幕間四 好きな人[澪]
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それは福音だった。夢人を逃がさず、私たちのものにする。そんな身勝手で欲望にまみれた目的を遂げるための吉報。目の前で申し訳なさそうにしている夢人には悪いと思うけど、この機会を逃すつもりはなかった。
私が夢人を好きになったのは中学二年の時。帰り道の寸断で不本意にも山小屋で一晩を過ごさねばならない、そんな状況のことだった。肝心の大人は誰も頼りにならず、激しい雨風が山小屋を脅かし、秋の空気が体を冷やす。明日本当に迎えは来るのか。もし来られなかったら何時になるのか。そもそもこの寒い中で一晩を本当に越えられるのか。不安はやがて恐怖へと変わり、視界は涙でぼやけ始める。さらに他にもすすり泣く声が聞こえ、余計に悲しくなった。
「仕方ないか」
ふと、そんな場違いな声が聞こえたかと思うと一人の男子生徒が立ち上がり、何やら動き出したのが目に映った。そして彼は瞬く間に毛布や食料を用意し、火を起こした。
「魔法みたい」
誰かの声が聞こえ、その通りだと思う。途方に暮れた集団の心に、あっという間に明かりを灯す。不安を払拭し、安心感を与える。これが魔法でなくてなんだというのか。よく音楽やスポーツが笑顔を与える魔法に例えられるけど、その気持ちがいまようやく理解できた気がする。彼は、私にとっての魔法使いだ。
後の調査――決してストーカー行為ではない――で、彼の名前が春日井夢人であり、星海学園に進学しようとしていることを私は突き止めた。もう一度、彼に会いたい。その思いで私も同じところに進学することを決意する。
それから一年以上の時が過ぎ、無事に夢人と同じ学校に進学することができた。さらに幸運にも同じクラスになることができたのは、長い間我慢をしていたことへのご褒美だと思う。……途中どうしても我慢できなくなり、所属しているバスケットボールチームを覗きにいったりもしたが、それはノーカウントのはず。
ともあれ、そこから私の幸せ生活は始まった。学校に行けば夢人の姿を目にすることができたし、テロ事件のあとには弟子としてそばで魔法を学ぶ事ができるようになった。今では夢人と話さない日はないほどだ。もちろん、下着姿を見られたり、キスの邪魔をされたり、璃良という強力なライバルが現れるといった嬉しくないこともあったが、それを差し引いてもとても充実し満足しているのは間違いない。
そして現在、私と璃良に向かって夢人が頭を下げている。何でも、夢人のせいで私たちは“夢人依存症”になっており、縁が切れるのを恐れたり言うことを聞きやすい状態になっているらしい。
「今はまだ解決法は思いつかない。けれど必ず何とかして――」
「いい」
チャンスだ、と直感した。以前璃良とも話したが、夢人には何か秘密がある。魔法の技術もそうだし、どこか大人びた安心感を覚えるところも他と違う。そんな秘密を夢人は隠していくつもりのようだが、今の世の中でそれはとても難しいはずだ。遅いか早いかはわからないけど、露見する可能性が高い。そうなった時、きっと夢人は私たちの手の届かないところに行ってしまう。そんなのは嫌だ。好きだから。一緒に居たいから。そのためには私たちを楔とし、捕える必要がある。ゆえに、
「代わりに、私たちから離れないで」
「え?」
「そうですね」
こう告げる。璃良もすぐに察したのか同調してきた。
「夢人が私たちから離れなければ精神は安定したまま」
私から、離れないで。
「だけど本来なら意にそぐわないことでも強制させられるわけで――」
「夢人くんはそんなに酷いことを私たちにするつもりなんですか?」
夢人になら、何をされても良い。
「でも将来的に困る可能性が――」
私の道は、あなたと共に。
「……茨の道なんてもんじゃないよ?」
「なんとかなる」
「覚悟の上です」
願いと覚悟を胸に、薬指の指輪を見せる。これが私の誓い。これが私の想い。
「よろしく」
苦笑しながら頷く夢人を見た瞬間、心の内で歓喜が爆発する。共に居たい。幸せだ。もうそばから離れない。縛り付けることができた。離れる恐怖を味合わずに済む。夢人のものになれる。そんな思いが、溢れてくる。
それから暫く、璃良ともども夢人の肩に寄り掛かり過ごした。
「……ところで、二人は何してるの?」
「幸せを満喫してる」
「夢人くんは嫌ですか?」
「まさか」
そんな答えにもすぐに嬉しくなり反応してしまう。私だけじゃないのは少し残念だけど、これがきっと最高の形。弟子になるより前から夢人のことを好きだった私たちだから出来た選択。
だからこれからも恋の魔法をかけ続けてね、私の魔法使い。




