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第十話 運命の時

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 あの夢での未来体験のカミングアウトからおよそ九年の歳月が過ぎた。小学一年だった俺も高校一年となり、今は運命の日に備える生活を送っている。


「おはよう」

「ああ、おはよう」

「おはよう、夢人」


 階段を下り、朝の挨拶をしながらリビングに入ると、両親は若干安堵した表情で挨拶を返してくる。すでに暦は四月二十日。異世界転移はGW前辺りの夜なので、もういつ俺が朝に下りて来なくなってもおかしくない。


「そういえば、昨日またクラブの監督さんから電話があったわよ?」

「また?」

「『戻ってくる気はないか』ですって」


 異世界に迷い込む前の身辺整理の一環として、七年間お世話になった北辰バスケットボールクラブを中学卒業と同時に辞めさせてもらった。


「夢人はずいぶん活躍していたみたいだな」

「まあ、ありがたいことに、ね」


 当初の想定に反し、クラブでは学年が上がってからも試合で起用され続けた。流石にスタメンとはいかなかったが、周りより秀でた運動能力と視野の広さがゲームの流れを変えるのに使いやすいと好評だったのだ。チームプレイのセンスさえ磨けば上のリーグでも通用する、と人一倍サインプレイの練習をさせられたのはちょっと苦い思い出だったりする。


「でも、当初の目的は達成されたから」


 しなやかな筋肉と中々のスタミナ。優れた動体視力と周辺視野、そして反射神経。これらの体作りの基礎を世間に不審に思われることなく行うことができた。


「それに、発つ鳥跡を濁さずって言うし」

「……」


 できることなら誰にも迷惑をかけずに済ませたい。そんな思いからこぼれた言葉だったが、失言だったようだ。俺の異世界転移を意識した両親が黙り込む。


「あーっと、ごちそうさま! いってきます」


 俺に出来るのはこの場から逃げ出すことだけだった。




 まだ朝のラッシュには少し早い時間帯、俺は一人通学路を行く。高校に行くかどうかについては多少悩んだが、結局、夢の未来体験と同じ学校に進学することにした。理由としては、世間からの不振を避けるというのが一つ。また、両親からの希望があったというのが一つ。最後に、俺が高校というものに興味があったのが一つある。

 転移後に地球では行方不明扱いになるのだから、騒動になる場所はなるべく少ない方がいい。最初はその考えから高校進学をやめようと思っていた。しかし、夢の未来体験もあって俺は優等生で通ってきており、それが突然高校に行かないなど悪目立ちが過ぎるのだ。素行が悪く不良になるのはありえないし、芸術の道などに進むと言っても専門の学校に行けと言う話になる。つまり、進学しないという選択肢を取ることは困難で、世間から多大な不信感を持たれることになるのだ。そしてその場合、転移の前後を問わず両親に迷惑をかける可能性が高く、それは避けたい。

 また、両親としては一日でも長くこちらの世界を生きて欲しかったらしい。ただ転移に備え日々を無為に過ごすのではなく、学校に通い、授業を受け、同世代の者と語らう。そんな当たり前の世界を。加えて、もし転移が起きなかったり帰還ができた際の保険であるとも言っていた。

 あと、高校一年のGW前に異世界に渡るだけあって、高校というものの情報を俺はほとんど持っていない。校舎はどの位の広さなのか、学食は美味しいのか、図書室に珍しい蔵書はあるのか、この先どんなことを習うのか。多くの事前情報を有してきた俺にとって、未知なるものを味わえるというのはことのほか魅力的に映った。これの選択も俺が目指すより良い未来のうちの一つだろう。


「……」


 考え事をしているうちに自分のクラスに到着し、無言で入る。授業にはまだまだある今の時間、教室内にいるのはごくわずかだ。特に話すこともないのでそのまま席に着き、室内を見渡しながらクラスメイトに思いをはせる。

 中学以前からの知り合いはいない。同じ中学出身者は、関わりのなかった者が他クラスにいる程度だ。だが幸いなことに、このクラスには明るく社交的な者が多かった。ゆえに孤立するということもなく、休み時間や昼食時も話し相手に困ることはない。

 とはいえ、このクラスに変り種がいないわけではない。


「みなさん、おはようございます」


 この同級生に使うにはやや丁寧過ぎるあいさつをしたのは、一ノ宮璃良(いちのみや りら)。親が理事会とのコネを持っていると噂のプチお嬢様だ。成績もよく、品行方正。おまけに美人で明るく、快活で優しい。こんな人間が実在するのか、というのがクラス男子の感想だったりする。


「チッ」


 そして、女子グループで談笑する一ノ宮さんを一睨みして教室を出て行ったのは、田中羅王(たなか らおう)。新入生きっての問題児で、早くも停学が囁かれている。こちらも親がそこそこの金持ちらしく、過去に起こした問題行動のもみ消しやこの学校への入学に相当な額をばら撒いているとの噂だ。もちろん皆の心証はすこぶる悪い。女子の会話から聞こえてくるに、常に目が厭らしいのも嫌だとか。同じ男として俺も気を付けようと思ったのは言うまでもない。

 ちなみにこの二人、非常に相性が悪く、この二週間ほどの間に三度も言い合いをしていたりする。まさに水と油。一生徒としてはいい迷惑なのだが、流石に高校生にもなると教員もなかなか介入してこない。クラスでは早く田中が学校に来なくなればいいと陰で言われている。




 昼休み。今日は弁当を広げ、クラス男子で固まって食べる。この母の作った食事を食べられるのもあとわずかかと思うと、自然とよく味わって食べねばと思ってしまう。そんな貴重な食事時、廊下からいい気分をぶち壊しにする声が聞こえてきた。


「ですから! 何もしてない立花さんを脅さないで下さいと言っているんです!!」

「脅してなんかねぇだろーが! 変なケチつけてんじゃねぇぞ」

「立花さんは田中くんのプリントを回収しに来ただけで、喧嘩を売ってなんかいなかったはずです!」

「うるっせぇなぁ。そもそもテメェには関係無いだろーがよ」

「立花さんは私の友達です。関係無いわけありません!」


 どうやら、またあの二人が言い合いをしているようだ。察するに、田中にイチャモンをつけられている立花さんを一ノ宮さんが庇っているといったところか。ちなみにこの立花澪(たちばな みお)という女生徒、田中に絡まれるのはこれで三度目だ。そしてその全てで田中と一ノ宮の言い合いが発生している。


「一ノ宮さん、私は大丈夫だから」

「でも!」

「はっはー。本人がいいって言ってるんだ。外野はすっこんでろ!」

「田中くん、あなたも私の何が気に入らないのか知らないけど、これ以上の言いがかりはやめて。あと、プリントが今ないなら自分で提出してね」

「テメェ……」


 言うことを言い終わった立花さんは、しなやかな身のこなしでその場を後にした。残された田中と一ノ宮さんは暫くにらみ合った後、どちらともなくその場から立ち去った。


「おっかなかったなぁ」

「一ノ宮さん、どんな時でも綺麗だ……」

「いやいや、立花さんのかわいさもなかなか」

「どっちでもいいから彼女になってくれないかな?」

「それは無理」


 真の外野は気楽なものである。




 授業を終えた放課後、すぐには家に帰らず書店に寄り道をする。今日はコミックの単行本の発売日なのだ。夢では金欠から雑誌を立ち読みすることしかできなかったが、現実では株などの売却益で大金持ち。収納も亜空間倉庫があるし、我慢する必要などどこにもない。目についた自己啓発本と懐かしい絵本も手に取り、レジへ向かう。

 ふと、目の前に並ぶのがクラスメイトの立花さんであることに気が付く。こっそり手元を覗いてみると、最近話題の少女漫画が握られていた。普段のクールな印象からすると意外だが、あらためてその後ろ姿を見るとどこか機嫌よさげにも見える。


「あ……」


 会計を終えた立花さんがこちらに気付く。目を大きく見開き、やや顔を赤らめた後、走って店を出て行った。悪いことをしたなと言う思いと、可愛かったという思いが同時に浮かぶ。

トレードマークのローツインテが珍しく大きく揺れていたのが妙に印象に残った。




 夜、リビングにて。食事と風呂を終えた後のひと時を家族と過ごす。転移の日が近づくにつれ、こういう日が増えた。父も仕事から早く帰り、テレビをBGMに近況やこれまでの事を語らう。何気ない、しかし大切な時間を過ごせている俺は、間違いなく幸せ者だろう。


「そうだ。今日は二人にプレゼントがあるんだ」

「あら、何かしら」


 何気ない風を装って取り出すのは二つの指輪。


「これは?」

「俺のと同じ、エストラ銀製の魔法の指輪だよ」


 息をのむ両親に話しを続ける。


「この指輪自体が装着者の危険を察知して、簡単な守護をする効果を付与してある。魔法の素養が無い人にも使えるタイプだから、父さんと母さんにも使えるよ」


 簡単な、とはいえ魔法が無い地球世界では鉄壁の守りを誇る。また、異世界で売り払えば数年は遊んで暮らせるほどの自慢の一品だ。欠点はやや効果時間が心もとない事か。


「作るの、大変だったんじゃないか?」


 確かに、簡単ではなかった。エストラ銀は資金と魔力に余裕があるので困らなかったが、肝心の付与する魔法の仕組みに頭を悩ませた。魔力供給をする必要が無いように空気中から魔力を吸収・貯蓄する仕組みは必須だったし、メインの守護機能も効果と時間のバランス調整に苦労した。最も難航したのは危険察知で、製作時間の八割はこれに費やした。


「まあ、そこそこね。でも、二人の安全と受けた恩を思えばなんてことなかったよ」


 事実だ。俺はこの父と母の子供で本当に幸せだった。


「夢人っ!」

「ありがとうな、夢人」

「お守りとして、身に付けといてよ」


 涙ぐむ両親に、笑顔を返す。俺は今、上手く笑えているだろうか。




 そうこうしているうちにも時は流れる。一日が終わり、二日が過ぎ、三日目の日が暮れる。充実した日は瞬く間に過ぎてゆき、GWを迎え、そして明けた。







 ……あれ? 異世界転移は??




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