第三十三話 魔法陣魔法
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魔物が再び大量発生してから五日が過ぎた。最初のころよりも魔法使いたちが強くなっていた事や新しい魔物素材への投資の熱意により、既に人の生活領域は安全が確保されている。おそらく今晩にでも生活回復宣言の報がテレビで流れるだろう。
さて、そんななか俺はというと、人払いや認識阻害などの結界を念入りに貼った河川敷で二人に魔法陣魔法の講義を行うところだ。
「最初に二人に注意しておくことがある」
そんな言葉とともに始まった講義に澪と璃良は何かを感じたのか、目の輝きを抑えて真面目な表情になる。
「これから教える技術は他の人に知られてはならない」
教えてはならない。バレてはならない。勘付かれてはならない。
「もし露見しそうになったら関係者全員の記憶を消すか、最悪殺さねばならない」
そう明言する俺に、身を震わせた二人は窺うような表情で尋ねてくる。
「な、なぜですか?」
「自分と、自分の周囲の人を守るためだよ」
魔法陣魔法は革新的すぎる技術だ。詠唱を不要とし、規模の調整が簡単で、複雑な魔法も毎回定格で発動できる。もちろん発動点の設定も自由自在で、多重発動も簡単だ。それが“誰でも”“簡単に”出来るようになる。本来才能が必要なことを一般化出来るのだ。
「ありとあらゆる組織がその情報や秘密のために引き込もうとして来るだろう。それこそ、手段を選ばずに」
自分だけでなく、家族や友人といった周囲の人間まで狙われるかもしれない。そう仄めかす俺に、顔を強張らせる二人。
「もちろん、聞かなかったことにして講義をこれでお開きにしても良い」
それならばいらぬリスクを背負うこともないだろう。今まで教えてきた技術と違って世間に“気づき”をばら撒いてスケープゴートを作ることができない以上、それが安全策のようにも思える。
「で、でも夢人くんは使えるんですよね?」
なるほど、確かに俺からばれるのなら二人は習わずとも大きなリスクを背負っていると言える。ただ、
「俺は秘匿に対して十二分に気を使ってるし、万が一のことがあったらあらゆる手段を用いて守る覚悟が出来ている」
それに対して二人はどうか。殺しはおろか記憶消去すら非人道的だと感じて無理なのではないだろうか。それどころか人命のためと言われれば教授することすらあるのではないか。
「もしそうなら、とてもではないが教えることなどできない」
そう言う俺に黙り込む二人。
「澪と璃良は身近な人数人の安寧のために百を殺し、千の記憶を消し、万を見捨てることが出来るのか?」
問うのは非情になる覚悟。俺の示す基準に従順であるという誓い。社会的正義を捨てるという選択。
「……夢人くんは必要だと思ったから教えようと思ったんですよね?」
長考の末、ふと璃良がそんなことを口にする。
「それはそうだね」
弟子とか嫁とか以前に、彼女たちの自衛の面で教えるべきだと判断した。というのも、ここ最近の魔法使い全体のレベルアップが著しいのが原因だ。俺たちの迷彩や公に出来る手札を増やすために魔法技術の流布をしていたわけだが、このままだと二人が追い越されることになる。それでは本末転倒だ。ゆえに、一段階上の魔法陣魔法を教えようと思ったのである。
「それなら、私は習いたいです」
「私も」
落ち着き、強い気持ちを感じさせる声でそう言う二人。
「……この間の命令無視の時と違って、今度は許さないよ?」
瞬間、俺との離別を想像したのか二人の顔が青ざめ、歯が鳴り、体が震えだす。しかし。
「決して、漏らしたりしません!!」
「私は、夢人に一生ついていくと決めた!!」
拳を握り、血を吐き出すかのような表情で決意を口にする。
「……分かった」
覚悟は確かに聞いた。ならば教えよう。もちろん二人に殺しが出来るなどとは思っていないが、その意思を示したのだ。依存心からくる恐怖のストッパーも相まって、彼女たちから公開することは無いだろう。そして、現在の世間の魔法技術レベルなら魔法陣魔法が見られても“才能がある”で済ませられるのでまず露見することは無い。
「なら、講義を続けよう」
そんなことを考えながら、魔方陣魔法の本格的な説明へと移ることにした。
「まず、魔方陣魔法を使うと出来るようになることが二つある」
一つは結界や連射、大規模魔法といった従来の方式ではかなり難度が高い魔法の行使。もっともこれは難度が高いものが容易になると言うだけで、今くらいの世の中の魔法水準なら才能で出来てしまう変態が居るのだが。まあ、それのおかげで魔法陣魔法を使っても誤魔化せるわけだし、誤魔化す以上は俺たちも世間から見たら変態にカテゴライズされるのだから言っても詮無きことだ。
「へ、変態ですか……」
「……仕方ない」
早々に落ち込んでいる二人は軽く流し、次の説明に入る。
「二つ目は、魔道具の作成」
これは両親や澪、璃良に渡した指輪や俺の記憶保存の指輪に発動体の指輪が該当する。もちろん指輪に限った話ではなく、様々な用途に合わせて形状や材料が変わってくる。
「例えばこれ」
取り出したるは一見普通のお守り。実はこれ、護身用の指輪の上位互換のアイテムだったりする。具体的には中に対象の髪の毛や爪を入れておくだけで所持していなくても保護が可能となるのだ。
「あ、確かに中に魔法陣があります」
「ほんとだ」
中を見させるとちょっと驚いた様子の二人。
「この間みたいな魔物の大量発生が次何時あるとも知れないからね。澪や璃良の身近な人達用」
そう言うと笑顔になってこちらを見る澪と璃良に、作ってよかったなと思う。流石に指輪を渡すわけにはいかないので結構頑張って開発したのだ。ちなみにエストラ銀は銀糸にして編み込んである。
「あと、魔物対策関連ではこの間二人を迎えに行った時に家に結界も掛けておいたから」
形式は我が家と同じ四種結界。これは家をほぼ安全な拠点にできる事を考えれば当然だろう。ちなみに探知結界については少し変えて正確な探知ではなくアラート方式にしてある。
「ありがとうございます、夢人くん!」
「ありがとう、夢人!」
二人のお礼に思わずこちらまで嬉しくなる。先ほどは随分厳しい対応をしたが決して澪と璃良のことが嫌いになったわけではない。ただ、大きなトラブルを引き起こして大切な人達を危険にさらしたくないだけなのだ。そして、その中には澪と璃良も含まれる。
力を与えねば守れない。されど、力を与えることによるリスクもある。ゆえに警告し、試し、釘を刺す必要があった。最低限、彼女たちが話さなければ誤魔化せるのだから、と。
「とりあえず、次は実際に魔法陣を作ってみようか」
すべてを察しろとは言わない。ただ、嫌わないでほしいなと思いながら次のステップの説明に移った。
「あの……」
「どうした?」
「これ、本当に魔法陣?」
講義が始まって五分、どこか言いにくそうな璃良に代わって澪が口を開く。
「もちろん。これでも立派な魔法陣だよ」
二人の手元にあるのは“ファイアボール”という文字を丸で囲んだだけのもの。流石に魔法陣には見えないのか戸惑っているようだが、とりあえず物は試しと使わせてみる。
「え……」
「……出た」
光る魔法陣モドキからいつも通りの火球がいつも通りの火球が発現したことに唖然とする澪と璃良。まあ気持ちは分からなくもない。
「最初に説明したとおり、魔法陣は魔力を込めて記述することで『記述時の意図』が文字列の残留魔力に宿り、その『残留魔力に魔力を通す』ことで記述時の意図通りに魔法が発現する」
要は普通の魔法と同じだ。ただ、作成(想像)する工程と使用(発現)する工程に分かれているだけ。もっとも、それは戦闘中に作成の工程を省けるという大きなメリットにつながる。
「でも、魔法陣って感じがしない」
「まあね」
どこか不服そうな澪に思わず苦笑しつつ説明を続ける。
「さっきのも間違いなく魔法陣、それも最小クラスのものだ。けど一つ、欠点がある」
それは調整が出来ないということ。確かに魔法陣を記述した時の意図通りに発動はする。しかし逆に言えばそれしかできないということでもある。
「本来の工程を分割したんだからある意味正しいんだけど、それは不便すぎる。だったら割り込みを掛けられる余地を記載すればいい」
具体的には指示する箇所を明示する。さっきの魔法陣モドキを例にとると、『ファイアボール』の記述の下に『数指定』『発動場所指定』を意識して箇条書きにすることで、それらを変更できるようになる。もっとも、今度は代わりに『指定』としてある以上、そこを考えないと発動しなくなってしまうわけだが。
「そういった諸々を突き詰めていくと、こうなる」
事前に用意してきた幾何学模様を組み合わせた図を披露する。『属性・形状・サイズ・数・範囲・発動時間・発動場所・発射速度・威力・強度・持続時間などの要素』に『数値』や『固定・変更可・指定・魔力依存といった分類』を記載したもので、いかにも魔法陣と言った感じだ。
「イメージ通りの魔法陣です!」
「うん」
そう喜ぶ璃良に同意する澪。しかしまだ不思議そうな表情をしている。
「でも、思ってたより記述が少ない」
「まあね」
理由はいくつかある。一つ目は運用するのが人間であるということ。過度な変数を詰め込んでも処理しきれないのでは意味がない。二つ目は情報をたくさん記載するのは情報の解説や隠蔽の目的が大きいということ。後にその魔法陣を目にした人のために記述を増やすということはないこともないが、今回は不要なので省略。三つ目は記載できる情報に用量的な限界があるということ。当然重要な情報以外は削る必要が出てくる。
「つまり、実用性を重視した結果がこの型ってことだね」
「なるほど」
澪もようやく得心が行ったようだ。
「というわけで、まずはベースとして使いやすいこの型を身に付けるところから始めてもらおうかな」
夕暮れ時、俺は修行の終わりを告げる前に二人にあるものを渡す。
「これは?」
「指輪?」
それは俺が持つものと同じ、魔法陣魔法の発動体としての指輪だ。魔法陣魔法を行使するためにはそれを記録しておくものが必要になるので、今後の二人には必須だと言える。
「二人の前途を祝す意味を込めて、ね」
ちなみにこうして弟子に発動体を贈るのは夢に見た異世界の習慣だったりする。急に指導できなくなる可能性に備える意味や、見習い期間が終わり本格的に弟子として活動する区切りの意味合いがある。今回は後者だ。
「指輪が二個……」
「どっちを薬指に着けるか迷いますね」
もっとも二人がそんな俺の思いを知る由もなく、難題に直面したような表情をして妙なことで悩んでいるのだが。ちなみに、先のお守りは二人の分も用意しているから最初の指輪は外しても問題ないことを伝えると、
「そう言う問題じゃない!」
「初めての指輪だから迷ってるんです!」
とのこと。いと難しきは女心というやつだろうか。まあ、それはさておき。
「とりあえず、魔法陣の登録の方法を教えるから――」
「待って!」
「もう少しで決まりますから!」
あまりに必死な二人の様子に思わず苦笑い。今日は帰るのが少し遅くなりそうだ。




