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第二十一話 盗み聞き

良かったなと思えたら評価ポイントをお願いします。

 翌日、俺と立花さんは予定通り一ノ宮さん宅にお邪魔し、真面目に勉強に取り組んでいた。


『……』


 訂正しよう。昨日のことを引きずって誰も口を開くことなく、どこか重い空気の中、各自が勉強に逃避していた。


「一ノ宮さん、お手洗いってどこかな」

「あ、はい。玄関から少し進んで右手の方です」


 勉強を始めて一時間。ここまで挨拶以外の会話のない状況に耐えきれず、逃亡、もとい状況を変えるための戦術的撤退を選択する。俺がいない間にわだかまりが解消されればいいのだが。


「勉強は捗ってるかしら?」


 少し長めのお手洗いを終え、部屋に戻ろうとすると一ノ宮さんの母親に声を掛けられた。


「はい、今日はお邪魔してしまい申し訳ありません」

「そう? でも勉強会って言ってた割には声が聞こえないから、気になっちゃって」


 痛いところを突かれた。確かに現状なら図書館や自宅で良かったという感じではある。だが、しっかりした造りの家なのに声など聞こえるようなものなのだろうか?

 すると俺の疑問を感じ取ってか、庭に連れ出した後に小声で説明をしてくれる。


「今の季節は室内にいるときは窓を開けて扇風機で涼を取ることにしてるのよ。その関係で庭に出ていると部屋の声は丸聞こえね」


 なるほど、確かに上を見ると先ほど居た部屋の窓が空いているのが目に入る。近くにあるテーブルと椅子にはティーセットが置いてあるあたり、ずっとここで待機していたようだ。


「あの、立花さん」

「……なに?」


 すると、確かに明瞭な二人の声が聞こえてきた。隣にいる一ノ宮さんの母親は目を輝かせて静かにしろと合図をしてくる。盗み聞きはあまり褒められたことではないのだが。とはいえ、せっかく話し始めた二人の邪魔をすることも憚られるので仕方なくここで待機することにする。そう、仕方がないのだ。


「昨日は、申し訳ありませんでした」

「もういい。悪気が無かったのは分かってる」


 やはり、一ノ宮さんは昨日のことを気にしていたようだ。まあ、雰囲気をぶち壊したのは小学生でも理解できるだろう状況だっただけに結構悩んだに違いない。


「それで、その。春日井くんとはどんな話を?」

「……」

「あ、いえ。言いたくないのでしたら――」

「私を好きにしていいことを条件に、弟子にしてくれるように頼んだ」

「ええっ!?」


 隣からも同じタイミングで驚きのアクションを向けられる。ただしこちらは目が笑っているが。


「そ、それで春日井くんは?」

「まさに答えを貰うタイミングで一ノ宮さんが入ってきた」

「ご、ごめんなさい」

「いい。でも、もうちょっとだった」


 どこか悔しさと残念さを感じさせる声で立花さんが答える。一体何がもうちょっとだったのか。俺から答えを貰うことか、それとも俺が陥落するのがばれていたのか。……どうにも後者のような気がしてならない。


「私からも質問」


 今度は立花さんから質問をするようだ。


「なんでしょう?」

「いつ彼を好きになったの?」

「えええっ!?」


 一ノ宮さんが驚きの声を発するが、こちらも負けず劣らず驚いている。幸い声は上げずに済んだが、内心はプチパニックだ。


「違うの?」

「ち、違いませんけど」


 しかも勘違いや間違いではないらしい。昨日の立花さんの発言も加味すると、クラスの二大美少女が両方とも俺を好いているというとんでもない状況のようだ。


「……」

「わ、私が春日井くんを気になりだしたのは最初の自己紹介の時です。なんだか余裕があって大人っぽいというか」

「なるほど、一目惚れ」

「はい。それからも日毎に惹かれていってたところにあんな風に助けられてしまったので」


 ……しかし、なぜ俺は自身への想いを盗み聞きなどしているのだろうか。しかも隣に相手の母親と一緒になって。心の内は恥ずかしさと申し訳なさで溢れている。かといって逃げ出そうにも一ノ宮さんの母親がなぜか俺の腕をホールドしているのでそれもかなわない。


「うん、あれは仕方がない。私も惚れ直した」


 こちらはほぼ間違いないと思っていたものの、本人の口から惚れていると明言されるのはなかなか嬉しくも恥ずかしいものだ。隣で一ノ宮さんの母親が目を輝かせてこちらを見ているのでイマイチその気分に浸ることができないのが残念だが。


「あの、立花さんも自己紹介の時からですか?」

「違う。私は、もっと前」


 そこから展開される話には俺にとっても驚くべき話だった。




 曰く、立花さんは中学二年の秋、あの山小屋での宣伝資料発表会に参加していたらしい。当時の様子が五割増しで恐ろしく、さらに俺の活躍は三割増しで格好よく語られるそれは俺を赤面させるのには十分な物だ。


「それは好きになってしまいますよね」

「そう、その時からずっと好き。彼は覚えていないみたいだったけど、一緒の学校に通えてるから嬉しい」

そんなに昔から好いていてくれたと知り、俺の方も嬉しくなる。

「運命の再会ですか。羨ましいです」

「その通り、と言えればよかったけど少し違う。半分は私の努力の結果」


 努力、とは一体どういうことだろうか。確かに受験勉強は努力が絡むが半分以上は言い過ぎな気もする。一ノ宮さんも気になったようで聞き返している。


「簡単な話。あの時の資料を基に名前と所属中学の情報を確保、同じ中学に通っている塾友達を介して志望校を始めとした情報を調べてもらった」


 頬を汗がつたう。確かに、俺含め男子数名に念入りな情報収集をしていた女子がいた記憶がある。その娘が彼氏持ちだったこともあり、当時は参考にするためのデータ集めという言葉を真に受けていたが、よもやこんな裏があろうとは。


「えっと、それは少しやり過ぎでは……?」

「確かに少しストーカー気質だったことは認める。でも、それだけ彼のことが好きだったし、彼の迷惑になるようなことはしないつもり」

「そう、ですか」


 とりあえず、立花さんはヤンデレという程ではなさそうなのがせめもの救いか。あの一途の皮を被った自己中の塊のような人格は俺の苦手とするところなのでそこは一安心だ。だが普通は接点のない他校生の情報収集をここまですることはないと俺も思う。もっとも、それに対して引くよりも嬉しい気持ちが勝っている辺り、立花さんのことが好きなんだなと思わないでもない。


「ところで、提案がある」

「なんでしょう」


 少し沈黙が出来たので話が終わったのかと思い部屋に戻ろうとしたら、まだのようだ。一ノ宮さんの母親もまだ俺の腕を握ったままで、ここに居ろというアクションを取る。


「一部共同戦線を張りたい」

「えっと……?」

「虫よけ」

「ああ、なるほど」


 彼女たちの話によると、どうも俺はそこそこ人気があるらしい。一ノ宮さんのように余裕がある態度に惹かれるのだとか。もっとも俺からすれば立てていた予定が白紙になって手持無沙汰になっているだけなのだが。


「それ以外は自由に?」

「もちろん。絶対に負けない」

「わ、私だって負けません!」


 互いに決意表明のようなものをした後、話題は学校でのことに移る。ことここに至ってようやく俺の腕は解放された。




 屋内に戻り、勧められるままソファーに腰かける。


「ふふふ、ごめんなさいね? どうしても続きが気になっちゃったから」

「いえ」


 強引にでも振りほどかなかった俺にも責任は多分にある。申し訳なさや恥ずかしさもあったが、やはり自分に対する話が気にならないわけがないのだ。


「でも、モテモテね?」

「っ」


 とはいえ、この感情をどう処理したものだろうか。嬉しく、恥ずかしく、少し申し訳ない。そんな思いが心の中に渦巻いている。頬も熱を持ち、他の人から見ればかなり赤くなっているように見えるだろう。いま一ノ宮さんの母親にからかわれたことでそれはより顕著のはずだ。


「それで、どっちにするの?」


 そんな俺に追い打ちをかけるような問いに思わず抱える。正直、どちらも好みで甲乙つけがたいというのが本音だ。共に性格が良く、容姿も一ノ宮さんが綺麗系で立花さんが可愛い系と違うベクトルで魅力がある。一緒にいるのは楽しいし、これからも仲良くしたい。これが夢のように異世界なら、即時二人とも嫁にしているところだ。だが、日本では重婚など認められていない以上はどちらかを選ばなければならない。というか、そもそも俺が選ぶなど本当に――。


「……少し意地悪だったかしら。いま決められないのならそれでもいいのよ? ただ、誠実であることと後悔しない選択をすること。それだけは忘れちゃ駄目よ?」


 思考が悪循環に入りそうな時、一ノ宮さんの母親の言葉で歯止めがかかる。だが、


「それで、良いんでしょうか」


 迷う。それは許されるのか。それは不誠実ではないのか。その選択肢自体が後悔するものではないのか。


「いいのよ。だって、それがあなたの今の本当の気持ちなんでしょう?」


 それは、確かにそうだ。二人とも好み、というか率直に言って好きなことに嘘は無い。自分がこんなに気が多く優柔不断な奴だったのかと自身に呆れる思いだが、これが俺の本音なのだ。


「確かにトラブルになるかもしれない。でも、それは今でも先でも変わらない。それなら少し先延ばしにしても一緒じゃないかしら? それに時間が経てばどちらかに心が決まって解決するかもしれないし」


 なるほど、それもそうだ。むしろ話を聞いていたらそれ以外の選択肢は無いように思えてきた。少なくとも俺の貧相な恋愛経験ではこれ以上の結論は出せそうにない。夢の経験もこんな時は役立たずだ。


「そう、ですね。アドバイス、ありがとうございます」

「ふふっ、いいのよ。あ、ちなみに璃良ちゃんの情報だったらいくらでも上げるから必要になったら言ってね?」


 最後に自分の娘のバックアップを少し入れるお茶目にこちらの気も軽くなる。こういう対人スキルはまだまだいろんな人から見習う必要がありそうだ。


「はい、そのときは是非」




 序でにと渡された菓子とジュースを持って二人の待つ部屋に戻ると、会話が止んでこちらに注目される。


「これ、頂いちゃった」

「すみません。もう、お母さんったら春日井くんを使うなんて……」


 お盆をテーブルの上に置くと一ノ宮さんがそう愚痴る。個人的には相当お世話になった思いなのでこの程度なんてことないのだが、流石にそれを口にするわけにもいかない。


「遅かったね?」

「ん、ああ。一ノ宮さんのお母さんと少し話をしてたんだ」

「え、あの、何か変なことを言ってませんでした?」


 立花さんから向けられる疑問に内心焦りつつ、なるべく冷静を装い返事を返す。嘘は言っていない。すると今度は一ノ宮さんに焦りが誘爆したようで、少し前のめりになってこちらに尋ねてくる。俺の恋愛相談という飛び切り変な話題についてだったのだが、そこは無難に学校での話題ということに。一ノ宮さんが露骨に安堵していたのが印象的だった。


「……璃良」

「あ、そうでした」


 会話がひと段落したのを見て、立花さんが一ノ宮さんに何か合図を出した。


「春日井くん!」


 姿勢を正し、こちらをまっすぐ見て俺に呼び掛ける。一体何事だろうか。


「私と澪ちゃんは名前で呼び合うことになりました。ついては春日井くんとも同じようにしたいのですが、いい、でしょうか?」

「私も、お願い」


 どうやら名前で呼びたいらしい。親以外に名前を呼ばれることなどこちらではなかったので緊張するが、特に問題はない。ゆえにすぐに了承する。


「ありがとうございます! もう一つ、私も夢人くんの弟子にしてください!!」


 なるほど、こちらが本命だろうか。みれば立花さんも昨日の返事をしていなかったからか、緊張した面持ちでこちらを見ている。


「理由は?」

「もう二度と、自身の無力さで絶望しないためです!」


 当然ではあるが、犯されそうになったということがよほど堪えたらしい。なぜ。どうして。もっと力があれば。理不尽がもたらす恐怖と絶望にそんなことを感じたのだろう。


「……分かった、二人には魔法の指導をするよ。ただし、俺の指示にはきちんと従ってもらうからそのつもりでね」

「分かった」

「ありがとうございます!!」


 満面の笑みの二人。これから少し忙しくなるだろうが、生活に張りも出ていいだろう。それに二人と共に過ごせるというだけで個人的には嬉しい。だが、俺は一つ重大なことを忘れていた。


「そ、その、対価も澪ちゃんと同じものを支払いますので……」

「げほっ」


 これである。思わず口に含んだジュースを吹き出しそうになるのをこらえて二人を見ると、瞳を潤ませ顔を上気させながらも本気の表情だった。


「そ、それは保留で!」


 情けない話だが、そう言うしかない。選べない以上、受け取るわけにはいかないだろう。


「……お試しは?」

「保留で!!」


 恐ろしいことを言う立花さんの言葉を上書きするように声を重ねた。そんな泥沼化確実な選択肢を取る勇気はないのだ。



ら、ラブコメ(汗)

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