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第三話 金策1

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 魔法の指輪を作ってからというもの、俺は積極的に魔法の練習に励んでいた。それこそ朝から晩まで、暇さえあれば何かしらの魔法を行使していたと言ってもいい。とはいえ、魔法のみにかまけていたわけではなく、勉強・運動・両親との思い出作りなど異世界に行く前にしておくべきことには積極的に取り組んでいた。特に小学校二回目の夏休みにはある大きな問題に一区切りつけることができたのはよく覚えている。




「なかなか面白かったわね」

「ああ」


 言葉を交わす両親の間でジュースを片手に歩を進める。夏休みの課題として出された美術館への訪問を終えた帰り道なわけだが、正直俺にとっては退屈以外の何物でもなかった。なにしろこの課題も“二度目”なのだ。見るべきものなど何もなく、提出する文章も適当に書けばいい。父や母との会話が楽しかったので全くの無駄ではなかったが、美術品から新たに何かを得ることはなかった。


「お昼はどうする?」

「そうだな……。夢人はなにが良い?」


 そんなことを考えていると、話題がいつの間にか美術館の感想から昼食になっていた。


「近くのファミレスが良いな。アイスとか食べたいし」


 慌てて“夢での未来体験の時と同じところ”を希望する。


「腹を壊すといけないからアイスは駄目だな」


 無情にも要望の半分を却下されつつ、俺は先より軽い足取りで視界に移るファミレスへと向かった。




「お腹いっぱい」


 やや膨れた腹を叩きながら店を出る。そんな俺を見て両親が軽く笑うのを感じながらも、あえて何もコメントせずに帰りの電車が待つホームへ。するとその途中、この季節特有ののぼりが“予定通り”目に入ってきた。


「父さん、あれ」

「ん? ああ、オーシャンジャンボがもう出ていたのか」


 春夏秋冬の各シーズンに出る大型宝くじ。この時だけ買うという層も多いであろうそれは、我が家も毎回3,000円分だけ購入するのが慣わしだ。今回も父がいつも通り連番十枚の会計を行う。そんな光景をよそに、俺は隣で一枚の紙にさりげなく、しかし素早く鉛筆を走らせて窓口へ。


「お姉さん、これもお願いします」

「えっと……」


 それは父の購入したのとはまた別のくじの申込用紙。当然受付は戸惑った様子で父と母を見るが、苦笑いで頷かれては無下にも出来ないようで。


「300円になります」


 こちらも苦笑しながら俺に値段を告げてくる。俺は子供向けのビニール製の財布を鞄から取り出し、今まで貯めこんできた小遣いから百円玉三枚を会計皿へ。代わりに貰った受け付け票をしっかりと仕舞い込んでから少し離れて見ていた両親の下へ駆け寄る。


「まさか初めての買い物がギャンブルとはな」

「あんまり無駄遣いしちゃだめよ?」


 再度苦笑いを浮かべている二人に今回だけだからと笑って返す。その後はお小遣いの額について議論をしながら、今度こそ家に帰った。




 ところで、最も大変な夏休みの宿題と言えば何を思い浮かべるだろうか? 算数のドリル? それとも漢字の書き取り? あるいは読書感想文なんかも挙がるかもしれない。

しかし、どれも負けず劣らず難儀な課題であることは間違いないが、俺はこれらのいずれも満点回答ではないと考える。ではこの問いの真の答えとは何か。それは『自由研究』ではないだろうか。課題を自ら見つけ、調査し、結論までの論理的なまとめを行う。必要とされる時間も長く、親に手伝って貰ったことのない生徒など存在するのかすら疑わしい。

 前置きが長くなったが、つまり何が言いたいかというと、苦労した自由研究の内容は記憶によく残っているということだ。


「だからこの結果も必然なんだよ」


 あの美術館の訪問から数日、居間のテーブルを挟んだ場所で二つの紙切れを見て呆然としている父と母にそう告げる。


「夢の未来体験の中でも同じ日に、同じ美術館とファミレスに行って、帰りに宝くじを買ったんだ。その時に今回は自分で買ったあのくじを強請って買ってもらったんだよ」


 八つの数字を指定し、その一致個数で当たりが決まるロト8。ただ買うだけの宝くじよりも当たる気がしたそれは、しかし当然のように外れた。そのことに納得のいかなかった俺は両親に疑問を投げ続け、ついには自由研究としてまとめるまでに至ったのだ。


「総購入金額に対する払戻額の割合とか、一等の当たる確率とか、実は税金がかかる賭博がある事とか。まあ、殆ど父さんと母さんが調べたことをそのまま書いただけだけどね」


 しかしその過程で自分の買ったロト8の当選番号を何度も見返し続けた俺は、それからもその番号を忘れることはなかった。


「それに加えて去年は記憶保存のための指輪も作ったし、今回は万全の状態でリベンジしたってわけ」

ここまで説明しても未だ呆けている両親の覚醒を促すために、拍手を一つ。

「っ。だが、なぜこんなことを?」


 一瞬体を震わせたのち、父が質問をしてくる。隣では母も同調するように何度も首を縦に振っている。


「実は異世界に行く時に備えていろいろ欲しいものがあったんだ」


 サバイバル道具、着替え、書籍など挙げればきりがない。転移直後は森の中に放り出されるはずなので水や保存食は必須だし、魔力の節約のために火種やナイフも欲しい。異世界の衣類事情も地球に比べると劣っているので、こちらで大量に買い込んでおく必要がある。科学・料理・医療なんかの知識も重要なのに、いやだからこそ異世界に行くとなかなか入手の機会が無い。


「こういう物を買うにはとてもじゃないけどお小遣いじゃ足りなかったんだ」


 かといって中学生まではバイトは出来ないし、百万以上の金を両親に強請るのはもってのほかだ。結果、記憶のアドバンテージを活かした、楽な自力調達の方法を選択したというわけだ。


「そっか。ちょっとずるい気がするけど、夢人が必要なら仕方ないかもね。本当にずるい気がするけど」


 理解の色を示しつつもずるいの単語を繰り返してくる母。まあ、確かに凄くずるいのだが。しかし、人生をより良いものにするという目標達成のためには譲ることのできなかったのも事実なのだ。


「まあ、理由は分かった。明日も仕事は休みだが、受け取りに行くのは明日でいいのか?」


 父も微妙な表情のままだが、とりあえず話を進めることにしたらしい。


「うん。出来るだけ早い方が良いだろうし、そうしようかな。それで、一応安全マージンを取って一千万は貰いたいんだけど、いいかな?」


 異世界に行くための備えは二百万~三百万もあれば足りるはずだが、もしかしたら新しく欲しいものが出てくるかもしれない。あとは少し小遣いを増やしたいなと思ったり。


「は?」

「え?」

「ん?」


 やはり駄目だろうか。何を言っているんだというような疑問の音が父と母から飛んできたので、とりあえずこちらもすっとぼけてみせる。


「残りは定期預金にでもするのか?」

「父さん達がそうしたいならそれでもいいけど?」

「んん?」

「ええ?」


 とりあえず一千万を確保すること自体に否やはないようだ。しかしどうにも話が噛み合ってないような気がする。


「これは夢人のお金なのに父さんたちが決めるのか?」

「いや、だから一千万円分は貰って、残りは父さんと母さんの分でしょ」


 ロト8の受け付け票と当選番号が記載された新聞の切り抜きを指さしながら言う父にそう返す。今回は当選人数が多めだったので、受取額は二億五千万円ほど。自分用に一千万、父と母にそれぞれ一億二千万でなかなかいい塩梅なのではなかろうか。


「……なぜ私たちが貰うんだ」


 だが、どうやら根本的なところで認識のずれがあったらしい。父はしばし唖然とした後、頭を抱えてしまった。当選金を分配されるとは思っていなかったようだ。


「夢人、親が子供からお金をもらうわけにはいかないわ」


 母も困った顔をしている。しかし、よく考えてほしい。これのタネ銭はもとはと言えば両親からもらった小遣いなのだ。そして異世界に行く予定の俺に必要以上の金は意味がない。さらに言うなら将来的な親孝行ができない以上、出来るときに先払いしておくべきだ。いかがだろう、役満である。


「そうではない。私たちにもプライドがある、という話だ」


 しかし完璧に思えた説得は、どうも上手くいかなかったらしい。だが、こちらも簡単に引き下がるわけにはいかない。なにせ、どのみち失踪後七年経過した場合は死亡扱いになり相続する必要が出てくるのだ。仮にそれをパスできたとしても十年間動きのない口座は没収される規定が――。


「夢人」


 そんな説明の途中で父の声が遮る。


「――私たちにも、少しくらい夢を見させろ」


 思わず顔を上げると、そこには苦笑気味の両親の顔があった。

 どうやら俺は大きな思い違いをしていたようだ。確かに異世界に行く羽目になることは説明したし、理解もしてもらった。夢の未来体験についての信憑性についても今では疑う余地もないだろう。しかし、それで納得できるかといえばそれは別の話だ。もしかしたら転移が起きないかもしれない。もしかしたら帰ってこれるかもしれない。そういった願いを持つのは親として当然で、きっと俺が想像するよりもはるかに強い思いなのだろう。だからこそ、この世界との関係を切り捨てるような行為を両親は容認できないのだ。

 縋ることさえできないような小さな願い。俺の言動は、それに唾を吐くようなものだったのかもしれない。なにせ、全ては俺が異世界に行って戻ってこないことを前提とした提案だったのだから。


「ごめん」


 それによく考えれば子どもの資産処理程度、親にできないわけがないのだ。それをしたり顔で語るなど愚かが過ぎるというものである。


「気にするな。夢人も私たちのことを考えてくれていたのは解ってる」


 とはいえ、落ち込んだ気分はすぐには晴れない。もしかすると異世界行きの準備資金を自分で用立てたことさえ両親を軽んじているように映っている可能性もある。もっとも、ここを譲るつもりはないが。


「だが私たちは自分で生活できる。そのお金は夢人が自分のために使いなさい」


 父の言葉にうなずく。すぐに使うあてなど無いが、それならそれで口座に放り込んでおけばいい。俺が何か言わずとも、転移後に必要があれば両親がいいようにしてくれるだろう。それに。


「もし帰ってこれた時に無一文ってのも困りそうだもんね」


 そう言って三人で笑う。残すにしても、消える準備としてではなく希望に繋がる糧として。それこそが正しいあり方なのだ。




 ところで、俺がやるべきことに一つの事柄が追加された。決して帰還を諦めない、ということを。


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