第四話 体力強化とクラブチーム・前編
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「なに? クラブチームに入りたい?」
小学四年生まであと数日に迫った春休み、俺は久しぶりに父にお願いごとをしていた。
「うん、体を鍛えるためにね」
夢の未来体験において、異世界で一番苦労したのが体作りだった。魔物や盗賊、戦争といった危険がはびこる世界。普通に生活していた現代高校生では最低水準にすら届いていなかった。使い、慣れ、学ぶだけでどうとでもなる言語などより余程ひっぱくした問題だったのだ。
「だが確か、夢人は自分でトレーニングをしてなかったか?」
当然、これまで何もしてこなかったわけではない。ランニング、体術の型、イメージ戦闘などを負担がかかり過ぎない程度には続けてきた。
「もちろんそれも続けるよ。でも体もある程度できてきたし、そろそろ周辺視とか動体視力とかも含めて本格的に鍛えたいんだ」
しかし、一人で鍛えるにも限界がある。特に集団戦を想定したトレーニングなど、魔法無しならスポーツをするくらいしか選択肢が思いつかない。魔法を使えばできないこともないが、もし余人に見られたりしたら大事だ
「なるほどな。……まあ、いいだろう。ちょうど多くの子がスポーツを始める時期だ。いいタイミングだろう」
「ありがとう!」
よかった。駄目といわれるとは思ってなかったが、ちょっと緊張していたのも事実だ。
「それで? どのクラブに入るんだ?」
「北辰バスケットボールクラブにしようかと思ってる」
未来体験でもプレイしていた事に加え、周辺視・動体視力・瞬発力・手足へのバランスの良い筋肉の付き方などの必要要素が満たせることから種目はバスケットボールを選択した。単にバスケットボールが好きだというのもあるが。
「でもそこって、確か物凄く強いチームじゃなかった?」
そう。ここ十数年で急激に強くなった日本のプロバスケットボール、それに引きずられるようにジュニアチームのレベルも底上げされ、世間での認知度も上がっていった。
特に北辰バスケットボールクラブはプロリーグ、それも優勝争いをするようなチームの下部組織の一つで、海外からの留学生も多く抱えている強豪として有名だ。
「まあね。でも身体能力は同世代より頭一つ抜けているし、夢でも五年間ほどバスケットボールをやっていた記憶があるから大丈夫じゃないかな」
夢の未来体験での動作を習得しようとすると、記憶よりもずっと早く身に付くのは体術の型などで実証済みだ。レギュラーをキープし続けるのは厳しいかもしれないが、体を鍛えるためについて行く程度なら問題ないだろう。
「それに、実は去年の運動会でコーチを名乗る人から勧誘されてるんだよね」
「え!? そうなの?」
そうなのだ。実はこれ、近年ではあまり珍しい事ではない。少子化と加熱する各種スポーツ人気は、ジュニア世代の深刻な人材不足を引き起こした。激化する争奪戦はやがて青田刈りへと至り、身体能力を堂々と観察できる小学校運動会はスカウトマンのるつぼと化したのだ。
「他にも野球のウルトラジャイアンズ、サッカーの紅百合ウィルマーレ、陸上のかもしかランナーズなんかからも名刺貰ったし」
「どれも有名どころだな……」
「夢人、運動会では大活躍だったものねぇ」
まあ、当然のことではあるのだが。日頃からトレーニングをしている俺と運動量が減っている現代のもやしっ子の差は歴然で、運動会の徒競走ではぶっちぎりの優勝だったのだ。おかげで昨年度のバレンタインは豊作だった
「そういうわけで、特に問題はないかなと思ってるんだよね」
問題が起きた。あのあと両親の説得も無事に終わり、晴れて北辰バスケットボールクラブに所属する運びとなったわけだが、一人だけ同年代の集団から外され別メニューをやらされている。
「なぜこんなことに」
「なんだ、不満なのか?」
ボールをつきながら一人ごちる俺に対し、近くにいた監督がしれっと返してくる。
「そういうわけじゃないですけど……」
平たく言ってしまえば、やり過ぎた。同世代間では飛び抜けた身体能力、記憶による初心者とは思えないボールタッチ、その余裕からくる的確なボールさばき。監督に目を付けられるのも当然だったと言えよう。
「同年代のみのゲームで他を蹴散らしたかと思えば、上位学年混合のゲームではゲームメイクをする。初心者とか絶対嘘だろう」
まあ、夢の未来体験を経験に含めるなら嘘になる。とはいえ、ずぶの素人のみの同年代チームなど案山子と大差なかったからだし、上位学年が混ざった時はパスを回すことでサボっていただけなのだが。
「お前に初歩のメニューをやらせるのは無駄でしかないからな。調整と確認が済んだら、すぐに一般メニューに移ってもらう」
体を鍛えることが目的だから否やはない。ないのだが、どうしてこうなった。
クラブチームに入ってからしばらく、俺の当初の目的は達成されていた。一般メニューに移ったことでゲームにも参加できていたし、それはクラブチームに入った理由の周辺視や動体視力を鍛えることに貢献してくれた。ただ、五年間のプレイヤー記憶は伊達ではなく、
「最後に、背番号15番。春日井夢人!!」
小学生の部の大会のメンバーに選ばれてしまった。
「あー。自分には荷が重いかなーと思うんですが……」
「大丈夫だ、問題ない」
とりあえず、さりげなく辞退を申し出てみるも聞く気は見られない。
「実はあがり症で……」
「何事も経験だ。むしろこの機会に克服してしまえ」
ならばとそれっぽい理由を付けてみてもはねのけられる。
「他にも使える人がいると思うんですが……」
「今回はお前で行く」
挙句、有無を言わせないとばかりに言いきられてしまう。どうやら梃子でも譲らない気らしい。試合に出ること自体は良い。あがり症も軽度なもので、実は無いも同然だ。問題は、周囲からの視線が非常に痛いこと。どうしてお前が、新参のくせに、同じ時期に入ったはずなのに。そんな声が聞こえてくるかのようだ。
「メンバーに選ばれなかった者もサポートとして活躍してもらう。チーム一丸となって全力で勝ちにいくぞ!!」
『はい!!』
俺のクラブチーム活動は、早くも暗雲が立ち込め始めていた。
「――と、いうわけなんだ。まいったよ」
夕飯時。今日のクラブチームでの出来事を報告する。あのあと大会に向けた最後の調整練習が始まったのだが、ゲームではパスを回してもらえないし練習終わりに嫌味を言われるしで大変だった。
「監督に言ってみたら?」
心配した母が対応案を上げる。しかし。
「監督も既に注意してるんだけど、あまり効果は無さそうなんだよね」
かといって、練習で手を抜くことはありえない。すぐにバレて怒られるのが嫌だというのもあるが、何よりこれはトレーニングなのだ。異世界へ行く時の備えであり、より良い未来への布石でもある。ここを妥協することはできなかった。
「問題が起きた時――」
今まで黙って話を聞いていた父が語り始める。
「主な解決策は力でねじ伏せる、逃げ出す、妥協点を見つけるの三つだ。適切な回答はその時によって違うが、逃げ出すことも妥協点も見つけることもできないなら力でねじ伏せるしかない」
力でねじ伏せる、か。
「それも監督という力で駄目なら、実力で納得させるしかないな」
簡単に言うが、それを実行するには圧倒的な実力が必要だ。
「……できるかな?」
「今のチームでトレーニングを続けたいならやるしかないだろう。できないなら種目かトレーニングを諦めるんだな」
そこは諦めることはできない以上、父の言うようにやるしかない。
大会が始まった。結局あの後の数日間の練習でもチームの雰囲気を変えることはできなかった。そもそもボールが回ってこないので実力も何もない。
まあ、レギュラーに選ばれたとはいえ、所詮は末端の15番。勝って当然の風格を見せる必要がある地区大会なのもあり、出番などない。この大会が終わって暫くすれば元に戻るかもな、などと思っていたのだが。
「何をやっている!!」
初戦で三つある優勝候補の一つとぶつかった挙句、キャプテンの4番はねん挫で負傷退場。チーム一の点取り屋である7番は5ファウルで退場。代わりに10番と11番が入ったのだが、リズムがかみ合わず無得点のまま失点を重ねている。
「夢人、準備しろ」
「はい!」
こんな中でチームと上手くいっていない俺を投入するとか正気を疑うが、むしろ現状に刺激を与えられる劇物と考えればあながち間違いでもないのかもしれない。それにいくら優勝候補相手とはいえ、次の試合のことも考えると体力的に主力の5番、8番は使えない以上、今出ている面子をメインに立て直すしかない。
「北辰、交代です」
「お願いします」
審判の笛の音と共に12番の選手と交代する。だが、悲しいかな。こんな状況だというのにボールは回ってこない。いや、むしろこんな状況だからこそ信頼できない者にボールを回さないのだろう。
「夢人にボールを回せ! 立て直せ!!」
監督が怒鳴るが、小学生にはいささか厳しい要求だろう。……仕方がない。
「もらうぞ!」
「!!」
チームメイトからボールを奪う。突然のことに敵も味方もあっけにとられているが、お構いなしに敵を二人三人と抜き去っていく。慌てて残りの敵が寄ってくるがもう遅い。ステップで躱し、シュートを決める。
「気合い入れろ! 巻き返すぞ!!」
腹の底から大声を出す。魔力すら乗せていないが、苛烈な戦闘を潜り抜けた記憶が覇気を纏わせる。騒がしいはずの会場にやけに響いた。
「マークチェック! 厳しく当たれ!!」
ショックで呆然としている人間には強めの指示がよく効く。事実、先ほどまでぐだついていたディフェンスもきちんと機能し始めた。
「くれ!」
先ほどの今の一プレイでとりあえず俺が使えるやつであることを思い出したのだろう。未だ浮足立つ敵がハズしたシュートを素直に渡してくる。全体からすればまだ低い身長を活かしながらボールを前線に運び、そしていい感じに敵を引き付けたところで、追いついてきた味方にパス。ノーマークで撃たせたシュートは綺麗に決まった。
「でかした!!」
監督に髪の毛をぐしゃぐしゃにされる。あの後しばらくプレイをしたのち、完全に味方が立ち直ったタイミングで交代がかかった。チームは既に逆点しており、あとは順調に引き離していくだけだ。
「まさかお前にあんな統率力があるとはな! なんで今まで隠していた」
「いや、まあ。ははは……」
チームでの居心地が最悪なのにあんなでしゃばった真似を進んでしたいはずもない。現に試合が終わろうとしている今、特に俺を毛嫌いしているレギュラー漏れの三人から悪意のこもった視線を向けられていた。
「まあ、いい。これからはビシバシ使っていくから覚悟しろよ?」
「お前、ちょっと調子に乗り過ぎじゃね?」
えー、ビシバシ使われる前にビシバシとヤラレそうです。
「そうそう。監督のお気に入りみたいだけど、俺ら上級生に遠慮するのが筋っしょ?」
「そうだそうだ!」
試合が終わりホームでのレギュラーミーティングが終わった後、俺は例の三人組に倉庫へ呼び出された。文句があるだけでなく、何やら企んでそうな雰囲気なのが少し気にかかる。
「すみません。ですが、決定権は監督にありますので選考の文句はそちらにお願いします」
「チッ。そういうところが生意気だって言うんだよ! おい、やっちまうぞ!!」
特に怯えることもなく、平然と返したことが気に障ったらしい。リーダーらしき人物の指示と共に二人が俺を抑え込みにかかる。この程度、魔力を纏えば簡単に制圧できるが、怪我をさせてしまう可能性を考え躊躇する。
「くくっ。お前も試合に出れない悔しさを思い知れ!」
そうこうしているうちにリーダー格が何かを取り出した。そして素早くしゃがむと、足元で火の手が上がる。
「なっ!?」
「はっ! 燃えちまえ!!」
この馬鹿、なんてことを!? 俺を抑えている二人もにやついている。
「……クズどもが」
なぜ俺はこんな連中の身の安全に配慮していたのか。敵対する者は躊躇せずに排除しなければならない。それは狩りや戦争、政争といった夢の体験で学んだ基本原則だったはずだ。それなのにこの体たらく。いささか平和ボケしていたのかもしれない。
「離せ」
急激に醒めていく心を感じながら、両腕を抑える二人を力任せにリーダー格に投げつける。
「ぐっ、なんなんだ、一体」
次いで燃え盛るシューズも脱ぎ、投げつける。三人の服に引火しているようだが、知ったことではない。
「死ね」
実際に殺すわけではないが、腕の骨の一本くらいは貰う。そう思って熱さに転げまわるリーダー格に向けて足を振り上げた。
「監督! こっちです!!」
声のする方を見るとキャプテンが足を引きずりながら監督を呼んでいる。流石にこの状況で追撃するわけにはいかない、か。
燃え上がるシューズが酷くむなしさを感じさせた。