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第十四話 選民思想

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 やはりというべきか、愚か者が魔法使いの中から現れだした。彼ら曰く、魔法使いは優れた人種であり、既存人類の進化型である。そして、旧人類、もとい一般人を導き崇められるのが自然の摂理なのだとか。この思想に端を発する問題として顕著なのが、


「また魔法使いによる事件ですって」


 これである。


「また?」

「よくもこう毎日飽きもせずに起きるものだ」


 魔法使い優遇策が発表されてから少し経つと、魔法使いによる犯罪が起き始めた。それ自体は十分に予想されたことだったが、その数がかなり多い。そして、共通しているのは根底にある魔法使い優位思想なのだ。警察や政府は、これがいずれテロにつながるのではないかと危惧しているらしい。とはいえ。


「でも今のところ、そこまで大きな問題にはなってないよね」


 そう。世間の評価は事件自体を事故のようなもの扱いしたり、先の優遇策を設定した政府を非難するばかりで、驚くほど魔法使いへの攻撃が少ない。


「まだ皆、魔物が出現した時の絶望感を覚えているからな。結局魔物には魔法使いしか対処できないわけだし、多少馬鹿な奴が出てくるくらいは仕方が無かろう」

「それに、現状対処できているっていうのもあるかもね。魔法使いが鎮圧に回れば対応可能だから警察組織は機能しているし、無理に難しい魔法使い弾圧に回ろうって人はいないんじゃないかしら」


 両親の答えに納得する。確かに、魔物という現代兵器で対応できない存在がいる以上、魔法使いを排斥することはできない。弾圧も先日の魔法使い管理条約の件から不可能なことは明らかだ。下手に刺激して魔物討伐をボイコットされてしまう可能性も考えれば、事故扱いにしてお茶を濁すのも理解できなくはない。それだけではない。


「MATは優秀だもんね」


 MAT(魔法急襲部隊、Magic Assault Team)とは警察で新たに作られた組織で、魔法使い絡みの凶悪犯罪に対応するための部隊だ。構成員全員とはいかないものの、一つのチームに数人は魔法使いが含まれている。元々警察という組織が巨大で、社会正義を守ることに強い責務を感じる人材を揃えているからこそできた芸当だろう。様々な部署から集められた彼らは、昇進と昇給、各種手当のみを見返りに日々危険な任務に就いている。


「そうだな、市民は感謝すべきだろう」


 批判をそらしてもらっている魔法使いである俺は特にだろう。そんなことを父の発言に思う。




 ところで、犯罪を起こす程とまではいかなくとも、多少の選民思想にかぶれている魔法使いは少なくない。嘆かわしい事だが、特別な力を手に入れたと勘違いしている人間の陥りやすい典型的な思考だろう。実際は力ではなくその力を得た後の在り方がその人を特別にするのだが。前線に出ないものほどこの思想に毒されているというのは、性質の悪い冗談に思えてならない。

 そしてそんな愚かさは年が若いほど顕著だ。学校では魔法使いをトップとしたカーストが形作られ、階級が下の者は虐げられる日々が続いている。やっていることは暴力や親の力をちらつかせたものとなんら変わらないのだが、本人だけでなく周囲もそれを理解していないぶん事態は深刻だ。加えて、教員も魔法使いでないと注意できないうえに、教員自身がこの思想に染まっていることがあるだけに始末が悪い。


「おはようございます、羅王さん!」

「ああ、ごくろう」


 当然、俺が通う学校でもこのカースト制度は存在するわけだが、この流れに最も敏感に反応したのは田中羅王(たなか らおう)だった。今しがた教室に入ってきたこいつは相当な問題児でクラスでも鼻つまみ者だったのだが、このカースト作成を機に己の立場を手に入れることに成功した。なにせ、彼自身が魔法使いであったので、カーストのトップに君臨することができたのだ。


「おう、今日はハム卵サンドとアンパンな」

「うっす」


 それからの田中はやりたい放題だった。飯を奢らせるのは当たり前。金をせびったり、女子にイタズラすることもあった。……まさか高校でスカートめくりを見るとは思わなんだ。

 とはいえ、無法地帯かというとそういうわけでもない。


「さて、今日はだれにすっかな~」

「何をするつもりですか!」

「そこまで」


 標的を探す田中と、目を付けられないように俯く女子連中。そこに、一ノ宮璃良(いちのみや りら)立花澪(たちばな みお)の二人が立ちふさがった。実はこの二人も魔法使いで、最初は隠していたものの、田中の所業に対抗するために立ち上がったのだ。


「チッ」


 以来、クラス内でのカーストは派閥争いに発展し、表向きには互いの派閥に所属するものに手出し無用の取り決めがなされた。さすがの田中も数的不利を理解する程度の頭は持ち合わせているらしく、今のように被害を未然に防ぐことに成功している。


「ああ、一ノ宮さん今日もきれいだ……」

「おい、俺らを守ってくれてるのはかわいい立花さんだぞ」

「お前ら単に彼女たちのファンなだけだろ」


 アホな会話を聞き流しながら、思索を続ける。ちなみにこの派閥争い、俺は参加していない。派閥内のカーストは依然として存在しているのでどこかに所属するのは面倒だし、魔法使いであることを公開して派閥争いの音頭を取るのはもっと面倒くさそうで嫌だ。

 無所属だと後ろ盾がない分危険で、各派閥のさらに下の位階として扱われそうなものだが、とある事情によって今のところそうはなっていない。理由の一つは各派閥のトップが取り込みたいと考えていること。仮に粗雑に扱っていたとして、自分のせいで別の派閥を選んだなんてことになった日にはトップの不興を買うのは免れない。逆に自派閥に入ってきたとしても、すぐに自分より上の位階に行かれた場合を考えると、これもよろしくない。

 結局、それなりに扱わざるを得ないのだ。他にも、中立的な人員が欲しいということもある。他派閥への連絡員のような暴走してはいけない、かつ被害に遭う危険の高い役どころは無所属の人間が使いやすいのだ。そういうわけで、俺とほか数人は比較的平和で気楽な立ち位置の学校生活を送っている。




 ところがある日の昼休み、その平穏な日常を脅かす事態が起きた。三派閥のトップの一人、一ノ宮さんが誘いをかけてきたのだ。


「春日井くん。お昼、一緒に食べませんか?」


 ざわつく教室。だが、当然だろう。現在、昼食は各派閥に別れて食べている。教室内には一ノ宮派と立花派、田中派は屋上、無所属は各自好きなところでといった具合だ。つまり、この場合における昼食のお誘いとは単に一緒に食べることではなく、自派閥への勧誘ということになる。


「あー。お誘いは嬉しいけど、流石に女の子ばかりの中に入っていくのはちょっと……」

 

 一ノ宮派はクラスの女子七割ほどで構成された派閥だ。田中の横暴から庇うのが設立理由なので、それも当たり前なのだが。とはいえ、そんな中に男が一人加わるというのは無理があり過ぎる気がする。


「なら、私たちと一緒に食べよう」


 声のした方を向くと、そこにはこれまた派閥トップの立花さんが立っていた。


「私たちのところなら、問題ないはず」


 もはや教室は大騒ぎである。だが、確かに立花さんのところなら俺が入っても気まずい思いをすることはないだろう。彼女の派閥は一ノ宮派になじめなかった女子三割と、男子七割で構成されているからだ。しかし、なぜ今になって俺を誘うのだろうか? 既に各派閥は出来上がっていて、今は多少安定している時期である。


「それは……」

「……」


 疑問をぶつけると、一ノ宮さんと立花さんは互いに目を見合わせる。これは何かある。そう思い詳しく話を聞くと、どうも田中が俺を自派閥に加えようとしているらしい。体育の授業中に俺の身体能力を見て、俺を戦闘要員として使うことを思いついたみたいだ。偶々その話を耳にした一ノ宮派の女子から情報が回り、今回の勧誘に到ったのだとか。


「なるほど」

「事態は急を要します。いつ田中くんが強硬な手段に訴えるか分かりません」


 確かに田中ならやりかねない。今いる取り巻きも半数は力で従えた節がある。だが、


「悪いけど、そういうことなら話を受けるわけにはいかないな」


 こう返事をせざるを得ない。


「な、どうしてですか!?」


 想定外の返事だったのだろう。思わずといった様子で大声を上げる一ノ宮さんに理由を説明する。


「守ろうと思ってくれているのはありがたいけど、他の人も巻き込むことになるからね。俺を庇うためにグループに入れたが為に、横取りされたと感じた田中からの嫌がらせが始まったら、結局のところ俺の居場所はないよ」

「そんな、ことは」


 さっきから目をそらしている男子連中がいい例だ。誰しも必要性が無いのに進んで厄介ごとに関わりたいとは思わないだろう。それに、もしそんなことになったら、俺を引き入れた彼女たちの立場も悪くなる。それもいただけない。


「でも、危険」


 気遣わしげな表情でそう言う立花さんに、軽く微笑む。


「まあ、なんとか対策を考えてみるよ」


 最悪、魔法の公開も視野に入れる必要があるかもしれないが。




 だが、その最悪は思っていたよりも早くに訪れそうだった。


「お前を俺の仲間に入れてやるよ」


 一ノ宮さんと立花さんから誘われた日の放課後、田中から呼び出されたのだ。場所はベタな校舎裏。そして到着するなり言われたのが先のセリフである。


「まさか、断らねぇよなぁ?」


 確認の言葉は、共に放たれたファイアボールの存在で脅しの言葉へと変化する。着弾後、大きな音と共に炎を上げるそれは一般人の心を折るのに十分な効果を持つだろう。だが、


「遠慮するわ」

「ああ?」


 俺にとっては別だ。夢の中で大魔法使いと言われた記憶を持つ俺にとってはむしろ、余りの稚拙さに失笑をこらえることの方が大変だった。まあ、とりあえず断る以上、理由くらいは伝えておこう。


「お前さんのグループは肌に合わなそうだからね。それに――」

「チッ。なら強制的にでも従わせてやるよ! やっちまえ!!」


 いや、話くらい最後まで聞けよ。そう思いつつ向かってくる側近衆の相手をする。数は六人とまあまあだが、どいつもこいつも碌な戦闘経験など無いのだろう。動きが素人丸出しだ。対して俺は人生初の対人戦であるが、過酷な戦闘の記憶を持ち、十分なトレーニングを積んできた。戦闘デビューも魔物で済ませてある。負けるはずもなかった。


「ぐはっ」

「がっ」

「いだっ」


 突撃を受け流し、攻撃にカウンターを入れ、追撃も兼ねて投げ飛ばす。ものの一分足らずで片を付けた俺は、田中を見る。


「くそっ、くそっ、くそっ。なんなんだよ、この化け物は!」


 酷い言われようである。このくらいは普通、ではないかもしれないが、出来る奴は他にもいそうなものだが。そんなことを考えていると、再び田中がファイアボールを唱え、今度は俺に向けて放ってきた。


「死ねっ!」


 死んだら困るのはお前もなんですけどー。そんな悠長なことを考えつつ、身体強化をかけて待つ。素の状態で避けることも出来たのだが、再度相手をすることになっても面倒なので、魔法使いだと思い知らせてやることにしたのだ。派閥のことも頭をよぎったが、ある程度固まった今なら大丈夫だろうと楽観的に考え、もとい考えることを放棄した。

 しかし、そんな俺の決意は無駄なものとなる。俺の前に発生した水の壁が田中のファイアボールを防いだのだ。


「大丈夫ですか!?」

「無事!?」


 現れたのは一ノ宮さんと立花さん。おそらく、俺が呼び出されたことを聞いてすぐに駆けつけてくれたのだろう。二人ともひどく焦った様子だ。


「これ以上やるというのなら、私たちが相手になります!」

「容赦しない」


 俺に怪我がないのを確認すると、すぐに田中に向き直り宣言する。


「チッ、今日はこの辺にしといてやる」


 状況の不利を悟った田中は、やたら威勢のいいセリフを吐いて撤退していった。取り巻きどもも這う這うの体でそれについて行く。そして校舎裏に残されたのは被害者とヒーロー。とりあえず、お礼を言うべきだろうと思い二人の方を向くと、それを待ち構えていた二人の方が先に口を開いた。


「怪我はありませんか?」

「だ、大丈夫です」

「だから言った」

「ごめんなさい」


 妙な迫力をもつ二人に、思わずかしこまってしまう。この場では戦闘の記憶など欠片も役に立たない。


「なら、明日までにどちらのグループに入るか考えてきてください」

「いや、それは」

「考えてくること」

「……はい」


 昼に断ったはずの提案を再度され、抵抗しようとするもあえなく敗北。かわいい子のジト目で念押しは言いようのない迫力がある。

 俺の返答に満足した二人はそのままこの場を後にしそうだったので、慌てて告げる。


「助けにきてくれて、ありがとう」

「怪我が無くて良かったです」

「どういたしまして」


 振り向いた彼女たちは笑顔で、お礼を言えた安堵と共に何か温かいものが胸のうちに溢れるような気がした。



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