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第十六話 対応方針

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「――なんだよ、それ」


 和やかな空気の教室に、場違いな声が響く。


「なんなんだよ!」


 テロリストを無力化した時に窓際まで後ずさっていた田中が口を開く。


「そいつらは俺のモノになる流れだっただろ? なのに、何してくれてんだよ。返せよ!」


 怒りのあまり堪え切れないといった様子で訳の分からない理論を展開し始める愚か者。クラスメイトからは凍てつくような視線が向けられる。


「……なんなんだよ、お前ら。凡人の分際で俺を馬鹿にしたような目で見やがって。俺は魔法使いなんだぞ! 選ばれし者なんだ! それなのにお前らごときが俺を馬鹿にしてんじゃねえ!!」


 田中はそう言いながら手を突きだし、ファイアボールを繰り出す。着弾すれば火事か大火傷かといったそれは、しかし田中の手から放たれた直後に鎮火した。


「そういえば、お前もテロリストになったんだったな」


 思い出したかのような言葉と共に立ち上がる俺に、今度は体をこわばらせる田中。


「だ、だったら何だっていうんだよ!」

「テロリスト、というのは脅威だ」


 倒れているそれを一瞬見てから手を後ろに組み、ゆっくりと田中に近づいていく。


「脅威は、時には武力を用いてでも排除しなければならない」

「ひっ。お、おれのオヤジは警察にもコネがあるんだぞ!」


 一歩、また一歩と近づく俺の足音がやけに教室に響き渡る。


「そして、俺にはその力がある」

「か、金をやる! おふくろに言って金を用意させるから!!」


 あと一歩でぶつかるといったところまで近づいた俺は、田中の顔に向け手を伸ばす。


「ま、まて、話を――」


 展開された風魔法の覆いが、最後まで言わすことを許さない。


「さようなら、田中羅王」


 そして覆いの中が光で溢れ、田中は倒れた。




 教室の中が沈黙で満たされる。背中に感じられるのは驚愕と恐怖の空気。故に俺は振り返りながら口にする。


「ま、しっかり反省しろということで」


 ……。先ほどとは違う沈黙。言葉にするならば、何を言っているか理解できないといったところか。


「え、死んで無いの?」

「気絶させただけだね」


 先ほど肩の怪我を治療した男子の疑問に冷静に答える。


「で、でも、さようならって」

「テロリストへの参加宣言と、婦女暴行未遂。さらに魔法による放火未遂と殺人未遂。もう、学校には来られないんじゃないかな」


 その隣の女子の戸惑い混じりの疑問にも答えると、一拍置いた後に教室中が気の抜けた溜息で溢れた。そして皆が口々に感想を言う。


「絶対死んだと思ったー」


 流石の俺でも現代日本で、衆人環視の中、悪人とはいえ無抵抗の奴を殺すことの不味さくらいは理解している。というか、テロリストすら殺してないのに仮にもクラスメイトを殺すわけがない。


「なんか凄い光ってたし!」


 スタングレネードをイメージした魔法ですから。ちなみに音が漏れなかったのは、空気の層でシャットアウトしていたからだ。


「妙に迫力あったよなぁ」


 これからは演技派と呼んでくれていいぞ。いや、本当に呼ばれたら恥ずかしくて困ったことになりそうだが。

 そんな風にクラスが盛り上がっていると、ドアの近くから低い戸惑いの声が聞こえてきた。


「なんだ、これは。どうなっている?」


 見るとそこには倒れているやつと同じ迷彩服にガスマスク姿の不審者が。とっさに電撃を放ち意識を奪う。忘れているようだが、今はテロの真っ最中である。当然、騒げば他のテロリストが様子を見に来ることもありうるのだ。


「静かに」


 口に人差し指を当ててそう言う立花さんに、クラスの皆が頷いた。




「しかし、どうしたものかな」

「何がですか?」


 呟く俺に、一ノ宮さんが反応を示す。


「ん? ああ、この後、どういう風に対応しようかなって」


 既に二人のテロリストを倒してしまった以上、彼らの異変に気付かれるのも時間の問題だ。それに対しどう対処するか。攻めるか、守るか、あるいは罠にかけるという手もある。


「何か案があるの?」

「具体的なものじゃなくて、大まかな方針だけどね」


 小首をかしげる立花さんに、そう返す。


「まずは、俺が打って出るパターン。これの利点はテロリスト側の不意を突ける可能性が高いことと、最も早く事態が収束する可能性が高いこと」

「春日井くんが強いのは解りますけど、流石にそれは……」


 無理だ、と言外に匂わせる一ノ宮さん。まあ、普通に考えたら多勢に無勢なのだが、それは俺の戦闘力をもってすれば大したことじゃない。もっとも、今それを信用させられるかというと厳しいが。それに、この案には問題がある。


「そこは大丈夫だけど、欠点が大きいからこの案はなるべく採用したくないかな」

「欠点ですか?」

「そう。もし俺がここを離れている間にこいつらが目を覚ましたら対処が難しい、ということ」


 倒れているテロリストを見て、先ほどの貞操の危機を思い出したのだろう。二人の顔色が悪くなる。


「心配しなくても、俺はここを離れるつもりはないから」


 少しでも安心できるよう、なるべく優しい声を心がけて話す。


「はい」

「うん」


 二人の柔らかい笑みに安堵し、話を続ける。


「第二案は、ここを拠点として防衛に努めるパターン」

「堅実で良さそう」

「そうですね」


 なにやら好反応だが、これもデメリットが無いわけではない。


「まあ、俺含めクラスの危険度は一番低いんだけどね。ただ、テロリストが此処に来るのは避けられないだろうし、解決まで時間がどれだけかかるか分からないっていう欠点もある」


 日を跨ぐほど長引けば、空腹もキツイものになるだろうし、トイレの問題も出てくる。睡眠も上手く取れないだろう。そんな懸念を伝えると、二人とも考え込んでしまった。


「食事や睡眠はともかく、お手洗いは……」

「厳しい」


 クラスの女子も同調するように頷いている。もちろん男子にとっても深刻な問題だが、女子にとってはその比ではないだろう。そんなことを思いながら、最後の案を口にする。


「三つ目は、一つ目と二つ目の複合で、罠でおびき寄せるパターン」

「おびき寄せる?」


 よく分からないといった調子で復唱する立花さんを見ながら説明をする。


「そう。テロリストの一人を起こして拷問したのち、仲間をここに誘導させて順次処理していくってこと」


 拷問と聞いて顔を青くするクラスメイト多数。先ほどの恐怖の雰囲気が再来しているように感じる。


「拷問というのは、ちょっと……」


 一ノ宮さんも控えめに、だが明確に拒否を示す。


「拷問と言っても、別に手足を切り落とすわけじゃないけどね。さっき田中に使ったような魔法で気絶させるのを繰り返すだけで」


 スプラッターな光景が発生するわけでは無いと聞いて、クラスメイトの半分は安堵の様子を見せる。だが、残りの半分は未だに不安そうだ。拷問である以上、人の心をへし折る過程を見ることには変わりないのだから、その不安も間違っていない。気絶させるだけとはいっても、要するに水攻めと変わらないのだから。


「利点はここを拠点としながら事態の早期解決が期待できること。欠点はここに来るテロリストが増えるから流れ弾の危険性が上がること」


 だがそのあたりにはあまり触れずに、先を続ける。ちなみに流れ弾は結界を使えば全く問題なくなるのだが、使うつもりはない。なぜなら結界は起点に魔法陣を設置する必要があり、俺はその知識をまだ世に出すつもりが無いからだ。未だ魔法が流布されたことによる問題が起き続けているのに、それに関する新技術など広められようはずもない。火災現場に爆弾を放り込むようなものなのは論ずるまでもなく明らかだからだ。それに、俺と家族がそんな騒動に巻き込まれるであろうことも容認できない。


「どれも一長一短なんですね……」

「脱出は?」


 悩む一ノ宮さんに対し、そう問うてくる立花さん。クラスメイトもそれだと言わんばかりに目を輝かせているが、事はそう甘くない。


「ここは一年棟の最上階だから厳しいかな。並んで進む必要があるし、時間もかかる。途中で他のクラスも合流しようとするだろうから、まず間違いなく被害が大きくなるよ」


 テロリストに対処できるのが俺しかいない以上、行列の中腹や最後尾を突かれたら間に合わずに被害が出る。かといって、俺無しで先頭が敵に遭遇すれば進むこともままならないだろう。


「そっか」


 そう返事を返す立花さんは、特に残念そうではない。彼女も解ってはいたのだろう。状況をより明確にするために質問しただけで。


「……個人的には、二つ目のこの教室で防衛が良いと思う」


 皆が考え込んでしまったので、俺が意見を述べる。それに対して、絶望的な表情を浮かべるのが数人。まさか尿意が近かったりするのだろうか。


「でも、それだとお手洗いが――」

「まあ、そうなんだけどね」


 だが、最悪漏らしたところで死にはしないのだ。社会的には甚大なダメージを被るが、命だけは助かる。ならばこれが一番いいのではなかろうか。それに。


「彼らが政府に対して変革を求める組織である以上、人質解放交渉や突入で事態が迅速に解決する可能性もある」


 そうなった場合、穏便に助けてもらえるし、そうでなくとも隙をついての脱出も成功の目が出てくる。


「最悪、途中で二案から三案に変更することも不可能じゃないし、最初は二案で進めればいいかなって」


 あと、口には出さなかったが、本当に助けたいのは限られているというのもある。もちろん全員を助けられるのならばそれに越したことはないが、それは絶対目標ではない。仲の良い友人が数人と、俺の危険を真剣に心配して行動を起こしてくれた一ノ宮さんと立花さん。俺自身は心配ない以上、彼らの無事こそが最優先だ。そのために余計なリスクは負いたくないし、付き合いの浅い人が洩らすこともやむを得ない。

 そんな俺の思いなど露知らず、途中からでもトイレ確保可能の報に喜ぶクラスメイト。情勢は俺の提案した籠城に傾いていた。

 しかし、次の瞬間に起こった連続する爆発音により三案のいずれも選択することはなかった。



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