Épisode zéro
西暦1652年、フランスは大きな危機に直面していた。魔術側と旧制度側が自らの存亡をかけて争っていたのだ。最初は所詮小競り合いだったが憎しみが憎しみを生み、やがてそれは大規模な争いとなった。そもそも、なぜこのような事になったのか、歴史を紐解けば、その原因はすぐに見えてくる。その原因とは、魔粒子の発見である。その元となった発見は、13世紀後期にまで遡さかのぼる。錬金術による石を金に錬成する実験において、本来起こりえない事が起こったのだ。そう、その出来事とは実験が成功したことである。当の錬金術師たちはそんなこととはつゆ知らず、次々と実験を成功させていく。その結果、錬金が成功する場所としない場所があることがわかった。
更に研究を重ねると、その地域に生息する生物は他の地域と比べて強く、そして凶暴だった。これには理由があると踏んだ錬金術師たちは、3つの推測を立てた。1つ目の推測は何らかのエネルギーがその地域には充満しているというもの、2つ目の推測はその地域はこの世界と違う次元と半分繋がりかけているというもの、3つ目の推測は、その地域にいる生物の存在が錬金の成功を促しているというものだった。
その後、更に実験に実験を重ねた結果、3つ目の案は取り除かれた。その地域の生物を皆殺しにしても、錬金は成功したのだ。残る案は2つだが、ここで新たな発見が成された。それは、錬金術師の強い願望ないし想像力も錬金の成功を促すというものだ。このことから、1つ目の案の物質が錬金術師の意思に呼応しているのではないかという推測が立てられた。そして残った二つの案はそれぞれ後に第一魔術推測と第二魔術推測と名付けられた。
結論から言えば、その理論は今でも魔術の基礎として残っている。この理論は「魔象誘発理論」と名付けられるのだが、錬金術師たちはその物質を粒状だと仮定し、魔粒子まりゅうしと名付けた。魔粒子は錬金以外にも様々なことに用いることができた。例えば、風を起こしたり、火を灯したり、水を出現させるなど、無限の可能性がこの魔粒子にはあった。しかし、人によってできることは異なった。無から何かを生み出せる者、元からあるものを自分の意のままに操ることができる者の大きく2つに錬金術師たちは分けられた。他にはないがその錬金術師だけは起こせるといったような魔粒子を使った現象も少なからずあったが、その大部分は先述の2組の現象を組み合わせればできるものだった。残った錬金術師の中には、空間を拡張することができたり、刻を本人の感覚で一定時間自由に操れる者もいた。一般的な2種類の錬金術は、「創造」と「干渉」に区別されて呼ばれたが、そのような錬金術師固有の技は、「独創どくそう」と呼ばれることになった。
また、魔粒子を用いた現象を、「魔象ましょう」と呼び、それを用いた錬金術師を「魔術師」と呼んだ。魔象を起こせる者がいる一方で、起こせない者が人口の大部分を占めており、起こせるものは百人に一人程度の割合だった。魔象を起こせる者は少数派だったため、大変重宝された。しかし、魔象にも欠点はあった。それは、人によって違うが、一日の間に使える回数に制限があり、かつ発動にも時間がかかる上に、基本的には下準備が必要なことだった。準備が必要のない者はいたがそれは魔術師の中でも百人に一人ほどで、普通は魔象を起こすためには文言を唱えなければならなかった。
魔術師の存在が世間一般に広まるにつれて、国家は他国との戦争に備えて最低限の戦力を残し魔術師を大量に雇った。何より一撃毎の攻撃力が非常に高く、発動に時間が掛かるといっても元来の兵器に比べればせいぜい1~2分程度だったからだ。これにより、大量の軍人達が職を失った。彼らは幼い頃から戦闘についてしか教え込まれていなかったし、何より他に職もなかった。飢えた彼らは、自分たちを追い出して軍に入った魔術師たちを恨んだ。実際、魔術師はなかなか軍の勧誘に応じなかったため、軍人と貴族は別物であるにも関わらず、貴族の位を授けて恩を売り、戦力として取り込む事もあった。元来かなり贅沢な暮らしをしていた元軍人たちは、耐えきれずに反乱を起こした。国としては対応せざるを得ないため、魔術師達を鎮圧するために向かわせる。これが軍人達旧制度支持側と魔術側の実質的な対立の理由である。
この世界に存在している3種類の魔術の分類である「創造」と「干渉」、そして「独創」。その中でも特に対人において圧倒的すぎるため禁忌の魔術として扱われている属性が4つ存在し、これらは「四大禁忌属性」と呼ばれ、用いる者は畏怖の対象となり、国を追い出されることもあった。
その属性とは「温・寒・湿・乾」の4つの事である。原因は明らかにされていなかったが、特に効果範囲が広く、威力も絶大だった。平均的な魔象の威力を1とすると、四大禁忌魔術の威力は100を下らない程だった。
ただし、この四大禁忌属性には欠点がある。それは、1日に一度しか使えないことだった。一部の魔術師は複属性持ちの場合もあったが、干渉系の魔術師なら「干渉力」、創造系の魔術師なら「変成力」が一度で尽きるので、他の属性の魔象も引き起こせなくなった。四大禁忌属性の乾だけは干渉、それ以外は創造に含まれた。乾は干渉しかできないので四大禁忌属性のなかでは弱いとされていた。
各国の魔術軍の頂点には大抵独創や創造持ちの者がなる。基本はその軍のトップが中心となって攻め、同系統の魔術師達から想像力若しくは変成力を供給することで長時間攻める事ができるというのが魔術軍の攻め方だった。また、一部の国では四大禁忌属性にも関わらず秘密裏に戦争に駆り出していたが、四大禁忌属性の殲滅力は圧倒的なため、取り逃がしがない限り、他国に四大禁忌属性持ちの存在が知れ渡ることはなかった。そのため、今現在、世界には四大禁忌属性持ちは存在しないという認識が一部の国を除いて一般的だった。
イギリス 魔術軍総本山
アルコラス・エネグレムは満足していた。今回のオランダへの総攻撃において、敵軍にバレることなく作戦を成功させたのだ。このアルコラス・エネグレムは四大禁忌属性の一つである「冷」の使い手で、イギリス魔術軍で秘密裏に結成された殲滅隊の隊長でもある。公にはされていないが、その実力は確かでありエネグレムを知る者は皆、「イギリスの裏の魔術トップ」や「冷の殲滅者」と呼んでいた。
今回も、イギリス軍とオランダ軍が正面衝突している内に、異常気候に見せかけて雪を降らし、慣れない雪にオランダ軍が右往左往しているうちに周囲に氷の壁を作って撤退できないようにしたうえで、一気に氷付けにすることで殲滅したのだ。
また、殲滅隊は、独創系索敵属性持ちと独創系空間移動属性持ちとの三人で構成されており、空間移動属性は一日に二回かつ、一度に自分を含めて三人までという制限はあったものの、海上の魔粒子が充満していない地域がをさけるため一気にオランダの郊外まで跳び、「冷」の対象範囲外の観測者を感づかれないように殺害していったのだ。
エネグレムがここ数日を振り返っていると、空間転移属性持ちのスエル・アネルダーが国からの言伝を受けて帰ってきた。
「隊長、総本山からの伝言です。大至急、フランスを攻める準備を始めよとのことです!」
「何故なにゆえ、オランダに勝利した直後にフランスに攻め込まなければならない?」
「フランス内部では魔術師と元軍人により国中が大混乱に陥っている模様です!これを機に、フランスを攻めれば確実に落とせると魔術師総司はお考えになられたようです!」
「フン、魔術師総司など、ただの地位という名の蓑にくるまった虫に過ぎんのだが...。まあいい。その考えには同意しよう。早速大量に変成力回復剤を用意する。
魔術軍に創造力回復剤を買い占めるように伝えろ。」
「ハッ!」
引き返していくアネルダーの姿を横目で確認しつつ、エネグレムはそのブロンドの髪を弄りながら考える。
(フランスか...情報によれば物質を構成する小さな粒を操る者が幹部クラスに数人いたはずだ...。警戒すべきはその幹部たちくらいなものだろう。今回は首都から遠いフランス南部から攻めるか...。あのあたりは一面畑だった筈だし「冷」を大規模に使っても問題はなかろう。それにしても魔術師たちも疲労している筈なのに良く攻める気になったな...。)
エネグレムは徐に立ち上がると、ベッドに向かった。実行前に睡眠を取っておかないと後の戦果に関わるだろうと考え、エネグレムは浅い眠りについた。
エネグレムの目が覚めたのはそれから13時間後のことだった。寝たのは夕方のはずだがもう外は明るくなっている。殲滅隊は、公にはできないため一般の屋敷(といっっても、小貴族の屋敷よりは大きいのだが)に拠点を置いている。そのため、普通に日は射し込んでくる。エネグレムは少し寝坊したなと感じた。まあ、大至急といっても自分たちには空間転移魔象があるため、出発するのは1日後でも遅くはないだろうと考え、エネグレムは自分の杖の手入れを始めた。
L'examen d'aujourd'hui
・第一魔術推測 何らかのエネルギーが特定の場に満ちているのではという推測
・第二魔術推測 特定の場が異次元に繋がりかけているのではという推測
・魔象誘発理論 魔術を行使するための手順に関する理論
・四大禁忌属性 「温・冷・湿・乾」の四つの属性のこと。他の属性を上回る、圧倒的な威力を発揮するが、全ての干渉力(変成力)を消費する。
・アルコラス・エネグレム イギリス魔術軍殲滅隊隊長。干渉の「冷」の属性持ちで、「冷の殲滅者」「イギリスの裏の魔術トップ」等呼ばれている。
・スエル・アネルダー イギリス魔術軍殲滅隊副隊長。独創の「空間転移」の属性持ちで、平時は殲滅隊と魔術軍の連絡係としてこき使われている。