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第十五話 テロリズム

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 俺こと春日井夢人(かすがい ゆめひと)は今猛烈に悩んでいる。というのも、昨日誘われた二つの派閥のうち、どちらに所属するかまだ決めきれていないからだ。


「昨日の反応を考えると一ノ宮派なんだけど、男子一人ってのはなぁ」


 一ノ宮派は女所帯なので、野郎一人お世話になるのは精神的に中々厳しいものがある。かといって立花派は、男子連中があからさまに厄介ごとは御免だという態度を示していた。誘われている身で贅沢な話だが、どちらも身の置き所がなさそうな気がするのだ。


「かといって、断れる雰囲気でもなかったしな」


 一度断ったあげくトラブルに巻き込まれたせいか、二度目の要求には思わず頷いてしまった。やっぱりやめますなどと言おうものなら、今度はどのように怒られるか分かったものではない。いや、怒られるだけならいい。万に一つも感情が高ぶったことで泣き出したりされようものなら、俺の残りの高校生活は灰色なものになることは免れない


「それだけは避けないと……」

「夢人―? そろそろ時間よー」


 嫌な予想図を振り払い、再び思考の海に潜ろうとしたところで母からストップがかかる。


「やばい、学校行きたくない……」


 タイムリミットは刻一刻と迫っていた。




「あ、春日井くん」

「おはよう」

「おはよう。一ノ宮さん、立花さん」


 いつもより遅く教室に張った途端、俺に気が付いた二人が側に寄ってくる。男子共の物言いたげな視線を受け流し、席に着いて美少女二人に向き直る。


「それで、どうするか決まりましたか?」


 不安と期待をないまぜにしたような二人に、まだ決めかねていることを正直に告げる。


「そうですか」


 不安と期待は安堵と落胆に変わり、彼女たちのどこか緊張した感じはなくなった。


「本当にごめん。昼休みまでには決めるからさ」


 今日の午前の授業は頭に入ってこないだろうが、仕方がない。後悔しないように、しっかり考えようと思う。


「分かった。あと、私たちのところは、男子もいてお勧め」

「わ、私たちは女子だけですけど、楽しいですよ!」

「あー、うん。よく考えて、昼休みまでには答えを出すよ」


 謎のアピール合戦が始まりそうだったので、再度昼に回答することを告げて話を終わらせる。ちょうど担任も教室に入ってきたので、そのままお開きになった。

 しかし、昼休みはやってこなかった。




 事は三時間目の自習時間の終わり頃に起こった。突如として校内放送が流れ、低く聞きなれない声が聞こえてきたのだ。


「謹聴!! たった今、この学校は我々魔法世界連盟が占拠した! 生徒及び職員諸君にはこれより政府との交渉のための人質となってもらう。繰り返す――」


 余りに荒唐無稽な話にクラス全員が呆然とする。しかし時が待ってくれるはずもなく、魔法世界連盟、もといテロリストの一員と思われる者が教室に押し入ってきた。


「各種指示には素直に従うこと。我々は無駄な犠牲は好まない」


 迷彩服にガスマスク。どうみても不審者なそれに、一瞬の空白が生まれる。そして。


「きゃー!!」

「え、なにこれ撮影?」

「馬鹿っ、本物だよ!」

「うわあぁあ!!」

「いやだ、死にたくない!」

「皆さん、落ち着いてください!」


 混乱する生徒。響く銃声。静まりかえる教室。


「もう一度言う。指示には黙って従え。我々は無駄な殺しはしない」


 どうやらこのテロリストは気が短いらしい。苛立ちを感じさせる声で、強い命令を下してきた。


「最初の指示だ。次の指示があるまで黙って待機していろ」


 投げやりだが有無を言わせないその指示に皆が従う。


「はっ。拳銃がなんだってんだ」


 訂正。一名の大ばか者を除き、素直に従った。


「俺は魔法使いだ。そんなもん効きはしねぇー。つーわけで、一抜けさせてもらうぜ」


 鞄を持って、帰るそぶりを見せる田中。そして再び響く銃声。


「黙って待機していろ」

「だから――」


 繰り返させる指示に対して、田中は身体強化を発動させる。


「無駄だっつってんだろ!」


 跳躍し、他の生徒を飛び越えてテロリストに襲い掛かる。しかし、


「テンタクルズ!」


 テロリストの後ろの空間から太い触手が何本も現れ、迫る田中を弾き飛ばした。


「我々魔法世界連盟は、構成員全てが魔法使いだ。拳銃など旧人類を簡単に脅すための道具に過ぎん」


 教室の後ろに叩きつけられた田中は怒りに燃える目つきで睨めつけながらも抵抗をやめていた。相手が魔法使いで、なおかつ格上である事を理解したからだろう。


「そう睨むな。お前しだいではあるが、おそらく悪いようにはならん」


 テロリストは意味深な言葉を口にし、教卓に座って待機の姿勢を見せた。




 それから一時間以上が経過し、時は既に昼休みも半ばといったところだ。


「そうか、了解した」


 ふと、沈黙を貫いていたテロリストが言葉を発する。どうやら、インカムで仲間と連絡を取っているようだ。


「二つ目の指示だ。これからする質問に迅速かつ正確に答えろ」


 連絡が終わったのか、新たな命令を下すと教卓から降り、近くにいる男子生徒に近づく。


「この中に魔法使いは何人いる」

「え? あ?」


 突如話しかけられた男子は混乱し、まともに答えることができないようだ。十秒ほど待ち、それでも答えないことにしびれを切らしたテロリストは触手を展開する。


「遅い」

「え? あ、い、痛い! 痛い~!!」


 触手で肩を貫かれた痛みに喚く男子生徒を捨て置き、今度は隣の女子生徒の方を向く。


「この中に魔法使いは何人いる」

「ひっ。さ、三人です!」


 小さな悲鳴付きではあったものの、女子生徒は質問に答えることができた。テロリストもそれに満足したのかその子の側から離れ、教室には若干安堵の空気が広がる。


「一人はさっきの男だな。そいつと残り二人はその場に立て」


 しかし、それも新たな指示ですぐに霧散する。ここで反抗するとろくなことにならないと思ったのだろう。魔法使である一ノ宮さんと立花さん、それに田中が――田中は相変わらず睨みつけながらだが――その場に立つ。


「よし。では君たちにはこれより我々の仲間になってもらう」

「お断りします!」

「断る」

「いやだね」


 唐突に軍門に下るように告げられた三人はしかし、一瞬の間も空けることなく拒絶の言葉を口にした。テロリストはしばし固まったのち、わずかに怒りに震える声で勧誘を再開する。


「聞け。我々魔法世界連盟の目的は一つ、世界の平和と安定だ。旧人類を統治し、魔法使い主導のもとに社会を再構築することで生活の安寧を図る。どうだ、素晴らしいとは思わないか?」

「思いません!」

「全く」

「面倒くせぇ」


 テロリストの説得は不発に終わる。テログループであることを除いても、やり方も参加するメリットも、明確なものが何も示されていないので当然ではあるのだが。田中すら落とせないあたり、このテロリストに勧誘をさせたのは人選ミスとしか言いようがない。


「……そうか。ならばその気にさせてやろう! 手始めにお前たちが頷くまで他の生徒をなぶり殺しにしてくれる!!」


 展開されている触手がうごめき、数人のクラスメイトを照準に入れる。


「させません!」

「甘い!!」


 それを防ごうと一ノ宮さんが電撃を放つも触手には通じず、逆に拘束されてしまう。


「一ノ宮さんっ」


 捕まった一ノ宮さんを助けようと立花さんが反射的に飛び出すが、それは悪手だ。強化度合いも弱く動きも直線的であったため、待ち受けていた触手にとらえられ、同じく拘束されてしまった。


「さて、お前はどうする?」


 動かず残った田中にテロリストは問いかける。


「……お前たちの下につく気は――」

「断れば殺す。逆に受け入れるなら特別にこいつらを一番に味あわせてやる」

「なに?」


 なにやら、妙なことになってきた。逡巡の末に断ろうとした田中にかぶせて放たれたセリフには、それを思わせるだけの不穏な響きがあった。


「我々は新人類である魔法使いを仲間に欲しているが、障害になる場合は殺すことも躊躇しない。だが、幸いなことにこいつらは女だ。見た目も良い。魔法使い同士の交配で、魔法使いの出生率がどの程度変わるのかを調べるサンプルにはちょうどいい」


 つまり、子供を産ませるための苗床にしようというのだ。意味を理解し、顔を青くする二人。


「……それは、本当か?」

「お前に一番に味あわせてやることか? それなら本当だ。ただし、拠点に帰ってからだと横槍が入るから今ここでという条件付きだが」


 かすれた声で尋ねた後、返ってきた答えに田中は下種な笑みを浮かべてなめまわすように一ノ宮さんと立花さんを見る。


「へへっ、分かった。さっさとやらせろよ」

「田中くん!?」

「やめて! 助けて!!」


 二人を犯せるという餌に食いついてしまった田中に、彼女たちの助けを求める言葉は届かない。因縁でもあるのか、はたまた気があるのか。真意は定かではないが、田中が暗い欲望に身を任せてしまったのは確かだ。


「我々の仲間になる、ということでいいんだな?」

「そうだっつってんだろ!」


 苛立ちを隠さず、焦りも隠さず、田中は声を荒げる。


「では、同氏よ。これからよろしく。あと、くれぐれも壊すなよ」


 最終確認を済ませると、田中への釘刺しと共に待機していた触手が二人の服を引き裂く。一ノ宮さんはレモンイエロー、立花さんは水色の下着が上下あらわになる。


「きゃあ!!」

「っ、いやぁ」


 涙目で悲鳴を上げる二人。しかし、触手に手足を拘束されているので隠すことも出来ない。


「くくっ、優しくシテやるからよ」


 ニヤつきながら近づいていく田中。……ここまで、だろう。今後の情勢がどうなるか分からないため、魔法使いである事は出来る限り隠していくつもりだった。だが、気にかけてくれた二人をここで見捨てたら俺は後悔するだろう。両親にも怒られそうだ。それは俺のより良い人生を送るという目標に反する。それに、そもそも田中に襲われたあの時にバラすつもりであったことを考えれば、特にマイナスでもない。

無言で席を立ち、四人のいる方へ歩みを進める俺に教室内の全視線が向く。


「なんだぁ?」

「死にたくなければ大人しくしておけ、旧人類」


 田中の怪訝な声と、テロリストのセリフがひどく耳障りだ。


「忠告はしたぞ!」

「春日井くん!」

「駄目!!」


 拘束されてる二人の悲鳴に重ねて、数本の触手が迫る。放っておけば体を貫くであろうそれは、しかし俺の風魔法で切り裂かれ消滅してしまう。


「なっ」

「あいにく、俺も非一般人でね」


 そんなことを口にしながら、一ノ宮さんと立花さんを捕えている触手も切り落とす。教室中から感じる驚愕の視線は努めて無視した。


「くっ」


 我に返ったテロリストは、形成の悪さを悟ってか教室を出ようとする。応援でも呼ぶつもりなのだろうか? しかし、みすみすそれを許す理由もない。


「ぐあっ」


 切り落とさない程度にに威力を抑えた風魔法で足の機能を奪い、さらに盛大に転んだところを水魔法で呼吸を阻害して気絶させる。これで無力化は完了だ。

 あまりにあっけない幕切れだったからだろうか。テロリストと言う脅威が排除されたのにもかかわらず、教室内の面々は未だ驚愕に固まったままだ。一ノ宮さんと立花さんもその肢体を隠すことを忘れてこちらを見ている。


「さて」


 美少女達の下着姿をこっそり堪能した後、彼女たちに近づく。


「二人とも、大丈夫?」

「あ、はい。大丈夫です」

「大、丈夫」


 服を剥かれたままなのだから大丈夫なわけがないのだが。驚きそのままに反射的に答える二人に思わず苦笑が漏れる。


「とりあえずは、と」

 

 念動で散らばる彼女たちの服を集め、修繕の魔法をかける。光に包まれた後に服が直ったことに再び驚いた表情を見せたものの、すぐに今まで下着姿を披露していたことに気づき、その場にしゃがみこんでしまう。


「きゃ!」

「あっ」


 顔を赤らめた様子はとても可愛い。下着姿は眼福だったし、何にとは言わないが今後しばらくは困ることがないだろう。そんな碌でもないことを考えていたのがいけなかったのか、気が付くと一ノ宮さんと立花さんが涙目でこちらを睨みつけている。


「……エッチ」

「……スケベ」


 恐らくほかの人たちには聞こえないくらいの呟き。しかし聞き取れてしまった俺は、ばつが悪くて思わず目をそらす。すると、先ほど肩を貫かれていた男子が目に入った。


「こっちも治しておくか」


 外傷用の回復魔法を起動させ、傷をふさぐ。突然痛みが消えた彼は、やはり驚愕の表情を浮かべていた。


「魔法使い、だったんですね」


 顔の赤みはまだ残ったままだが、羞恥心から立ち直った風の一ノ宮さんが、クラス全員が思っているであろう感想を告げてくる。


「まあ、ね」


 隠していたことへの後ろめたさがあるため、自然とセリフが歯切れの悪いものになる。


「どうして今までは――」

「できれば、隠しておきたかったから」

「ごめんなさい」


 遅れて立ち直った立花さんが謝ってくるが、むしろこちらこそ申し訳ない気持ちでいっぱいだ。ギリギリまで自己保身を図ったが為に、彼女たちはクラス中に下着姿を晒すこととなってしまった。この選択が間違っていたとは思わないが、悪いことをしたという気持ちも多分にある。眼福だったのはこの際おいておく。


「いや、むしろ助けに入るのが遅れてごめん」

「いえ。助けてくれて、ありがとうございました」

「うん、ありがとう」


 笑顔でお礼を言われたことに、嬉しさと気恥ずかしさの両方を感じる。


「どういたしまして」


 なんとかそれだけ返し、でもやっぱり照れ笑い。教室の中はどこか緩やかな空気が流れていた。


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