行き違う思惑
「ハイデンベルクさん。単刀直入に言わせてもらう。俺たちとパーティーを組んでくれないか」
そう声をかけてきた一七、八歳に見える青年にはかすかに見覚えがあった。
「う、うむ。あー……」
名前が出てこない。同じ組であることは確かなのだが。
「覚えてないか」
彼は苦笑いした。
病み骨の短杖を手に入れてから三日、ようやく復帰した学園生活で初めてかけられた誘いの声である。
無にしたくはない。
「い、いや!覚えているぞ!ヴェルデであろう!」
記憶をひっくり返してなんとか名前を思い出す。
「惜しい。ヴェルデはこっち。大体、女の名前よ?」
後ろに控えていた同年代の女が呆れたように言った。
無念。間違えて覚えていたようだ。
「俺はガランドだ」
「思い出した……と思うが」
「大した印象もなかったろ」
難しい事を言う男だ。返答に困る。
「つまらないことをいってるんじゃないわよ!あんたたち、危機感が足りないんじゃないの?」
また別の女が口を挟んで来た。
いくらか年上で、灰色の髪を太い三つ編みにしている。
「ハイデンベルクさん。私たちの回復役がこの間の授業で傷を負ってしまって、しばらく療養してるの。臨時パーティーで申し訳ないんだけど、助けてもらえないかしら」
「そうか。わかった」
「報酬としては……え、いいの?」
「今現在パーティーを組めていないからな。問題はない」
「あれ?でも前回の授業で一緒に迷宮に入ったような?それに六階の"ウェポンクリエイター"にもう会ったっていう話じゃなかった?」
「それも含めて、問題はない」
「あ、そう……ともあれ、入ってもらえるなら助かるわ。よろしく。私はシィリィ。闘士をやってるわ」
格闘の専門家か。フェイの参考になるかもしれんな。
「あらためて。わたしはヴェルデ。魔術師で、雷の属性を主に使います」
「ガランドだ。斥候と弓兵を兼ねてる」
攻撃力偏重で盾になる者がいない。この構成に回復役がいなければたしかに危ないだろう。
「ヨーハン・ハイデンベルクだ。つとめさせてもらおう」
「え、もう入ってしまったの?」
マリエル教官に報告すると、喜んでくれるかと思いきや、困った顔をされてしまった。
「シィリィ、あなたがたにはちゃんと代わりを用意しておくといったはずよ?」
「でも、パーティーの勧誘は自由じゃないですか。臨時なんだし!」
ふてぶてしい態度に出るシィリィ。
「ハイデンベルクさんは攻撃と回復が両方できるし、HPも高いからあとでバランスが悪くなったパーティーを助けてもらおうと思ってたのに」
「早いもの勝ちですよ!ね!」
シィリィがこちらを見て笑いかけてくるが、これは困るな。
「もう入ると言ってしまったのだ。とりあえず、この一回ということでどうだろうか」
「ええぇ……」
マリエル教官が手元の出席表を見る。
赤い石が置かれているのが傷を負った生徒であろう。
一回の授業で六名の傷病者を出すというのは多すぎないか。
「年度始めの授業は加減が難しいって言われてたんだけど、見通しが甘かったです」
シィリィ達と共に迷宮を無難に攻略した後、マリエル教官に声をかけてみると、かなり悄然とした様子で話はじめた。
「わたし、上級クラスを受け持つのは初めてで。年少や中等クラスに比べたらみんな結構強いし人数も多いし、いけるいけると思ってたら」
五階で大型のディノス種に会ってしまったのだと言う。
「隊列が乱れてたのもよくなかったです……。授業なんかやってる場合じゃなくなって、私が殿を務めてみんなを逃がしたんですけど、追撃を振り切るのに夢中になってたら迷子になってしまう子もいて、もう散々でした」
なるほど。まだ若いのだし、あまり格下と組んだことがないのであろうな。
しかし、そんな冒険者に補助もつけず引率をさせるとは冒険者学園と言うのもなかなかひどい組織だな。
「先輩たちは多少生徒が負傷しても問題ないっていうんですけど。回復魔法があるからって。でも重い傷を負った子もいるのに……」
責任を感じているのか。なかなか良い娘ではないか。
「傷の治りが遅い者などがいたら手助けいたそうか」
「いえ、一人いるんですけど、その子はもう回復魔法はかけていて、でもうまく治りきらなくて」
「なおさらだ。それがしの回復魔法は少々風変りでな。何か効果が出るかもしれぬぞ」
なにしろ実は暗黒魔法なのだからな。




