと資料室であり、王国や歴史の本だけでなく、農業や魔術についての本も置かれている。王族以外でも利用できるらしい。
「この辺りは、あまり人の行き来がないんですか?」
「そうなのよ。少し埃っぽいでしょ? 私一人の手だと、玄関や応接室とかのよく使う部屋周り」
玄関から離れるにつれ、空気が淀み、灯りがぼやけている。長年手が入っていないのだろう。
それはともかくとして、ネージュさんが「私一人」と言ったのを俺は聞き逃さなかった。やはり、この屋敷の家事使用人には何かあるに違いない。
「そういえば、料理はどうするんです?」
「村の人が気を遣って作ってくれるのよ。一応、解凍するだけで食べられる調理済みのもあるけど」
コックすらもいないときた。この屋敷には本当に二人でしか住んでいないのかもしれない。気になって仕方ないが、ぐっと心の内に押し込んだ。
聞いたところで、入ったばかりの新人には教えないに決まっている。それにここまで顕著に人が少ないなら、何もしなくとも分かってくるだろう。
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