第三十八話 誕生日プレゼント
日常回です。
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※注:今回はちょっと下ネタが入ります。
十月もそろそろ中旬に入るかという頃、俺は少し頭を悩ませていた。というのも、今週末は我が母上の誕生日なのだが、まだ何をプレゼントするかが決まっていないのだ。花、趣味アイテム、実用品、魔法での芸。いろいろ贈ってきたが、最近ちょっとマンネリ感が否めない。父に言わせると『気持ちがこもっていればいい』らしいのだが。しかし贈るからにはより喜んでもらいたいところだ。
「どうするかなあ」
「何がですか?」
思わず口からこぼれた言葉に璃良が反応する。ふむ、折角だから聞いてもらうのもいいかもしれない。もしかしたら妙案が出るかもしれないし。
「実は――」
事情を話すと、澪と共に口を開く。
「気持ちが伝わりやすいと言えばメッセージ系でしょうか? お手紙とか、クリスタルの置物とか」
「手作り系は外せない」
「ああ、そうですね。ケーキとか、冬に備えたマフラーを編むとかも良さそうです」
「カップとかキーホルダーみたいなのでもいいかも」
流石は女の子といったところだろうか。案が次々出てくる。中でも気になったのは、
「手作りケーキか」
これである。料理自体は夢でやったことがあるので出来るはずだ。もっとも、正確な計量をしない料理モドキだったのでお菓子作りとは勝手が違いそうだが。それに、現実では料理をしたことが無いというのも懸念点ではある。
「台所は母親の縄張りだったからなあ」
我が家では基本的に立ち入り禁止だった。許可されたのは精々、学校の課題が出たときくらいだろうか。
「なら、私の家で一緒にやりませんか?」
璃良曰く、お菓子作りは割とする機会があったので得意なのだとか。流石プチお嬢様。ちなみに澪は食い専らしい。
「必要ならこれから覚える」
まあ、今時だと料理が出来る方が珍しいとは思うが。もちろん、覚えてて損するものではないだろうけど。
「では、今日の修行は夢人くんのお母さんの誕生日ケーキ作りに変更ということで」
「よろしくお願いします、先生」
いつもとは立場が逆だが、偶にはこんなのも良いだろう。
そんなわけでスーパーマーケットに足を運ぶことに。
「ところで、夢人くんはどんなケーキを作りたいですか?」
それだが、実は既に決まっている。その名も、怪獣ケーキだ。
「え」
ホールケーキの上に魔物からドロップした牙を乗せ、下の方にはコボルトの爪をセット。頭の部分にはオーガの角を添える。見た目が楽しく、飾りつけの素材の効果もおいしい。異世界でも大人気だったこれなならば間違いないだろう。
「……」
「……」
ところが、怪獣ケーキの概要を聞いて何故か沈黙する二人。何か気になる点でも――ああ、なるほど。
「心配しなくても飾りつけの素材は手元にあるよ」
特に売る必要もなかったのでそれなりの量が亜空間倉庫に保管してある。ゴブリンやコボルトの素材だけでなく、それなりに貴重なオーガの角だってバッチリだ。
「そうじゃ、ないです」
「誕生日に怪獣ケーキは、ない」
「え!?」
まさかのアイデア部分にNGだった。異世界では子供から大人まで幅広く支持されていたはずなのだが。
「……私が以前ケーキのお家を作ったことがあるので、それをベースにしましょうか」
「それがいい。トッピングで個性は出せるし、奇をてらわなくても十分」
別に奇をてらったわけではないのだが。だが、そんな俺の発言は華麗にスルーされ、話が進んでいく。使うフルーツはイチゴ・バナナ・キウイ・ミカン・パイナップルらしい。
「問題は、かかる費用ですね。魔物が出てきて以来、薄力粉もフルーツもあまり気軽に買えなくなりましたから」
「予算なら十分にあるけど?」
「違う。高すぎると貰った方が気にする」
なるほど、そういうことか。とはいえ、誕生日なのだから少々高くても良いのではないだろうか。これが小遣いでやりくりしているならともかく、魔物討伐による収入が結構あるのだし。
「確かに、独自の収入源があると思えば少しくらいは大丈夫かもしれません」
「なんとかセーフ、かも?」
断言はできない程度には微妙なようだ。しかし他の候補もないのだし、今回はこれで行こうと思う。そんなことを口にしつつ店の自動ドアをくぐった。
「それでは、始めましょうか。頑張りましょうね」
そう告げる璃良は黄色のエプロンをつけ、普段は少しウェーブのかかったストレートの黒髪をポニーテールにしている。いつもと違ったその装いに、思わず注意が惹かれてしまう。
「むぅ、尻尾なら私にもある」
するとセミロングの茶髪をいつも通りローツインテールにしている澪が、少し不満そうに房の部分を手で揺らす。いや、別にテールに拘りがあるわけじゃないのだが。
「じ、時間もかかるのですぐに取り掛かりましょう!」
少し恥ずかしげな璃良がそう急かす。とりあえず、生地から取り掛かるようだ。
「まずは卵黄と卵白を分けます。ちなみにこの時はペットボトルを使うと簡単なんですよ」
「へぇ」
「便利」
曰く、本来は卵の殻のふちを使って卵白だけ落とすらしい。だが、それだと時間がかかるし手間なんだとか。実際、一個試しにそのやり方でやってみると手に卵白が付きそうになるし、なかなか面倒だった。これを最初に考えた人は随分テンションが上がったことだろう。
「次は薄力粉とベーキングパウダーをふるいにかけます。夢人くんはその間に卵白をよく冷やしておいてください。澪ちゃんは牛乳を十五秒レンジでお願いします」
「了解」
「分かった」
冷やすくらいなら魔法で簡単にできる。凍らせる必要はないのだから、あくまでドリンクとかを冷やす用の魔法を使用。十秒ほどでかなり冷やすことができた。
「次は卵白に塩をほんの少し入れてハンドミキサーで最初はゆっくり、徐々に早くかき混ぜます」
「え、塩?」
「ケーキなのに?」
よく理解できない行動に俺と澪が疑問を呈すと、この塩はメレンゲをしっかり固めやすくするためとのこと。味のためではないらしい。
「って、あれ?」
「どうした?」
そんな説明の後にさて混ぜようとしたところ、璃良が首をかしげる。
「すみません。ハンドミキサーの電池が切れているみたいで……。すぐに替えを持ってきますね!」
そう言って急ぎ台所を離れる璃良。そんな様子に澪は不思議そうな顔をしている。
「夢人なら魔法を使えば簡単にできるんじゃ?」
「ああ、そうだな」
別に無理ではないだろう。流石に混ぜる専用の魔法は無いが、汎用性の高い念動の魔法を使えばいい。
「ちょっとやってみるか。確か、最初はゆっくりで徐々に早くだったな」
やりたいことをイメージし、魔法を発動させる。当然俺のイメージ通り、ボウルに入れた卵白はゆっくり、そして徐々に早く回転して固まっていく。
「戻りました! って、え!?」
すると間もなく璃良が電池を手に戻ってきた。ただ、勝手にボウルの中の卵白が掻き混ぜられている光景に驚いている。まあ、念動の魔法はあまり使わないからこの反応も無理ないが。
「えっと。それ、大丈夫なんですか?」
「夢人なら失敗しない」
流石に念動程度で失敗するほど抜けていない。仮に失敗するとしたら、それは集中を乱す程に余計なことを考えた時だろう。
「でも万が一にでも手元が狂ったら大変なことに……」
確かに中身が飛び散るわけだから大変だろう。特に澪や璃良に程よく粘度を持った白いモノが掛かるわけだから――。
「きゃ!!」
「ひゃ!!」
妙な想像を働かせたのがいけなかった。そちらの想像に気を取られ、念動のイメージがわずかにそちらへ振れる。結果、澪と璃良の顔には少しのメレンゲが飛んでしまった。
「……夢人くん?」
「ごめんなさい」
「弘法も筆の誤り」
笑顔で、しかし確実に怒っていると分かる表情で璃良が俺の名前を呼ばれ、とっさに謝罪。澪はそんな璃良をなだめている。
「……まあ、調理に影響があるほどじゃなかったからいいです」
「いや、本当にごめん」
ティッシュで顔に付いた白い物体をふき取りながらも許しの言葉をくれる璃良。ただ、本当に申し訳ないと思っていると同時に、目の前の光景にちょっと興奮しないでもない。
「でも、どうして失敗したの?」
「いや、まあ。その、ちょっと集中が変な方向にいって……」
エロい妄想をしていましたなどと言えるわけがない。ところで、まだ顔を完全に拭き終っていない澪の首をかしげる表情もなかなか。
「とりあえず、あとの工程はハンドミキサーを使いましょう」
そう話を変える璃良に安堵しつつ、幾分集中力を欠いた状態で作業が再開した。
作業も大詰め。あとは組み立てるだけだ。
「この後は生クリームとフルーツを綺麗に挟んでいきながらトッピングします。扉の所はクッキーで作りましょう」
そう言われフルーツをカットしながらどのように盛り付けるかの話をする。
「ところで、パイナップルとミカンは缶詰だけど、キウイ・イチゴ・バナナは生だよね。何か見分け方とかあるの?」
「キウイは平べったいものが良いです。イチゴは先端部分が大きくてヘタが反り返っているものが良品ですね」
なるほど、言われてみればそんな感じのものが選ばれている。
「バナナは?」
「簡単です。より太くて真っ直ぐなものを選びましょう」
女の子の口から“太くて真っ直ぐ”などと聞くと卑猥に聞こえるから不思議だ。そんなことを考えた直後、頭を振る。今日はいささか思考がピンク色になりやすい。この手の思考は感付かれ易いのだから、なるべく慎まないと。
「あとは屋根と壁を飾り付ければ完成ですね」
家の本体部分が終わり、そう促される。流石にこの時ばかりは集中して、丁寧に。澪や璃良の意見も取り入れながらカットフルーツを生クリームの上に貼りつけていく。
「でき、た」
「やりましたね」
「かわいい」
そうしてできた家のケーキは、中々に良いデザインで、とても美味しそうだ。
「ありがとう、璃良先生。澪もありがとう」
「いえ、このくらいならいつでも。あと先生は流石に照れます」
「楽しかった」
そんな風に、笑いながらお菓子作りは終わる。また機会があれば三人で料理をしたいところだ。きっとその思いは他の二人も同じに違いない。
ちなみにこのケーキを渡したところ、母からは大層驚かれ、そして喜んでもらった。もっとも、
「ねえ、やっぱりその璃良ちゃんって娘とお付き合いしているの?」
そんな質問を何度もされるはめになったのだが。




