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第二十話 変わりゆく関係

読者の皆さんのおかげで日刊(総合・ロファンともに)一位をいただくことができました。

本当にありがとうございます!! これからも応援よろしくお願いします。

 七月も中盤に差し掛かる頃、ようやく閉鎖されていた学校が再開される運びとなった。未だ精神的なショックにより来られない者も多いが、大多数の生徒はあるべき日常が戻ってきたことに喜びを表している。特に我がクラスにおいては、それが顕著だ。なにしろトラブル発生装置であった田中羅王が逮捕され、入学以来初となる平穏な学校生活が始まったのだから。


「あ、春日井くん。おはよー」

「春日井っ、数学の宿題見せてくれ!!」

「向江さん、おはよう。山井はリーダーの予習分があるなら受け付けるぞ」


 派閥争いは勿論、カーストも表向きなくなったクラス内は賑やかだ。それこそ、魔物や魔法が世に現れる前の学校生活を彷彿とさせる程である。ちなみに表向きというのは、まだ時折魔法使い三人に遠慮する節が見られるからだ。もっとも、それも日が過ぎるたびに少なくなっていっているので、完全になくなるのも時間の問題だろう。

 なお、ほかのクラスではカースト形成の経緯もトップの質も異なるので我がクラスと同様にとはいっていない。だが、テロ事件の前と比べると明らかな魔法使い優位思想は鳴りを潜めているのだから、ずいぶんと改善した方なのではなかろうか。


「リーダー……!? え、英作文と間違えたー!」

「ドンマイ」


 昔は想像すらしなかった高校生活は、間違いなく充実していると言える。




 ところで、俺には最近ひとつの悩みがある。


「春日井くん、今日も一緒にいいですか?」

「ご飯食べよう」


 それは、この一ノ宮さんと立花さんの二人についてだ。いや、共に昼食を摂ることに不満があるわけでは無い。確かに毎回女子二人と三角形に卓を囲むのは少し緊張するし、好奇の視線も集中する。だが、二人もの美少女に囲まれて楽しい昼食時間を過ごせることを考えればそれも必要経費だろう。


「それにしても、今日の時間割はハードですね」

「ん、大変」


 問題は、この二人から向けられているどこか好意的な態度についてだ。学校が再開されて以降に随分と距離が縮まったことから、あのテロ事件が契機となったのは何となく察しが付く。だがそれが、いったいどんな感情に起因しているかの判断が付かないのだ。


「授業自体も駆け足みたいですし」

「課題も多くて困る。テストも近いし」


 おそらく、恋愛感情を向けられているのではないかとは思う。たぶん、吊り橋効果的なものが作用したのだろう。


「そうですね……。あ、今度一緒に勉強会しませんか?」

「私は助かるけど、いいの?」


 しかし、これはあくまで不確定な予測に過ぎないのだ。『おそらく』であり、『たぶん』である。もしかしたら単に魔法使いだから仲間意識があるだけかもしれないし、先日の一件で感謝と敬意が根底にあるのかもしれない。下手をすれば俺が孤立しないようにという配慮の可能性すらある。その場合、早まって告白などしようものなら赤っ恥では済まない。二人との距離感も微妙になるし、クラスでの扱いも残念なものになることは間違いない。


「はい、一緒にがんばりましょう! あ、春日井くんも一緒にどうですか?」

「数学が得意みたいだし、参加してほしい」


 かといって、もし二人の好意が恋愛感情によるものならば、今の状況は彼女らの気持ちを弄んでいるようで不誠実な気もする。もっとも、二人とも甲乙つけがたい美少女なので選べと言われても困るのだが――。


「――むに?」

「聞いてる?」


 頬をつままれて思考の海から戻ると、そこには半目の立花さんが。一ノ宮さんも苦笑している。

「あー、ごめん。ちょっと考え事してた。確か、勉強会だっけ?」


 耳に入って来ていた情報を思い出すと、そんな話だった気がする。


「そう。一緒に勉強しよう」

「いいね。いつにしようか」


 二人に対してどういう態度を取るのが一番なのかはわからない。だが、悩むせいで対応がおざなりになるのでは本末転倒だろう。故にとりあえずは結論保留で思考を打ち切り、二人と過ごす時を純粋に楽しむことにする。


「じゃあ、早速明日でどうですか?」

「俺は大丈夫」

「私も、問題ない」


 明るい表情で話を進める一ノ宮さんに、了承の意を示す。明日は休日だし、特に用事もない。立花さんも同じようだ。


「場所は学校?」


 普通に考えればそうなのだが念のため確認をしておく。


「明日は、教員の研修で終日閉鎖だったはず」


 すると立花さんにより想定外の情報が。実に間が悪い。


「図書館は、どう?」

「喋れないから勉強会にならないかなあ」


 立花さんが代案を示してくれるが、適当とは言い難い。とはいえ、個人の家を使うのは流石に迷惑になる可能性が高いし、ファミレスなどの飲食店を長時間占拠するのも非常識だ。


「あの、それなら私の家にしませんか?」


 勉強会が開始前から頓挫しようとしていると、一ノ宮さんから救いの手が差し伸べられた。だが、本当にいいのだろうか?


「でも親御さんとかもゆっくりしたいんじゃない?」

「明日は母しかいませんし、たぶん大丈夫です。それに基本的には私の部屋で過ごして貰うだけなので」


 そうは言われても遠慮しないのは無理がある。日を改めるべきか。そんなことを考えていると立花さんが先に口を開き、


「分かった、今回はお世話になる。次に機会があれば私の家にも招待するから」


 賛成の側に回ってしまった。こうなると無理に反対するわけにもいかない。せめて手土産くらいは持っていくとしよう。


「じゃあ、申し訳ないけど今回は一ノ宮さんの家にお邪魔しようかな」

「はい。では、集合時間と場所はまた後で」


 時計を見ると、そろそろ昼休みの終わりを示していた。




 授業を滞りなく消化して放課後、そろそろ帰るかというその時に立花さんが近づいてきた。


「話がある。付いてきて欲しい」


 周囲には聞こえないくらいの声で伝えられたそれに何か反応をする前に、立花さんは素早く歩き出す。俺も遅れないように慌てて席を立ち、早足で彼女の後を追った。

 それから暫く歩き、到着したのは一つの空き教室。こんな人気の無いところまで連れ出して、何のようだろうか。些か緊張しているようにも見えるが。

 ……もしや、告白、か? いや待て、早とちりは良くない。いくら最近態度に好意的なものを感じるとはいえ、それだけで告白と断定するのはあまりにも短絡的だろう。だが、放課後・美少女・呼び出し・空き教室に二人きりというこのシチュエーション。これはどう考えても未来の嫁さん獲得イベントではなかろうか。


「それで、どうしたの?」


 そんな内心の混乱をひた隠し、取りあえず水を向けてみる。


「お願いが、ある」


 すると立花さんは目をそらしながら顔を赤らめ、そんなことを口にした。顔を赤らめないといけないようなお願い……やはり告白か。


「なに?」


 ならば少しでも緊張が解れるように、と優しさを意識した声で続きを促す。


「私を」


 彼女にして欲しい、だろう。そして俺の回答はもちろんイエスだ。可愛くて、性格も良くて、可愛くて、一緒にいるのが楽しくて、とても可愛い。隠さず言えばとても好みの女の子で、これを断る理由などあるはずもない。もちろん付き合ってみないと見えてこないところもあるだろうが、それは俺も同じだ。致命的に合わないならともかく、それ以外は互いにすり合わせる努力することで乗り越えていけると思う。そして、それらを積み重ねた暁には幸せな家庭が待っていることは間違いない。さあ、人生目標達成への大きな一歩を踏み出す瞬間だ。


「弟子にして欲しい」


 ……え?


「なんだって?」


 何かの間違いではなかろうかという思いを込めて、もう一度訪ねる。


「私を弟子にして欲しい」


 だが、真剣な眼差しと共に返ってきたのは先と同じ言葉。つまり、告白ではなかったということだ。思わず膝から崩れ落ちそうな気分になる。期待が大きかった分、反動のダメージも大きい。さらに先ほどまでの思考がリフレインされ、恥ずかしさに身悶えるような思いだ。『さあ、人生目標達成への大きな一歩を踏み出す瞬間だ』ではない。まあ、それはさておき。


「なぜ俺に?」


 立花さんに不審がられても困るのでなんとか気持ちを立て直し、話を続ける。反省も後悔も残りは家に帰ってからだ。


「あの事件の日に見た魔法は、公開されている情報の先を行ってた」


 そんな俺の心情をよそに、立花さんは弟子志願の理由を告げてくる。そこに確信と緊張が含まれているのは秘密を暴いているという自覚があるからだろう。

 現在の地球において、魔法は相性の良い一種類か二種類しか十全に使えないというのが定説だ。それも発動のために何らかの詠唱は必須となっている。例外は魔力を体に巡らせるだけの身体強化くらいだろうか。

 対して、俺があの日に使用した魔法は風・水・光・雷・修復・回復と多岐にわたる。それもすべて実用レベルでかつ無詠唱だ。もちろん魔法自体が最近発見されたものであり黎明期にある以上、不可能だとは思わないだろう。しかし秘匿されている情報であろうことは明らかだ。


「なるほど?」


 もっとも秘匿しているのは厄介事を招かないためであり、バレること事態が致命的な一族の秘伝のようなものとは性質が違う。ゆえに面倒事につながる危険性が無い立花さんが暴くだけなら特に緊張する必要もないのだが。


「それに、魔法を使った戦闘になれているように見えた」

「まあ、一応魔物もそれなりに倒してるからね」


 その返答に頷き、やっぱりとこぼす。


「何かを学ぶなら優れた指導者に付くべき。そしてあなたは優れた魔法使い」


 優れた選手が優れた指導者たり得る訳ではないのだが、それはまあ置いておこう。問題なのは、


「その俺から力を得て何をする?」


 これである。魔法というのは凶器に等しい。それを研磨して一体何に使うつもりなのか。彼女に限ってないとは思うが、復讐心や自己犠牲の精神がベースにあるようならとてもではないが教えることなどできないだろう。


「私は――」


 ずっとこちらを向いていた視線を切り、俯く。


「――理不尽に抗う力が、欲しい。もう、あんな目に合うのは嫌!!」


 そして顔を上げると力強い声で言い放った。目には涙を蓄え今にも決壊しそうなそれは、それでも強い意志の輝きを湛えつつ俺に言葉通りの思いを訴えかけてくる。そこに虚偽は感じられない。実際、最低でも彼女の嘘を見逃さないようにと用意していた魔法も無駄に終わった。


「……」


 しかし、なるほど。そういう理由ならば教えること自体はやぶさかではない。懸念点は彼女が厄介ごとに巻き込まれないか、あるいは巻き込まれた時に対処できるかということだろうか。だがその辺は俺が手助けをしたり、最悪多少の情報の公開を視野に入れれば良いだろう。

 というか、今考えていて思ったが、ある程度の情報の一般公開は厄介事を遠ざけるには意外と効果的なのではないだろうか。例えば“気付き”のような情報の断片をネットにばら撒けば勝手に研究が進み、魔法研究の第一人者みたいな存在も現れるだろう。そうすれば俺に注目が来る可能性は極めて低くなるし、誤魔化すのも容易になりそうだ。研究者たちは俺という木を隠す森にしてスケープゴートというわけである。

 もちろん魔法陣のような革新的なものは劇薬過ぎて無理だが、無詠唱や別属性の使用といった現在の発展なら然程悪影響は無いに違いない。その辺の見極めは立花さんに教授しながら考えればいいだろう。


「……もちろん、対価が必要なのは理解してる。でも私に差し出せるものは少ない」


 そんな風に少し思索を寄り道させていると、渋っていると解釈されたのか話が妙な方向に転がり始めた。採用理由もなんとなくだし、そんな大げさな話ではないのだが。


「だ、だから」


 見ると唾を飲み、酷く緊張した様子だ。そんなになってまで何を口にしようと言うのか。


「わ、私を好きにしていい」

「……う、あ、え!??」


 理解まで数瞬掛かり、その後は口から出てくる音が動揺でまともな単語を成さない。だが、仕方がないだろう。頬を赤らめている彼女の言っている好きにしていいとは、つまり男女の夜の営み的な意味合いがあるのは明らかだ。好みの女の子からそんなことを言われて動揺しない男がいるわけがない。


「っでも、立花さんの目的はあんな目に、理不尽な目に合うのが嫌だからなんでしょ?」

「理不尽じゃない。あなたなら、別にいい」


 試合終了のコールが鳴る。どうにか矛盾してるのではという指摘をしてみたものの、見事に打ち返された。好みの女の子にこんな告白以上の告白をされては耐えられない。見れば頬を上気させ、手は強く拳を握り、足は震えている。そんなになってまで思いを伝えてくれた彼女への愛おしさが溢れて止まらない。


「立花さ――」

「あ、二人ともここに……」


 抱きしめてキスでもしてしまおうとしたその時、扉が開く音と第三者の声が聞こえてきた。見れば一ノ宮さんが立っている。


「えっと、お邪魔しました」

「待って。なにか用?」


 気まずい空気を感じ取ってか、すぐさま退出しようとする一ノ宮さん。しかし立花さんが凍てつくような声でそれを制止した。大したことのない用事だったら許さないと言わんばかりの雰囲気だ。


「あ、あの。明日は朝九時に正門前に集合してもらえればという連絡、でした」


 なるほど、明日の勉強会の集合時間の通達だったらしい。立花さんはどうか知らないが俺への連絡ルートは無い以上、今日中に知らせなければと探したのだろう。


「……そう、分かった」


 立花さんもそれを理解してか声のトーンもいつも通りに戻っている。いや、少し気落ちしているだろうか。


「あ、その。ご、ごめんなさい!!」

「いい。またね」

「た、立花さん!」


 そのまま教室を後にする立花さん。それを一ノ宮さんが追って出て行った。


「まいったね、どうも」


 教室に残ったのは俺一人。差し込む夕日はこんな時にどうすべきかを教えてはくれやしない。



注)主人公は夢でも未婚

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